鍾乳洞地獄行
男3人女2人でさんざん飲みまくった後、肝試しに行ったそうだ。
その日は趣向を変えて、地元の名所だった鍾乳洞へ忍び込んだ。
入り口は柵が降りていたが、そこはDQNな彼のこと、強引に蹴破って押し入った。
懐中電灯を上に向けると、見事な鍾乳石が浮かびあがった。
喜ぶ女の子を見て、彼はちょっと茶目っ気を出した。
そっと大きく息を吸い込んで、目一杯でかい声を張り上げる。
うわあああーーーーっ!
彼の声が洞窟中に響き渡り、皆びっくりして固まった。
彼はげらげら笑い出し、他の者もかつがれたと気付いてつられて笑い出した。
ゥヮァァー・・・
こだまの最後、女の声が、微かに混じったという。
怪訝に思った彼だが、他の者は気付いた様子はない。
首をひねっていると、Mが「こっちこいよ」と進入禁止の手すりを越えて手招きした。
ほら穴が続いているのを見て盛り上がった一行は、わいわいと探検気分で潜り込んだ。
はしゃぎ声が洞窟に響くなか、彼はふと気付いた。
じゃぷっじゃぷっじゃぷっ・・・
妙な音がする。
「おーい!みんな止まれ!」
じゃぷっ・・・。
音が止んだ。
「どしたのよ?」と女の子が尋ねた。
なんとも説明のしようがない。今は静寂だった。
「なんでもねぇ、気のせいだ」と笑った。
一行が歩き出してしばらく、また音が聞こえた。
じゃぷっじゃぷっ・・・
気のせい気のせい。
彼はつとめてその事を考えないようにしたそうだ。
しばらく歩くと洞窟は左右に分岐していた。
彼が右に行こうとすると、「ちょっと待った」とMがとめた。
Mは手近な鍾乳石をへし折ると、がりがりと壁を引っ掻き始めた。
へたくそな字で、
M参上!
と書き上げると、にやりと笑った。
一行が進むと、再び分かれ道になった。
壁に何か書いてあるのに気付いた彼は、ライトを近付けた。
見覚えのある字が浮かび上がり、彼は一瞬状況が飲み込めなくなった。
M参上!
皆は顔を見合わせた。
「なんだよこれ!?」Mが叫んだ。
Mが興奮して当り散らすと、女の子たちが怯えだした。
「よせよ」彼がMをたしなめると、「うるせぇ!」とMは怒鳴った。
「・・・なんだと?」彼がすごむと、Mは口をもごもごさせてそっぽを向いた。
みんなすっかりテンションが下がっていた。
「戻ろう」と彼は言った。
さきほどの分岐点に戻った。「この場所は覚えている」とMがつぶやく。
壁に落書きがあった。
M参上!
今までと違うところが一ケ所。
Mの上に、大きな×が刻んであった。
それを見たMはまたしてもすごい剣幕で怒鳴り出した。
彼はふと、疑問が湧いたそうだ。
(こいつ、自分でやってんじゃねぇか?
俺達を驚かせようとしてあらかじめ手の混んだことを・・・)
「おい、M」ライトをMの顔に向ける。
「んだよ!?」 Mが口から泡を飛ばした。
Mの背後に誰か立っていた。
明かりを向けると、その黒い影は、Mの後ろの暗闇に吸い込まれるように消えてしまった。
「・・・何でもない」彼は前を向いて、歩き出した。
(やばい)彼は冷や汗がでた。(・・・ここには何かいる)
ふいに懐中電灯がまたたいた。見ると、皆のライトも同様に弱くなっている。
「ひ・・・!?」女の子の押し殺した悲鳴。
すべての明かりが一斉に消えた。
一瞬の静寂。
「うわぁーーーっ」と誰かが叫んで走り出した。
女の子の金切り声がした。そして足音。
彼は突き飛ばされ、顔をしたたかに壁にぶつけた。
「馬鹿、走るんじゃねぇ! みんな落ち着け!!」
わめき声と悲鳴がこだまして、収拾がつかない。
頬に冷たいものが触れた。
耳もとで、女の笑い声がした。
顔のそばにある何かを振払うと、彼も悲鳴をあげて走り出したそうだ。
どこをどう走ったのかわからないまま、彼は1人になってしまった。
おーーーい! 彼は叫んだ。
ォーーィ・・・
やはり、こだまの最後に女の声が混じる。彼は顔をしかめた。
誰かいないかーーっ
耳をすますと、また最後に女の声が混じった。
ダレモ イナイヨーー・・・
どこからか忍び笑いが聞こえた。
叫ぶ気が失せた、という。
岩場に座り込んで、息をひそめていると、足音がした。
「誰だ!」
彼は身構え暗闇に向かって怒鳴った。
例の女の声が聞こえるかとびくびくしたが、返ってきたのはMの声だった。
隣に腰をおろす気配がした。
「ひでぇ事になっちまったな」彼は言った。
Mは無言だった。二、三問いかけるも、答えはない。
彼は少しむっとして語気を荒げた。
「帰り道はどこだ?」Mのすすり泣きが聞こえた。
「あの女、恐ろしい」Mは嗚咽した。「誰か捕まって、やっと逃げだせた」
彼はうなだれた。
その時、かすかに連れの声がした。彼とMの名を呼んでいる。
彼は飛び起き、Mを促した。
じゃぷっ じゃぷっ・・・
後ろから、Mの足音がついてくるのが聞こえた。
連れの声が近づくにつれ、女の子たちの泣き声も聞こえた。
「誰かタバコ持ってない?」神経質な声がした。
!!
「みんな、集まれ。明かりがある」
彼がライターに火をつけると、かすかな光を頼りにひとりずつ寄ってきた。
女の子のひとりが懐中電灯を持っていた。
「まだ、持ってたのか」彼は言った。自分のはとっくにどこかに落としていた。
「でも、つかないの」女の子はしゃくりあげた。
「かしてみろ」その子にライターを渡した。
スイッチを押しても、反応はなかった。
底の蓋をはずすと、水があふれた。電池が水浸しになっていた。
人数を数えたが、ひとり足りない。Mがいなかった。
何度か名前を呼ぶと、遠くに小さな明かりがともった。
「あそこだ」彼らは歩き出した。
時々Mに見えるようにライターを高く掲げると、むこうの火がゆっくり左右に揺れた。
後ろでつまずく音がした。「靴が脱げた」と女の子が情けない声を出した。
彼は舌打ちしながら、皆に止まるよう言った。
遠くの明かりがせかすように、ぐるぐると小さな円を描く。
自分達の足音が消え、彼はふと気付いた。
水の流れる音がする。
不審に思い地面を照らすと、数歩先の地面がなかった。
そっと覗き込むと、黒ぐろとした河が横たわっている。
(落ちるところだった)
彼は胆を冷やした。
向こう岸の明かりが、揺らめいて消えた。
彼はMの名を呼んだ。返事はなかった。
渡れるかと思い、地面のへりに腰掛けて、そっと足先を水面につけた。
靴に水が入る。
深い。そして恐ろしく冷たい。
何かがつまさきをかすめ、慌てて足をひっこめた。
(魚か?)
水面で何か跳ねる音がした。
(違う、もっと大きな・・・何だ?)彼はあとずさりした。
また音がした。
一匹や二匹ではない。
水面を叩くような音があたり一帯響き渡る。何十匹という音だった。
やかましい水音に混じり、変な音が混じった。
じゃぷっじゃぷっじゃぷっじゃぷっ・・・
聞き覚えのある音が数を増して、近づいてくる。
じゃぷっじゃぷっじゃぷっじゃぷっじゃぷっじゃぷっじゃぷっじゃぷっ
じゃぷっじゃぷっじゃぷっじゃぷっじゃぷっじゃぷっじゃぷっじゃぷっ
じゃぷっじゃぷっじゃぷっじゃぷっじゃぷっじゃぷっじゃぷっじゃぷっ
彼はようやく理解した。
河から這い上がった何かが、歩いてくる。
「逃げろ!」 彼が叫ぶと、皆一斉に走り出した。
濡れた柔らかいものがべちょりと彼の首筋に触れた。
振払った拍子に彼はライターを取り落とした。
炎が消える瞬間、無数の奇妙な影がうごめいて、消えた。
暗闇に足を取られたが、構わず走り続けた。
どこを走っているのか。どこへ向かっているのか。
(もう走れない・・・!)
彼は息をきらして立ち止まった。
周囲が微かに明るい。
見上げたそこに星が瞬いていた。
いつのまにか外に出ていた。
彼は、安堵のあまりその場にへたりこんだ。
彼は他の者に電話したが、Mだけは連絡がつかなかった。
彼は友人達と口裏を合わせ、知らぬ存ぜぬを通した。
数日後、洞窟と底で繋がっているといわれる川で死体があがった。
彼は警察の追求が自分に及ぶ事を恐れたが、杞憂に終わった。
彼は今でも悪夢にうなされる。
闇の中でMが彼に助けを求めている。
今になって、彼は考える。
Mが言っていた言葉を。
そして思う。暗闇の中で語りかけたMは、本当にMだったのか、と。
結局、Mの死体は見つからなかった。
水死体は別人で、腐敗しきっていて鑑別は不可能だったという。
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