無知
たしか今から5年前の夏休み。
俺が中学生の頃、実家のすぐ近くにあるお寺で盗難事件が発生した。
お寺の2つある宝物庫のうちの1つの中身が盗難にあったらしい。
それだけならただの盗難事件なのだが、何か様子がおかしかった。
うちは代々そこの檀家を勤めているのだが、家も含め檀家や周辺の家の人たちが
事件の翌日に集められ、大人達で何事か話し合っているようだった。
当時俺はガキだったので「色々大変なんだな」としか思わなかったが、その時は
あまり気にしていなかった。
数日後。
俺や同い年の従弟やその他数人の友達がお寺の裏山でエアガンでサバイバル
ゲーム(というかごっこだなw)をしていると、和尚さんが俺達のところへやってきて
「○○(俺)と○○(従弟)ちょっと来なさい、話があるから」と呼ばれた。
俺たちはお寺の裏山で大騒ぎしていたのを叱られるのだと思い、ビクビクしながら
和尚さんについていくと、和尚さんはお寺の本堂に俺達を入れて「ひとまず座りなさい」
と俺達に促した。
和尚さんはほんとうに神妙な顔つきで、俺と従弟はこりゃまずいな…と縮こまって
いると、予想とは裏腹に説教ではなく別の話をし始めた。
和尚さんの話は俄かには信じられず、何か荒唐無稽な話に聞こえたが、とにかく
真剣な顔つきで話していたのを覚えている。
その話というのは
和尚さんが言うには、2つある宝物庫のうち1つは確かにお寺に伝わる経典や仏像など、
価値のあるものを収めているのだが、もう一つの宝物庫は宝物庫とは名前だけで
別のものを保管しているらしい。
その「別の物」とは何かというと。
元来お寺や神社には不吉な物や呪物などを、「お払いして欲しい」或いは「引き取って欲しい」
と頼み込んで来る人が結構どこでもいるとか。
しかし、普通は気のせいや偶然が重なっただけの物が多く、基本的にそういうものの
受け取りは拒否するか、気休め程度に祈祷をして本人に納得してもらう方法を取っている
のだが。どうしてもと押し付けられてしまう場合や、稀に本当に危険なものが持ち込まれるため、
その場合は仕方なく引き受けるらしく、その倉庫にはそういった「いわく付き」の品々が収め
られていたとか。
これらいわく付きの品物の数々を、時間をかけてお払いするために倉庫は存在していた
わけだった。
ただし、そうやってお寺に持ち込まれたものは、金銭的な価値があるようなもの
ではなく、ただ単に霊的或いは祟りとして危険なだけなものなため、普通は盗まれる
なんて事は無い。
しかし今回そういう「いわく付き」のものが盗まれてしまった。
盗まれたのは2つらしいが、そのうち1つが俺の一族に縁のある品物らしく、その話を
しておきたいとよんだという。
今回盗難事件にあったのは、要するに「いわく付き」の品物がある倉庫の方だった。
泥棒は、警備の厳重なほうに価値があるものがあると考えたのだろう。
「いわく付き」の方の宝物庫は「外に出してはいけない物」がいくつもあったので、
本来の宝物庫よりもずっと施錠などが厳重だった。
盗まれた「いわく付き」の品物2つの説明をすると、一つは一振りの日本刀、もう一つ
は金でできた仏像らしい。
俺は「なるほど、売れば高そうだな」と思った。
刀のほうは俺の一族とは無縁なため、説明は大雑把にするだけにするが、
これは和尚さんの先代が住職を勤めていた頃、男の人が「とにかくこれを引き取ってくれ」
と持ち込んだもので。当時の住職は「許可が無いと犯罪になってしまうから」と断ったが、
無理に押し付けられるような形でその男の人は置いていってしまったのだという。
その刀は、和尚さん曰く「専門家でないから価値はわからないが、相当に古いもので、
なぜか銘の部分が削り取られていた」らしい。
ちなみにこの刀は、「所持していると自分が人を切り殺す夢」を何度も見てしまうという
もので、持ち込んだ男の人は「そのうち自分が人殺しをしてしまうのではないか」と不安
になり持ち込んだとか。
ちなみに住職はその話を信じていなかったが、引き取ったその日から本当に自分が刀で
人を切り殺す夢を何度も見るようになってしまい、これは大事だと「いわく付き」のほうへ
保管したとか。
銃刀法関連は、当時の住職が警察と話し合って、詳しくは知らないがどうにかなって
今までお寺に保管されていたらしい。
そしてもう一つの金でできた仏像。
これが俺の一族に関係する物だった。
ちなみに仏像と呼んでいるが、実際は和尚さんがいうには「今までこんな形の仏像は
見た事が無く、便宜上形が似ているためそう呼ばれていただけ」のもので厳密には
仏像ではない。
この仏像という像は今から150年近く前、俺のご先祖様が地元で起きた大洪水の翌日、
土石流の片付け中に泥と瓦礫の山の中から見つけた品物で、金で出来ている事や
見た目が仏像に似ていることから、何かありがたいものであろうということで持ち帰り、
そのまま家の仏間にかざっていた。
和尚さんが言うには、洪水で山の上のほうから流れてきたのではないかとの事だった。
(ただし俺の地域は元々山深い場所で、俺の住んでいた地域より上に村などは無い)
その像を持ち帰ってから数日後。
あちこちで異変がおき始めた。
始めは家で飼っている猫や家畜が謎の病気で死にはじめ、それはご先祖様の家だけ
でなく周辺の家々でも起き始めた。
更に暫らくすると、子沢山だったご先祖様の家の子供が次々と死に始め、10人いた
子供がたった半年の間に3人にまで減ってしまった。
当初疫病かと思われ、村で様々な対策がされたらしいが何一つ効果が無く、ご先祖様
の家以外の子供が死に始めた頃、その金の像にある異変が起きている事に気が付いた。
拾ってきた当初、その像は無表情に近い顔をしていて、感情を読み取れるようなものは
何も無かったが。ふとご先祖様が像を見てみると、明らかに「ニヤニヤ」という感じの
笑い顔に表情が変わっていたとか。
更に不気味な事に、像の足元辺りから上のほうへ、まるで血管のような赤い線がいくつも
伸び始めてきていた。
当初は「気のせいだ」と見なかった事にしていたご先祖様だが、その血管のようなものが
人が死ぬたびにどんどん上のほうへ広がっていくのを見て、これはもう手に負えないと、
当時のお寺の住職に持ち込んだらしい。
金で出来ていたので、手放すのが惜しかったというのもあるだろう。
当時の住職は、像の噂は聞いていたが一度も見た事は無く、その日初めて像を見た
らしいが、一目見て「これは危険なものだ」と感づいたらしい。
像が何のために作られ、どうやってこの村へやってきたかは解らない。しかし、相当に
危険な呪物である事は間違いが無く、このまま放置しておけば村が全滅しかねないほど
危険だったため、当時の住職はすぐにお払いの祈祷を始めた。
しかし、祈祷を始めてから数時間後。
その住職は両目両耳から血を流して、恐怖に歪んだ表情のまま死んでいるのが本堂で
発見された。
死因は不明。
ただし像が何らかの形で関係しているのは間違いなかった。
なぜなら、祈祷をする前には腰の辺りまでしかなかった血管のような模様が、一気に首の辺り
にまで達していたから。
それを見た村人たちは、これはもう手に負えないと像をどこかに捨てる計画を立てて
いたらしいが。次に本山からやって来た住職が、「一度に御払いをするのは恐らく危険すぎて
無理だろう、お寺で災いが外に漏れぬよう保管をして、何代もかけてゆっくり穢れを浄化する
しかない、捨てて解決できるようなものではない」と村人達を説得し、現在まで少しずつ
祈祷で呪いを払いながらお寺で厳重に保管されてきていた。
長くなってしまったが、ここまでが和尚さんが俺達に話した盗品に関する「いわく」の話。
和尚さんは続けてこんな話をし始めた。
ここ数年(当時で数年なので今からだと10年ほど前)、お寺や神社の宝物庫への
窃盗事件が増えており、どうも大半が外国人の窃盗団によるものらしい。
ここで問題となるのが、最初に書いたとおり、「問題のある品物」を便宜上宝物庫と
呼ばれている場所に保管しているお寺や神社はここ以外にも多数あり、そういった
品物がやはりあちこちで盗まれているとか。
当時から少し2ちゃんをやっていた俺はコピペなどで情報を得ていたため、「ああ、かの国の
窃盗団だな」とすぐに解り、和尚さんに聞いてみたが、曖昧な返事しかしてくれなかった。
その代わり別の話をしてくれた。
仮にの話として、もし一連の寺社への窃盗事件がかの国の窃盗団によるものだとすると、
「いわく付き」の品物が次々とかの国へ何の「保護措置もしないまま」送られ続けている
事になる。
これは非常に危険な行為で、一つの国に何の措置もしないまま無秩序にいわく付き
の品物が集められたら、一体何が起きるのか想像も出来ない。
普通そんな何の利益にもならないバカな事をする人はいないだろう、と和尚さんは
言っていた。
おかしな話だが、呪いの類にも人間関係のような「相性」があって、人で喩えるなら
意気投合するものもあれば、性質が合わずに反目しあうものもあるらしい。
そういったものが何の規則性も無く、制限無く集められていっているとしたら、恐らく
とんでもない事になる、何が起きるのかは解らないが…
とも。
そこで俺はこう和尚さんに言ってみた。
「でも外国に持ち出されたなら俺達は安心じゃん、その国にいかなければ害も無いでしょ?」
と。
しかし、和尚さんは「そうではない、仮に行かなくとも、これだけ大きく無秩序な呪物の
集合の場合、『縁』を持っただけでも危ない。『縁』が軽い場合や一時的なものだったとしても、
一体どういう影響があるのか全く予想も出来ない、もしお前達が縁を持ちそうになったら
何があってもそこから逃げろ」と言われた。
これが当時俺が聞かされた話の全て。
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