『赤い仏像』|洒落怖名作まとめ【神社・仏閣シリーズ】

『赤い仏像』|洒落怖名作まとめ【神社・仏閣シリーズ】 神社・仏閣

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赤い仏像

 

ある秋の日の話をしようと思う。

その日は、図書館で見つけ出した郷土史に載っていた【赤い仏像】なる物を一目観ようと少しばかり遠出したのだった。

俺は少々オカルトな趣味が有り、変な話や不思議な物等が大好物だった。

赤い仏像との出会いは偶然だったが、出会った時から一目惚れであった。
場所を調べ上げ宿の手配も済んだ、幸か不幸か彼女や友人などと言う煩わしい人種は居ない。
準備万端である。

いざ出陣!と腰を上げたその時、携帯が泣き喚いた…出鼻を挫かれつつ画面に目をやると見慣れぬ番号が表示されていた。

怪訝な面持ちで出ると何やら唸り声のような音声が延々と流れていた。
予想はしていた。こうでなければこんな怪しい電話には応えない。
こんなタイミングで掛かって来るのは虫の知らせと相場が決まっているのだ。

そして虫の知らせならこれは幸先が良い事になる。
“何か”が起こる。予感は確信へと近付いて行く。

逸る気持ちを抑えつつ車に乗り込みエンジンを…かからない。
バッテリー切れらしい。
どうやら俺の守護霊は頼りがいのある御節介みたいだ 。

30分後俺は軽快に車を飛ばして居た。
見覚えは無くとも走り慣れた蛇行する林道を縫って行く。

行きがてら、何かの遠吠えを聴き竦み上がった。
威嚇なのだろうか?それとも俺を呼んでいるのだろうか?

宿に着いたのは昼過ぎだった。
こぢんまりしているものの趣のある宿だ。
ここが今回の拠点になる。

部屋へ案内してもらい軽く言葉を交わす。
どうやらこんな田舎に独り身の若い男が来るのは珍しいらしい。

『余計なお世話かもしれませんが、何かお悩みでしたらいつでもお話下さいませ』
何か勘違いしているらしく、急に自分が滑稽に思え笑いがこみ上げた。
堪え切れず吹き出す俺を仲居さんはキョトンとして見ていた。

『いえいえ、変な気を起こすつもりはありませんよ(笑)お気遣い有難うございます』
仲居さんは紅葉色の頬で照れくさく笑った。

『それではこちらへは何の御用で?あ、作家さんですか?それならなるべく静かにするよう他の仲(ry』
彼女を遮り訳を話す。

『いえいえ、実はこの本に載っていた【赤い仏像】なるものを一目観ようと遙々駆け付けた訳です。』

『はぁ…赤い仏像…ですか…』

『御存知ですか?』

『いえ、誠に申し訳ございませんが存じておりません』

『何やら寺に保管されてるらしいんですが』

『お寺ですか。お寺なら近くに○○寺という寺が在りますが』

『なるほど。でしたら其処を訪ねてみます。お寺にはどなたか居りますか?』

『あぁはい。住職様が一人』

________
仲居さんに書いて貰った寺の名前と簡単な地図が載った紙を広げ寝転がる。
脇に転がる鞄から郷土史の本を開く。

【赤い仏像】
×県△市○○村
寺院に眠るその仏像の異様さたるや筆舌に尽くし難い
曰わく“赤い仏像”曰わく“紅仏様”曰わく“血仏”
大きさは高さ一尺、幅は約三寸
容貌は赤黒く強い異臭を放っている
あまり気持ちの良い代物ではない
住職によればその仏像は時折血の涙を流すらしく、確かに目尻から何かしら垂れたような跡は確認出来た
聞くところによると、かつてはこの仏像を家から家へ回す風習が在ったらしい
更に古い話では、この仏像は元々呪詛の祭具として…

ここから下は読めない。
子供の悪戯だろうか?何やら赤いクレヨンのようなもので塗り潰されている。

この続きをどうしても確かめたくて俺はこうして此処に来たのだ。

腰を上げると早速寺を訪ねようと出掛けた。
山々には紅葉した木々が生い茂り、澄み切った川が音色を奏でる。山紫水明とはこのことだ。

煩わしい日常の喧騒から離れ、穏やかに流れる時に酔いしれていたが、いかんいかんと我に戻る。

寺はホントに近くに在った。
赤い仏像を見せて欲しいと庭掃除をしていた住職に申し出た。

『赤い仏像か』
口振りからこの住職は知っているらしい事が見て取れた。

『一目観るだけで良いんです』

『あれなら、今は此処には無いんだ』
『山の方の寺に移していてね。今は其処に保管しているよ』

『なんとかなりませんかね』

『あんな仏像を見てどうするんだい?』

俺は例の本を渡し一部始終を説明した。

『ふむ、丁度赤い仏像も含め何か盗まれていないか確認しなければと思っていたところだ、私が案内しよう。支度をするから暫く待ってなさい』

ついに【赤い仏像】と御対面だ。
俺は遠距離恋愛の彼女と久々に逢うかのような気持ちの高ぶりを感じていた。

住職の運転する軽トラに乗り山の方へと走って行く。
山道を登っていると中腹辺りに開けた駐車場が在り其処に車を停めた。

『ここからは歩きだ』
50~60代だろう住職は軽々と山道を登って行く。
対する俺はやはり日頃の運動不足からか既に息が上がっていた。

途中、不意にワンワンと吠えられビクリ!とする。
犬だ。

住職によるとこの犬はここで飼われているらしく、名前は太郎。
麓の近所に住む婆さんが毎日餌をやりに来るらしい。
『番犬にもなる賢い奴さ』と笑いながら頭を撫でていた。

そうこうしている内に寺が見えて来た。
遠目でも判るようなボロ寺だ。
小さい寺だ。
目測で5~6畳だろうか?その後ろにちょっとした物置がある感じだ。

『さてと』
住職は正面の扉の南京錠を開けた。

住職が扉を開いた。
瞬間!懐かしい耳鳴りがした。
“アタリ”だ。
やはり赤い仏像はただ者ではないらしい。
ピリピリと突き刺す空気を肌に受けながら中に入る。

『老朽化が進んでいてね。大分取り壊してしまって今では物置として此処が残ってるだけさ』

中はガランとしていた。

住職は正面奥の戸棚を開けガサゴソやっている。

『お、有った有った』
『ほら、これが赤い仏像だよ』

住職から赤い仏像が手渡される。
ついに待ちに待ったご対面だ。

だが、2人の出逢いは予想に反して感動的な物では無かった。

『黒い』
それが正直な感想だった。
赤黒いと言うより黒いのだ。

『これがホントに【赤い仏像】なんですか?』

漆塗り…とまではいかないが、それなりの鮮やかさを予想していただけに期待外れな気がした。

『あぁ、間違いない。それが正真正銘【赤い仏像】だよ』
『薄暗いせいかもしれないな。外で見て来てごらん』

言われるままに外に出てまた眺める。
なるほど。
確かに少しはマシになった。
でもまだ何か違う。
もっと禍々しくおどろおどろしい物を想像していたがあまりに“普通”なのだ。
匂いは確かに変ではあったが、ただ単にカビ臭いだけのような気もした。
改めて仏像をよくよく見ると、本にあったように涙の跡のようなモノは確かに在った。
だが、それだけだ。
変な気配も感じない、何かの声を聞く事もない、動き出す気配なんて微塵も無かった。

自慢のアンテナも不調らしい。
期待外れと言うより拍子抜けに近い感覚に肩を落としつつ赤い仏像を住職に戻した。

『どうだった?』

『どうも何も普通でした』

『だから言っただろう?あんな仏像を観てどうするのか?と』

『はぁ…』

あからさまな落胆ぶりに気を利かしてくれたのか、【赤い仏像】に詳しい婆さんを紹介してくれるらしい。

また明日尋ねなさいと言われた。
有り難い話だが、正直ハズレである事を悟った俺のお熱はすっかり冷めていた。

住職のチェックが終わり。
帰路に着く。
ワンワン。
撫でる。
テクテク。
歩く。

宿に戻った俺はゴロンと寝転んだ。
湯と食事だけが疲れを癒やしてくれた。
気付いたら夜が明けていた。
どうやら爆睡してたらしい。
朝食を軽く済ませ、一息ついたところで何をしようか考える。
ふと携帯に着信あり。
またもや携帯から唸り声が響く。
唸る携帯を脇に投げ寝転がる。

しばらく天井を眺めて居たが、どうにも暇だ。
『よし!』
気合いを入れ立ち上がる。
どうせ後2日在る。
こうなれば乗り掛かった船だ、とことん付き合ってやろう赤い仏像よ。

再び住職の軽トラに揺られ昨日と同じ道を行く。
『昨日と同じ道ですね』

『昨日話したろ?山で飼ってる犬に餌をやりに来る婆さんが居るって』
あの婆さんらしい。

『そのお婆さん何者なんですか?』

『昔話が大好きな変わった婆さんだよ(笑)ちょっと痴呆入ってるがね』

家に着くと『話は通して有るから。今日は用事があってね。また後で迎えに来るよ』と行ってしまった。

『すいませ~ん?どなたかいらっしゃいませんか~?』

『はーい、いま行きます』
割烹着姿のおばさんが出て来た。

『住職に紹介されて参りました』

『あ~はいはいおばぁちゃんに用が有るって人ね』

『はい』

『どうぞどうぞ狭い家だけど上がって上がって』
『おばぁちゃん?おばぁちゃ~ん?お客さんよ~』
おばさんに連れられ客間へと通された。

『はい、お茶』

『ありがとうございます』

『今おばぁちゃん呼んで来るから少し待っててちょうだいね』

『はい』
しばらくするとスーッと戸が開き、梅干しのようなしわくちゃのお婆さんが入って来た。

『ひゃひゃひゃ…あんたかい若いの』
しわくちゃの顔をクシャクシャにして不気味に笑いかける。

『あ、はい今日はよろしくお願いします』
何か負ぶっている…赤ん坊…ではない赤ん坊の人形だ。

『この子はあたしの子だよ』
ニタリと笑った。
なるほど痴呆らしい。

『賢そうな子ですね(笑)』
俺のお世辞に気を良くした感じでほうじゃろうほうじゃろうとニタリと笑った。

『ほいであんた』

『はい』

『今日は紅仏様の話を訊きに来たんじゃろ?』

『はい。知ってる限りで構わなのでお願いします』

『そうかいそうかい(笑)それじゃ、そうだね紅仏様が生まれた話をしようか』
お婆さんは静かに語り出した。

『昔昔の話だよ。この裏の山には集落が在ってね。100人いくかいかんかくらいの人々が寄り添って暮らしておった』
『人々は畑を耕し、猟をし、仲良う暮らしておった』
『じゃがある日余所者が来てな、集落の娘っ子を奉公に欲しいと豪商が言っとるとのことじゃった』
『元々閉鎖的な集落じゃったて、長と数名の老人とで話し合い外の世界を見てきて貰おうっちゅう話になった』
『別れの日、手を振る娘っ子を集落の人間総出で見送った』
『それからまたしばらく静かな日が過ぎて行った』

『ある日、農夫が畑を耕しとったら女がフラフラ歩いて倒れた。驚いて駆け寄り更に魂消た』
『その女はあの娘っ子じゃった。娘っ子はボロボロに疲弊しながら、帰って来おった』
『農夫は娘っ子を看病し、娘っ子はなんとか一命を取り留めた。娘っ子は身ごもっておった』
『話せるようになった娘っ子は、堰を切ったように泣き出した』
『娘っ子の口から聞かされるおぞましい余所者の悪行に集落の者全員が悪鬼の如く怒り狂った』

『怒り心頭に発した人々は長の元へ集った。長は伝家秘伝の巻物を取り出し、禁書とされとったそれに手を出した。禁書には魔物の呼び出し方が載っとった』
『人身御供となったのは…そう、望まれぬ娘っ子の赤子じゃった』

『人々は準備が整うと赤子を殺し、その赤子の生き血を仏像に吸わせおった』
『これが“紅仏様”じゃ』

恐らく、あの本の筆者はこの話を知っていたのだろう。
だから目の当たりにする【赤い仏像】にあれだけの禍々しさを感じていたに違いない。
自分もアレが生き血の名残かと思うと今更ながらに鳥肌が立つ。
“血仏”とは単なる形容では無かったのだ。
『それで、豪商はどうなったんですか?』

『死んだよ。何か獣のようなモノに襲われ全滅じゃった』

『それが魔物ですね』
『それで、その魔物の正体とは?』

お婆さんは下を向くと首を左右に振った。
『それより、面白い話がある』
魔物の正体が気にはなったが、話したくない・知らないと言うよりどうやら知ってはまずいらしい。

『面白い話とは?』

『昔から“紅仏様”のお側で寝れば面白いものを見せて貰えると言うことじゃ』

『面白いものとは?』

『さぁ~?それは寝てみないと判らんのぉ』
そう言うと、お婆さんはひゃひゃひゃと笑った。

宿に戻りお婆さんの話を要約してみる。

お婆さんの話は、あの本のあの項末尾に書かれていた塗りつぶされた部分の内容だろう。
つまり【赤い仏像】は呪具の一種で、魔物と呼ばれる何らかのモノを呼び寄せる憑り代のようなモノだ。
魔物の方がヤバそうだな…と思う。
『“面白いもの”か』

気付いた時には寺に居た。
こんな事もあろうかと簡易テントと寝袋は用意してあった。
夕暮れ時の山から眺める自然もまた良いものだ。
ふと、【赤い仏像】が気になり横壁の窓から中を覗いた。
すると住職がしまったと思われた赤い仏像が棚に飾られているのが見えた。

ゾッとした。

天窓から夕陽に照らされ赫赫と輝くソレは正に【赤い仏像】だった。
ついに姿を現した“紅仏様”にたじろぎながら、なんとも言えぬ匂いにむせかえる。
その時!“紅仏様”がこちらへ向き直った!
ビクリとして屈み隠れる。

そろーっと腰を上げながら窺うと、こちらを向いたと思われた“紅仏様”は最初に見た時と同じように正面を見据えていた。

『気のせい…か』

それから“紅仏様”が動く気配は無かった。

なるべく近い場所にと寺の横にテントを張る。
秋の山は寒い。
テントに入る頃には辺りは真っ暗になっていた。
長い夜の始まりだ。

俺はテントの中で眠れずにいた。
山は静けさに包まれ、時折鳥の声や虫の音が聞こえる意外は完全に静寂と闇が支配していた。
(罰当たりとは思ったが)外で用を足していると、不意にまた遠吠えを聴き、ビクリとする。
あの犬だろうか。

テントに戻ると吊してある懐中電灯の電池を入れ替え、灯したまま横になった。
しばらく冴えていた目も次第に重くなり、深く深く沈んで行った。
酷い耳鳴りに目を覚ましたのは深夜だった。
携帯を覗くと2:15と表示されている。
ガサ…音がする。
『うっ…!!』
何だこの匂いは…。
いつの間にか辺りは濃い獣の匂いに包まれていた。
懐かしい感じもする匂いに混じって、錆びた鉄の臭いが辺りに充満している。
血の臭いだ。

グルルル…唸り声に体が強張る。
間違いない。
何か居る。
頭を過ぎったのは熊だった。
まずい事になった。
夢を見る前にこんな事になろうとは…。
あれやこれや考えたが、どうしてもこの状況を打開出来る名案は浮かばない。

こうなったらやり過ごすしかない。
俺は息を潜め熊が立ち去るのを待った。
だが、おかしい。
待てども待てども、一向に立ち去る気配はないのだ。
三十分くらい生きた心地のしない時がゆったりと流れた。
次第に恐怖心は好奇心や探究心に変わっていた。
そもそも熊なんか出るのか?ひょっとしたらあの犬かも知れない。
そう考えたら正体も判らない相手に怯えて居るのが馬鹿馬鹿しく思えてきた。
意を決するとジーッとテントを開け、懐中電灯で外を窺った。
何も居ない…?
既に立ち去ったのだろうか?先ほどまであった気配は完全に消えていた。

テントから這い出て辺りを見回す。
やはり何も居ないようだ。
疲れてたのか?
テントに戻ろうと振り向くと…それは居た。
唸り声を懐中電灯で照らす。

化け物だ。

大型犬くらいの大きさ。
熊のような太い足。
形は狛犬のそれに近い。
が、風貌はまるで違う。
顔には六つの飛び出さんばかりに突き出た目玉があり、ギョロギョロと四方八方を見回し。
口は三つ、頭の上と正面と顔面の横に付いていた。
胴体からは人の腕や足が生え不気味にユラユラと蠢いている。
俺は懐中電灯を落とした。

『ミ、ミギュアァァァァ!!』

ミギャーだかオギャーだか判らないが、例えるならそう猫が喧嘩をしてる時の、赤ん坊が泣いてるような鳴き声がこだました。

咄嗟に俺は走り出した。
後ろからは赤ん坊の泣き声と足音が響く。
捕まったら喰われる。
暗い暗い森に駆け込んで行く。

こういう時、人間の力とは恐ろしく思う。
正に飛ぶように枝葉を掻き分け山を下る訳だが、明かりも無い闇の中を、まるでどこにどう木が生えているのか誰かが教えてくれているかのように、ぶつかりもせず縫うように走っていった。
いや…知っていた?
が、途中ふいに足を取られる。
倒れる刹那何かが頭を過ぎる。
全身に衝撃を受け止めながら湿気った土の感触が広がる。
と、同時に土から血なまぐさいような変な匂いも感じた。

どうやらそこだけ草木も無く、僅かに開けているようだった。
痛みをこらえ飛び起きると、再び走り出す。

後ろには赤ん坊の泣き声が迫っている。
途中ワンワン!と吠えられる。
太郎だ。
ワンワン!ワンワン!と吠えている。
グルルルと二匹の唸り声が重なった。

俺は木陰に身を隠し、対峙する獣の様子を窺った。

ギャウン!太郎の弱々しい悲鳴が森に響く。
ボリボリと音が後に続く。
喰っている。

俺は踵を返すと再び走り出した。

また赤ん坊の泣き声が近付いてきた。
どんどんどんどん大きくなる。
オギャーオギャーと泣いている。
息遣いまで聴こえてくる。

次の瞬間!背中に強い衝撃を受け地面に突っ伏した。
『うぅ…』
仰向けに寝返ると、ソレは俺の腹を踏みつけ抑えつける。
もう…駄目…だ。
ギョロギョロとした目が眼前に迫り、俺は気を失った。

目を覚ますと、住職と割烹着のおばさんが俺の顔を覗き込んでいた。
どうやら生きているらしい。
『ん…ここは?』

『おぉ!目が覚めたか!』
住職とおばさんは喜び顔を合わせる。

『俺は…?』

『婆さんが日課の餌やりに行ったらお前が倒れとるのを見付けてな、助けを呼んで今に至ると言う訳だ』
なるほど、助かったらしい。
昨日のアレは…夢?

『痛っ!』
痛みを感じ布団を捲り足に目をやる。
歯形だ。

『あ~、それな。なんか咬まれてたみたいだから薬を塗っといた。なぁに傷は深くはない。剥き出しですまんが、あいにく包帯は切れとってな』
夢では無いようだ。

『ご迷惑お掛けしたみたいですみません。介抱して頂きありがとうございます』

『何か欲しいものない?』

>>366
『水を』と答えるとおばさんは台所へ向かった。
『しっかしお前さん、いったい何があったね?』
住職の問いに答えようとすると、またあの不気味なひゃひゃひゃという笑い声が聴こえた。

『“見た”んじゃろ?』
お婆さんはニタリと笑った。

『お婆さんはアレが何か知ってるんですね?』
『アレが例の魔物ですか?』

お婆さんは静かにだが深く頷いた。
『その足の鋸のような歯形は間違いない。ヒトアラズの仕業じゃ』

『ヒトアラズって言うとあのヒトアラズか?』
住職が口を挟む。

『ほうじゃ間違いない』

『そのヒトアラズって言うのは?』

『訊きたいか?』
ニタリと笑う。
俺はゴクリと喉を鳴らし頷いた。
婆さんは人形を寝かせた。

>>372
『昔昔の話じゃ。ある日『ハイどうぞ』
間が悪い。
お婆さんが話し始めたその時におばさんが水を差し出した。

『あ、ありがとうございます』

『ごゆっくりね』
おばさんは部屋を後にした。
気を取り直し再び話を訊く。

『昔昔の話じゃ。ある日集落に不気味な牛の子が生まれた。その牛の子、なんと人の形赤子の姿をしとった』
『人々はこれは禍の前触れじゃと牛の子をバラバラにし埋めてしまった』

>>373
『じゃが、それからというもの集落に全く子が出来んようなった。人々は牛の子の呪いじゃとはやし立てた』
『そこで、牛の子を供養する為に犬、猫、狸、兎、蛇、熊、梟、鴉、鷹などなどありとあらゆる獣を七匹ずつ生贄とし、生き血を墓に撒いて飲ませた』
『それから集落は子を授かり呪いは見事に破られた』
『しかし呪いを破ったは良いがこの儀式は新たな厄を呼び寄せた』
『ある集落の農夫がお供え物をしに行った時の事じゃ。シシガコミまで来るとその者はおっ魂消た』
『なんと!牛の子を埋めた場所にはぽっくりと穴が空いておるではないか!驚く農夫の耳に唸り声が届く』
『向き直るとそこには!化け物がおった!』
『走った走った、農夫は息も絶え絶え家に着くと、集落中に化け物の話をして回った』
『じゃがそんな話、だぁれも信じやせん。農夫がうなだれておると今まで聴いた事も無いおぞましい遠吠えが聞こえる』
『集落の人々はびっくらこいて皆家々を飛び出し広場に集うた』
『人々は遠目に獣を見た。魔獣じゃった。獣は己の存在を誇示すると満足したのか森に走って消えた』
『それがヒトアラズじゃ』

『お婆さんの言っていた“面白いもの”ですか?』

>>374
なるほど。
人の悪い婆さんだ。
この婆さん、全て知ってて俺をあんな目に遭わせてくれやがったらしい。

『いんや、違う』
予想外です。
なら何が面白いものだったのか?
お婆さんは『紅仏様の側で寝たら面白いものが見れる』と言った。
俺はてっきり眠ったらだと解釈し、“面白いもの”とは夢を指すのだろうと思い込んでいた。
だから昨日も眠ろう眠ろうとしていた。
しかし違った。
寝ると言うのは一晩過ごすと言う意味で、その晩に俺はあの魔物“ヒトアラズ”に遭遇したのだ。
それ以外は覚えがない。

『違う?では“面白いもの”ってなんなんですか?』

『お前は逃げる時に何か見たはずじゃ、何を見たか覚えとらんのか?』
実に素っ頓狂な質問である。
何度も言うように昨日の晩に俺が見たのは“ヒトアラズ”だ。
それは婆さん自身が説明してくれたではないか。
他には何も見て…いや、待てよ。
何か忘れている。
逃げる最中に感じた既視感、俗にデジャヴュと呼ばれるそれを俺は確かに感じた。
そうか!転んだあの時だ!
確かに俺は見た。
フラッシュバックのようにそれを見た。

『思い出したかい?』

>>375
『お婆さん、【赤い仏像】に使われた血は何処へ捨てるんですか?』

『牛の子にあげるんじゃよひゃひゃひゃ(笑)』
ビンゴだ。
恐らくはあの場所、俺が突っ伏した時に感じた血の匂いはそれだ。

『ヒトアラズを呼び寄せる時には、必ず人身御供が用意されますよね』

『ほうじゃほうじゃひゃひゃひゃ(笑)』

『それは集落の人間ですね』

『ほうじゃほうじゃひゃひゃひゃ(笑)』
『呪いを成就させるにはそれなりの犠牲が必要じゃ。犠牲を払ってでも遂げたい呪いが在ったとも言えるの』
俺は水をグイと飲み干した。

『お話と介抱、ホントに有難うございました』

『帰るのか?若いの?』

『はいお邪魔しました』

『あ、それと太郎ですが…』

『なぁに気にする事は無いよ(笑)あれはこういう時の為に作ったんじゃからひゃひゃひゃ(笑)』

『作った?』

『ほうじゃほうじゃ(笑)毎年決まった時期に線香の灰を混ぜた酒を飲ませてな』
ニヤリと笑った。

『こうなると予見してたんですか?』

『念のためじゃよ。念のため身代わりくらいは立てとかんとな』

『じゃあ、お婆さんは俺の命の恩人ですね。適わないなぁ(笑)』

『また飯でも食いに来いひゃひゃひゃ(笑)』

『良いですね(笑)また今度ご馳走になります』
『あ、そういう話なら昨日の晩御飯は何だったんです?』

『昨日か、昨日は山菜ご飯とサバの煮付けに里芋のふかし、ほうれん草のお浸し…』
そこまで言うとばつが悪そうにこちらを見た。
『また、ご馳走になる日を楽しみにしてますよ』
俺は笑った。
『ひゃひゃひゃ(笑)こりゃ一本取られたわい』
痴呆の婆さんも笑った。
何の為かは知らないが面倒な事をしている婆さんだ(笑)

庭に出ると山の駐車場に置き去りな筈の俺の車が在った。
『あぁ、車はこっちに持ってきておいた。中にテントやら何やらほっぽっとったもんも入っとる』
助かった。
正直、とてもあの場所へ戻る気にはなれなかったところだ。

『重ね重ね有難うございます』

俺の肩を叩き住職は笑った。
『なぁに気にすんな(笑)お前さんが来てからというもの、こっちも面白かったよ』
『いい酒の肴も出来たしな(笑)』
生臭坊主は笑った。

見送る三人に会釈すると俺は婆さんの家を後にした。

宿に着き。
帰り支度を整え、一人考えていた。
婆さんの話の細かい部分は割愛したが、その話やこの村に来てから判った事をメモに記していた。
以下はその内容である。

赤い仏像
紅仏様(ベニブッサァ・ベニブツサマ)
血仏(チボトケ)

獣非(ヒトアラズ)

獅子囲み=死屍囲み(シシガコミ)

逃げる途中で何かに躓く(フラッシュバック?)
躓いたのは恐らくシシガコミの積み石

【赤い仏像】
昔山の集落で用いられた祭具
奉公に出て孕んで帰って来た娘の赤子の生き血に浸して作られた
それ以降も集落の人々の血を吸い続ける
色はドス黒い
余所者(集落以外の人間)を呪い殺す為の呪具
血の涙を流す
血の涙の跡から来たと思われるが、恐らく血に浸した仏像を取り出し、立てて乾かす際に、他の血が乾き最後に目尻に溜まった血が流れた、その跡だろう

【ヒトアラズ】
昔おぞましい牛の奇形が生まれた(人【赤ん坊】に近い形をしていた)
一節にはアルビノの人間だったというのも有る
牛の子として殺したんじゃないか?と
それを殺し使い魔化したモノ
鳴き声は猫が喧嘩してる時の様な赤ん坊のような鳴き声
風貌は極めて凶悪

【シシガコミ】
獅子囲み=獣の王(この集落ではヒトアラズ)を祀る祠
死屍囲み=同上。ヒトアラズを埋め、様々な七匹の獣の生き血を飲ませた墓場(ベニブツサマを作る為に犠牲にした人身御供もここに埋められた。その際に仏像を浸した血の余りも棄てた)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
以上

『“面白いもの”か』
俺は一人呟く。
ヒトアラズから逃げたあの時、俺はあの場所を知っていた。

前と同じように俺は逃げた。
シシガコミで前と同じように転んだ俺は全てを思い出した。
前の俺はまだ子供だった。
前の時も逃げてはいたが、追い掛けてくるのはヒトアラズでは無かった。
転んだ俺を押さえつけるそいつは…長だった。

寺の下に飼っている猫の世話をしに来た子供は寺の中を見ていた。
激しく言い争う二人。
長はもう一人を祭具で殴り殺した。
そして此方を向いた。
ビクリとしてかがみ込む。
『誰だ?』
長の声が聴こえる。
子供は走った走った。
だがやがて転び、追い付かれ今にいたる。
首を絞められ薄れて行く意識の中、視界には魔物が写っていた。
名をニンゲンと言う。

以上が俺が見た映像だ。
お婆さんが言うには余所者を消す為に儀式は行われ、人身御供が用意されるとの事だった。
だが前世なのか他人の体験なのか知らないが、俺が見た映像を考えるとどうやら違うらしい。
いつからか集落を守る為の儀式は、都合の悪い集落の人間を消す為の、体の良い免罪符になっていたのだ。

紅葉色の頬をした中居達と女将に見送られ宿を後にする。
車を走らせていると、どこからかまたあの遠吠えが聞こえビクリとする。

鮮やかな葉が降り注ぐ。
ある秋の日の出来事だった。

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