俺は絶対にここに篭っていた方が良いと思ったが、叔父の意見は
ロッジに来られる前に、どうにかした方が良い、と言う物だった。
あんな恐ろしいヤツの所にいくなら、よっぽど逃げた方がマシだと思ったが、
叔父さんは昔からいつだって頼りになる人だった。俺は叔父を尊敬しているし、従う事に決めた。
それぞれ、グラサン・ペットボトル・軽目の食料が入ったリュック・手持ちの双眼鏡・木製のバット・懐中電灯等を
持って、裏山に入っていった。暗くなる前にどうにかしたい、と言う叔父の考えだった。
果たしてアイツの視線に耐えられるのか?望遠鏡越しではなく、グラサンがあるとはいえ、
間近でアイツに耐えられるのか?様々な不安が頭の中を駆け巡った。
裏山と言っても、結構広大だ。双眼鏡を駆使しながら、アイツを探しまわった。
叔父いわく、アイツは俺らを目標に移動しているはずだから、いつか鉢合わせになると言う考えだ。
あまり深入りして日が暮れるのは危険なので、ロッジから500mほど進んだ、やや開けた場所で待ち伏せする事になった。
「興味さえ逸らせば良いんだよ。興味さえ…」
「どうやって?」
「俺の考えでは、まずどうしてもアイツに近づかなければならない。だが直視は絶対にするな。
斜めに見ろ。言ってる事分かるな?目線を外し、視線の外で場所を捉えろ。
そして、溜めたしょんべんをぶっかける。それでもダメなら…
良いか?真面目な話だぞ?俺らのチンコを見せる」
「はぁ?」
「邪視ってのはな、不浄な物を嫌うんだよ。糞尿だったり、性器だったり…
だから、殺せはしないが、それでアイツを逃げされる事が出来たのなら、俺らは助かると思う」
「…それでもダメなら?」
「…逃げるしかない。とっとと車で」
俺と叔父さんは、言い様のない恐怖と不安の中、ジッと岩に座って待っていた。
交代で双眼鏡を見ながら。時刻は4時を回っていた。
「兄ちゃん、起きろ」
俺が10歳の時に事故で亡くなった、1歳下の弟の声が聞こえる。
「兄ちゃん、起きろ。学校遅刻するぞ」
うるさい。あと3分寝かせろ。
「兄ちゃん、起きないと 死 ん じ ゃ う ぞ ! !」
ハッ、とした。寝てた??あり得ない、あの恐怖と緊張感の中で。眠らされた??
横の叔父を見る。寝ている。急いで起こす。叔父、飛び起きる。
腕時計を見る、5時半。辺りはほとんど闇になりかけている。冷汗が流れる。
「00、聴こえるか?」
「え?」
「声…歌?」
神経を集中させて耳をすますと、右前方数m?の茂みから、声が聞こえる。
だんだんこっちに近づいて来る。民謡の様な歌い回し、何言ってるかは分からないが不気味で高い声。
恐怖感で頭がどうにかなりそうだった。声を聞いただけで世の中の、何もかもが嫌になってくる。
「いいか!足元だけを照らせ!!」
叔父が叫び、俺はヤツが出てこようとする、茂みの下方を懐中電灯で照らした。
足が見えた。毛一つ無く、異様に白い。体全体をくねらせながら、近づいてくる。
その歌のなんと不気味な事!!一瞬、思考が途切れた。
「あぁぁっ!!」
「ひっ!!」
ヤツが腰を落とし、四つんばいになり、足を照らす懐中電灯の明かりの位置に、顔を持ってきた。直視してしまった。
昼間と同じ感情が襲ってきた。死にたい死にたい死にたい!こんな顔を見るくらいなら、死んだ方がマシ!!
叔父もペットボトルをひっくり返し、号泣している。落ちたライトがヤツの体を照らす。意味の分からないおぞましい歌を歌いながら、
四つんばいで、生まれたての子馬の様な動きで近づいてくる。右手には錆びた鎌。よっぽど舌でも噛んで死のうか、と思ったその時、
「プルルルルッ」
叔父の携帯が鳴った。号泣していた叔父は、何故か放心状態の様になり、ダウンのポケットから携帯を取り出し、見る。
こんな時に何してんだ…もうすぐ死ぬのに…と思い、薄闇の中、呆然と叔父を見つめていた。
まだ携帯は鳴っている。プルルッ。叔父は携帯を見つめたまま。ヤツが俺の方に来た。恐怖で失禁していた。死ぬ。
その時、叔父が凄まじい咆哮をあげて、地面に落ちた懐中電灯を取り上げ、
素早く俺の元にかけより、俺のペットボトルを手に取った。
「こっちを見るなよ!!ヤツの顔を照らすから目を瞑れ!!」
俺は夢中で地面を転がり、グラサンもずり落ち、頭をかかえて目をつぶった。
ここからは後で叔父に聞いた話。まずヤツの顔を照らし、視線の外で位置を見る。
少々汚い話だが、俺のペットボトルに口をつけ、しょんべんを口に含み、
ライトでヤツの顔を照らしたまま、しゃがんでヤツの顔にしょんべんを吹きかける瞬間、目を瞑る。霧の様に吹く。
ヤツの馬の嘶きの様な悲鳴が聞こえた。さらに口に含み、吹く。吹く。ヤツの目に。目に。
さっきのとはまた一段と高い、ヤツの悲鳴が聞こえる。だが、まだそこにいる!!
焦った叔父は、ズボンも下着も脱ぎ、自分の股間をライトで照らしたらしい。
恐らく、ヤツはそれを見たのだろう。言葉は分からないが、凄まじい呪詛の様な恨みの言葉を吐き、くるっと背中を向けたのだ。
俺は、そこから顔を上げていた。叔父のライトがヤツの背中を照らす。
何が恐ろしかったかと言うと、ヤツは退散する時までも、不気味な歌を歌い、体をくねらせ、ゆっくりゆっくりと移動していた!!
それこそ杖をついた、高齢の老人の歩行速度の如く!!
俺たちは、ヤツが見えなくなるまでじっとライトで背中を照らし、見つめていた。いつ振り返るか分からない恐怖に耐えながら…
永遠とも思える苦痛と恐怖の時間が過ぎ、やがてヤツの姿は闇に消えた。
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