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『立石寺』|洒落怖名作まとめ【長編】

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『立石寺』|洒落怖名作まとめ【長編】 長編
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立石寺

 

大学1年の夏。
東北・遠野郷の方を回るつもりだった。
地図を広げ、ガイドブックと突き合わせながらコースを考えていると、高校2年の
弟が、ひょいとその手元を覗き込んだ。
「いいな兄ちゃん、僕も連れてってよ」
「バイクで夜駆けだぜ、いいのか?」
「うん、いいよ」
昼間コイツと一緒に走った事はあるが、夜走りは一度もない。若葉マークはもう脱出しているが、さて、どこまで走れるか?
「どこか行きたいとこ、あるのか?」
「うん、山形の立石寺へ行ってみたいんだ」
山形・天童か。東海道回りなら、高速で東京まで約500Km、そこから400Km
足らず。合計900Kmちょい手前程。日本海回りなら、新潟まで高速で600Km、
後は国道伝いでざっと160Km。合計800Kmを少々切る。100Kmの差は大きい。
往きのコースを日本海回りに決め、帰りは千葉の祖父母の所で盆を過ごす事にする。
出発はいつもの通り、午前0時。いつもと違うのは、後に弟が付いてくる事。
自分一人なら高速は使わないが、道路は後続車両を確認しやすいのと、一定時間
あるいは距離ごとに休憩を取りやすいから、こう言う時は便利だ。
また、夜中の高速や、一桁・二桁国道には、とてもペースのいいトラックがいる。
彼らはプロだから無理な事は絶対しない。その後を、最低限度危険回避出来る距離を
空けてついて行けば、かなり楽に走る事が出来る。
夜走りで一番怖いのは、夜明け前。どんな季節でも、気温がぐんと下がり、睡眠不足で
疲労が溜まってきた身体から、判断力と行動力を奪って行く。
夜明け前、北陸自動車道・栄PAで弟の様子を見ると、ヤツはとん汁定食を一生懸命
食っていた。ダメだったら飯は食えない。まあ大丈夫だろう。

 

3時頃、予約していた民宿についた。
弟はわりあい元気だった。兄としては、弟の成長ぶりが嬉しくもあり、なんとなく
褒めてやりたいような、誇らしげな気分だ。
天童には良い温泉がある。俺たちは近くの有名ホテルまで風呂に入りに行く事にした。
「兄ちゃん、僕、お腹空いたよ。蕎麦でもやらない?」
「蕎麦か、いいな。こっちの方の蕎麦は旨いもんな。」
そうして、ちょっと寄り道しようとしていた時だった。
「…一郎さん?」
背後で優しげな声が聞こえ、振り返ると、20歳ぐらいの清楚な感じの若い女性が、
弟の背中に手を伸ばしかけていたところだった。
「あ、ごめんなさい。人違いでした」
慌てたようにその手を引っ込め、恥ずかしそうにうつむくと、彼女は俺たちに背を
向け、小走りに駆けて行った。
何故か、弟はその後姿をじっと見送っている。???どうした?
別の視線を感じ、そっちを見ると、土産物屋のおばさんが目顔で俺たちを呼んでいる。
親指を立て、(俺たち?)と自分の顔を示すと、うんうんと頷き、手招きをする。
「あの娘はね、この少し先の方の子なんだけど、1年ぐらい前からオカシイのよ」
彼女の名は加奈子さん。去年の今頃からちょくちょく、うちの弟と同じような背格好の
男性に“一郎さん”と呼びかけ、自分の名を“三千子”と名乗るのだと言う。
「親も大変だよ。昔はさんざんグレて暴れまわってさ、今は、なりは清楚になったけど、
見ず知らずの男に声掛けまくるんだもの。時々、トラブルもあるしね。まあ、あんたら
みたいに短時間で離れたのって、ほんと、珍しいよ」
おばさんが話している間中、弟は何故か少し悲しげだった。

夕飯をたらふく食べた後、TVをぼーっと見ていると、弟が立ち上がった。
「コンビニでコーラ買ってくる。兄ちゃん、何か要らない?」
「んー、アイス、有ったらピノ。それとラーク・マイルド、なけりゃセブンスター」
「わかった」頷いて弟は出て行った。珍しい。いつもなら、煙草は程々にしなよとか、
何か一言あるはずなのに、今日はどうしたんだ?
…20分が過ぎた。ヤツは帰って来ない。コンビニが移転しちまったのか?
宿の下駄を突っかけ、表へ出てみると、橋の袂に弟と女の子の姿があった。なんだか、
しんみり話をしている。あれ?もしかして彼女、加奈子=三千子さん?いつの間に発展
してたんだ?これは少々マズイか。でも、ヤツも17だから、ぼちぼちこういう事は
自分で処理出来ないとダメだよなあ。邪魔しないで、様子を見ようか。
そこへ中年配の男性が走って来た。彼女の親父か?こうなると、兄は離れがたい。
よくわからんが、がんばれ弟。オヤジの1匹やそこら、いなせないでどうする。
しかし、弟は一方的に何か言われていて、彼女は弟の後ろでうなだれている。
あー、くそ!歯痒ったらしい!!でしゃばるまいと思ったが、限界だ。
オヤジは顔を真っ赤にして、弟に文句を垂れていた。
「…いいか、おまえみたいな他所者が、金輪際うちの娘に近づく事は許さん!!」
「ちょっと待って下さい」俺は声を張り上げた「そのセリフはお返しします!」
いきなり横から現れた俺に、オヤジは少したじろいだ。その隙に言葉を続ける。
「弟は何もしていません。今日だって、彼女の方から弟に声を掛けて来たんです。
他の人も見ています。変な言いがかりは止めて下さい。迷惑です」
オヤジが次の言葉を捜してもごもご言っている間に、俺はきっぱり「失礼します」と
言い、弟の腕を掴んで、有無を言わさず踵を返した。
弟と加奈子=三千子さんが、ほぼ同時に、あ…と声を上げたが、聞こえない振りをし、
弟を引っ張ってずんずん歩いた。
「…違うんだよ、兄ちゃん。違うんだ。そんなんじゃないんだ、違うんだよ」
俺は何も返事をしなかった。
宿へ戻った弟は一言も口を利かなかった。

翌朝、午前6時に叩き起こされた。
「ごめん、兄ちゃん。今日はいっぱい行かなきゃいけないんだ」
弟はもうちゃんと出発の支度を済ませている。いいけどな、前の晩に言っといてくれ。
7時に朝食が終わると、天気予報さえ見る間もなく出発。俺が料金を精算している
間に、弟は宿の人に何か包んだものを貰っていた。
「今日は僕が先に走る」
言葉は静かだが、こう言う時の弟に何を言っても無駄。おっとりした外見に似合わず、
結構きっぱりしたところがある。
先行させてみると、スピードはそんなに出していないが、信号にひっかからないので
その分速い。信号機が無い訳じゃない。進行方向全て“青”になるのだ。
弟が“視える人”としての能力を発揮し始めていた。
全然知らない町を、弟は旧知の場所の如くスイスイ走りぬけ、気が付くと、山に近く
人家がほとんどないような辺りを走っていた。一体何処へ行く気なのか。そう思った
時、弟はウィンカーを出し、俺に停止の合図を送って寄越した。
路肩にバイクを止め、ヘルメットを取った弟は、俺にここで待つように言い、自分は
すぐ先の家に向かってすたすた歩いて行く。なんだか、人が住んでいなさそうな家だ。
セミの声以外は、音もない。車もほとんど通らない。隣の家は遥か彼方。こう言う
場所にも人は住むんだよなぁ。などとぼんやり考えていると、弟は黙って玄関の戸を
引き開け、ごめんくださいとも言わず、そのまま中へ入って行った。
え?おい、まさか、本当に無人なのか?おまえ、何やってんだ?これで、警察でも
通りかかられた日にゃ、問答無用で俺ら犯罪者だぞ。
ものの5分とかからずに弟が出て来た時、内心焦りまくっていた俺は胸を撫で下ろした。
「おまたせ、行こうか」
唇をきっと引き結んだ弟に、何をしてたか聞いても、きっとこの分では答えるまい。
「次はどこだ」
「立石寺だよ、覚悟しててね」
どう言う意味だ?

立石寺は、清和天皇の勅願によって慈覚大師円仁が開山した寺であり、山寺の別称が
ある通り、麓から頂上までを含めた全てが寺である。古来から奇岩怪石の霊屈が多数
あることで知られ、有名な芭蕉の句「閑さや 岩にしみ入 蝉の声」は、それらの
連続する風景と音響効果のもたらしたものだと考えられている。
「一番てっぺん、奥の院まで行く」と、弟は言った。
根本中堂から奥の院までは、1015段の石段を上がる。たいしたことなさそうな
距離のようだが、実際には健脚の人でも1時間余りを要する、結構ハードな道だ。
観光客がまだ来ていないせいで、人影はまばらだった。もう1時間もすれば混んで来て、
思うように歩けないんだろうな。そう思いながら、黙って歩く弟の後を付いて行く。
鎌倉末期に創建され、根本中堂と共に幾多の火災を免れてきたと言う、山門に到着
すると、見覚えのある女性が長細い風呂敷包みを持って、そこに佇んでいた。
「三千子さん、来たよ」
弟がそう声をあげると、彼女は嬉しそうに微笑んで、こちらへ駆け寄って来た。
「本当に、来て下さったんですね」
「だって、昨日、約束したでしょう」
加奈子=三千子さんは、まぶしそうに弟を見ている。
「私も、約束は守ります」彼女は風呂敷包みを差し出した。
「兄ちゃん、ごめん。僕、それを持つ訳には行かないんだ。代わりに貰ってくれる?」
そう言われ、その風呂敷包みを受け取った俺は、それを腰に結わえ付けた。
「じゃあ、行って来ます」
「よろしくお願いします」頭を下げかけた彼女の身体がぐらりと傾いだ。
慌てて彼女を支えた俺の背に、何か別の重みがぐぅんと加わる。一体何なんだ?
「大丈夫、気を失っただけだよ。すぐ平気に戻るから、門に寄りかからせてあげて」
そう言いながら、弟はウエストバッグから、朝、宿で貰った包みを開け、真新しい
御飯杓文字を取り出して、そこに顔を書き込むと、門の左下の地面にそれをおいた。

「何だ、それ?」
「ああ、塞の神の代わり。この先、他の人にやたらに入って来られると、ちょっと
困るから、しばらく防いでて貰おうと思って。」
全く意味がわからない。このひと、どうする?と聞くと、大丈夫、事が済んだら気付く
はずだから、と弟は言うが、俺にはなお、意味がわからない。
「行くよ、兄ちゃん」
弟はそう言うと、上を目指して歩き始めた。気を失った彼女の事は気がかりだったが、
ともかく弟がそう言う以上信じるしかない俺は、その後を追うしかない。
軽やかな足取りの弟に比べ、俺は四苦八苦しながら歩を進めていた。昔、一度だけ
歩荷を経験したが、あれに匹敵するほど身体が重い。
「ごめんね、重いでしょ」弟には、この不可解な重量感の原因がわかっているらしい。
「今、兄ちゃんの背中には三千子さんがいるから」ヤツは済まなそうにそう言った。
何だと?俺が何だって?「…ちゃんと、話せ」それだけ言うにも息が切れる。くそ…
「夕べ、僕らが話してたのは」弟が話し始める。「三千子さんは、戦死した一郎
さんのあの世でのお嫁さんで、でも、一郎さんのご両親は彼の戦死を信じてなくて、
毎日彼女に一郎さんの写真を見せながら、息子はいつかきっと帰って来る、だから
おまえの仕事はその帰りを待つ事だって、言ってたんだって。例え、相手が魂のない
物でも、何十年そんな事言われ続けたら、気持ち入っちゃうよね。まして人形だもの。
そのうちにおじいさんが亡くなって、去年おばあさんも亡くなって。こっちで暮らす
人がなくって、家の中の物を処分したらしいんだけど、三千子さんの由来を知ってる
人が誰もいなくて、本当なら一郎さんと一緒にここへ来るはずが、一人古道具屋へ
売られちゃったんだ。加奈子さんは、たまたま波長が合ったっていうのかな、店先で
見かけた三千子さんをつい買って帰って、三千子さんが加奈子さんに憑いちゃった。
…悲しいよね。だから、僕が一郎さんを探してあげるって言ったんだ。その代わり、
加奈子さんの身体を本人に返してあげてって」
正直、俺は呆れ返った。なんて無謀な事を言うヤツだ、コイツは。

 

「それで、あの家へ、行ったのか」
「うん、家が視えたから、一郎さんにかかわるものが何かあればと思って」
で、何かあったのか?と問うと、あった、と弟はきっぱりした口調で言った。
「これで、二人を送ってあげられると思う」
「って、おまえ視えるだけだろう?」そう。弟には母のような防御・攻撃能力は無い。
「うん。だけど、兄ちゃんがいるから」
「俺がいたって意味なかろう?」視えないし、聞こえないし、感じないのに。
「ううん、そんな事ない。兄ちゃんがいると、余計なヤツらが来ないし、ビジョンが
すごくクリアになるんだ」俺は触媒か。「だから、一緒ならやれると思う」
「勝手にアテにするな」
「そんな事言わないでよ」
脂汗を垂らしながら、奥の院に着いた時は、本当にダウン寸前だった。
「兄ちゃん、お願い。もう一足がんばって」
年少に情けない様は見せられない。へばりそうになりながらも、かろうじて見かけを
取り繕い、千年以上の常火が灯ると言う如法堂へ足を踏み入れた。空気が冷たい。
「…なんだよ、これ」
堂の中央には金色に光る釈迦像が安置されていたが、その両側の壁には一面、結婚
写真や結婚式の絵が飾られていた。それも、まともなものは一つとしてなく、半分
写真と継ぎ合わされた絵だったり、両方絵だったりする。
「結婚前に亡くなった人の為に、親があの世で結婚させてやるんだって。中国の
鬼婚みたいなものなのかな」
そう言いながら、弟は像の後ろへ歩いていく。俺も後を追った。
そこには、十段ぐらいの棚が作ってあり、そのどれもに花嫁人形がびっしりと並べ
られている。これにはさすがにぞっとした。

「兄ちゃん、三千子さんを風呂敷から出して、ここへおいてあげて」
俺が持たされていた包みの中身は、花嫁人形だった。それを弟が示す、棚のわずかに
空いたスペースに乗せると、さっきまでの重量感がウソのように消え去った。
弟はジャケットの内ポケットから、小さな紙切れのようなものを取り出し、俺が置いた
人形に持たせるかのように立てかけた。それはセピア色に変色した、1枚の若い男性の
写った写真だった。
「三千子さん、一郎さんだよ。もう離れなくていいんだ」
ふと、人形が身じろいだかに見えた。
次の瞬間、その一組はオレンジ色の光を放ち、燠火のように燃え始めた。
あっけに取られている俺に、弟が静かに言った。
「ごめんね兄ちゃん、重い目させて、彼女を運んで貰って。だけど、僕は一郎さんの
形代を持っていた。その上、三千子さんの形代を手にしたら、今度は僕に三千子さんが
依ってしまいかねなかったから、波長が僕と全然違ってて、多少の事じゃ変わらない
兄ちゃんに持って貰うしかなかったんだ。ほんとにごめん」
ものの1分とかからず、人形と写真は灰になった。
俺たちはそれを見届けて手をあわせ、堂の外へ出た。
行きのあの苦労がウソのように、らくらくと石段を下り、慶派の名作である仁王像の
安置された仁王門を過ぎた俺たちは、御休石の向かい側の茶店で一休みする事にした。
さっさと山門の塞の杓文字を取らないといけないのはわかっていたが、心も身体も
とても疲れていた。ここで10分やそこら座ったところで、大事ないだろう。そう
タカをくくっての事だったが、いきなり弟が「ダメだ、限界越えちゃった。眠い…」
と言うが早いか、すうすう寝息を立てだした。

視えるって事は、見ないでいい事まで見てしまい、知ってしまう事。
今回は何とか行けたものの、この先、辛い思いや哀しい思いをする事もあるだろうな。
可哀想だが、俺はおまえに何にもしてやれん。ただ、そう言う事がなるべく無いように
祈るだけ。頼りにならん兄貴ですまん…
眠る弟の側でそう独りごち、山形の空を眺めた夏だった。

立石寺 終

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