ケイさんシリーズとは、2007~2008に2ちゃんねるオカルト板に投稿されていた怖い話に登場するメガネをかけている看護師。
ケイさん
俺の職場には、いわゆる『見える人』がいる。
仮にケイさんとしておくが、この人は本当にヤバい人だ。見た目はちょっと派手なだけで、ほかは割合普通の男の人なんだけど。
やっぱり違う。
まあ、俺もいわゆる『感じる人』で、はっきり見えたりはしないが、しばしば嫌な気配を感じたりすることはあった。でも
ケイさんはケタが違う気がする。
ちなみに職場ってのは病院、しかも老人や重病者が集まる、つまりは末期医療専門の病院だ。ケイさんは看護師さん、俺は介護職員をしている。
そんな職場だから、人の死を目の当たりにすることは多々ある、いやむしろ毎日だ。
でも、幽霊ってのは、そうそう簡単には現れない。いくらバタバタ人が死んでも、みんな幽霊になるってわけじゃないだろうし。幽霊だのお化けだの、見えないのが普通だ。
だけど、ケイさんは違う。
「石田さん。」
ケイさんは、突然なにもない廊下の隅に話掛けたりする。
「ここにいてもダメです。ほら、お部屋に戻ってください。」
まるで誰かがそこにいるように、話掛ける。誰もいないのに。
俺も最初は、アル中か何かで幻覚見てんだろ、アブねーやつ。
とか思ってたけど、その考えは間違っていたことに気付いたのが、ちょうど半年前のこと。
その日、ケイさんと俺は夜勤で、早寝のケイさんはあと10分で仮眠、俺は巡回に行くはずだった。
なのに、
「…おい。」
カルテを書いてると、すっげぇ不機嫌な声で、ケイさんが声掛けて来た。ただでさえ目付き悪いのに、睨まれると目茶苦茶ビビる。
「な、なんですか」
俺は、怯えながら返事をした。
ケイさんは苛々した様子で、俺の肩に何かを投げ付けてきた。
「余計なモン連れてきてンじゃねーよ。」
明らかに怒ってるケイさんが投げてきたのは、鏡だった。
そういえば、ケイさんの怒気にあてられてあまり気にしてなかったが、さっきから異様な寒気がしている。
それに気付いて、恐る恐る鏡を覗く。
すると。
「あ、あ、あああああ」
腕、っつーか、指?が俺の肩に乗ってた。ちょっと考えられない折れ曲がり方した指。中指と一差し指が三つ折りになってる。明らかに、生きてる人の指ではない。
しかも俺は、その指に見覚えがあった。
「さ、坂上さんだ…」
その指の先にある小さなホクロ、一薬指につけられた安物のリング。
それは間違いなく、坂上さん…数時間前に肺炎で亡くなったじいさんの指だった。違うのは、その指の曲がり方だけ。
ベキベキ音をたてながら、今度はリングがされた薬指が三つ折りになる。
「ケイさん!!助けてください!!」
俺はケイさんに助けを求めた。なのにケイさんは、
「俺、坂上のじーさん嫌いなんだよな。」
ションベンくせーし、ワガママだし。と、看護師としてあるまじき暴言をはいて、煙草に火ぃつけやがった。
「ケイさん…」
半泣きになってすがる。
でも、このドSな先輩は謗らぬ顔で。恥ずかしながらこの歳になって俺は泣きべそをかきまくっていた。
そんな俺がいい加減ウザくなったのか、ケイさんは「んー」と唸ると、
「坂上さん。連れてく人が違いますよ」
と、俺の背中の向こう側に声を掛けた。その途端、空気は軽くなり寒気は消え、「ああ、いなくなった」と俺は無意識に思った。そして、ケイさんに死ぬほど感謝した。
でも当のケイさんは「お前、ヤられやすいから気ぃつけろ。つか俺に迷惑かけんなウザイ。死ね。」
と言い残すと、仮眠室に消えていった。しかしそれから数分後、ケイさんは
「エンゼルの用意しとけよ」と仮眠室から顔を出した。エンゼル、ってのはつまり、死後処置だ。「何でデスか」聞き返すと、「坂上のジジィ、死んでからも迷惑掛けやがって。死人はさっさと死んどけよ」と意味不明なことを呟き、また仮眠室に引っ込んだ。
それから数時間後、ケイさんが仮眠を終えた頃。立て続けに患者が2人亡くなった。
俺は嫌な予感を覚えながら、準備していたエンゼルを行った。
仕事が終わり一息つくと、ケイさんがこれ以上ないくらい不機嫌そうな顔で戻ってきた。
「ケイさん、まさか、」
「テメェのせいで散々な夜勤だった。あのまま放っとけばよかったかな」
俺が聞き終える前に、ケイさんが言った。
「じゃあやっぱり」
「逝き遅れた年寄りほど見苦しいモンはないぜ。手当たり次第連れていきやがる。」
やっぱりあのとき、坂上さんは僕を連れていくつもりだったらしい。それをケイさんが助けてくれたんだ。だから坂上さんはかわりに患者さん二人を連れてったんだと思うと多少胸が痛んだが、俺はとにかくあらためてケイさんに感謝した
。
「ありがとうした、俺、なんて御礼言ったらいいか…」
「あん?当然だろ?」
ケイさんが煙草に火をつけながら言った。
「あんときお前が連れていかれてたら、俺の仮眠時間が無くなってたじゃねぇか。」
このセリフを聞いたときほど、ケイさんを怖いと思ったことはなかった。
今現在、ケイさんはある厄介なことをやらかして休職中だが、
あの人とは他にもいくつかヤバイ体験をしたので、
とりあえずあの人が職場復帰するまでに、いくつか書いていきたいと思う。
そうゆうもの
以前、ケイさんという職場の先輩の話を書いた者だが、ちょっとやらかして休職してたそのケイさんが10月から職場復帰するらしいので、
今のうちにケイさんとの話をいろいろ投下しようと思う。
ケイさんが休職する一月くらい前。夏のクソ暑い日のこと、俺は夜勤のケイさんに付き合わされて夜の巡回をしていた。
ケイさんに3階の見回りを命令された俺はひとつひとつ部屋を見て周り、異常がないのを確認すると、上にあがる為エレベーターを待っていた。
ウチの職場は、脱走癖のある患者や痴呆の患者が集められている3階のエレベーターには暗証番号式のロックが掛かっているんだが、これがなかなか面倒臭い。
他の階に行く度に暗証番号を打ってエレベーターに乗らなきゃいけないし、打ってるあいだに止まっていたエレベーターが動き出して中々来ない…なんてことがよくある。
階段もドアに鍵が掛かってるし、面倒なこと極まりない。
ただ、ケイさんいわく、このロックにはただ患者の脱走防止のためだけにあるわけではないらしい。
なんでも痴呆がある人ってのは「そうゆうもの」を呼び寄せやすいらしく、つまりウチの病院の3階は幽霊だの何だのがめちゃめちゃいらっしゃってる場所なのだと。
そして、「そうゆうもの」を引き連れた3階の患者が他の階に「そうゆうもの」を置いていかないように隔離しているんだと。
かなり嘘くさい話だし、俺自身その話聞いたときは鼻で笑った。でも、深夜にその3階でエレベーターを待っている身としては思い出すと結構怖かったりする。
だいたい、そんな話をしておきながら3階の巡回を命じるケイさんはやはり鬼畜だと思う。
まあそんなわけで、俺はガクブルしながらエレベーターが降りてくんのを待っていた。7、6、5…だんだん下がってくる。
そんとき、4階でエレベーターが止まった。ケイさんが乗ってきたのかと思い意味もなく身構える。すると
廊下の奥からキィー、キィーと車イスの音が聞こえてきた。暗くて見えないが、ああ誰かトイレでも行くのかな。と思った。
ちょうどそのとき、エレベーターのドアが開いた。
ケイさんが出てくる、と思ったが出てこない。あれ、おかしい。なんで出てこないんだ。
そう思いながら乗り込み、ケイさんがいる4階へ向かった。
車イスの音はまだかすかに聞こえていたが、次第に聞こえなくなっていた。
4階につき、エレベーターを降りると、とたんに鋭い声が飛んで来た。
「バカ野郎!!」
声の主はもちろんケイさんだった。怒鳴られたのはもちろん俺。
「な、なんですか」
「テメェ、毎回毎回ざけんじゃねぇよカス。役立たずの疫病神が。」
眉間に5本ほどシワをたたえたケイさんに、暴言をはかれた揚句アゴを鷲づかまれた。痛みと驚きに悲鳴をあげると、「飲め。」と言われてペットボトルを口に突っ込まれた。中身は日本酒らしく、嫌なツンとしたにおいがした。
「ケイさん、俺、未成年なんですけど…」
つか、職場に、しかも夜勤中に酒ってどうよ。しかしケイさんはお構いなしに言った。
「お前、ヤられやすいっつったろ。面倒臭ぇの連れてきやがって。」
サーッと血の気が引いた。
「ま、まさか」
「気味悪くニタニタ笑いやがってよ。白目剥いてるわヨダレたらしてるわ口裂けてるわで。首ひっくり返ってやがるし。夢見のワリィ。」
つまり、気味悪くニタニタ笑う、白目剥いてヨダレたらして口裂けてる首ひっくり返った「何か」が俺についてきてたらしい。そして、「それ」をまたもケイさんが払ってくれた?らしい。「お前、本当いい加減にしろ」
ケイさんは非常に不機嫌そうに頭をボリボリかきながらステーションに戻っていった。おそらく除霊の為に飲ませてくれたのであろう日本酒の残りは、ご丁寧に自分のポケットに再び忍ばせて。アル中め。
しかし、なにはともあれ俺はさりげないケイさんの優しさに感謝しながら、ケイさんに続いてステーションに入り、
巡回の記事を書く為3階のカルテを手にとった。
そして、ずらりと並んだカルテのネームを見て気付いた。
3階には、車イスを使っている患者さんはいないことに。
痴呆はあっても、歩ける人しかいない
なら、
あ の 車 イ ス の 音 は ?
震える手でカルテを書きながら、俺は本気で転職を考えた。
退職する羽目になったキッカケ
10月に職場復帰するはずだったケイさんが、今日付けで退職した。朝のミーティングでそれを言われたとき何故か俺は号泣してしまって、今日一日最高に恥さらしだった。
帰ってくるって言ったくせに、あのメガネめ。そんな憎しみに近い悲しみを抱きつつ、
今日はケイさんが休職…というか退職する羽目になったキッカケの出来事について投下しようと思う。
それは8月の終わり頃、俺はエンゼル(死後処置)の為、朝っぱらから駆り出されていた。
同期のスタッフや看護学生もみんな出払っていて、確かフロアに残っていたのは夜勤明けのケイさんと、早番だった二人のスタッフだけだったと思う。
その日は確か立て続けに二人亡くなって、特に大変だった。俺は浄式用のバケツやら何やらを抱えて、処置室と病室を行ったりきたりしていた。
そして、たまたま霊安室の前を通りがかったとき。何故か俺は全身に悪寒が走った。鳥肌が異常に立って、熱でも出たのかと思ったくらい、嫌な感覚がした。
気にしない。気にしない。そう自分に言いきかせて、十数メール先のエレベーターまできたとき、ふっ、と霊安室を振り向くと、ちょうど誰かが出てきた。
薄紫のニットを着た女の人だった。多分、今日亡くなった二人の患者さんのどちらかの家族なんだろう。泣いているのか、ひどくうなだれていて、肩くらいの長さの髪が震えていたことを覚えている。
こちらに向かってゆっくり歩いてくるそのひとに、職員として声くらい掛けるべきかと思い、俺は近づいた。
「この度は、ご愁傷様でした」
そう言って頭を下げた。
そして、顔をあげて俺は仰天した。
「っ!!」
女の人の顔が、俺の鼻先5センチくらいのところにあったからだ。しかもその表情は、なんていうか、能面みたいな顔で、口元だけがものすごくニンマリしていた。歪んだ笑顔って、ああゆうのを言うんだと思う。
とにかく不気味で、俺は危うくバケツを落としそうになった。女のひとはニンマリ笑ったまま、歩いて行った。言葉も交わさぬまま。ただただニンマリ笑っていた。
そして、その姿が見えなくなって、エレベーターがやっと降りてきたとき。
ガシャンッ!!!と、すごい音がした。霊安室からだった。何事かと思い、走る。するとそこには、
「ケ、イさん…?」
ケイさんがいた。目茶苦茶になった霊安室のド真ん中に、凄まじい形相で。左腕が真っ赤で、ありえない方向に曲がってプラプラしていた。明らかに折れている。
「何してんスか!!!」
俺は慌ててケイさんに縋り付くが、ケイさんは折れた左手を気にする様子もなく、意味不明なうめき声をあげながら手当たり次第あるものを壁にぶつけていく。
「あ゙ぁああぁっ!!」
「ケイさん!!ケイさん!!」
こわかった。今まで見たことがないケイさんがいた。どちらかといえばクールで、愛想もなくて無表情なケイさんが、
真っ青になりながら玉のような汗をかいてうめきながら物をぶつけている。今までのどんな怪奇現象より怖かった。
俺はとうとうケイさんが狂ったと思い、無我夢中で縋り付いた。多分、俺は泣いていた。しばらくして騒ぎを聞き付けた他のスタッフやドクターがケイさんを押さえつけ、俺をケイさんから引きはがした。
霊安室は目茶苦茶に荒れていて、ベッドに寝ていた仏さんの安らかな死顔が逆に不自然だった。ドクターとスタッフに抱えられてフラフラ歩くケイさんが、何かを呟いた。俺はそれを聞きながら処置室に運ばれ、その日は早退させられた。
次の日から、俺は普通に出勤したが、ケイさんは謹慎処分になった。クビにならないのが不思議なくらいだが、看護・介護業界の人手不足を思えば仕方ないのかもしれない。
ケイさんが暴れた原因は「過労によるノイローゼ」だとか「酒の飲み過ぎによる幻覚」だとかでうやむやにされたけど、
俺は違うと思ってた。いや、知っていた。だって、聞いていたから。去り際、ケイさんが呟いた、
「またきた。あのおんなが、みんなつれていく。」って言葉を。
そんなこんなでケイさんは、10月まで休職になった。…いや、なっていた。だけど結局、ケイさんは今日でみずから仕事をやめてしまった。
俺はケイさんなら、たとえクビになっても出勤してくるだろう、酒片手に職場に乱入するくらいはするだろう、そのくらい朝飯前だろう、そう思っていたし、
実際あのあと何回か電話したときも、「ちゃんと帰るよ」って言っていたのに。すごくショックだった。実際今もテンパってるし、文章もいつも以上に目茶苦茶だと思う。
あの女の人についても、残念ながらオチはない。ケイさんは話そうとしなかったし、俺のそばからいなくなってしまったから。
まあ、ケイさんとはいろいろとあったし、まだ社員旅行のときの話も踏切の話もあるから、また投下するかもしれない。
一生会えないわけじゃないし、また何かあったら是非、投下させてほしいと思う。
でも、とりあえず。
俺の怪奇は、今日で終わった。
疫病神
10月になったばかりの某日、ケイさんが職場に遊びに来た。大騒動を起こして辞めたくせにちゃっかり遊びに来れる神経がオカルトだと俺は思う。
ケイさんは和気藹々と職員の皆と喋り、1時間ほど滞在して帰った。
そしてケイさんが遊びに来た日の夜、心筋梗塞を起こして84歳の患者さんが亡くなった。
偶然だろうが、やっぱりケイさんは死神か疫病神か何かの類なんじゃないかと、俺は本気で思った。
そして、またひとつ嫌な思い出を思い出した。前置きが長くなったが、本題に入る。
確か、去年の正月だったと思う。寮生組の俺とケイさんと俺の同期の松田は、新年早々夜勤が入っていた。
冬、特に1月~2月ってのは、寒いからか患者が亡くなる率がすごく上がるんだが、今年も例外なく「今夜が峠」みたいな患者が新年早々数名いた。
死後処置の面倒臭さはハンパじゃないので、翌日のことを考えて、その日は皆、萎えまくっていたように思う。
夜、俺と松田がテキトーに各階の巡回をして、カルテを書いていた中、ケイさんは休憩室で御神酒と称して酒を飲んでいた。アル中めが。
そしてカルテも書き終わったころ、突然ナースコールが鳴った。405号室—-空部屋からだった。
しかし実際、ナースコールの誤作動ってのは結構あって、誰もいない部屋からコールがあるってのは珍しくもなんともなく、恐くもなかった。
ナースコールを止め、俺と松田はカルテを書き続けた。
…が、またナースコールが鳴った。同じ405号室から。
「ちょっと俺、切ってくるわ」
松田が立ち上がって、405号のナースコールの主電源を切りに行った。俺はそれを見送って、カルテを書いていた。そのとき、ふと気付いた。
松田の後ろに、誰かがいる。
「…?」
目を懲らすと、病衣を着た男だとわかる。暗くて顔が見えないが、チラリとこちらに横顔が見えたとき、俺は心臓が跳ね上がった。
それは、『今夜が峠』の患者のひとりで、三日くらい前から昏睡状態だった岡田さんだった。
アングリと口をあけて、焦点の定まらない目をしている。両手は不自然に前に垂らされ、やたら猫背になって、松田の後をついていく。松田は岡田さんを引き連れて405号室に入っていった。
俺は思わず松田を呼び止めそうになった。すると、
「お前といい松田といい、揃いも揃って役立たずな上に疫病神たぁどうゆうことだ」
背後から声。言わずもがな、ケイさんである。いつのまに立ってたのか、酒が入っても相変わらずの無表情で俺の背後にいる。
「ケイさん、あれ…」
「よーく見てみろ。ホラ。」
ケイさんが促す。廊下に目をやり、俺は再び心臓が跳ね上がった。
増えてる。405号室から出て来て、こちらに歩いてくる松田の後ろに、人が。増えていた。なかには、違う病棟の患者もいる。
皆一様に、アングリと口をあけて、焦点の定まらない目をして、両手は不自然に前に垂れ、やたら猫背になって、松田の後をついていく。
「あ、あ、あれ、前田さんに、C病棟の宇佐美さんですよね…」
恐る恐る話しかけるが、ケイさんは欠伸をして、
「C病棟は管轄外だ。俺の知ったこっちゃねーよ」と冷たく言い放った。この人は本当に看護士なのだろうか?
「ケイさん、あれ、どうするんですか」
あの人たちは無害なのか、松田は大丈夫なのか、気になって聞いた。しかしケイさんは再び大欠伸をすると、
「人間てのは寂しがりだから、誰かを道連れにしたがりやがる。旅は道連れ、なんとやら、ってやつだ。自分以外に2人も連れてくんだ、これ以上は大丈夫だろうよ。ま、松田が死んでも、死後処置やんのは俺らじゃねーし。いんじゃね?どうでも。」と言った。
ケイさんの言い方に若干恐怖は感じたものの、とりあえず松田は大丈夫だとわかり、俺は息をついた。何も知らない松田はニコニコしてこちらに向かってくる。もう後ろには何もいなかったので、俺は安心した。
そのとき、ケイさんがポツリと呟いた。
「俺が夜勤だと、人がよく死ぬなぁ。」
俺は思い出す。あの患者が亡くなったのも、この患者が亡くなったのも、ほとんどケイさんが夜勤だった夜のことだった、と。ケイさんは俺を疫病神と呼んだが、本当に死神か疫病神か何かの類なのは、ケイさんじゃないだろうか。
酒片手に休憩室に入ってくケイさんの背中を見送りながら、俺は思った。
翌日、死後処置に追われて大変だったのは、言うまでもない。
洋モノAV
ちょっと久し振りに投下。
ケイさんが退職してから数週間が過ぎ、俺も俺のまわりもかなり平和になってきた今に敢えて話したいことがある。
それは半年くらい前。
ちょっとイヤラシイ話になってしまうが、俺も健全な青少年なんで、性欲は一端にある。が、
俺を含む寮生男子ってのはかなり貧乏で、いわゆる夜のお供…AVなんかは、レンタルではなく寮生同士で貸し借りし合っていた。
そんなあるとき、これまた寮生だった例のケイさんが、俺にオススメのビデオを貸してくれた。一見普通の録画用ビデオで、タイトルもない。
ケイさんは「ネット通販で手に入れた」って言ってたし、隠し撮りのやつなんだろう、と勝手に納得した。…それが甘かったわけだが。
「目茶苦茶いいんだよ。マジ興奮する。今夜おまえ寝れねーよ」
ケイさんはやらしい笑みを浮かべた。俺は、ああケイさんも人間なんだな。とちょっと失礼なことを思いつつビデオを受け取った。
その夜、俺はワクワクしながらビデオをセットした。途端に女の喘ぎ声が流れてきて、ビデオは始まった。女は金髪の巨乳で、男に跨がってた。ケイさんは洋モノ好きなんだwwwwとちょっと小馬鹿にしてビデオに見入る。
すると、数分したところでベッドサイドにもう一人、女が現われた。黒髪で、俯いてて顔は見えない。
恥かしい話だがその女の出現に「洋モノな上に3Pかよww」と俺ははしゃいでいた。いつの間にか女はベッドの二人に近付き、二人の後ろ、ベッドの真中あたりの位置に顔を出していた。
さあ乱入か!?とワクワクしたが、数分たっても女は動かない。ベッドの二人だけが休みなく動いている。
おかしい。俺はようやくそこで気付いた。 このビデオを貸してくれたのが、ケイさんだということ。不自然な移動や、顔のみを覗かせるその様子からわかりそうなものなのに、俺は気付いていなかった。
このビデオは、ただのエロビデオではないのだ。
女の顔は相変わらずベッドの二人の間にあり、じっと二人を俯き加減ながらも見つめている。
今さらながらものすごい恐怖を感じ、俺は慌ててビデオを消した。女は今にもビデオから抜け出して俺の後ろに立ってそうで、目茶苦茶怖かった。
ケイさんの予言通り、意味は違えどその夜俺は寝れなかった。後ろを振り向けば、女の顔がベッドサイドから覗きこんでる気がして。
次の日、ケイさんにビデオを突っ返して「何なんですかあれは!!」と力一杯怒鳴ったが、ケイさんはケタケタ笑うだけだった。 「俺は余裕であれで抜けるけど」なんて言いながら。
その後、そのビデオはオカルトマニアのあいだではかなり有名なビデオらしいということと、俺以外の寮生もケイさんによって同じ目に合わされていることを聞いた。
その鬼畜な所業からしてもそうだが、あのビデオで抜ける時点でやっぱりケイさんは人間しゃねえな、と思った。
今となっては、懐かしい。
御守り
一昨日久方振りに夜勤に入ったとき、自分的にはものすごく怖い目にあったので投下。
ケイさんがいなくなってから一か月が過ぎ、周りも俺も最早ケイさんの存在なんか時折思い出すくらいになっていた。
しばらく家庭の事情で仕事を離れていた俺も職場復帰し、その日は久し振りに夜勤だった。ケイさんがいなくなってからは初めての夜勤かもしれない。
その日の夜勤は同期の松田と途中入社の新人の3人で、俺は4階に待機していた。4階はケイさんがいつも待機していた階で、俺もどことなく安心感があった。
そして夜12時を回った頃、早寝の俺は仮眠を取る為、ステーションを出て4階の仮眠室に入った。ケータイのアラームをセットし、薄っぺらい布団にくるまって眠りにつく。久し振りの夜勤で疲れたのか、俺はすぐに寝入った。
が、不意に目が覚めた。ケータイを見ればまだ30分しか経っていない。もう一眠りしようかと再び目を閉じた。そのとき。
ドンドンドンドン!!!!と激しく仮眠室のドアを叩かれた。松田か新人だと思い、「何の用だ?」と声を掛けるが返事はなく、
ドアはますます強く叩かれた。そこでようやく、おかしいと気付いた。仮眠室のドアは単なる引き戸だ。
用があるならすぐに入ってこれるはず。
なのに相変わらずドアは激しく叩かれている。まさか…と、血の気が引いた。しかしドアを叩く音は鳴りやむことはなく。さらには窓までドンドンと叩かれた。
「うわあぁあっ!!!」
俺は叫んで布団にくるまって、ガタガタ震えながら、鳴りやむのを待った。
こんなの、今までケイさんと体験してきたことに比べたら対したことじゃない。だが、今はもう頼りのケイさんはいない。それはものすごく不安要素だった。
しかも祈りは届かず、叩く音は激しさを増して行く。尋常じゃない恐怖だった。それに絶えきれなくなった俺は、恥も何もかも捨ててある番号に電話を掛けた。
「…もしもし。」
4コールほど掛かったとき、すこぶる機嫌の悪そうな低い声が電話越しに響いてきた。聞き慣れたガラガラの低い声。紛れもなく、ケイさんだ。
「ああぁあぁケイさん助けてくださいぃいぃ!!!」
半泣きになりながら状況を説明すると、ケイさんの声は更に3オクターブほど低くなり、
「マジでお前死ねよ。俺がいねえとなんもできねーのかよカス。」
とものすごく不機嫌そうな返事が帰ってきた。
しかし引き下がるわけにもいかず「ケイさんいないと何もかもできません」と即答した。
するとケイさんは多少気をよくしたのか、「カスのくせに随分素直だな。取りあえず仮眠室からは出れそうか?」
と言った。しかし怖くて出られるはずもない。と伝えると「だろうな」と苦笑して、言った。
「仮眠室のカラーボックスの一番下に俺が置いといた特殊な御守りがある。取りあえずソレ握って、寝ろ。中には入って来れないはずだから。ただ、返事はするなよ。引っ張られるぞ」
俺は即座にカラーボックスを漁り、赤い御守りを見つけると潰れるほど握り締めた。
「じゃあ、もう切るからな。健闘を祈る。」
ケイさんはそう言って電話を切った。珍しく優しかったなあと思いつつ俺は御守りを握り締めて眠った。相変わらずドアは叩かれていたが、ケイさんの御守りのおかげでもうちっとも怖くなく、俺は安心して爆睡した。
いなくなってもケイさんの存在はすごく大きいままなんだと実感した。
アラームが鳴り、仮眠を終えるとドアはもう静かになっていて、恐る恐るドアを開けても何も異変はなかった。
ケイさんに心から感謝しつつ御守りを見た。
よく見るとそれは、安産祈願の御守りだった。
なにが特殊な御守りだ。
男で独身のケイさんが何故安産祈願の御守りを持っていたのかは謎だが、取りあえず 次にケイさんに会ったときは一発殴ってやることを心に決めた。
肝試し
先週、ひどく怖い目に合ったので久し振りに投下。
先週の月曜日、たまたま名古屋に帰ってきていたケイさんと飲みに行った。
相変わらずのアル中っぷりで20分もしないうちにビールジョッキは既に8コも空になっていた。その飲みっぷりのほうがオカルトな気がする。
今は九州の小さな病院で働いているというケイさんに、俺は懲りずに怖い話をせがんだ。ビビりのくせにオカルトが好きという致命的な馬鹿が俺である。
そしてやはり、それがいけなかった。
「心霊スポットでも勝手に行け。」
恐怖は勝手にひとりで直に体験しろ、とでも言うようにケイさんはめんどくさそうに俺をあしらった。しかし俺も酔っ払ってたので、引き下がらずに「じゃあケイさん連れてってください」と食い下がった。
目茶苦茶ウザがっていたケイさんだが、今日の飲み代をおごると言うと嫌々ながらOKした。
このとき何故ビビりな俺があんなにしつこく恐怖を求めたのか、今になってみるとわからない。
が、取りあえずあの時点でやめておけばよかったとかなり後悔はしている。
そして次の日、二人乗りの赤いバイクに乗ったケイさんが俺を迎えに寮まできた。
行く場所は地元じゃ有名な心霊スポットのトンネル。俺は後ろに乗り、バイクは勢いよく走り出した。
途中のガードレールやなんかに花束が添えられている。中にはそこで亡くなったであろう人の写真なんかもあり、すごく気味が悪かった。そしてしばらく走り、トンネルが目前に控えてきた頃。突然ケイさんが何かを叫び出した。
「…!!!!……!!」
しかし風の音で何も聞こえず、俺は聞き返した。
「なんですかー!!!!???」
「…ろ…を…!!!!な!!!!」
「し…を…るな…!!!」
「 う し ろ を み る な !!!!! 」
ハッキリと、聞こえた。そして次の瞬間全身を寒気が襲った。俺は、サイドミラーに映るものを見てしまった。
「うわあぁぁあぁ!!!」
俺は絶叫した。サイドミラーに映る俺の腰あたりから、長い長い黒髪が見えている。ゆらゆらと風に揺れながら。
そして俺の腰を撫でるように見えた土気色のひび割れた手…。
「嫌だあぁあぁああっ!!!!!」
俺は無我夢中で腰周りを手で払った。
しかし手には何かあたる感触はしない。ただミラーに映る手は段々と俺の腰から胸元に移動していき、長い黒髪は狂ったように風に揺れている。
「ケイさあぁあん!!助けてくださいぃいぃい!!!!」
俺はケイさんにしがみつき、絶叫した。ケイさんは「お前もう死ねクソ野郎!!!」と叫ぶと、ものすごくスピードをあげてトンネルを突き抜けた。その運転も恐怖だった。
トンネルを出てどっかのコンビニにバイクを止めると、ケイさんは息を荒くして俺の腰周りを手で払った。
パン、ぱんとはたかれるたびに泥のような砂のようなものが俺の背中から落ちてきた。それはあの土気色の手を思い出させて、目茶苦茶気持ち悪かった。
「取りあえず顔洗って、塩気強いモン買って来て食え。てゆうか俺の前から消えろ。」
とケイさんは言った。
「あと、しばらく絶対振り向くな」と。
振り向いたらあの黒髪と土気色の手の主がいるような気がして怖かったので、もちろん振り向けなかった。
あの手の主が何なのかはわからないが、決して良いものではないのは確かだ。取りあえず俺は恐怖で足をガクガクさせながらもフラフラとコンビニに入り、トイレを借りて顔を洗った。
そしてうす塩味のポテトチップスを買って、コンビニを出た。
そこに、ケイさんはもういなかった。バイクごと跡形もなく。つまりは置いていかれたわけだが。
取りあえず二度とケイさんと心霊スポットには行かないと心に誓った。
俺はあくまで体験したことを書いてるよ。
確かに多少大袈裟な部分があるだろうし、文才とか皆無だからツッコミどころも満載だと思う
でも、実際に体験したら洒落にならない恐怖だよ。
あと、飲酒運転じゃないよwケイさんが迎えにきたのは次の日だからwww
社員旅行にて
投下。
一年前の社員旅行での体験。
その社員旅行で、俺は福井に行った。なんの奇跡かはたまた呪いか、俺はケイさんと同じ部屋に泊まることになった。
それがいけなかった。ケイさんの存在に頼りすぎて、ケイさんがいることに安心しすぎて、調子にのってしまったのだ。
福井旅行のプランは、
一日目 旅館直行 宴会
二日目 芝正ワールド散策 東尋坊
という微妙なものだった。でもせっかくの旅行だし、多少はハメを外して楽しもう、と俺は同期たちと話していた。それも、いけなかった。
旅館につき、俺とケイさんは荷物を部屋に置くとすぐにゲーセンに向かい宴会まで時間をつぶした。余談だが無理矢理撮ったプリクラにはケイさんの肩にもやが掛かっていて気味悪かったので捨てた。
そして宴会になった。ケイさんは、認めたくないが小綺麗な顔をしてるので違う病棟のナースさんや主任からも割りと可愛がられていて、宴会でも絡まれていた。
しーちゃん、しーちゃんと、女の子みたいな下の名前をもじって呼ばれてからかわれているケイさんを横目に、俺と同期の松田、後輩の佐藤は宴会をそっと抜け出した。
目的は、旅館から少し歩いたところにある踏切だ。
どこから仕入れてきた情報なのか松田が言うには、十年くらい前に男の子とそのお母さんがその踏切で亡くなったらしい。なんでも誰かのいたずらで男の子の足が踏切の隙間から抜けなくされ、助けようとしたお母さんもろとも電車にはねられたそうな。
要するに心霊スポットだ。いつもなら嫌がるところだが、せっかくの旅行だし、何より部屋に帰ればケイさんがいる。そんな甘えもあって、俺はその踏切に向かうことにした。
着いてみれば、なんのことはない。フツーの踏切だった。花が添えられているわけじゃないし、血の跡なんかもない。拍子抜けして帰ろうとした、でもそのとき。
「記念撮影しよう」と松田がカメラを取り出した。つくづく準備のいいやつだ。しかし結局は何もなかったし、まあいいか、と写真を撮った。
その後、てくてく歩いて旅館に帰ると、玄関に仁王立ちしたケイさんが立っていた。 そして、俺を見つけるなり
「…来い。」
と腕を無理矢理引っ張った。腕を握る力はやたら強くて痛くて怖かった。なんで?なんでこの人怒ってんの。わけもわからないまま俺はオロオロしながら部屋に連れてかれた。
そして、部屋に着くなり「脱げ。」と言われた。
このひとソッチの趣味あったの!?つうか困るし!!!と慌てふためいていると、痺れを切らしたケイさんが自ら俺の服を捲りあげた。
そして、見事に舌打ちすると「馬鹿野郎!!!!死にてぇのか!!!」と突然怒鳴り、ひっぱたかれた。意味がわからず、怖くて仕方なかった。ケイさんはいつも以上にキレていた。
「ガキが一番危ねぇんだぞ!!!なんでそんなことがわからねぇんだ糞ガキが!!!!」と目茶苦茶怒鳴られ、胸倉を掴まれる。叩かれた頬がヒリヒリして痛かった。たぶん俺は号泣していた。
そんな情けない俺に多少落ち着いたのか、「…ゴメンなさいは?」と聞いてきた。俺は迷わずゴメンなさいと答えて、情けない話だがしばらく泣いて居た。
その後、ケイさんに服を捲って鏡を見るよう言われて実行した。すると、ちょうど俺の腰あたりに、くっきりと歯形がついていた。何かに噛まれた記憶なんてないのに。
一気に血の気が引いた。しかも良く見ると俺のズボンのところどころに血がついている。もちろんどこも怪我なんかしていない。
「嫌な予感がして迎えに出てみたら、お前の真上から、逆さ吊りみたいになったガキがケタケタ笑ってお前を見てた。俺見たら逃げやがったが、御丁寧に歯形までつけていきやがって。お前随分気に入られたみたいだな。」
いっそそのまま連れてかれりゃ楽だったのに。とケイさんは言った。
想像すると寒気がした。そして、あの「記念写真」に何が写っているのかも、想像するだけで怖かった。
取りあえず旅行初日は最低な夜になった。
二日目は、東尋坊で死にかけたりしたが、それはまたいつか投稿したいと思います。写真に何が写っていたのかも。
社員旅行にて 二日目
福井への社員旅行のときの話。
魔の社員旅行初夜が明けた二日目の朝。前日に浴びるほど酒を飲んだ為か俺の愚行の為か、いつもの倍機嫌が悪いケイさんに
全身を踏み付けられて起床した俺は、身仕度を済ませバスに乗り込み、芝政ワールドに向かった。芝政はそれなりに楽しく、なにも変わったことは起きなかったが、
今回の旅行の目玉であり、イッちゃってるうちの院長がいちばん行きたがっていた自殺の名所、東尋坊が問題だった。
最初は俺も何も考えずに芝政のノリを引きずって、はしゃぎながら同期の松田と写真を取りまくったり「海のばかやろー」などと
意味なく叫んだりしていた。ケイさんには「煙と何やらかは高いとこが好き」と嫌味を言われたりしたが、高所恐怖症なヤツの負け惜しみとしておく。
その後調子に乗った俺は、松田と崖下のほうに行き、小蟹を取ろうと石段のようなものを降りていた。段々みんなから離れて、水辺まで来た俺たちは必死に小蟹を探していた。 そのとき、水面に何かが白く光って見えた。
「なんだあれ?」
俺は思わず覗き込んだ。ゆらゆらと揺れる水面に映る青白いもの。魚のようで、でももっと細くて…
それが、人間の腕だと気がついたのは次の瞬間だった。
「うわ、あぁあっ!!!!!」
慌てて飛び退いた。だが、それと同時に、俺は「何か」に突き飛ばされた。
背中を押される感覚は、残念ながら学生時代に親無しだといじめられた経験からよく知ってる。
あの悪意に満ちた、寒気がするような手の触れる感覚を、俺が間違えるはずはない。そのまま俺は前のめりになって水面にダイブした。
水中で目を開けると、ぼんやりと見えてくる白い腕。岩の隙間からゆらゆらと生えているかのように揺れている。この世にこんな気持ち悪い光景があるだろうか。
バラバラに指が動き、白い腕はひたすら揺れている。
幽霊なのか自殺者の死体なのか知らないが、手招きするような動きをする白い腕はとにかく不気味で、一刻も早く水から上がろうと上半身を出した。
だが、絶望的なことが起きた。
そこまで深いわけでもないだろう場所なのに、海草にでも引っ掛かったのか、右足が動かないのだ。引き上げようと俺の手を引く松田にもそれがわかったらしく、松田が応援を呼ぶ。
「助けて!!誰か!!」
その様子に気付いた何人かが石段を降りてやって来る。
四人ほど集まってきて、腕を引っ張って引き上げようとしてくれる。
その中にはケイさんもいた。
「踏ん張れ馬鹿!!!!死ぬぞ!!!!」
だって足が動かないってのに踏ん張れもクソもない。だいたい助けに来てもらっといてなんですが、あんたのが死にそうです。
と言いたいのを堪えて、足を散々ばたつかせて、嫌になるほど岩にぶつけながらなんとか引き揚げてもらった。
みんな安堵のため息をついて、気をつけろよ、と俺を小突いた。松田は半泣きになりながら俺の顔を汚いタオルで目茶苦茶に拭いていた。
「お前突然飛び込むからびっくりしたよ」
と松田は言った。
違う、何かに突き飛ばされたんだ。そう言おうとしたとき、気分悪そうにしながらケイさんが言った。
「足、見てみろ。」
その言葉に自分の足を見て、戦慄が走った。
俺の足首にびっしりと長い髪の毛が絡み付いていたのだ。黒い長い髪の毛が、まるで鎖をするかのように。
「ケ、ケイさん」
「お前マジでありえねぇ。二日で何回死にかける気だ?」
吐き捨てるように言うと、ケイさんはフラフラしながら石段を登っていった。
「次やったらマジで見捨てる」
振り向き様、青ざめた顔で言われた。俺は謝るしかなかった。松田は「キモい!!」を連発しながら俺の足首に絡まった髪の毛をちぎって捨てていた。
その後松田に水面を見て確認してもらったが、俺がみた白い腕などどこにもなかったという。
どちらにせよ、二度と東尋坊には行かないと誓った。
そんな悪夢の旅行から二週間程過ぎたとき、松田と後輩がひどく興奮した様子で何かを持ってきた。
渡されて見て見ると、それは旅行初日に踏切で撮った写真だった。俺はゾッとした。俺の肩越しに、何かの「目」が写っていたからだ。血走ったような生々しい目が、こちらを見つめている。その気持ち悪さに、俺は即座に写真を捨てた。
何から何まで最低な旅行だった。あれから一年が過ぎ、もう三か月もすればまた旅行がある。今回は俺の故郷でもある京都らしいが、頼りのケイさんのいない今、
俺は参加を迷っている。
今度こそ、死んでしまう気がして。
絵馬への願い
昨日一昨日と、ケイさんと職場の友人達と京都に行って来た。ケイさんの誕生日だったことと、両親の墓参り、そして俺が今年の旅行の幹事に任命(押しつけられた)されたので候補地の下見に行くという理由の為に皆を巻込んで。
久し振りの京都に興奮した俺達は墓参りをした後はそれなりに観光地をウロウロして、湯豆腐とか食って、アンミツで胸焼けしたりしながら遊び回っていたんだが、
同期の松田が縁結びの御守りを買いたいと言い出したところから、せっかくの旅行はおかしくなった。
到着した縁結びが有名な某神社で御守りを吟味していると、隣りに女の子が並んだ。茶色いコートを着ていて、結構可愛かったように思う。
女の子は美容の神様だったかの絵馬を買い、その場に台とペンがあるのに願いを書こうとはせず、絵馬を抱えてフラフラとどこかに行ってしまった。
俺は特に気にならなかったが、珍しく真剣な様子で絵馬を書いていたケイさんが顔をあげて言った。
「あの女、ちょっとヤバイな」
なんでですか?と聞き返すが、「足りない頭で考えろ。なんでも俺に頼んな。死ね。」と冷たい返答が返ってきた。しかしそんなことを言われたらやっぱり気になるし、
よくない、とは思いつつも俺は女の子が歩いて行った方向に向かった。要するに後をつけたわけだ。だってあの子は生身の人間だし怖いこともないだろうし。
しかしすでに遅かったようで女の子の姿はすでに無く、あたりを見回すが誰もいない。角を曲がって林のようなところに差し掛かったところで、仕方なく俺は皆のところに戻ろうとした。そのときだった。
ザクッ ザクッ ザクッ
何かが突き刺さるような音が林から聞こえた。ちょっと近付いて中のほうを覗くと、人がいた。さっきの女の子だ。女の子は地面にしゃがみこんで何かをしている。そっとちょっとだけ近付いて見てみて、俺は鳥肌が立った。
女の子は、さっきの絵馬をナイフのようなもので刺していた。絵馬には写真のようなものが重ねられている。
途中に手でも切ったのか、ナイフや絵馬に血がついている。なのに女の子は無言のまま一心不乱に絵馬をメッタ刺しにしていた。
ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ
抜いては刺して、抜いては刺しての繰り返し。怖い。つか気持ち悪い。何これ。何この女。あまりにも不気味な光景に俺は後ずさった。だが。
「…なに見てんのよ」
低い声がした。女の子が、ゆっくり振り返る。
「 な に 見 て ん だ よ お ぉ お !!!!」
女の子が立ち上がった。さっきの可愛らしい雰囲気は無かった。手にはナイフと、ボロボロになった写真と絵馬。コートには赤黒い染み。ギリギリと歯を食いしばって、血走った目が、俺を睨み付けて来る。
殺される、と思った。
だってこの子は生身の人間だから。幽霊なんかと違って、物理的に、そして確実な危害を与えられるから。俺は好奇心に負けて他人の行動に首を突っ込んだことを死ぬ程後悔した。
女の子はゆっくり近付いてくる。俺は怖くて背を向けて逃げることもできず、後ずさるだけだった。そのとき、
「シュウヘーイ!!シュウヘイヘーイ!!」
と、間抜けな呼び声がした。松田の声だ。これはチャンスとばかりに俺は一目散に飛び出した。女の子は「あっ」と小さく呟き、追いかけて来た。
林から出てすぐのところに松田とケイさんがいた。松田は「急げ!!」といい、ケイさんには「マジで死ね!!」と無理矢理腕を引っ張られて走らされた。それ以上女の子は追いかけては来なかった。
神社を出て車に乗り込んだところで、俺は案の定ド叱られた。松田にははたかれ、ケイさんには怒鳴られる。
「ああいう女は何するかわかんねえ。生身の人間は俺でもどうにもしてやれねえし。馬鹿やって死ぬのは勝手だが俺に迷惑かけんなクズ」
と散々な言われようだった。元はと言えばアンタが変なこと言うからだ、と言いたかったが勿論言えなかった。
頭の中であの女の子の顔が渦巻いていた。あのとき松田たちが来てくれなかったら俺もあの絵馬のように…そう考えると寒気がした。
あの女の子がやっていたことはいわゆる「丑の刻参り」みたいなものなんだろうか?知ってるひとがいたら教えて欲しい。
その後、ホテルにてお約束通り金縛りにあったりしたが、俺はあの女の子の形相のほうが、よっぽど怖かった。
生きてる人間が、一番怖い。
よく聞く言葉だけど、ほんとにそうだな、と初めて思った。
●ゴの人形
敢えて空気読まずに投下。
先日、ケイさんが病院の事情により二、三日ほど名古屋に滞在することになった。動物嫌いのケイさんは猫がいる俺の部屋ではなく同期の松田の部屋に泊まることになった。
もちろん俺も遊びに行き、三人で酒を飲んで騒いでいた。そんなとき、何かの拍子にジジコンな松田の今は亡きお祖父ちゃんの話になった。お祖父ちゃんは松田に甘かったらしく、誕生日にロゴのセット(当時は割りと高級品)を買ってくれたそうだ。
「でもさあ、全部弟に壊されちゃって残ったのはこの人形だけなんだよね」
と、松田は工場の人のような人形を見せて来た。その人形を片手にお祖父ちゃんの思い出を語る松田を見て、俺はよからぬイタズラを考えてしまった。今思えばほんとに最低だったと思うが、普段から奴にからかわれているので仕返しがしたかったのだと思う。
しばらくしてケイさんがトイレに立ち、酔いつぶれて松田が寝てしまったのを見計らって俺は人形をコッソリ懐に入れた。そして帰ってきたケイさんに松田を押しつけて部屋を出ると、松田の部屋のドアの前に人形を置いておいた。
俺と松田の部屋は寮の最上階だから誰かが通りかかって拾う心配もなかったし、単純な松田は「お祖父ちゃんの霊があいにきた」と思うだろうと思って。
そして次の日、職場で会うなり松田は案の定嬉しそうに「お祖父ちゃんが来てくれた」と言って来た。まんまと引っ掛かったらしい。
あまりに嬉しそうな様子に、途端にものすごく罪悪感が沸いて、何もかも話して謝りたくなった。が、さらに松田を傷つけてしまうのも怖かったので黙っていた。イタズラなんかするもんじゃないと心底思った。
それから何事もなく数週間が過ぎたある日、仕事を終えて寮に帰ると松田の部屋のドアの前に何かが落ちていた。
何気なくそれを見て、俺は背筋が凍り付くのを感じた。
それは、あの人形だった。いや、人形の「足」だった。
頭や胴体は無く、ご丁寧に足の部分だけがちょこんと並べられていた。
もちろん、今度は俺のイタズラなんかじゃない。
「カズ!!!!!カズ!!!!開けろ!!!!」
無性に怖くなった俺はドアを叩いて松田を呼んだ。すると松田はひょっこりと顔を出し、俺と人形の足を見つけると
「あ!!今日も来てる!!」
と嬉しそうに笑った。
訳がわからなくてどういうことだと問詰める俺に、松田はいつもの調子で言った。
「なんかさ、毎週毎週置いてあるんだよな。先週は右手、その前は胴体だったし。」
一番初めはカンペキな状態で置いてあったんだけどその後また無くなってからはなあ、と松田は言った。一番初めってのは俺がイタズラしたときのことだ。じゃあ、その後のは…
俺はほんとに怖くなって、適当に松田を誤魔化して自室に戻ると即座に電話を掛けた。もちろんあのひとに、全てを話す為に。そしてあわよくば助けてもらいたくて。
「…なんだ。」
相変わらず不機嫌そうな声で電話に出たケイさんに俺は全てを話した。イタズラをしてしまったこと、そしてその「イタズラ」がまだ続いていること。
「やっぱりな」
怒鳴られるかと思ったがケイさんは冷静に、しかしあきれたように言った。
「あの飲み会の日から松田の頭に薄紫のモヤみてぇのが見えてな。そうそうヤバイもんでもなさそうだから放っといたが、決してイイモンでもねえぞ。」
どうしたらいいですか、との問いに「テメェが撒いた種だろが。別にお前が死ぬわけじゃねぇし放っとけ」と答えるとケイさんはさっさと電話を切ってしまった。
実際何ができるわけでもなく、俺は心の中で松田に土下座しながら、松田の無事を必死に祈った。
それから数日して、たまたま松田と夜勤になった日。
罪悪感からあまり喋ることができなかった俺に、松田が話し掛けてきた。
「人形さ、もう置かれなくなったよ」
笑顔で言う松田に安堵した。良かった、やっぱりなんでも無かったんだ。そう思った。が。
「でもさ、なんでかな」
「 あ た ま だ け 置 か れ て な い ん だ よ ね ? 」
首をかしげる松田に、俺は心底恐怖した。松田自身は「頭は大事な部分だからお祖父ちゃんが守ってくれてるんだ」などとほざいていたが、その直後にエレベーターのドアに頭をぶつけていることからして
どうしてもそうは思えなかった。
しかも松田は今も頭のないその人形で時々仕事中に遊んでいる。その姿が一番怖い。
取りあえず二度とイタズラなんかしないと誓った。
鬼畜と家畜
先日、ケイさんがバイク事故を起こした。
どっから回ってくるのかそのニュースはその日の朝っぱらから病院中に広まった。
辞めた人間のニュースが瞬く間に広まるこの病院はマジでオカルトだと思う。俺だって知らなかったのに。俺に回してきたのは同期の松田だった。
「レゴストラップが千切れたから嫌な予感がしたんだ」
と松田は言った。ちょうど俺も松田も次の日から三連休だったのでケイさんのお見舞いに行くことにした。後輩の鑑ではないか。
翌日、松田のセダンにてケイさんの入院している病院へ向かった。かなり荒い松田の運転のおかげで予想より早く到着し、俺たちは差し入れのエロ本とケイさんの好物の牛乳プリンを持って病室に入った。
「おせーよ。暇過ぎて死ぬ」
相変わらずの無表情で奴は言った。心配して来てやったのにこの糞メガネめ、と内心毒づきながら事故の話を聞く。
飲酒運転だと決め付けていたが、意外にも飛び出した子どもを避けようとして転倒したらしい。この人にも人間らしい行動が取れるのか、とかなり失礼な感想を胸に抱きつつ、
事故にて折れた痛々しい右足を気の毒にも思った。それにしてもよく骨を折る人だ。
「そこの菓子、食っていいからな」
エロ本と牛乳プリンを渡すと機嫌が良くなったらしく見舞い品のお菓子をくれた。そういえばよく「餌づけ」と称してお菓子くれたな、なんてことを思い出し、やっぱりケイさん優しいなって思った。
それが間違いだったのだが。
しばらく他愛ない話をしたりしてるうちに面会時間も終わりに近付いてきた。松田はトイレに立ち、俺はなんとなく話すこともなくなりぼーっとしていた。
そのとき不意にケイさんが言った。
「なぁ、コーヒー買って来てくんね?」
珍しく下手に出るケイさんに、俺は快く了承した。「自販機、廊下の奥にあるから」と120円を渡される。俺はその120円を手に病室を出た。
廊下はひんやりしていて、とても静かだった。ナースステーションからも遠いせいかちょっと薄暗い。いくら病院で働いてても慣れた職場とは違うわけで、やっぱり夜の病院て怖い。
俺は少し早足に自販機を目指した。
そのとき。
「ねぇ」
不意に呼ばれて、振り返り声の方を見上げると、柱から男の顔が覗いていた。知らない顔だった。
こちらを覗きこむようにじっと目を開いたまま、顔が覗きこんでいる。
気持ち悪いな、なんだよ。と思いつつ、踵を返そうとしたとき、気付いた。
なんで、「見上げてる」んだろう。
男の顔は、柱のいちばん上からこちらを覗きこんでいた。
どうしてそんな高いとこから、顔を出すことができるの?
途端に鳥肌が立った。そんな背の高い人間がいるはずない。心底恐怖した。が、何故か走り出せなかった。
そのうち、その男は口を開いた。
「 い っ し ょ に 死 の う ? 」
顔がニタリと笑って、柱から下がってきた。その聞いた瞬間、やっと足が動いた。雄叫びをあげながら走って逃げた。怖い怖い怖い怖い怖い。殺される。
コーヒーのことなんか考えてる余裕は無かった。走って走って、ケイさんの病室に逃げ込んだ。
「どうした?いつにもまして情けないツラしやがって」
ニヤリと笑ってケイさんは言った。
まともにしゃべれない俺はひたすら泣くしかなかった。ほんとに情けない。
「顔でも見た?」
ニタニタ笑うケイさんに、こいつは確信犯だと確信した。
「なかなか面白いだろ?暇つぶしにはなった」
ケタケタ笑う糞メガネに息を整えた俺は散々毒づいた。
「ふざけんなよクソ眼鏡!!!鬼!!!悪魔!!!鬼畜!!!」
しかし奴は微動だにせず、
「俺は鬼畜だけど、お前は家畜だろ?」と抜かした。呆れてもう何も言えなかった。
それから数分後、先程の俺と同じように息切れして号泣した松田が病室に入ってきたが、
俺はケイさんのように笑う気にはなれなかった。
寄り道
空気読まず投下。
先日、バイク事故で死にかけていた(殺しても死ななそうな)ケイさんの退院祝いに、同期の松田と俺とケイさんのお兄さんという不思議なメンツで松田のセダンにて某テーマパークに行って来た。
ケイさんの妖怪並の回復力、ジェットコースターが乗っている最中に機械の誤作動で止まったりと、かなり本気で洒落にならないことがあったりしたが、
それなりに楽しかったしケイさんのお兄さんの巴さんはケイさんと違ってかなり優しく、たかが2歳差でこうも人間のデキは違うのかと思ったりした。
しかしそれは甘かったと、数時間後に知るハメになった。
帰りの車中、運転してくれていた巴さんが突然「●●霊園に行こう」と言い出したのだ。いわく、かなり怖い心霊スポットらしい。当然俺は怖いので嫌がったが、満面の笑みで
「降ろすよ?」と脅されれば行かないわけにはいかない。知らない場所、それも山道に取り残されるのは方向音痴な俺には死を意味する。
ケイさんはため息をついて「また始まった」と言うだけだったし、唯一の味方のはずの松田は何故かノリノリで誰も俺の味方はいなかった。
結局しばらくして、霊園に到着した。巴さんは車を霊園の入口に止め、どこからともなく二本の懐中電灯を取り出し、一本を俺に渡した。
「カズミくんは俺、シュウくんはシズと回ってね」
何しに俺がケイさんと!!!せめて松田と回らせてくださいよ!!!と思ったが、
「シズがいればある程度は大丈夫」
と説得され、お互い嫌々ながら俺とケイさんは霊園を回ることになった。巴さんと松田は左に、俺たちは右に回り、再び車の前で落合う段取りだった。
あたりは真っ暗、もちろん猫の子一匹いやしない。怖い。超怖い。俺はケイさんのジャケットの裾にみっともなくしがみつきながら恐る恐る前に進んだ。
しかし、期待はずれに特に何もなく半ばまで進んだ。拍子抜けした俺はちょっと余裕ぶって、
「なんだ、なんもないじゃないですか。別に普通の霊園だし。なにがあるってんですか?」
と、聞かなくても良い余計な質問をしてしまった。するとケイさんはめんどくさそうに
「ここの墓場は、一周回り切っちゃいけねぇんだとよ」
と言った。意味がわからず聞き返すと、
「一周回ると、余計なもんがついてくるんだと。俺は見た事ねぇけど。お前は危ないかもな」
と不機嫌そうに言い返してきた。
途端にゾッとした。もう俺たちはほぼ半分以上進んでしまったのだから。聞かなきゃ良かった。あのときの俺を殺したい。
「なななんで初めから言ってくれないんですか!!!」
「巴が言うなって言うから。いつものことだし」
しらっと言うので余計頭にきたが、相変わらずズンズン先へ進むケイさんを止めるのが先だった。
「戻りましょうよ!!嫌です!!ついてくんの超嫌!!!」
「うるさい死ね。戻りたきゃひとりで戻れヘタレ。」
そんなこと言われたって戻れるはずもないのに。引きずられるように俺は後に続いた。しかし、そのとき。
「 ずる ずる ずる ずる 」
何かが引きずられるような音が後方からした。もちろん俺が引きずられてる音ではない。
「ケイさん、なんか、怪しい、音が」
俺は口をパクパクさせながら訴えたがケイさんは素知らぬ顔だった。しかし音は段々と近付いて来る。怖くて振り向くことは不可能だ。
「ずる ずる ずる ずる ずる」
這いずるような音が押し寄せる。怖い。
「チッ」
ケイさんは舌打ちすると、小さく「走れ」と呟き、次の瞬間には走り出した。俺も後に続き、全力疾走した。音は段々間隔が狭くなり、ずるずるずるずるとこちらを追いかけるようになる。
もう嫌だ、誰か助けてと心底思いながら夢中で走っているうちに、なにか光がグルグルと回転していた。人魂!!??とビビったがそれは懐中電灯を振り回している松田だった。
「おーい!!おーい!!」
松田を見てこれほど安心したことはなかったし、多分これから先も一生無いだろうがかなりホッとした。俺は松田に飛び付いてさっきまでのことをまくし立てたが、松田たちは特に何も無かったらしく俺だけが騒いでいた。
巴さんが意外とつまんなかったね、と笑って車に乗り込んだ。俺も車に乗り、これでようやく長い一日が終わると息をついた。が。
巴さんが車のライトをつけた瞬間、俺は悲鳴をあげた。
「うわぁああっ!!!!!!!!!!!!」
手、手、手、手!!!!!!
車のフロントガラスに、白い無数の手形がついていた。
一瞬松田たちのいたずらだと思ったが、その手形のサイズはバラバラで老若男女問わず大量についていた。
「うわー。すごい。しかもこれ、」
巴さんがガラスを指で拭くと、手形の一部が少し消えた。
「 内 側 か ら だ ね ? 」
俺はもう泣くしかなかった。後ろでは松田が「先週洗車したばっかなのに!!」とツッコミどころを間違えて半泣きになっていたが、何事も無かったかのように車は走り出し、誰も口を開かなかった。
後日、松田が職場の駐車場で必死に手形つきセダンを洗車していたが、俺の知ったことではない。
その後は何も無く無事に帰宅した。
ケイさんは名字も名前も変わってるが理由(由来?)はよく知らない
「ケイさん」てのはイニシャルと、某俳優に顔が似てるから仮名にしてるだけで
名前の話題は触れると怒るから怖くて聞けないビビりな俺www
許してくれ。
置かれた人形
先日、ケイさんが病院の事情により二、三日ほど名古屋に滞在することになった。
動物嫌いのケイさんは猫がいる俺の部屋ではなく同期の松田の部屋に泊まること
になった。
もちろん俺も遊びに行き、三人で酒を飲んで騒いでいた。そんなとき、何かの拍
子にジジコンな松田の今は亡きお祖父ちゃんの話になった。お祖父ちゃんは松田
に甘かったらしく、誕生日にロゴのセット(当時は割りと高級品)を買ってくれ
たそうだ。
「でもさあ、全部弟に壊されちゃって残ったのはこの人形だけなんだよね」
と、松田は工場の人のような人形を見せて来た。その人形を片手にお祖父ちゃん
の思い出を語る松田を見て、俺はよからぬイタズラを考えてしまった。今思えば
ほんとに最低だったと思うが、普段から奴にからかわれているので仕返しがした
かったのだと思う。
しばらくしてケイさんがトイレに立ち、酔いつぶれて松田が寝てしまったのを見
計らって俺は人形をコッソリ懐に入れた。そして帰ってきたケイさんに松田を押
しつけて部屋を出ると、松田の部屋のドアの前に人形を置いておいた。
俺と松田の部屋は寮の最上階だから誰かが通りかかって拾う心配もなかったし、
単純な松田は「お祖父ちゃんの霊があいにきた」と思うだろうと思って。
そして次の日、職場で会うなり松田は案の定嬉しそうに「お祖父ちゃんが来てく
れた」と言って来た。まんまと引っ掛かったらしい。
あまりに嬉しそうな様子に、途端にものすごく罪悪感が沸いて、何もかも話して
謝りたくなった。が、さらに松田を傷つけてしまうのも怖かったので黙っていた。
イタズラなんかするもんじゃないと心底思った。
それから何事もなく数週間が過ぎたある日、仕事を終えて寮に帰ると松田の部屋
のドアの前に何かが落ちていた。
何気なくそれを見て、俺は背筋が凍り付くのを感じた。
それは、あの人形だった。いや、人形の「足」だった。
頭や胴体は無く、ご丁寧に足の部分だけがちょこんと並べられていた。
もちろん、今度は俺のイタズラなんかじゃない。
「カズ!!!!!カズ!!!!開けろ!!!!」
無性に怖くなった俺はドアを叩いて松田を呼んだ。すると松田はひょっこりと顔
を出し、俺と人形の足を見つけると
「あ!!今日も来てる!!」
と嬉しそうに笑った。
訳がわからなくてどういうことだと問詰める俺に、松田はいつもの調子で言った。
「なんかさ、毎週毎週置いてあるんだよな。先週は右手、その前は胴体だったし。」
一番初めはカンペキな状態で置いてあったんだけどその後また無くなってからはな
あ、と松田は言った。一番初めってのは俺がイタズラしたときのことだ。じゃあ、
その後のは…
俺はほんとに怖くなって、適当に松田を誤魔化して自室に戻ると即座に電話を掛け
た。もちろんあのひとに、全てを話す為に。そしてあわよくば助けてもらいたくて。
「…なんだ。」
相変わらず不機嫌そうな声で電話に出たケイさんに俺は全てを話した。イタズラを
してしまったこと、そしてその「イタズラ」がまだ続いていること。
「やっぱりな」
怒鳴られるかと思ったがケイさんは冷静に、しかしあきれたように言った。
「あの飲み会の日から松田の頭に薄紫のモヤみてぇのが見えてな。そうそうヤバイも
んでもなさそうだから放っといたが、決してイイモンでもねえぞ。」
どうしたらいいですか、との問いに「テメェが撒いた種だろが。別にお前が死ぬわけ
じゃねぇし放っとけ」と答えるとケイさんはさっさと電話を切ってしまった。
実際何ができるわけでもなく、俺は心の中で松田に土下座しながら、松田の無事を
必死に祈った。
それから数日して、たまたま松田と夜勤になった日。
罪悪感からあまり喋ることができなかった俺に、松田が話し掛けてきた。
「人形さ、もう置かれなくなったよ」
笑顔で言う松田に安堵した。良かった、やっぱりなんでも無かったんだ。そう思っ
た。が。
「でもさ、なんでかな」
「 あ た ま だ け 置 か れ て な い ん だ よ ね ? 」
首をかしげる松田に、俺は心底恐怖した。松田自身は「頭は大事な部分だからお祖父
ちゃんが守ってくれてるんだ」などとほざいていたが、その直後にエレベーターの
ドアに頭をぶつけていることからして
どうしてもそうは思えなかった。
しかも松田は今も頭のないその人形で時々仕事中に遊んでいる。その姿が一番怖い。
取りあえず二度とイタズラなんかしないと誓った。
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