それにしても、家財道具など一切無いのに、
箱や葛篭、日本人形があり、そして鏡が置いてある。
ただでさえ薄気味悪い場所なのに、
その状況は輪をかけて不気味だった。
B「何もねーなー、もう一軒の方行ってみるか!」
A「そーだなー。」
裏口に向かって廊下を歩いていく時、何気なしに玄関を振り返ってみた。
さっき鏡越しに人形が見えた場所だったが、おかしい。
そうだ、おかしい、見えるわけが無い。
この位置から人形は壁の死角になってて、俺たちは斜め前から鏡を見てる。
鏡は人形に向かって正面に向いてるわけだから、鏡に人形は映らない。
今も、人形ではなく何も無い靴棚が見えてるだけだ。
俺は鏡から目が離せなくなっていた。
その時、前を歩いていたCが声を上げた。
C「開いてる!」
和室にあった小箱の蓋が開いて、蓋は箱に立てかけられていた。
A「え?何で?」
B「ちょ、誰だよ開けたのw」
AB兄弟はヘラヘラしていたが、額には脂汗がにじんでいた。
A「おいB、隣の葛篭見て来い」
C「何で、Bが悪戯したの?何で開いてるの!」
B「あ、開いてる!こっちも!開いてるよ!」
A「なんだよそれ!何で開いてんだよ!?」
今でも何でこんなことしたのか分からないが、
AB兄弟が叫んだのを聞いて急いで玄関に向かった。
今でも何でこんなことしたのか分からないが、
AB兄弟が叫んだのを聞いて急いで玄関に向かった。
ガラスの箱に人形は無かった。
人形は…玄関に立っていた。
俺は叫び声を上げた、つもりだったが、
声がかすれてゼーゼー音がするだけだった。
口の中がカラカラで、ぎこちなくみんながいる方に歩いて行くと、
AとBがもみあってる声が聞こえた
A「B!やめとけ!やばいって!」
B「畜生!こんなのたいしたことねえよ!離せよ兄貴!」
A「おいやめとけ!早くココ出るぞ!おい手伝え!」
AはBを羽交い絞めにして俺に手を貸せと声を上げた。
その時、AB兄弟の後ろに立てかけてあった鏡が突然倒れた。
AB兄弟にぶつかりはしなかったが、他の部屋の鏡も倒れたようで、
あちこちからガシャンと大きな音がした。
鏡の裏には…黒々とした墨汁で書かれた小さな文字がびっしりと書かれていた。
鏡が倒れたことに驚いたAがBの拘束を緩めてしまったのだろう。
Bは「ウオォォォォォ」
と叫び声を上げ激しく暴れ、Aを吹っ飛ばして葛篭にしがみ付いた。
B「ウオオオオォォォォォォォォォ!」
A「おい!B!おい!おっ…」
A「うぎゃああああああああ!!!!」
Bの肩越しに葛篭を見たAが突然叫び声をあげ、
ペタンと尻を突いたまま、手と足をバタバタ動かしながら後ずさりした。
B「fそいあlzpwくぇrc」
もはやBが叫んでいる言葉が分からなかった。
一部聞き取れたのは、繰り返しBの口から発せられた「○○(人名)」だけだった。
腰を抜かしてたAが叫びながら勝手口から逃げ出した。
パニック状態だった俺とCも、Aの後を追った。
廃屋の中からは相変わらずBの何語かも分からない怒号が聞こえていた。
Aは叫びながらもう1軒の廃屋の戸をバンバンバンバン叩いていた。
俺とCはAにBを助けて逃げようと必死で声を掛け続けたが、
Aは涙と涎を垂らしながら、バンバン戸を叩き続けた。
B「おい4くぉ30fbklq:zぢ」
Bは相変わらず葛篭の部屋で叫んでいる。
×印に打ち込まれた木の板の隙間から、
Bが葛篭から何かを取り出しては暴れている姿がチラチラと見える。
そして、Bの居る廃屋の玄関には、明らかにBでは無い人影が、
Bの居る部屋の方に向かってゆっくりゆっくり移動してるのが見えた。
バンバンバンバンバンバン
カタカタカタカタガタガタガタガタガシャンガシャンガシャンガシャンガシャン
Aが戸を叩いてるもう1軒の廃屋は、
Aがバンバン叩いているのとは別の振動と音がしはじめていた。
そしてAも、B同様「○○!」とある人名を叫んでいた。
Bのいる部屋を見ると、Bのそばに誰かが居た。
顔が無い。いや、顔ははっきりと見た。
でも、印象にまるで残らない、のっぺらぼうのようだった。
ただ、目が合っている、俺のことを見ていることだけはわかった。
目なんてあったのか無かったのかすらもよくわからない顔。
俺はそいつを見ながら失禁していた。
限界だった。
俺はCの手を引き頭にもやが掛かったような状態で廃屋を背に走り、
次に記憶に残ってるのは空を見ながら製材所あたりの県道を集落に向けてフラフラ歩いているところだ。
泣きじゃくるCの手を引き、フラフラと。
集落を出たのは昼前だった。
あの廃屋への往復や廃屋内の散策を含めても、せいぜい1時間半程度だったろうと思ったが、
太陽は沈み山々を夜の帳が包もうとしている頃だった。
集落に着いた頃には空は濃い藍色になっていて、
こんな時間まで戻らない子供を心配していた集落の大人たちに怒られた。
失禁したズボンやパンツは、すっかり乾いていたように記憶している。
周りの大人たちは当然仲の良かったAB兄弟が帰ってきてない事にすぐに気付き、俺たちを問い詰めた。
俺もCも呆然自失となってたのでうまく説明できなかった。
4人で探検をしたこと。
墓の向こうの鎖の道へ行ったこと。
そこに廃屋があったこと。
廃屋で妙な現象が起こったこと。
AとBがおかしくなったこと。
俺とCだけで逃げ帰ってきたこと。
俺がとぎれとぎれに話をすると、大人たちは静かになった。
青い顔をして押し黙る大人たちの中で一人だけ、
真っ赤な顔で俺たちをにらむ人がいた。
AB兄弟の母親だった。
AB母は叫びながら俺を何発か平手打ちした。
そしてCに飛び掛ろうとしたところを、
我に返った大人たちに抑えられた。
AB母は口から泡を吹きながら俺とCを罵倒し、叫んでいた。
AB父はひざから崩れ落ち、小声で「何てことを…」と呟いた。
その時、□□(別地域)集落にある神社の神主がカブに乗って現れた。
神主は事情を聞いていたわけではなかったようだが、
俺とCを見て厳しい顔で言った。
神主「嫌なモノを感じて来てみたが…お前さんたち、何をした?」
激しく責められ咎められているような厳しい視線に突き刺されるような痛さを感じたが、
同時に何か「助かった」というような安堵感もあった。
それでもまだ、頭の中がモヤモヤしていて、どこか現実感が無かった。
もうまともに喋れなかった俺たちに代わり、大人たちが神主に説明すると、
神主はすぐに大人に何かを指示し、俺とCを連れて裏山のお稲荷さんまで走った。
俺とCは背中に指で「ハッ!ハッ!」と文字を書かれ、頭から塩と酒、そして酢を掛けられた。
神主「飲め!」
と言われ、まず酒を、そして酢を飲まされた。
そして神主が「ぬおおお!」と叫びながら俺とCの背中を力いっぱい叩くと、俺もCも嘔吐した。
嘔吐しながら神主が持っている蝋燭を見ると、蝋燭の火が渦を巻いていた。
胃の中身が何も無くなるぐらい、延々と吐き続け、服も吐瀉物にまみれた。
もう吐くものがなくなると、頭の中のモヤモヤも晴れた。
集落に戻り水銀灯の光を浴びると、俺とCの服についた吐瀉物の異様さに気が付いた。
黒かった。真っ黒ではなかったが、ねずみ色掛かった黒だった。
それを見てまたえずいたが、もう胃の中に吐くものが残っていないようで、 ゲーゲー言うだけで何も出てこなかった。 その足で、□□集落の神社へ、俺とCは連れて行かれた。 服も下着も剥ぎ取られ、境内の井戸の水を頭から掛けられ、着物を着させられた。 そして着物の上からまた塩と酒、酢をまぶされてから本殿に通された。
神主「今お前らのとこと□□集落の青年団がAとBを探しに行っている。」
神主「AとBのことは…忘れるんだ。」
神主「知らなかった事とは言え、お前たちは大変なことをしてしまった。」
神主「あそこで何を見た?」
神主「封印してあったものは、見てしまったか?」
神主「俺も実際には見ていない。先代の頃の災いだ。だが何があるかは知っている。何が起こったのかも知っている。」
神主「大きな葛篭があったろう。あれは禍々しいものだ。」
神主「鏡が3枚あったろう。それは全て、隣家の反対を向いていたはずだ。」
神主「札が貼ってあったあれな、強すぎて祓えないんだ。」
神主「だからな、札で押さえ込んで、鏡で力を反射させて、効力が弱まるまでああしていたんだ。」
神主「あの鏡の先にはな、井戸があってな。そこで溢れ出た禍々しい力を浄化していたんだ。」
神主「うちの神社が代々面倒見るってことで、年に一度は様子を見に行ってたんだがな。」
神主「前回行ったのは春先だったが、まだ強すぎて、運び出すことも出来ない状態だ。」
神主「俺は明日、あの家自体を封印してくる。」
神主「だが完全に封印は出来ないだろう」
神主「あれはな、平たく言うと呪術のようなもんだ。」
神主「人を呪い殺す為のものだ。それが災いをもたらした。」
神主「誰に教わったのだか定かではないが、恐ろしいほどに強い呪術でな。」
神主「お前らが忍び込んだ向かいの家はな、○○と言うんだが、家族が相次いで怪死して全滅した。」
神主「他にも数軒家があったが、死人こそ出てないが事故に遭うものや体調を崩す者が多くなってな。」
神主「お前らが忍び込んだ家には昔△△という人間が住んで居た。」
神主「△△は若い頃は快活で人の良い青年だったようだが、ある時向いに住む○○と諍いを起こしてな。それからおかしくなっちまったんだ。」
神主「他の家とも度々トラブルを起こしていたんだが、特に○○家を心底憎んでたようだ。」
神主「周囲の家は、ポツリポツリと引っ越していった。」
神主「原因不明の事故や病人がドンドン出て、それが△△のせいじゃないかと噂がたってな。」
神主「結局、○○と△△の家だけが残った。昭和47年の話だ。」
神主「その頃から○○家の者は毎月のように厄災に見舞われ、一年後には5人家族全員が亡くなった。」
神主「△△が呪い殺したんだと近所では噂した。ますます△△に関わる者はいなくなった。」
神主「そして翌年、今度は△△の家族が一晩で全滅した。」
神主「あの家は△△と奥さんの二人暮しだった。」
神主「△△は家で首を括り、奥さんは理由はわからんが風呂釜を炊き続けて、熱湯でな…。」
神主「それだけじゃない。」
神主「東京に働きに出ていた息子と娘も、同じ日に事故と自殺で亡くなってる。」
神主「△△家族が死んで、捜査に来た警察関係者の中にも、自殺や事故で命を落としたり、病に倒れた人間が居るらしいが、このあたりはどこまで本当かわからんがな。」
神主「△△が使った呪術は、使った人間の手に負えるものじゃないんだよ。」
神主「当時先代の神主、俺の父親だが、とても祓うことは出来ないと嘆いてた。」
神主「△△一家が全滅して、あの集落は無人になった。」
神主「あの二軒はな、禍々しい気が強すぎて、取り壊しもできない程だった。」
神主「そして先代の神主は、まず災いの元になったものを封印し霊力を弱め、十分弱めることができてから祓うことにした。」
神主「祓えるのはまだまだ何十年も先だろう」
神主「そして、溢れ出た呪術の力は、お前たちに災いをもたらすだろう。」
神主「おおかたさっき吐き出させたが、これでは済まん。」
神主「あの家の呪術の力と、Bのこともあるからな。」
神主「呪術の強さはともかく、お前たちを見逃しはせんだろうな、Bのこともあるから…。」
神主「塩と酒と酢、これは如何なるときも肌身離さず持っていろ。」
神主「それとこれだ。」
神主「この瓶の水が煮えるように熱くなったら、お前の周りに災いが降りかかる時だ。」
神主「その時は塩を体にふりかけ、酒を少し飲み、酢で口をゆすげ。」
神主「向こう20年、いや30年か。それぐらいは続くと思っていい。」
神主「今夜はゆっくり休め。」
神主「C、もう近寄る気はないだろうが、あそこには二度と行くな。」
神主「あとでお前の両親にも言って聞かせる。出来ることなら引っ越せとな。」
神主「AとBの名も口にするな。声に出すな。」
神主「お前は東京モンだ、もうこの集落には来るな。」
神主「お前ら二人は今後会ってはならん。特に二人きりで会うなどもってのほかだ。」
神主「この話は禁忌だ。集落の者や関係者は誰しもがこの話を避ける。」
神主「お前らも今日以降、この話はするな。」
その日は神社に泊まり、翌日、俺は東京に帰った。
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