お祖母さんの能面
実は 開かずの間はうちにもあります。たぶん座敷牢ではないけど。
うちも築50年以上の古い大きな家で 蔵や土間もあります。
数年前に裏庭の片隅に井戸の後も見つけました。
ただ、開かずの間は姑の居住スペースにあるので 簡単には近づけないんだけど。
私が知ってるだけでも3ヶ所。絶対近づくなと言われてて数十年開けていない
場所があります。
1つ目は蔵の奥にある戸(南京錠がかけてある)。
2つ目は 女中部屋のタンスの裏(ドアがある)。
3つ目は 能舞台の奥のドア(鍵はないのに押しても引いても開かない)
3ヶ所とも確実に8畳以上はあると思う。
ず~っと気になっていたが 旦那も知らないし姑も教えてくれない。
機会を見て 探ってみたいと思ってるんだけど ちょっと怖い・・・
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あの時は 何気なく襖をあけたら 暗闇に人が横たわっててギョッとして死体かと思ったら
むくっと起き上がった。思わず絶叫してダッシュで逃げたら 彼も絶叫しながら
追いかけてきて ゴミ屋敷の中で鬼ごっこだもん、驚いたなんてもんじゃないよ。
次は何が出てくるか、マジで怖い。お化け屋敷じゃなかったらいいんだけどね。
能舞台は昔 お祖母さんが能が趣味だったらしい。今は使ってないけど。
なんせバカでかい家だからお手伝いさん達に助けてもらわなきゃ管理できないんだ。
でも私はお手伝いさんは使ってないよ、姑のところだけなんだけどね。
もう一人でやるのは絶対嫌だから 中1の甥っ子にこづかい渡して助っ人を頼むつもり。
この週末に姑は東京に日帰りで行くはずだから 挑戦してみるよ。
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開かずの間情報をリサーチしてきた。けど、ちょっと洒落にならんかも・・・
いつから どうして開かずの間になったのか まず旦那に聞いてみた。
蔵については 全く知らなかった。暗くて埃っぽいから全く関心なしだったんだと。
女中部屋は 女性が着替える場所だから元々出入り禁止だったんだけど
もしかしたら 昔住み込みの人達がいたかたら その人達の部屋だったかもって。
でも なぜ封印してあるかわからないって。
問題は 能舞台の奥。昔、いわくつきの能面があったらしい。その当時
旦那はまだ子供だったから はっきりは覚えてないけど お祖母さんの死とも
絡んでるのは確かみたい。あそこだけは近づかない方がいいって言われた。
だけどそれじゃ納得できない。で、勤続30年以上のお手伝いさんに聞いてみた。
始めはしぶっていたけど お手伝いさんは話してくれた。
昔、お祖父さんにはお妾さんがいて お祖母さんはそれをとても気に病んでいた。
悲しみを打ち消すために 憑かれたように能を舞っていたらしい。
でも病に倒れて亡くなってしまった。そのお祖母さんが大事にしていた能面。
お祖母さんが亡くなって お祖父さんはとても後悔し 毎日能面を眺めた過ごした。
その頃から お祖父さんの体調がどんどん悪くなっていった。
ある時 仕事関係の人に 女難の相が強く出ているといわれて 霊媒師に見てもらうと
お祖母さんの怨念と 元々能面に憑いていた女の霊が お祖父さんに憑いていた。
除霊をしても その能面を手元に置いておくと命を取られるということで
仕方なく その能面は美術館に寄贈することになった。
だから今は あの部屋に能面はないはず。しかし、その後 なぜか部屋のドアが
開かなくなったということだった。
なんだか お祖母さんの怨念が残っていそうで ドン引きなんですけど・
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う~~、自分の住んでる家に怪談話があったショックで まだ頭が真っ白。
ほんとに洒落にならんよ。もっと当時のことを詳しく調べてから突入するか
どうか決めるよ。去年退職した元お手伝いさんなら もっといろんな事情を
知ってるかもしれない。それにしても は~~、悪夢にうなされそうだわ・・・
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施設で亡くなったのは能面のお祖母さんの妹。
で 昨夜。姑が入浴中にこっそり女中部屋を偵察してきた。
タンスの裏をのぞき込んでみたら なんだか臭う。臭いけど腐敗臭というより
下水の臭いかな?(余談だけど私は以前 水死体を引き上げたことがある。
だから死臭は知ってる。明らかに死臭ではない)ちょっと嫌~な感じ。
でも封印された理由を知りたい。昨日は 能舞台の裏部屋の話があまりに衝撃過ぎて
お手伝いさんに他のことを聞くのをすっかり忘れてしまった。
でも 彼女にはこれ以上聞き出しにくいから 元お手伝いさんに連絡つき次第
会いに行って直接聞いてみようと思う。それから 今週末の突入は中止する。
甥っ子を巻き込むのも中止。もっとよく調べてからじゃなきゃ危険過ぎる。
最初は単なる好奇心だったんだけどなぁ。やっぱり知っておくべきだと思う。
お祖母さんの妹の件でも 何も知らずにいて結果、大変なことになったんだしね。
いずれにしても 近いうちにお墓参りに行ってくるよ。
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今日 元お手伝いさんに連絡ついて 明日会うことになった。
どう切り出すか、迷ったけど単刀直入に開かずの間について ぜひ詳しく教えて欲しいと
お願いした。最初 それは困ると厳として話そうとしなかったが、能面の話は知ったと
言うと すごく驚いて「帯止めのことも?」と言われた。
帯止め?帯止めって・・・どういうことですか?と聞くと しばし無言。
もう何を聞いても逃げ出さないから ちゃんと教えて下さいと頼むと
「・・・わかりました。明日 お越し下さい」と言われた。
待ち合わせの時間と場所を確認し 電話を切った。
帯止めが どの開かずの間と どう関係してるのかわからない。
今晩 うなされそうです・・・
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待ち合わせの場所に 元お手伝いさん(以下 アキさん(仮名)とします)は現れた。
「お話しする前に 大奥様のお墓参りをさせて下さい」とアキさんは言った。
お祖母さんのお墓のある墓苑まで そこから車で20分。彼女を乗せて墓苑へ向かった。
墓前に花を供え線香を手向け拝んだ後 アキさんは言った。
「大奥様にお約束して下さいますか? 何を聞いても あの場所をそっとして
おいて下さることを。でなきゃ お話するわけにはいきません」
ふいをつかれて 一瞬迷ったが 私は同意せざるを得なかった。
よほどの事情があったのだと察した。そしてアキさん宅で話を聞いた。
昔 お祖母さんはある男性と結婚し娘が2人生まれたが その夫は亡くなり お祖母さんは
娘2人を連れて実家(地主)に戻った。夫の親族は全て亡くなっており お墓や仏壇を
守る人がなかったので 仏壇もいっしょに持って帰ってきていた。
その後 お祖父さんと再婚。お祖父さんは お祖母さんの実家に資金提供されて事業を起こし
成功した。その頃 お祖父さんの実の子である娘が生まれた。
大層喜んだお祖父さんが お祖母さんにプレゼントしたのが 大きなエメラルドの帯留め。
それはお祖母さんの宝物になった。お祖父さんは 末娘を溺愛したが上の2人も大切にした。
末娘が高校生の時。彼女の仲のよかった同級生の父親が亡くなり家業が潰れた。
同級生に同情した末娘は お祖父さんに援助するように頼んだ。その後 お祖父さんは
その同級生やその家族の援助をしていたが やがてその同級生はお祖父さんの妾になってしまった。
それを知ったお祖母さんも娘達も 恩をあだで返されたことに激怒した。
その後 妾は息子を生んだ。本妻であるお祖母さんとの間には実の子は娘1人。
お祖父さんが帰宅しない日々が続き お祖母さんの苦悩はどんどん深まっていった。
その頃 お祖母さんは実家に置いてきた前夫の仏壇を屋敷の蔵の奥へ運び込み
一人で前夫の仏壇の手入れに励んでいた。やがて妾に4人の息子ができた頃から
お祖母さんは能にのめり込み 病に倒れるまでひたすら能を舞い続けた。
能面をつけて一心不乱に舞う姿は 情念の塊のようで 娘達ですら近づけないほどだった。
そして お祖母さんの死。ここからお祖母さんの祟りは始まった。
お祖母さんの死を嘆き 大変後悔したお祖父さんは能面を眺めて過ごしていた。
それから お祖父さんはどんどん衰弱し ある日突然倒れて心臓の大手術をし
一命を取り留めた。病院に見舞いにきた友人に女難の相を指摘され 除霊を受け
能面を美術館に寄贈した後 徐々にお祖父さんは回復していった。
しかし その後 能舞台の裏部屋の戸が全く開かなくなってしまった。
同じ頃 アキさんは蔵の奥の仏壇の掃除をしようとしたが 仏壇の扉が
全く開かないことに気づいた。どちらの戸も開かなくなったのは能面を寄贈した後。
お母さんは まだ許していないのだと娘達は悟った。そして 仏壇を納めた蔵の奥
の戸に南京錠をかけ 仏壇は封印された。
それから10年程過ぎた頃。ハルさん(仮名)という住み込みのお手伝いさんがいた。
住み込みのお手伝いさんには 家庭にいろんな事情を抱えた人が多かった。
ハルさんもそんな一人。彼女は結婚していたが 夫は博打打ちの暴力男。ハルさんは
体一つでそんな夫から逃げてきた人だった。ある日 突然ハルさんの夫が家に乱入し
大騒ぎになった。もみ合いになり それを止めようとしたお祖父さんの運転手が
酷い怪我を負った。そのショックでハルさんは 女中部屋の奥にあるお風呂の中で
自殺を図ったが 一命は取り留めた。退院後 ハルさんは失踪してしまった。
そしてエメラルドの帯留めが消えた。
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娘(姑)は ハルさんが お祖母さんの形見の帯留めを持ち出したことを激怒したが
暴力夫から逃げるための資金だったことも理解していた。それから数週間後。
ある日。アキさんは女中部屋で繕い物をしていた。そこに姑がきてアキさんに
話かけようとした時 コトッ。女中部屋の奥から音がした。2人で奥の間を見ると
ハルさんがそこに座っていた。ギョッとして言葉が出ない2人。
ハルさんは深々と頭を下げて 申し訳ありませんでした と言って消えた。
ハルさんのいた場所がぐっしょり濡れていた。そこに エメラルドの帯留めが
残されていた。後日 ハルさんは海に身を投げていたことがわかった。
それから後も 奥の間が濡れていることがあった。その後 女中部屋の奥は
封印された。エメラルドの帯留めは 他の宝石といっしょに金庫に保管された。
にもかかわらず また消えてしまった。
エメラルドの帯留めは その後見つかっていない。姑は 開かずの間に
おばあさんがしまい込んだのだと理解したそうだ。
「大奥様や奥様達の気持ちを どうかわかってあげて下さい」とアキさんは言った。
アキさんは ハルさんの死はお祖母さんの祟りだと思っているようだった。
本当のところはわからない。でも お祖父さんも呪い殺されそうになったのを
考えれば それも充分あり得るとは思う。その後 お祖父さんの亡くなった後
妾の息子達が相続の件で少しゴネたが 祟りを恐れて退散したそうだ。
正直 今はまだ何も考えられない。
ただ お祖母さんを傷つけることは出来ないと思った。
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あれから旦那と話し合い 住職の従兄弟にも相談した結果を最後に報告します。
今すぐ封印をとく必要はないが 家の解体や改築で開ける時は必ずお祓いをすること。
それまでは むやみに開かずの間に近づかないこと。家の神棚をしっかり祭ること。
お祖母さんのことは 祟り神だと理解すればいい。バチ当たりなことをすれば
祟りはあるが、真面目に努めていれば守ってくれる。そう信じていればいいと。
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