『おかしくなった同僚』など【じつ8シリーズ 全四話】|洒落怖名作まとめ

『おかしくなった同僚』など【じつ8シリーズ 全四話】|洒落怖名作まとめ シリーズ物

 

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じつ8シリーズ 全四話

 

 

おかしくなった同僚

 

この話は実話です。
ただ事実のみを書きます。

運送大手の○川で僕はドライバーをしていました。
ある夜、○○工場内(九州内にあります)で作業中、どうにも同僚Sの様子がおかしいことに気付きました。
Sは仕事中だというのに、ある一点を睨み付け、小さな声でなにか呟いているのです。
不思議に思い近づくと、Sの声が微かに聞こえてきました。
「アケミくるな。アケミくるな。アケミくるな。」
彼はひたすらそう呟いていました。
当時○川には霊感が強いドライバーが二人いました。
SとAです。
Aは、生まれつき霊が見えるとのことで、よくなにもない空間を指さしては、あそこに青いお婆さんがいる、などと言っておりました。
Aは霊に対してある程度の経験といいますか、耐性があるらしく
Aの言うことには、霊には大丈夫なやつと、ヤバイやつとの二種類があるそうで
なんでも大丈夫なやつはまったく持って生者に感心を持たずに、ただ決まった場所にいるだけとか。
そういうのは大抵が何日もすればいなくなるそうで、まったく無害なのだそうです。
Aいわく、人に興味を持たないのは大丈夫らしいのです。
対してヤバイやつは、いつもこちら側、つまり生者を執拗に見ているらしいのです。
普段私たちの周りにもいるようで、その存在を知っているそぶりを見せるとつきまとい、時には命にかかわる問題を起こすそうです。
ですので、必ず見えないフリをして近寄らないようにしなくてはいないそうなのです。

 

Sは霊感があるといってもAとは少し様子が違いました。
Sが霊の存在を感じるようになったのは、つい一年ほど前からなのです。
彼はそれまではまったく霊の存在を感じた事などなかったそうです。
きっかけは信じられない話ですが、ある遊園地(これも九州です)のお化け屋敷に入り、出たあと急に見えるようになったというのです。
Sいわく最初は霊だとは思わず、お化け屋敷からでると、突然遊園地に顔つきの暗い人が増えたので不思議だったのこと。
Sには、Aのようにヤバイやつと大丈夫なやつとを区別することはできませんでした。

話を戻します。
呟くSの様子を見て、僕は心配になり、どうした? と声をかけました。
Sは返事をせずただ必死に呟いています。
「アケミくるな。アケミくるな。アケミくるな」
ただならぬSの様子に霊絡みのことが起きているだと思った僕は、Aに報告しにいきました。
AはSを見るなり言いました。
とてもヤバいやつとSが見つめあっている と。
僕にはなにも見えません出したが、どうにも薄笑いを浮かべた不気味な女がSの傍で彼をじっと睨んでいるのだそうです。
Aは言いました。ああいうのは絶対に目を合わせたらいけない。気がついてないフリをしないと。
今日はSに近寄らないほうが良い、と。
そういうと事務所から塩を持ってきて自分と僕に振りかけました。

 

それから退社時間まで僕Sに近寄らないないよう作業しました。
Sはときおり首を振ったり、泣きそうな顔になったりしていました。
その様子はまるで、誰かにお願いごとをしているようでした。

その日退社時、僕の車のキーが無くなっていました。
困った僕がどうしようかと考えていると、背後からSが声をかけてきました。
「家まで送るよ」
Sの顔は真っ青でした。微笑んでいるものの、目がやけに真剣で僕は怖くりました。
Aの言葉が浮かび、僕は断りましたがSは頑なに送ると言い張ります。
その抵抗し難い迫力に押されてとうとうなし崩し的に僕は受け入れていました。
しかし、駐車場に止めてあるSの車の前に立ったとき得も知れぬ嫌な予感を感じたのです。
絶対に車には、乗ってはいけない。そう直感しました。
僕は必死になってSを説得しました。今日は事務所に泊まるから良い。
しかしSは納得しません。次第に声が荒くなります。そうこうするうちにAが通りかかりました。
事情を知ったAは自分が僕を送るとSにいいました。
Sは一変して、しおらしく頼むから送らせてくれていいましたが、僕は断ってAの車に乗り込みました。

Aの車が発進し、遠ざかるのをSはただみていました。
車内で僕はAに礼を述べました。
Aは真面目な顔をしていいました。

 

実はな、途中から薄気味悪い女のヤバいやつはSのそばから離れてお前のそばにいたんだ。
途中からいなくなったから、お前が気付かないと諦めたんだと思ったんだが、
さっき、Sの車の助手席に座ってお前をじっとみてたんだよ。
あのまま乗ってたら多分お前の家までついてきてたぞ。
ただ、Sは危ないな。完全に目をつけられてる。あいつからしばらく離れたほうがいいぞ。

だけど翌日Sは会社を無断欠勤しました。そのまま1週間経っても来ない彼を心配して上司が見に行きましたが、
彼は家にいませんでした。家族の話では1週間前から家に帰っていないらしいのです。
とうとう1ヶ月がすぎても彼は帰って来ませんでした。
会社はSを解雇し、家族が捜索届けを出したと聞いたのですが、その後Sがどうなったのか僕にはわかりません。
ただ、町でSの車に似た車を見るとつい隠れてしまうのです。

 

 

トンじい

 

では私が体験した実話を投稿します。これは紛れもない事実であります。

私の出身地は古くからの部落差別の残る地域でした。
当時わたしは小学生でした。部落差別があるといっても、それは大人の世界での話で幼い私には差別などわかりませんでした。
子供同士はどこの地区出身かなど関わりなく仲良くなりますし、大人達は罪悪感があるのか子供達の前では部落の話を避けているふしがありましたので普段の生活で意識することはあまりありませんでした。
ただ、○○地区のヤツは気が荒いあまり仲良くなるな。ということは言われた事があります。
○○地区とは、海沿いにある2つの町を差す地域で確かに不良が多かったのです。
当時僕は○○地区の友達Y君と仲が良くて放課後はいつもY君と遊んでいました。
当時僕たちは釣りに夢中になっていました。Y君の家の近くには海があり、よくY君のお父さんの釣竿を借りては、穴場を探して海の周りを探索し、釣りをしていました。

このY君のお父さんはとても怖い人でした。いつも家にいて、がっしりとした体に短く駆った坊主頭といつもなにかを睨み付けてるような目をしていました。
その怖い外見の通りに気も短くY君の家でうるさく騒ごうものなら大声で
黙れ、ぶち殺すど!と過激な言葉を使い怒鳴りつけてきました。
幼い僕には苦手な大人でした。
ですのでY君お父さんから借りた釣竿を使うときには、絶対に傷つけないよう注意して扱っていました。

 

ある日Y君と二人で、海のそばの林に入り、釣りのためのスポットを探していると古いトンネルを見つけました。
とても小さなトンネルで、長さは5メートルぐらいだったと思います。
中にはゴミが散乱していました。
薄暗いトンネルを抜けた先には釣りのできそうな入江がみえます。
僕たちはトンネルを秘密基地にしようと喜びトンネル内に荷物を置いて先の入江で釣りをはじめました。
暫く時間が経ちましたが、魚は全く釣れず退屈していました。
すると突然背後から
「釣れるか?」 という声が聞こえました。
驚き振り返ると、破れた服を着た老人が立っていました。
僕は老人から漂う悪臭に思わず顔をしかめました。
白髪混じりの老人の髪は油っぽくふけだらけで、しわだらけの皮膚の色は黒ずんでいました。
老人は、だるそうに黙って僕たちを見ていました。
その右手には僕たちの荷物があります。
体がすくんで固まる僕の隣で、怯えた声でY君がいいました。
「それ俺たちのです」
「やっぱりか、わしの家にあった」
老人の声はとてもしゃがれていました。無表情だった顔を動かし目を細めて
「あんなとこに置くと誰かに盗まれるぞ」
と笑い荷物を置いてトンネルの中に入っていきました。

 

残された僕たちは荷物に駆け寄ると顔見合わせて動揺しました。
老人のような人間をみるのは初めてだったのです。一体何者なんだろうと二人で話しました。

なんにせよ帰るには再び老人のいるトンネルを抜けなくてはなりません。
僕たちは迷いつつおそるおそるトンネルに入りました。
薄暗いトンネル内でござの上で横になっている老人の背が見えます。
その横を音をたてないようそろそろと二人で歩きました。
老人はその間ぴくりとも動きませんでしたが、出口にさしかかった時唐突に言いました。
「遅いから気をつけて帰れよ」
僕は急に老人に興味がわき尋ねました。
「おじいさんはこのトンネルに住んでるの?」
「ああ」
「いつから?」
「お前が産まれる前からじゃ」
「なんで?」
「昔わるさして、罰があたったんじゃ」
「罰でトンネルにいるの?」
「そう。みんなに追い出されたんじゃ」
おじいさんの声は寂しそうでした。
「もう帰れ、おとうとおかあが心配しよるぞ。それと危ないから、ここらにはもう近よるな」
「うん」

しかし、僕たちは翌日も老人のところに行きました。
幼いながらに老人が悪い人だとは思えなかったのです。
最初は迷惑そうだった老人も次第に僕たちを可愛がってくれました。
一緒に遊んでくれたり、影送りや、折り紙などいろんな遊びを教えてくれました。
僕たちは老人のことを、トンじいと呼び、放課後毎日遊んでいました。
そんな関係が2ヶ月ほど経った頃事件が起こりました。

トンじいは、ファンタが好きで僕たちがあげると大事そうに両手で飲んでいました。
今度は、違う味のファンタ持ってくるよというとありがとうなと凄く嬉しそうに笑いました。
その日、トンじいのもとから帰る途中Y君がふざけて、背の釣竿を刀に見たて振り回しはじめました。
勢いよくふった先でつまずきよろけ、とっさに支えにした釣竿がしなって中程が折れました。
Y君は青ざめ泣き出し、
「お父さんに殺される」
としきりに言いました。
僕は、泣きじゃくるYに頼まれ一緒にYのお父さんのところに謝りにいきました。
折れた釣竿を見るなり、Yのお父さんの顔つきが強ばり目が赤くなりました。
限界まで膨らんだ風船が破裂するのを抑えるように、ぶるぶると震えながら
「どっちがやったんか?これ」
と平坦な声で言いました。
Yはうつむいて涙を地面に落とし、僕は怖くて黙っていました。
「答えんか!お前がやったんか!!?」
Yの父親は怒鳴りながら、Yの髪を乱暴につかんで無理矢理顔を引き上げると血走った目で睨み付けました。
「答えんか!!」
「トンじいがした」
Yはしゃくりあげながら、か細い声で呟きました。
「ああ!!?トンじいって誰か!?」
「海のトンネルにいるおじいちゃんがやったんだ」
Yのお父さんは、Yを離すと憎らしげにいいました。
「大山のジジイが、あのやろう」
Yのお父さんは家に入り誰かに電話をかけると、スコップを持って走り去っていきました。
Yは声を上げて泣いていました。

翌日僕たちは、トンじいのところに怖くて行けませんでした。
Yの話だと、Yの父親は翌日の朝に帰ってきて二度とトンネルに近寄るなといったそうです。

 

一週間ほどたってよくやく僕らはトンネルに行きました。
お詫びにとファンタを沢山持って。
しかしトンじいはいませんでした。がらんとしたトンネルは静まりかえって
トンじいが使っていたござがそのままにひかれてました。
暫く待ちましたが、仕方ないのでファンタを置いて僕たちは帰りました。

その翌日再びトンネルにいくと、トンじいはやはりおらず。
昨日置いたファンタはそのままの状態で置いてありました。
僕は急に不安になってきました。トンネル内の赤黒い汚れが、トンじいの血に見えたのです。
Yは膝をついて号泣し、
「ごめんな、ごめんな、トンじい」
と繰り返していました。

それから次第にYとも疎遠になりトンじいと会うことも二度とありませんでした。
大人になって母に昔トンネルに住んでいる人がいたというと教えてくれました。
「昔、○○地区に大山さんって人がおってね。一家心中なさったんよ
自宅に火をつけて娘さんも、奥さんも亡くなったんやけど大山さんは助かってしまって。
ただ隣の家にも延焼してしまってね。結局○○地区の人から追い出されてね。
本当か嘘かトンネルに住んでるって聞いたけど。その人かもしれんね。
○○地区の奴らは本当に酷いことするよ」

これで終わりです。
トンじいがどうなったのか僕にはわかりません。もしかしたら別の場所に移動して、今も元気にしているのかもしれません。
ただ曖昧な記憶で思い返すのです、あの日以来Yの父親が持っていったスコップはYの家で見なくなったこと。
Yの「ごめんな」の意味を。

終わり。

 

 

生活環境

 

それでは、再び実話を投稿させていただきます。これは実際にあった話です。

この話は私が直接体験したわけではありません。
ある人の体験した話です。ただ、良くある友達の友達が~といった真偽に疑問が残る話ではありません。
紛れもなく真実です。
何故なら体験者は私の妹なのですから。

私と妹は四つ歳が離れています。私が小学五年生の時、妹は小学一年生でした。
入学当初の妹は、うまく友達が作れず寂しそうでした。
学校に行きたくないという妹を私は心配していたのですが、何週間か経ってやっと妹に友達が出来ました。
同じクラスのHちゃんです。Hちゃんは不思議な子でした。
目の前にいてもその存在に気付かないような、とても静かな子でした。
その顔はいつも無表情で何を考えているのかわからない暗い印象の、例えるならまるで人形のような子でした。
Hちゃんは何度も我が家に遊びにきました。
しかし私はHちゃんがしゃべっているのをみたことがありませんでした。
妹と遊んでいる間もずっと黙って、ただ妹の話を聞いているだけです。
私はHちゃんを最初のうちは大人しい子なのだと思っていたのですが、次第に薄気味悪くなってきました。
というのも、Hちゃんが妹を見るその目はどこか怪しく、とても友達に向ける目ではなかったのです。

妹がHちゃんと仲良くするのはやめたらいいのにと思っていました。

何ヵ月か経ち妹もHちゃん以外に友達が出来ました。
自然に妹はHちゃんと一緒にいる時間が減っていき、元々妹以外に友達のいなかったHちゃんはクラスで孤立していったといいます。
そんなとき事件は起きました。

 

妹のクラスでは、亀を飼育していました。
その亀が、ある日いなくなったのです。
ある生徒がHちゃんが持って帰るのを見たと言いましたが、Hちゃんはなにもいわずただ黙っていたそうです。
これを境にHちゃんは、亀泥棒とクラスで仲間はずれにされるようになりました。
当のHちゃんは気にした様子もなく妹に近寄るので、妹は次第にHちゃんを鬱陶しいと思うようになり露骨に避けるようになりました。
そんな妹をHちゃんは突然自宅に誘いました。
しつこく誘うHちゃんに根負けし、妹は仕方なくHちゃんの家に行ったそうです。
Hちゃんの家は団地にでした。とても古く中は汚れ放題でゴミが散乱していたそうです。
そして物凄い悪臭が籠もっていたそうです。悪臭の原因を知って妹は驚きました。
Hちゃんは当たり前のように畳のうえで尿を足したのです。
呆然とする妹に、Hちゃんは
「私たち友達だよね? これから毎日おいで」
といったそうです。
妹は
「嫌だ、もう友達じゃない」
と断り家から飛び出しました。
翌日学校に行くと机の上に甲羅を割られ潰れた亀が置いてあったそうです。

 

Hちゃんだと直感した妹はHちゃんを怖がるようになりました。
妹いわくその日からHちゃんは、人が変わったように喋るようになったといいます。
その内容が酷いのです。
「○○ちゃん(妹)のお母さんは、男の人とエッチしてお金を貰っている。あたしは見た」
「○○ちゃんのお父さんは昔人を殺して、おうちに埋めた」
「○○ちゃんもエッチしてお金を貰うようになる」
そんなことを繰り返しいうのです。妹は次第に学校を休むようになりました。
事態を知った親が学校に苦情を入れると、Hちゃんの家庭で驚く事が明らかになりました。
なんとHちゃんは一人で住んでいたというのです。両親は行方不明ということでした。
結果Hちゃんは転校しました。施設にはいったのか、親戚にひきとられたのかはわかりません。
妹は、再び学校に通いだしました。
問題は解決したと思われました。ただ疑問が残るのです、果たして小学一年生が一人で生活できるものなのか
あの大人しいHちゃんがどこでエッチという言葉を知ったのか。意味はわかっていたのか?
何しろ小学一年生です。妹も意味がわかっていませんでした。

そして、私がゾッとしたのは後日妹が言ったこの言葉です。
「Hちゃんのお父さんいたよ」
妹は確かに、Hちゃんのお父さんを見たというのです。
全然Hちゃんと似てなかったといいます。ずっと薄笑いを浮かべていたそうです。
そのお父さんは、Hちゃんが畳のうえで、おしっこをするのを注意せずにただじっと見ていたそうなのです。

そして、妹を見るとHちゃんになにかを耳打ちしたそうです。
そうしてHちゃんはいいました。
「わたしたち友達だよね?これから毎日おいで」

その男は何者だったのでしょうか? 妹の錯覚ではないとしたら、もしも妹が家から飛び出さなければ……
私は、今でも時折Hちゃんの無表情な顔を思い出します。

おわり。

 

お婆さんの狙い

 

この話は実話です。私自身も体験したのですが、当時はなにも気付きませんでした。
霊などはでません。
長い割に怖くないかもしれません。

それはまだ私が幼いころです。
記憶は曖昧なのですが、確か妹がまだ赤子だったので、私は小学生の低学年だったと思います。

当時妹はひどい小児喘息で、診察と常備薬を処方してもらうため、車で1時間ほどかかる遠方の病院に通っていました。
私は病気でもないのに、よくそれについていきました。
なぜなら幼いころはたとえ病院だろうと遠くに行くだけで楽しかったですし、それに道で外食をすることがあったのです。
一方手間がかかる私をつれていくのを母は嫌がり、家にいなさいと言っていました。
私はそれでも無理を言って病院についていきました。
病院では、私はいつも妹が診察をうける間病院内をうろうろと歩いておりました。
いつものように広い病院を探検する気持ちで歩いていると、いきなり院内服を着た知らないお婆さんから話しかけられました。
「ぼく、飴いる?」
そのお婆さんは真っ白な白髪にまばらに残る黒髪が印象的で体格は小柄、それに酷く痩せていました。顔色も悪くて不健康そうに見えました。
思い詰めたように暗くて疲れきったような表情に見えます。なにより私を見る目が怖かったのを覚えています。
お婆さんは、自分はここに入院しているのだといいました。
前からよく病院内を歩く私をみて話しかけたかったのだそうです。
寂しいから友達になって欲しいといいました。
私はお婆さんを怖いと思ったので嫌だと思い、黙って首を横にふり、母の元に逃げました。

 

お婆さんがそろそろと私のあとをついてくるのがわかりました。
私は妹を抱く母を見つけると、泣きながら駆け寄り、お婆さんを指差しながら変なお婆さんがついてくるといいました。
お婆さんは、いつの間にか僕のハンカチを持っていて、落としましたよと言いました。

母は、すいませんと謝りハンカチを受け取ると、私には失礼なことをいうなと叱りつけました。
お婆さんは、いいんですよ、と母に近寄りそこで驚いたように口を開けると涙を流しはじめました。
お婆さんは母をみていいました。
「娘にそっくり」
お婆さんには10年以上昔、母にそっくりな娘がいたそうで、その娘さんを病気で亡くされてたそうなのです。
母は、そんなお婆さんを可哀想な顔で見ておりました。
それからお婆さんは、母と妹が病院に行く曜日には入り口で待つようになりました。
そうして妹と僕にお菓子や玩具をくれるのです。
死んだ娘といっしょにいるようだと喜ぶお婆さんを母は断れないようでした。

いつの時間にいっても入口にいるお婆さんが気味悪くなり、私は病院へはついていかないようになりました。

そうして何ヵ月か経ったころでしょうか、母のほうから私に病院についてこない? と誘うようになりました。
私は不思議に思いながらも、帰りに美味しいものをごちそうしてくれるかもと思い了承しました。
病院につき、妹の診察が済んで母と受付を待っているとき、
今日はお婆さんはいないんだ、もう退院したのかもしれない思っていると背後から声がしました。
「見つけた」
振り返ると例のお婆さんが笑って立っていました。
母の顔はひきつっています。
お婆さんは院内服ではなく、私服をきていました。
「○○(母)ちゃん、最近月曜日に見ないから寂しかったのよ。
通院する曜日変えるなら教えてよ」
お婆さんは、私を見て笑いました。
「久しぶりね○○くん、今日はおばさんがご飯につれてあげるね」

 

断る母を強引に説き伏せて、お婆さんは私達を近くのファミレスにつれていきました。
食事の間お婆さんはずっと笑っていました。お婆さんと母の会話が変な会話をしていたのを覚えています。

「ふたつあるんだからいいじゃないの」
「いい加減にしてください」
「いいじゃないの」
「警察を呼びますよ」
「じゃあこれを読んで」
お婆さんは母に封筒を渡しました。

その日の帰りの車は、いつもとは違う道を走ったのを覚えています。
それと、車の中で母が変な質問をしてきたことも。
「Y(妹)ちゃんを可愛いと思う?」
「……うん」
「あなたはお兄ちゃんなんだから、なにかあったらYちゃんを守らないといけないよ」
「うん」
「来週からYちゃんと一緒に病院にきてそばから離れたらいけないよ」
「うん」

当時は何故母がそんなことを言うのかわかりませんでした。
それから毎回病院でお婆さんと私達は会いましたが、ある日を境に急に見なくなりました。

それから十年以上経ち、母にそういえばあのお婆さんどうしてるんだろうね?
と尋ね、返ってきた答えに私は震えました。
「あの人は多分亡くなったよ。それに、お婆さんじゃなくて私と同じ年なの」

 

私は驚きました、当時の母は30才代ですが、お婆さんはどう見ても60才はいってるように見えたのです。
母から聞いた話はこうです。
退院してからもいつも病院で会うおばさんを不思議に思い母は、知り合いの看護師にお婆さんはそんなに悪い病気なのかと尋ねたそうです。
おばさんは病気ではなく、自殺未遂で入院していたというのです。
娘が亡くなったショックで自殺未遂をしたお婆さんの外見はみるみる老けていき、亡くなった娘というのはまだ赤ちゃんだったそうです。
それなら母と似ているはずがありません。
そういえばお婆さんが母に向かって娘にそっくりだと言った時、妹が母に抱かれていたことを思いだしました。
お婆さんは妹に向けて言っていたのです。
最初は優しかったお婆さんは次第に母に妹を譲るよう懇願してきたらしいのです。
もちろん母は断りました。
妹をさらわれるとお婆さんが怖くなった母は、私を見張り役として病院に付き添わせてたそうです。
そして封筒の中の手紙を見せてくれました。

短い文でした。

『近く娘のところに行きます

あなたのせいです

ずっと恨みます』

おわり

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