隠したもの
俺が7、8歳くらいのときの話だ。時期は梅雨が明けて本格的に夏に入り始めた、暑いとある日。
ちょうど今くらい。
俺の近所には「がけ山」と呼ばれる遊び場があった。小さな道路沿いに、岩肌が露になった山壁があるのだ。
うまく言葉で説明できなかいんだが、横50m、高さ 20~25mほどの面積としてはそんなに広くない、ごつごつとした岩肌がそこだけ露な山壁である。
通称、「がけ山」。
頂上は雑木林が茂っていて平らにはなっている。
恐らくどこかの道路か敷地につながっているのだと思う。
俺を含む近所の小学生の恰好の遊び場であった。
今考えると我ながら恐ろしいが、当時はそのがけ山に平気でひょいひょい登っていたのだ。
山としていくらか傾きがあるとは言え、切り立った崖、足を踏み外したらひとたまりもない。
しかし、所々にある出っ張りから出っ張りに跳んで移り、排水用のパイプ(用途がよくわからないが、岩肌の所々にあった)に足をかけ、
俺たちはがけ山を遊び場に 鬼ごっこや陣取りゲームを行っていた。
頂上の雑木林だが、そこもミステリーの多い場所だった。
光りが余り入ってこない暗がりの森、実は殺人鬼が逃げ込んで住み着いてる、イノシシがでる、
死体が埋められているなど人が立ち入らない場所はそんな噂が絶えない。
当時の俺らは、がけ山を遊びの本拠地の様にしていたので何度も雑木林には立ち入ったことがある。
人に会ったことはないが、変わったものがよく落ちていたのは覚えてる。
まず定番ではあるが雨でぐしょぐしょのエロ本、靴下とか手袋。
1番怖かったのはど こかの中学校の女子制服、どこか痛んだかばん、中から覗くまだ中身のある弁当箱だ。
どう考えても誰か襲われたのだ。
そして連れられて今はもう…。
当時の俺 らはそんな妄想で大盛り上がりするのであった。
メンバーは俺Oと肉屋の息子、雄大とリーダー格のきょうすけ、春から新たに加わった一つ下の潤くんだ。
きょうすけは大将肌の暴れん坊、雄大はボーッとした奴で、潤くんは年下なので大人しい子だ。
俺はというと仕切たがりではあったが実行力がないので、きょうすけにリーダー役はいつも取られていた。
そしてその日もリーダーのきょうすけの一声でみんな集まり、がけ山で遊んでいた。
その日の目的は各自が遠足で手にいれた綺麗な石――一応お宝だ――を隠して埋めることだ。
ちなみに潤くんは同じ遠足に参加していないので、別のものを持ってきていた。
それは新聞紙にくるんでもってきていて中身は見せてもらえなかったが、魔殺しの武器だとかなんとか言ってた気がする。
要は戦隊モノの武器だ。当時の小学生なんてみんな邪気眼使いなのである。
慣れた足取りで、がけ山を昇り、雑木林の端までたどり着く。
足元は急な崖が地上に伸びていて見ると足がすくむのだが、遠くの町並みは見てて気持ちがいい。
俺らはミッションを遂行すべく林の中に進んでいった。
予定通りお宝を菓子箱に詰めて、自分らで掘った穴の中に埋めたのち、鬼ごっこやお宝探しをして遊んでいた。
そろそろ帰ろうかという時刻になり俺らは来た道を引き返し始めた。
がけ山の前で解散、俺は潤くんと家に向かった。潤くんは住んでるアパートのお向かいさんなのだ。
潤くんのお母さんは潤くんを怒っている時に一回みたことある。
でもあのお母さんも俺のこと認めてるし、引っ越して来たばかりの彼にとって俺が最初の友達。
あわせて年下だったので俺は少し優越感もあり、潤くんには偉ぶった対応をしていたと思う。
「……からあの雑木林にはクワガタ虫もきっといてさ~」
「へ~、すごいね」
「潤くんもまた連れていってやるよ」
「…あ、うん」
「……。潤くんなんか暗いね。遅くなったら、親に怒られるか?」
「ううん、そうじゃないんだ。ただ…」
「ただ…?」
「もう、あそこは遊びたくない」
「はー?なんでー?」
「あそこ暗いし嫌や」
「大丈夫だよ!あそこら辺は、僕らしか遊んでないし」
「…、なぁOくん」
潤くんは少し泣きそうな顔で言った。
「今日の箱、もう開けないようにできないかな?」
「ええ!?なんで?」
理由を聞いたけど潤くんは黙ってしまった。
「きょうすけくんもダメっていうかな…」
きょうすけはリーダーだ。たぶん1番文句言ってくるだろうなぁ。
「…くせないかなぁ」
「潤くん!俺が言ってみるよ」
俺は潤くんが可哀相に思えたのと、きょうすけに対する対抗心からつい安請負いしてしまった。
それでも潤くんは嬉しそうな顔はしなかったが、お願い…とだけ呟いた。
明日きょうすけに話してみよう。今日はそれで別れた。
翌日、学校できょうすけに話をした。
きょうすけは特に考えもせず、じゃあ卒業するまでは隠しとけばいいんじゃねーかと答えた。
あいつは理由も別に気にしないらしい。
俺はきょうすけに進言できるチャンスでもあってもう少し強い立場で言いたかったのだが、軽く流されたことが不満だった。
まぁいい、このことをうまく伝えれば潤くんの俺へのポイントもあがるだろう。
随分だが当時の俺はそういう気持ちもあった。
潤くんにしばらく開けなくて済むよと伝えたら彼はどこか安心したようだ。
潤くんは週末も遊びたいと言ってきた。
俺もつい気分が良くなったので二つ返事でOKし、潤くん家でゲームしようとなった。
そういや行くのは初めてだ。親二人に挨拶しとくかな、なんて。
ほどなくして気がついた。
結局潤くんがお宝を隠したい理由は聞けていない。
――いや、そもそも「彼がなにを隠したのか」すらわからない。
彼のお願いを聞き入れたのだ、それが何かを確認するぐらいいいだろう。
「ねぇ潤くん、何を入れたの」
僕は潤くんに尋ねた。
潤くんは目をそらして
「…魔殺しの武器、だよ」
とだけ答えた。
隠されたことは暴かなければつまらない。
俺はあの箱を開けに、中身を確認しに、もう一度あの場所に行かなくてはならない。
その日の午後、俺は雄大を連れあのがけ山に向かった。
とにかく潤くんが仕舞っているものを見るのだ。
雄大も話を聞いて興味が湧いたようだった。
夕刻、がけ山 を登り、雑木林の中を進んでいく。
埋めた場所は覚えている。
根元が×に広がった木の側だ、そろそろだな…、その時――。
ザックザック
目的地には先客がいた。人影は俺たちの宝箱を掘り返している。
そいつは…
「きょうすけ…じゃねーか」
そう、きょうすけがいた。
リーダー格でこの計画を提案。俺の進言をのんで卒業まで開けないと話したきょうすけである。
「なんであいつが掘り返しているんだ?」
「わかんね」
だが俺は苛立っていた。あいつの狙いは俺らと同じだ。
潤くんの秘密のお宝を暴きにきたのだ。
口では興味ないフリしつつも…クソッ、俺より先に出し抜こうとするなんて何様なんだ。
きょうすけが箱のフタを開けようと手を添えたとき、
「おい、きょうすけ!」
俺は声をあげた。
きょうすけは心底ビビった様子で箱を投げ出してしまってた。
「なんしてんだよ!」
「うえっ!?なんでいんの!」
「だから何してんだよ!?」
「見に来た!見に来たんだ。ちゃんとあるか」
怪しい…あれは嘘をついてる。
やはり俺らと同じか。
俺らはその場で口論になったが、雄大が俺側についたのできょうすけは黙ってしまった。
俺は勝ちを確信した。
これでこのグループのリーダーも…。
その時、
雄大が悲鳴をあげた。
「ヴアァァァ!!!!!!」
二人ともビクッとして雄大を見た。雄大はまだなにか叫んでいる。
「ヤベェよ!血だよ!血がついてるよ!」
雄大の目先にあるのは、あの箱だ。俺らの宝箱。
きょうすけが投げ出して中身が出てしまっている。
新聞紙が開いて出てきたのは大きな――包丁だ。
異様なのは真っ赤だ。あんな包丁、見たことない。
「ワアァァァァァァ!!!!」
俺ら三人とも逃げ出した。
もう訳がわからない、ただ、怖い!!とにかく怖い!林の入口につき、雄大が壁に這いつつ降りていく。
次は俺だ。
心臓はバクバク鳴り響いている。
それでも足は踏み外さないように慎重に降りようとするもんだから不思議なものだ。
でも怖い。足を踏み外すよりあの赤い刃物がコワい。
なんだったっけ。あの箱は。
あの新聞紙の包みを持ってきたのは―。
上を見上げたらきょうすけが真っ青で足を踏み場に架けようとしていた。
ゆっくりと、ゆっくりと、でも足が震えて、あれ?きょうすけが岩壁に立っている??
いや、違う、背中を向けて、これは、おちてきた。きょうすけの体が俺たちに向かって真っ逆さまに落ちてきたのだ。
そして俺は見てしまった。
がけ山頂上の淵、大きな人の手が雑木林からニュッと出ているのを。
そのまま体全体に激痛を感じつつ俺達は落ちていった。
目が覚めたのは病室だった。目の前にはお母さんとお父さん、お姉ちゃんだ。
俺は体の痛みと口が上手く開けず困った顔をした。
なんだか無償に悪いことをした気分になってただ、泣いた。
周りのみんなも泣いていた。
怪我は対したことなかった。
転がるように落ちたことが攻を成したらしい。
きょうすけと雄大も無事だった。
二人の親も来ていて、俺の親も交えてお互い頭を下げまくっていた。
心の中では、きょうすけが落ちてきたから…なんて考えてた。
でもきょうすけを落としたやつがいる。
あの手だ。あの大きな手。
あの手、爪の間が真っ赤だった。
やはりあの雑木林には殺人鬼が住んでいたのだ。
そこを荒らしたから襲われたのだろう。
そんなことを考えたら益々恐ろしくなってよく眠れなくなった。
数日後、退院したのち、きょうすけの方から謝ってきた。
落ちるときみんなに当たってゴメンよ(どうしようもなかったんだが(笑))と。
そして、あの時、実は俺の石を盗ろうとしてたこと。
きょうすけが遠足で得た石まとめて隠そうとしたのも、あの場で掘り返していたのもそのためだったのだ。
とかく、少年時代は欲しいものをなんとしてでも手に入れるため、悪いことをしたものだ。
きょうすけもそうだったのだろう。
俺たちはすぐに仲直りをした。
幾日かして、潤くんが俺を誘って来た。
家でゲームをしようと。
そうだ、約束をしてたじゃないか。しかしあの出来事はどうしよう。
あの日見てしまった恐怖のお宝のことは忘れていなかったが、潤くんに聞く勇気もない。
なにしろ俺は彼の兄貴分なのだ、黙って覗いたなんて知れたら…
向かいの潤くんの家の扉を開ける。
通路沿いのバスルームから男の声、たぶんお父さんだ。
「いらっしゃい、奥にどうぞー」という。
大きな腕がバスルームからでてきて奥間を指差しているので、「おじゃましまーす」と俺もすすんでいく。
潤くんは居間のテレビの前に座っていてすでにゲームを始めていた。
お母さんは… いないようだ。潤くんの隣に座り込む。
そういえば、俺が彼の家を尋ねるのは初めてだ。お父さんに会ったこと、なかったな。
さっきの大きな腕のおじさん、本当に、潤くんの、お父さん、なのかな、爪の間が、赤いの、、なんでだろ。
俺も潤くんの隣でコントローラーを持つ。
背中に人の存在を感じる。潤くんは笑っていた。なんて、愉しそう。
「お宝箱、どうするの?」
「……。ずっと開けないことになったよ。きょうすけも俺の言うこと、素直に聞いたんだ」
「フフッ、そう?」
「うん」
潤くんは目を細めて笑っていた。こんなに笑うんだな。
「でもね」
「うん?」
潤くんがにぎりしめた腕を俺に突き出す。
開いた手の平には、綺麗な石があった。
あぁ、俺のじゃないか。
俺が拾った世界で1番綺麗な石だ。
でも、なんで、ココに…
「僕、持って帰ってきたんだよ」 潤くんは本当に嬉しそうだ
潤くん
「ぜんぶ」
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