『血』|【名作 師匠シリーズ】

『血』|【名作 師匠シリーズ】 師匠シリーズ
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死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?131
428 :血  前編:2006/06/03(土) 12:12:03 ID:3rNkYIQb0
795 :血  後編:2006/08/28(月) 21:37:35 ID:9j0TgqFm0
813 :血  後日談:2006/08/28(月) 22:09:47 ID:9j0TgqFm0

 

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『血 前編』

 

大学1回生のとき、オカルト道を突き進んでいた俺には師匠がいた。
ただの怖い物好きとは一線を画す、得体の知れない雰囲気を持った男だった。
その師匠とは別に、自分を別の世界に触れさせてくれる人がいた。
オカルト系のネット仲間で、オフでも会う仲の『京介』さんといいう女性だ。
どちらも俺とは住む世界が違うように思える凄い人だった。
師匠のカノジョも同じネット仲間だったので、その彼女を通じて面識があるのかと思っていたが、
京介さんは師匠を知らないという。
俺はその二人を会わせたらどういう化学反応を起こすのか見てみたかった。
そこであるとき、師匠に京介さんのことを話してみた。「会ってみませんか」と。
師匠は腕組みをしたまま唸ったあとで、
「最近付き合いが悪いと思ってたら、浮気してたのか」
そんな嫉妬されても困る。
が、「黒魔術に首をつっこむとろくなことがないよ」と諭された。
ネットでは黒魔術系のフォーラムにいたのだった。

「どんなことをしてるのか」と問われて、「あんまり黒魔術っぽいことはしてませんが」と答えていると、
あるエピソードに食いついてきた。
京介さんの母校である地元の女子高に潜入したときの出来事だったが、その女子高の名前に反応したのだった。
「待った、その女の名前は?京子とか、ちひろとかいう名前じゃない?」
そういえば、京介というハンドルネームしか知らない。
話を聞くと、師匠が大学に入ったばかりのころ、
同じ市内にある女子高校で、新聞沙汰になる猟奇的な事件があったそうだ。
女子生徒が重度の貧血で救急車で搬送されたのであるが、
「同級生に血を吸われた」と証言して、地元の新聞がそれに食いつき、ちょっとした騒ぎになった。
その後、警察は自殺未遂と発表し、事件自体は尻切れのような形で沈静化した。
しかしそのあと、二人の女子生徒が密かに停学処分になっているという。
「当時、僕ら地元のオカルトマニアには、この事件はホットだった。○○高のヴァンパイアってね。
たしか校内で流行ってた占いの秘密サークルがからんでて、停学になったのはそのリーダー格の二人。
どっかで得た情報ではそんな名前だった」

吸血鬼っていまどき。俺は師匠には申し訳ないが腹を抱えた。
「笑いごとじゃない。その女には近づかないほうがいい」
思いもかけない真剣な顔で迫られた。
「でも京介さんがその停学になった人とは限らないし」
俺はあくまで一歩引いて流そうとしていた。
しかし、『京子』という名前が妙に頭の隅に残ったのだった。

地元の大学ということもあってか、その女子高出身の人が俺の周辺には結構いた。
同じ学科の先輩でその女子高OBの人がいたので、わざわざ話を聞きに行った。
やはり、自分でもかなり気になっていたらしい。
「京子さん?もちろん知ってる。私の1コ上。そうそう、停学になってた。
なんとか京子と、山中ちひろ。占いとか言って、血を吸ってたらしい。
うわー、きしょい。二人とも頭おかしいんだって。
とくに京子さんの方は、名前を口に出しただけで呪われるとかって、下級生にも噂があったくらい。
えーと、そうそう、間崎京子。ギャ、言っちゃった」

その先輩に、『京子』さんと同学年という人を二人紹介してもらった。
二人とも他学部だったが、学内の喫茶店とサークルの部室に乗りこんで話を聞いた。
「京子さん?あの人はヤバイよ。悪魔を呼び出すとか言って、へんな儀式とかしてたらしい。
高校生がそこまでするかってくらいイッちゃってた。
最初は占いとか好きな取り巻きが結構いたけど、最後はその京子さんとちひろさんしかいなくなってた。
卒業して外に出たって話は聞かないから、案外まだ市内にいるんじゃない?なにしてるんだか知らないけど」
「その名前は出さないほうがいいですよ。いや、ホント。ふざけて陰口叩いてて、事故にあった子結構いたし。
ホントですよ。え?そうそう。ショートで背が高かったなあ。
顔はね、きれいだったけど・・・近寄りがたくて、彼氏なんかいなさそうだった」

話を聞いた帰り道、ガムを踏んだ。
嫌な予感がする。
高校時代から怪我人が出るような『遊び』をしていたという、『京介』さんの話と合致する。
山中ちひろというのは、京介さんが親しかったという黒魔術系サークルのリーダー格の女性ではないだろうか。
間崎京子。頭の中でその言葉が回った。

それから数日、ネットには繋がなかった。
なんとなく京介さんと会話するのが怖かった。ギクシャクしてしまいそうで。
ある意味、そんな京介さんもオッケー!という自分もいる。
別に取って食われるわけではあるまい。面白そうではないか。
しかし、「近づくな」と短期間に4人から言われると、ちょっと警戒してしまうのも事実だった。

そんな問題を先送りにしただけの日々を送っていたある日、道を歩いているとガムを踏んだ。
歩道の端にこすりつけていると、そのとき不思議なことが起こった。
一瞬あたりが暗くなり、すぐにまた明るくなったのだ。
雲の下に入ったとか、そんな暗さではなかった。一瞬だが、真っ暗といっていい。
しばらくその場で固まっていると、また同じことが起こった。
パッパッと周囲が明滅したのだ。
まるでゆっくりまばたきした時のようのようだった。
しかしもちろん、自分がしたまばたきに驚くようなバカではない。
怖くなってその場を離れた。

次は家で歯磨きをしているときだった。
パチ、パチ、と2回、暗闇に視界がシャットダウンされた。
驚いて口の中のものを飲んでしまった。

そんなことが数日続き、ノイローゼ気味になった俺は師匠に泣きついた。
師匠は開口一番、「だから言ったのに」。
そんなこと言われても。なにがなんだか。
「その女のことを嗅ぎ回ったから、向こうに気づかれたんだ。『それ』はあきらかにまばたきだよ」
どういうことだろう?
「霊視ってあるよね?
霊視されている人間の目の前に、霊視している人間の顔が浮かぶっていう話、聞いたことない?
それとはちょっと違うけど、そのまばたきは『見ている側』のまばたきだと思う」
そんなバカな。
「見られてるっていうんですか」
「その女はヤバイ。なんとかした方がいい」
「なんとかなんて、どうしたらいいんですか」
師匠は「謝りに行ってきたら?」と、他人事まるだしの口調で言った。
「ついて来て下さいよ」と泣きついたが、相手にされない。
「怖いんですか」と伝家の宝刀を抜いたが、「女は怖い」の一言でかわされてしまった。

京介さんのマンションへ向かう途中、俺は悲壮な覚悟で夜道を歩いていた。
自転車がパンクしたのだった。偶然のような気がしない。
またガムを踏んだ。
偶然のような気がしないのだ。
地面に靴をこすりつけようとして、ふと靴の裏を見てみた。
心臓が止まりそうになった。
なにもついていなかった!ガムどころか泥も汚れもなにも。
では、あの足の裏を引っ張られる感覚は一体なに?
『京子』さんのことを嗅ぎ回るようになってから、やたら踏むようになったガムは、
もしかしてすべてガムではなかったのだろうか?
立ち止まった俺を、俺のではないまばたきが襲った。
上から閉じていく世界のその先端に、一瞬、ほんの一瞬、黒く長いものが見えた気がした。
睫毛?
そう思ったとき、俺は駆け出した。
勘弁してください!そう心の中で叫びながらマンションへ走った。

チャイムを鳴らしたあと、「うーい」というだるそうな声とともにドアが開いた。
「すみませんでした!」
京介さんは俺を見下ろしてすぐにしゃがんだ。
「なんでいきなり土下座なんだ。まあとにかく入れ」と言って部屋に上がらされた。

俺は半泣きで謝罪の言葉を口にして、今までのことを話したはずだが、あまり覚えていない。
俺の要領を得ない話を聞き終わったあと、
京介さんはため息をついてジーンズのポケットをごそごそと探り、財布から自動二輪の免許書を取り出した。
『山中ちひろ』
そう書いてあった。
俺は間抜け面で、「だ、だって、背が高くてショートで・・・」と言ったが、
「私は高校のときはずっとロングだ。バカか」と言われた。
じゃあ、間崎京子というのは・・・
「お前は命知らずだな。あいつにだけは近づかないほうがいい」
どこかホッとして、そしてすぐに鳥肌が立った。

 

『血 後編』

 

はじまりはただの占いだったという。
女の子であれば、小学生や中学生のときにハマッた経験はあるだろう。
高校になっても占いに凝っている子となれば、占いの方法もマニアックなものになり、
ちょっと傍目にはキモいと言われたりする。
京介さんもそのキモい子の1人で、タロットを主に使ったシンプルな占いを、休み時間のたびにしていたそうだ。
やがて校内で一過性の占いブームが起きて、あちこちで占いグループが生まれた。
子どもの頃から占い好きだった京介さんはその知識も豊富で、多くの生徒に慕われるようになった。
タロットやトランプ占いから、ホロスコープやカバラなどを使う凝ったグループも出てきはじめた。
その中で、黒魔術系と言っていいような、陰湿なことをする集団が現れる。
そのボスが、間崎京子という生徒だった。
京介さんと間崎京子はお互いに認め合い、また牽制しあった。
仲が良かったとも言えるし、憎みあっていたとも言える、一言では表せない関係だったそうだ。
そんなある日、京介さんはあるクラスメートの手首に傷があるのに気がついた。

問いただすと、間崎京子に占ってもらうのに必要だったという。
間崎京子本人のところに飛んでいくと、「血で占うのよ」と涼しい顔でいうのだった。
指先や手首をカミソリなどで切って、紙の上に血をたらし、その模様の意味を読み解くのだそうだ。
「そんなの占いとは認めない」と言ったが、取り巻きたちに「あなたのは古いのよ」とあしらわれた。

その後、手首や指先などに傷を残す生徒はいなくなったが、血液占いは続いているようだった。
ようするに、目立つところから血を採らなくなった、というだけのことだ。
これだけ占いが流行ると、他の子とは違うことをしたいという自意識が生まれ、よりディープなものを求めた結果、
それに応えてくれる間崎京子という重力源に、次々と吸い込まれていくかのようだった。
学校内での間崎京子の存在感は、ある種のカルト教祖的であり、その言動は畏怖の対象ですらあった。
「名前を出しただけで呪われる」という噂は、単に彼女の地獄耳を怖れたものではなく、
実際に彼女の周辺で不可解な事故が多発している事実からきていたそうだ。

血液占いのことを京介さんが把握してから数週間が経ったある日。
休み時間中にクラスメートの一人が急に倒れた。
そばにいた京介さんが抱き起こすと、その子は「大丈夫、大丈夫。ちょっと立ちくらみ」と言って、
何事もなかったかのように立ち去ろうとする。
「大丈夫じゃないだろう」と言う京介さんの手を、彼女は強い力で振り払った。
「放っておいてよ」と言われても、放っておけるものでもなかった。その子は間崎京子信者だったから。

その日の放課後、京介さんは第二理科室へ向かった。
そこは間崎京子が名目上部長を務める生物クラブの部室にもなっていたのだが、
生徒たちは誰もがその一角には足を踏み入れたがらなかった。
時に夜遅くまで人影が窓に映っているにも関わらず、
生物クラブとしての活動などそこでは行われてはいないことを、誰しも薄々知っていたから。
第二理科室に近づくごとに、異様な威圧感が薄暗い廊下の空間を歪ませているような錯覚を感じる。
おそらくこれは教員たちにはわからない、生徒だけの感覚なのだろう。
「京子、入るぞ」
そんな部屋のドアを、京介さんは無造作に開け放った。
暗幕が窓に下ろされた暗い室内で、
短い髪をさらにヘアバンドで上げた女生徒が、煮沸されるフラスコを覗き込んでいた。
「あら、珍しいわね」
「一人か」
奥のテーブルへ向かう足が一瞬止まる。
この匂いは。
「おい、何を煮てる」
「ホムンクルス」
あっさり言い放つ間崎京子に、京介さんは眉をしかめる。
「血液と精液をまぜることで人間を発生させようなんて、どこのバカが言い出したのかしら」
間崎京子は唇だけで笑って火を止めた。
「冗談よ」
「冗談なものか、この匂いは」
京介さんはテーブルの前に立ちはだかった。

「占い好きの連中に聞いた。おまえ、集めた血をどうしてるんだ」
今日目の前で倒れた女生徒は、左手の肘の裏に注射針の跡があった。静脈から血を抜いた痕跡だ。
それも針の跡は一箇所ではなかった。とても占いとやらで必要な量とは思えない。
間崎京子は切れ長の目で京介さんを真正面から見つめた。
お互い何も発しなかったが、張り詰めた空気のなか時間だけが経った。

やがて間崎京子が、胸元のポケットから小さなガラス瓶を取り出し首をかしげた。瓶は赤黒い色をしている。
「飲んでるだけよ」
思わず声を荒げかけた京介さんを制して続けた。
「白い紙に落とすよりよほど多くのことがわかるわ。寝不足も、過食も、悩みも、恋人との仲だって」
「それが占いだって?」
肩を竦めて見せる間崎京子を睨み付けたまま、吐き捨てるように言った。

「好血症ってやつですか」
そこまで息を呑んで聞いていた俺だが、思わず口を挟んだ。
京介さんはビールを空けながら首を横に振った。
「いや、そんな上等なものじゃない。ノー・フェイトだ」
「え?なんですか?」と聞き返したが、
今にして思うと、その言葉は京介さんの口癖のようなもので、
no fate 、つまり『運命ではない』という言葉を、京介さんなりの意味合いで使っていたようだ。
それは『意思』と言い換えることができると思う。

この場合で言うなら、間崎京子が血を飲むのは己の意思の体現だというのことだ。
「昔、生物の授業中に、先生が『卵が先か鶏が先か』って話をしたことがある。
後ろの席だった京子が、ボソッと『卵が先よね』って言うんだ。
どうしてだって聞いたら、なんて言ったと思う?
『卵こそ変化そのものだから』」
京介さんは次のビールに手を伸ばした。
俺はソファに正座という変な格好でそれを聞いている。
「あいつは『変化』ってものに対して異常な憧憬を持っている。
それは、自分を変えたいなんていう、思春期の女子にありがちな思いとは次元が違う。
例えば悪魔が目の前に現れて、『お前を魔物にしてやろう』って言ったら、あいつは何の迷いもなく断るだろう。
そしてたぶんこう言うんだ。『なりかただけを教えて』」

間崎京子は、異臭のする涙滴型のフラスコの中身を排水溝に撒きながら口を開いた。
「ドラキュラって、ドラゴンの息子って意味なんですって。知ってる?
ワラキアの公王ヴラド2世って人は、竜公とあだ名された神聖ローマ帝国の騎士だったけど、
その息子のヴラド3世は、串刺し公って異名の歴史的虐殺者よ。
Draculの子だからDracula。でも彼は竜にはならなかった」
恍惚の表情を浮かべてそう言うのだ。

「きっと変身願望が強かったのよ。英雄の子供だって好きなものになりたいわ」
「だからお前も、吸血鬼ドラキュラの真似事で変身できるつもりか」
京介さんはそう言うと、いきなり間崎京子の手からガラス瓶を奪い取った。
そして蓋を取ると、ためらいもなく中身を口に流し込んだ。
あっけにとられる間崎京子に、むせながら瓶を投げ返す。
「たかが血だ。水分と鉄分とヘモグロビンだ。こんなことで何か特別な人間になったつもりか。
ならこれで私も同じだ。お前だけじゃない。
占いなんていう名目で、脅すように同級生から集めなくったって、
すっぽんでも買って来てその血を飲んでればいいんだ」
まくしたてる京介さんに、間崎京子は面食らうどころかやがて目を輝かせて、この上ない笑顔を浮かべる。
「やっぱり、あなた、素晴らしい」
そして、両手を京介さんの頬の高さに上げて近寄って来ようとした時、
「ギャー」というつんざくような悲鳴があがった。
振り返ると、閉めたはずの入り口のドアが開き、数人の女生徒が恐怖に引き攣った顔でこっちを見ている。
口元の血をぬぐう京介さんと目が合った中の一人が、崩れ落ちるように倒れた。
そしてギャーギャーとわめきながら、その子を数人で抱えて転がるように逃げていった。
第二理科室に残された二人は、顔を見合わせた。

やがて間崎京子が「あーあ」となげやりな溜息をつくと、テーブルの上に腰をかける。
「この遊びもこれでおしまい。あなたのせいとは言わないわ。同罪だしね」
悪びれもせず、屈託のない笑顔でそう言う。
京介さんはこれから起こるだろう煩わしい事にうんざりした調子で、隣りに並ぶように腰掛ける。
「おまえと一緒にいると、ロクなことになったためしがない」
「ええ、あなたは完全に冤罪だしね」
「私も血を飲んだんだ。おまえと同じだ」
「あら」と言うと嬉しそうな顔をして、間崎京子は肩を落とす京介さんの耳元に唇を寄せて囁いた。
「あの血はわたしの血よ」
それを聞いた瞬間、京介さんは吐いた。

俺は微動だにせず、正座のままでその話を聞いていた。
「それで停学ですか」
京介さんは頷いて、空になったビール缶をテーブルに置く。
誰もが近づくなと言ったわけがわかる気がする。間崎京子という女はやばすぎる。
「高校卒業してからは付き合いがないけど、あいつは今頃何に変身してるかな」
やばい。ヤバイ。
俺の小動物的直感がそう告げる。

京介さんが思い出話の中で、『間崎京子』の名前を出すたびに俺はビクビクしていた。
ずっと見られていた感覚を思い出してゾッとする。
近づき過ぎた。そう思う。
おびえる俺に京介さんは、「ここはたぶん大丈夫」と言って部屋の隅を指す。
見ると、鉄製の奇妙な形の物体が四方に置かれている。
「わりと強い結界。のつもり。出典は小アルベルツスのグリモア」
なんだかよくわからない黒魔術用語らしきものが出てきた。
「それに」と言って、京介さんは胸元からペンダントのようなものを取り出した。
首から掛けているそれは、プレート型のシルバーアクセに見えた。
「お守りですか」と聞くと、「ちょっと違うかなぁ」と言う。
「日本のお守りはどっちかというとアミュレット。これはタリスマンっていうんだ」
説明を聞くに、アミュレットはまさにお守りのように受動的な装具で、
タリスマンはより能動的な、『持ち主に力を与える』ための呪物らしい。

「これはゲーティアのダビデの星。最もメジャーでそして最も強力な魔除け。年代物だ。
お前はしかし、私たちのサークルに顔出してるわりには全然知識がないな。何が目的で来てるんだ。
おっと、私以外の人間が触ると力を失うように聖別してあるから、触るな」
見ると手入れはしているようだが、プレートの表面に描かれた細かい図案には随所に錆が浮き、
かなりの古いものであることがわかる。
「ください。なんか、そういうのください」
そうでもしないと、とても無事に家まで帰れる自信がない。
「素人には通販ので十分だろう。と言いたいところだが、相手が悪いからな」
京介さんは押入れに頭を突っ込んで、しばしゴソゴソと探っていたが、
「あった」と言って、微妙に歪んだプレートを出してきた。
「トルエルのグリモアのタリスマン。まあこれも魔除けだ。貸してやる。あげるんじゃないぞ。
かなり貴重なものだからな」
なんでもいい。ないよりましだ。
俺はありがたく頂戴してさっそく首から掛けた。
「黒魔術好きな人って、みんなこういうの持ってるんですか」
「必要なら持ってるだろう。必要もないのに持ってる素人も多いがな」
京子さんはと言いかけて、言い直す形でさらに聞いてみた。
「あの人も、持ってるんですかね」
「持ってたよ。今でも持ってるかは知らないけど。あいつのは別格だ」
京介さんは自然と唾を飲んで言った。

「はじめて見せてもらった時は足が竦んだ。今でも寒気がする」
そんなことを聞かされると怖くなってくる。
「あいつの父親がそういう呪物のコレクターで、よりによってあんなものを娘に持たせたらしい。人格が歪んで当然だ」
煽るだけ煽って、京介さんは詳しいことは教えてくれなかった。
ただなんとか聞き出せた部分だけ書くと、
『この世にあってはならない形』をしていること、そして『五色地図のタリスマン』という表現。
どんな目的のためのものなのか、そこからは窺い知れない。
「靴を引っ張られる感覚があったんだってな。
感染呪術まがいのイタズラをされたみたいだけど、まあこれ以上変に探りまわらなければ大丈夫だろう」
京介さんはそう安請け合いしたが、俺は黒魔術という『遊びの手段』としか思っていなかったものが、
現実になんらかの危害を及ぼそうとしていることに対して、信じられない思いと、そして得体の知れない恐怖を感じていた。
体が無性に震えてくる。
「一番いいのは信じないことだ。
そんなことあるわけありません、気のせいですって思いながら生きてたらそれでいい」

京介さんはビールの缶をベコッとへこますと、ゴミ箱に投げ込んだ。
そう簡単にはいかない。
なぜなら、間崎京子のタリスマンのことを話しはじめた時から、俺の感覚器はある異変に反応していたから。
京介さんが第二理科室に乗り込んだ時の不快感が、今はわかる気がする。
体が震えて涙が出てきた。
俺は借りたばかりのタリスマンを握り締めて、勇気を出して口にした。
「血の、匂いが、しません、か」
部屋中にうっすらと、懐かしいような禍々しいような異臭が漂っている気がするのだ。
京子さんは今日一度も見せなかったような冷徹な表情で、「そんなことはない」と言った。
いや、やっぱり血の匂いだ。気の迷いじゃない。
「でも・・・・・・」
言いかけた俺の頭を京介さんはグーで殴った。
「気にするな」
わけがわからなくなって錯乱しそうな俺を、無表情を崩さない京介さんがじっと見ている。
「生理中なんだ」
笑いもせず淡々とそう言った顔をまじまじと見たが、その真贋は読み取れなかった。

 

『血 後日談』

 

大学1回生の秋。
借りたままになっていたタリスマンを返しに、京介さんの家に行った。
「まだ持ってろよ」という思いもかけない真剣な調子に、ありがたくご好意に従うことにする。
「そういえば、聞きましたよ」
愛車のインプレッサをガードレールに引っ掛けたという噂が、俺の耳まで流れてきていた。
京介さんはブスッとして頷くだけだった。
「初心者マークが無茶な運転してるからですよ」
バイクの腕には自信があるらしいから、スピードを出さないと物足りないのだろう。
「でもどうして急に、車の免許なんか取ったんですか」
バイカーだった京介さんだが、短期集中コースでいつのまにか車の免許を取り、
中古のスポーツカーなんかをローンで購入していた。
「あいつが、バイクに乗り始めたのかも知れないな」
不思議な答えが返されてきた。
あいつというのは、間崎京子のことだろうと察しがついた。
だがどういうことだろう。
「双子ってさ、本人が望もうが望むまいがお互いがお互いに似てくるし、それが一生つきまとうだろう。
それが運命ならしかたないけど。双子でない人間が、相手に似てくることを怖れたらどうすると思う」
それは間崎京子と京介さんのことらしい。

「昔からなんだ。
あいつが父親をパパなんて呼ぶから、私はオヤジと呼ぶようになった。
あいつがコカコーラを飲むから私はペプシ。
わかってるんだ。そんな表面的な抵抗、意味ないと思っていても、自然と体があいつと違う行動をとる。
違うって、ホントに姉妹なんていうオチはない。
とにかく嫌なんだよ。なんていうか、魂のレベルで。
高校卒業するころ髪を切ったのも、あいつが伸ばしはじめたからだ」
ショートカットの頭に手のひらを乗せて言った。
「今でもわかる。なにかをしようとしていても、その先にあいつがいる時は、わかるんだ。
離れていても同じ場所が痛むという、双子の不思議な感覚とは逆の力みたいだ。
でも逆ってことは、結局同じってことだろう」
京介さんは独り言のように呟く。
「変な顔で見るな。おまえだってそうだろう」
指をさされた。
「最近、態度が横柄になってきたと思ってたら、そういうことか」
一人で納得している。
どういうことだろう。
「おまえ、いつから俺なんて言うようになったんだ」
ドクン、と心臓が大きな音を立てた気がした。
「あの変態が、僕なんて言い出したからだろう」
そうだ。
自分では気づいていなかったけれど。
そうなのかも知れない。

「おまえ、あの変態からは離れた方がいいんじゃないか」
嫌な汗が出る。
じっと黙って俺の顔を見ている。
「ま、いいけど。用がないならもう帰れ。今から風呂に入るんだ」
俺はなんとも言えない気分で、足取りも重く玄関に向かおうとした。
ふと思いついて、気になっていたことを口にする。
「どうして『京介』なんていうハンドルネームなんですか」
聞くまでもないことかと思っていた。
たぶん全然ベクトルが違う名前にはできないのだろう。京子と京介。正反対で同じもの。
それを魂が選択してしまうのだ。
ところが京介さんは顔の表情をひきつらせてボソボソと言った。
「ファンなんだ」
信じられないことに、それは照れている顔らしい。
「え?」と聞き返すと、
「BOφWYの、ファンなんだ」
俺は思わず吹いた。いや、なにもおかしくはない。一番自然なハンドルネームの付け方だ。
けれど、京介さんは顔をひきつらせたまま付け加える。
「B’zも好きなんだがな。『稲葉』にしなかったのは……やっぱりノー・フェイトなのかも知れない」
そう呟き、そして帰れと俺に手のひらを振るのだった。

この話は夏から秋にかけてのものだ。
そのため秋の時点の『俺』に一人称を統一していたが、本編の時点ではやはり『僕』と書くべきだった気がする。
師匠の『僕』も間違い。
[完]

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