『ビデオ』|【名作 師匠シリーズ】

『ビデオ』|【名作 師匠シリーズ】洒落怖・怖い話・都市伝説 師匠シリーズ
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『ビデオ』

635 :ウニ  ◆oJUBn2VTGE :2009/02/08(日) 00:00:16 ID:OJtUna0I0

 

『前編』

ずいぶんと間が開きました。

今回は時間が無く、変な改行もポリシーであった会話文内一マス落としも出来ていません。
これらの作業は時間がかかる他にもいろいろと都合の悪いことがあるので、出来れば今後もサボりたいですが、もし読みにくいといったデメリットの方が大きければ考えます。

大学二回生の初夏だった。
俺はオカルト道の師匠につれられて、山に向かっていた。
「面白そうなものが手に入りそうだ」と言われてノコノコついて行ったのであるが、彼の「面白い」は普通の人とは使い方が違うので俺は初めから身構えていたが、行き先がお寺だと知ってますます緊張してきた。
なんでも、知り合いの寺なのだとか。そちらから連絡が入ったらしい。

市内から一時間以上走っただろうか。師匠は「ここだ」と言いながら、道端に軽四を止めた。
周囲は畑に囲まれていて、山間に午後の爽やかな風が吹いている。
古ぼけた門をくぐり、地所に入るとささやかな杉木立の向こうに本堂があり、脇に設けられた庭園には澱んだような池が音もなく風紋を立たせていた。

「真宗の寺だよ」

と師匠は言った。
山鳩が鳴いて、緑の深い森に微かな羽ばたきが消えていく。
右手に鐘楼堂が見えたが、屋根が傾き、肝心の鐘が見当たらない。
打ち捨てられているようだ。

「あれは鐘が戦時中に供出されてからそのままらしい」

師匠の説明に顔をもう一度そちらに向けた瞬間、目の端になにか白いものが映った気がして、先へ進む師匠を追いかけながら首を捻ってあたりを見回したが何も見当たらなかった。
その白いものが服だったような気がして、少し気味悪くなった。境内には誰もいないと思っていたから。
師匠はズンズンと本堂から反れて平屋の建物の方へ向かっていった。
住職の住む家らしい。庫裏(くり)というのだったか。

玄関の方へ回ろうとすると「こっちこっち」という声がして裏手の方から手招きをしている人がいる。
随分背の高い男性だ。俺と師匠は裏口から招き入れられ、居間らしき畳張りの部屋に通された。

「親父さんは?」

師匠の問いに「出てる。パチンコじゃねえか」と男性は答えて、「じゃあ、例の、持ってくる」と部屋を出て行った。
二人取り残されてから、俺は師匠をつついた。

「あの人は黒谷さんっていう、悪い人。親父ってのがこの寺の住職。やっぱり悪い」

なにせこの僕に、供養を頼まれた物品を売りつけようってんだから。

ニヤニヤと笑う。
俺は先日見せてもらった心霊写真の束を思い出した。
あれも確か業者から買った横流し品だと言っていたはずだ。

「ああ、ここから直で買ったのもあるよ。まあ、一応ここは御焚き上げ供養の隠れた名寺ってことになってるから、そこそこ数が集まってくる」

でもまあ、本物は一割以下だね。
師匠はそう言いながら、部屋の中に無造作に飾られた市松人形や掛け軸などを勝手に弄りまわっている。
やがて黒谷と呼ばれた男性が戻ってきて、紙袋を師匠の前に置いた。
師匠が手を伸ばそうとすると、黒谷さんはスッと紙袋を引き下げて手の平を広げた。
五本の指を強調するようにウネウネと動かしている。

「五本は高い」

師匠が口を尖らせると、黒谷はボサボサの頭を掻きながら「あ、そ」と言って紙袋を持って立ち上がろうとする。

「持って来たのはどんな人ですか」

間髪いれずに師匠が問うと、中腰のまま「中年のご婦人。深い帽子にサングラス。住所不明。姓名不明。ブツの経緯も不明。でも供養料に足の指まで全部置いてった」と答える。

「二十本も?」

師匠が険しい顔をした。
そして「わかりました」と言ってジーンズのポケットから出した財布を放り投げる。
黒谷は財布をキャッチして、紙袋をこちらによこした。
師匠は紙袋を覗き込み、小さく頷く。俺も思わず横から割り込むように覗いた。袋の中に、一本の黒いビデオテープが見えた。

「足りねえ」

黒谷の声に、師匠がばつの悪そうな顔をして「今度持って来ます」と言う。

「今度っていつだ」

気まずい雰囲気が部屋に流れる。
その雰囲気に耐え切れず、思わず「いくら足りないんですか」と言ってしまった。つくづく、師匠の思惑通りの行動をとってしまっていると我ながら思う。
結局俺はなけなしの七千円を財布から出して、黒谷に手渡した。
俺だって見たいのだ。ここまできて我慢できるわけがない。

「また何か入ったら、連絡する」

黒谷はそう言って立ち上がった。
帰る時、俺と師匠はまた裏口に回らされた。靴がそこにあるからとはいえ、なんだか悪いことをしているという気になってくる。
いや、確かに悪いことなのだろう。供養して欲しいと持ち込まれたものを、こうして金で買って好奇心を満たそうというのだから。
これを持ってきたという女性は、いったいどんな気持ちで寺の門をくぐったのか。

いきなり、腕を掴まれた。ドキッとする。

「あいつの、弟子か」

凄い力だった。黒谷は俺を引き寄せてささやく。師匠はもう外に出ていて、家の中からでは見えない。

「オレのことは聞いたか」

掴まれた腕の痛みに顔をしかめながら、頷く。

「じゃあ浦井のことも聞いたか」

まだ全部は聞いてません。ようやくそう言うと、やっと手を離してくれた。
黒谷は何か考えごとをしているように視線を宙に彷徨わせていたが、ニッと口元を歪めると、「あのビデオ、やばいぜ」と言って”もう行け”とばかりに手を振った。
掴まれた肘の裏側が熱を持ったように痛む。俺は逃げるように靴を履いて外へ出た。
外では師匠が誰かに気づいた様子で、なにかを喋りながら本堂の方へ歩いていこうとしていた。俺は家の戸口を気にしながら慌ててそれを追いかける。
視線の先に白い服を着た少女が映った。ああ、さっきの、と思う。幻覚ではなかったようだ。

師匠は「アキちゃん」と呼んで近づいていった。
本堂の式台の端に腰掛けて足をぶらぶらとさせながら、師匠の呼びかけに軽い会釈で応えている。
中学生くらいに見える、ほっそりとした色の白い子だった。
久しぶりに会ったような挨拶を交わしたあと、師匠は「高校には上がれそうなのか」と聞いた。
そういえば今日は平日のはずだ。学校を休んでいるのか。
少女ははにかんで笑い、「たぶん、なんとか」と風鈴が鳴るような声で返した。
その後、参道を引き返す俺たちを見送りながら、彼女はずっと同じ格好で座っていた。振り返るたび、周囲の景色より小さくなっていくように見えた。

帰りの車の中で俺はシートベルトを締めながら師匠に顔を向ける。

「アキちゃんて言うんですね」
「ああ。秋に生まれたからだと。あのオッサンの妹だよ。体が弱くてね。学校も休みがちみたいだ」

ずいぶん歳の離れた兄妹だ。それよりあのガッシリした体格の男性とのギャップが大きい。

「血は繋がってるのはホントだよ、どっかから攫ってきたワケじゃない。それにあのオッサン、ああ見えてまだギリギリ二十代のはずだ」

師匠は意味深な口調でそう言って、急な山道を降りるためにフットブレーキからギアを落としてエンジンブレーキに切り替えた。

「あのオッサンの話は、まあ、またいずれな」

それより、こっちさ。
そんな顔で師匠は傍らの紙袋を舐めるように見るのだった。

お互いに午後は用事があり、深夜零時近くになってまた合流した。

「夜の方が雰囲気が出るだろう」

師匠はそう言って、まだ見てないというビデオテープを紙袋から出して見せた。
師匠のアパートの畳の上で、いつものように俺は胡坐をかいてテレビの前に座った。
家具だかゴミだかよくわからないこまごましたものを乱暴にどけて、師匠も横に座る。

「古いテープみたいだからな。ベータとかいうオチじゃなくて良かった」

そんなことを言いながら、黒いビデオテープのカバー部分をパカパカといじる。
どこにでもある百二十分テープのようだ。タイトルシールはない。

「さて、焚き上げ供養希望の一品、ご拝見」

軽い調子で師匠は、ビデオデッキにテープを押し込む。
「再生」の文字が映り込み、黒い画面が砂嵐に変わった。

少しドキドキしながら食い入るように画面を見ていたが、砂嵐は一向におさまらない。
もしかしてカラのテープを掴まされたんじゃないかという疑念が沸き始めたころ、ようやく画面が変わった。
駅の構内のようだ。
夜らしく、明かりのないところとの濃淡がはっきりしている。
小さな駅のようで、人影もまばらなプラットホームが映ったままカメラは動かない。
なにかの記録ビデオだろうか、と思った瞬間、画面の右端から淡い緑色のシャツを着た若い男が現れて向かいのホームを眺めながら何ごとか喋り始めた。
顔には白くのっぺりとした仮面。
言葉の内容はよくわからない。アリバイがどうとかいう単語が聞こえたので、どうやら推理劇をホームビデオとして撮影しているようだ。
音があまり拾えてないし、淡々とした独白というスタイルでは、あまり出来が良いとは思えない。
俺は高校生か大学生の学園祭での発表用かな、と当たりをつけた。あるいはその練習段階のものかも知れない。
目の部分にだけ穴が開いている白い仮面もおどろおどろしい感じはしない。
ただ顔を隠しているというだけに見えた。何故隠しているのかはわからない。
列車も入ってこず、構内放送も流れない単調な映像をバックに素人の演技が延々と続き、このあと一体何が起こるのかと身構えていた俺もだんだんと拍子抜けしはじめた。
画面が時々揺れるので、据え置きではなく誰かがカメラマンをしているようだ。
たった二人での撮影だろうか? それともこのあと別の登場人物が出るのだろうか、と思っているといきなり映像が途切れた。
また砂嵐だ。

師匠が早送りボタンを押す。
しかし画面は砂嵐がそのまま続いていた。
停止ボタンを押して、巻き戻しを始める。
師匠が口を開く。

「なにか変だったか?」

それはこっちが聞きたい。
五万円もしたワケありビデオテープがこれなのか? あ、そういえば俺の出した七千円、師匠は返してくれる気があるのだろうか。

もう一度最初から再生する。
砂嵐の後、また駅の構内が映る。
白い仮面の男が現れてカメラの前で喋る。
ホームには電車も入ってこない。
ざわざわした音に包まれている。
単調な映像が続き、やがて途絶える。
そして砂嵐。

同じだ。
特に変な所はない。
師匠の顔を見るが、俺と同じく釈然としない様子だった。

それからあと二回、俺たちは巻き戻しと再生を繰り返した。けれどやはり何も見つけられなかった。

「掴まされたんじゃないですか」

俺の言葉に師匠は欠伸で返事をして、不機嫌そうに「寝る」と言った。
そして布団を敷いて寝始めた。早業だ。俺はどうしたらいいんだろう。
帰ろうかと玄関の方を見るが、なんだか気持ちが悪くて頭を振る。
あの黒谷という人が、「あのビデオ、やばいぜ」と言ったその言葉に何かただごとではない予感を抱いたことが頭にこびり付いているのだ。こんなもののはずはない。
俺はビデオデッキの取り出しボタンを押して、ビデオテープを引き抜く。
光にかざしてもう一度まじまじと観察するが、多少古い感じがするものの、やはりありふれたテープだ。よく聞く名前のメーカー名が刻印されている。
血痕だとか、そういう不穏なものが付着していないか調べたが、ないようだ。ということはやはり内容になにかおかしな点があるのだろうか。
考え込んでいると師匠が眩しいという趣旨の寝言を発して寝返りを打ったので、電気を消してやる。

仄暗い豆電球の下で、俺はデッキに再びビデオをセットする。
ウィィンという、くたびれたような音とともに再生が始まる。

砂嵐。駅の構内。白い仮面の男。独白。向かいのホームのわずかな人の流れ。微かに揺れる画面。そして砂嵐。
停止。巻き戻し。再生。
砂嵐。人のまばらな夜の駅の構内。白い仮面の男の緑のシャツ。演技じみた独白。向かいのホーム。もう一人が構えているらしいビデオカメラ。ざわめき。単調。そして砂嵐。停止。

ため息をつく。何度見ても同じだ。なにもわからない。
変な所と言えば、駅のホームに立つ白い仮面の男という非日常的な光景くらいだが、それも言ってしまえば、「それだけのこと」だ。
なにも寺で炊き上げ供養など頼む必要はない。ただ、あるとすれば俺の知らない情報を前提とした怪奇現象、例えば、そのビデオを撮影した時には誰もカメラの前にいなかったはずなのに、白い仮面の男が勝手に映りこんでいたとか、そういう怪談の類。
そんなことを考えて少し気味が悪くなったが、その仮面の男の存在感が生々しすぎてあまり怪談にそぐわない。どんなに斜めから見ても素人のホームビデオという体裁が崩れないのだ。
首を捻りながら、もう一度ビデオデッキに指を伸ばす。

再生。
砂嵐。突然映る夜の駅の構内。画面の端から現れる白い仮面の男。ホームに向いたままぼそぼそと喋る声。揺れる画面。ざわざわした駅の音。
その時、俺の中になにかの違和感が芽生えた。

なんだ?
なにかが変だった気がする。なんだろう。

そんな思いが脳裏を走った瞬間だった。
プワンという膨れ上がるような音が聞こえたかと思うと、カメラアングルの端、ホームの画面隅から弾丸のような塊が飛び込んできた。
電車だ。
電車が通る。ホームの中を。
その灰色の箱は残像の尾を引いて、画面の右から左へ走り抜けていった。俺は目を見開いてテレビの前、身体を硬くして息を止めていた。
あってはいけない光景だった。何度繰り返し再生してもなにも見つけられなかったはずのビデオが、急に手の平を返したように不気味な姿に変貌を遂げたようだった。

思わず首をすくめるように周囲を見回す。
師匠のボロアパートの部屋の中は、豆電球の光の下で暗く静かに沈殿しているようだった。
なにか恐ろしいことが起こるような前触れはない。耳鳴りもしない。
早くなった鼓動を意識しながら、もう一度画面を見る。

通過した電車が撒き散らした音が収まった後で、白い仮面の男が困ったような仕草を見せながらカメラに向かって「カット、カット」と言った。電車の音にかぶって、セリフが消えてしまったのだろう。
その言葉があまりに人間臭くて、ギリギリの所で俺の心を日常性の中に留め置いた。だからその後に起こった悲鳴にもなんとか耐えられたのだろう。
そう、悲鳴は画面の中で起こった。仮面の男がカメラに向かってカットのジェスチャーをしていた時、ホームの向かい側で大きな紙袋を抱えた女性がいきなり金切り声を上げたのだ。
ビクッとして仮面の男が振り返りながらそちらを見る。カメラもガクンと揺れた後で角度を変えてそちらに向けられる。
向かいのホームでは何人かが駆け寄ってきて、女性が悲鳴を上げながら指差す線路の辺りを身を乗り出すようにして見ている。

なんだろう。ホームを横から撮影しているカメラでは角度がないせいで下の線路は見えない。
ただ、直前に通過した電車のことを考えるとなにが起こったのか分かった気がする。
カメラがホームの先端に向かって近づこうとした時、「ちょっと」という乱暴な声がして何かがレンズを遮った。
一瞬見えた制服の裾から、どうやら駅員に撮影を止められたのだと推測される。
暗くなった画面の向こうから、怒鳴り声と何かを指示する声が入り混じって聞こえてくる。そしてふいにブツンと再生が終わり、砂嵐が始まった。
俺は今目の前で起こったことを冷静に整理しようとする。

ビデオの内容が変わっている。
それも大きく。
どうしてそんなことが起こるのか考える。怖がるのはその後だ。
黙って画面を見つめている俺の前で砂嵐は続いている。暗い部屋で砂嵐を見つめ続けていると、変な気分になってくる。
放射状の光に顔を照らし出されるとなんだかその下の身体の存在が希薄になって行くようだ。暗闇に自分の顔だけが浮かんでいるような気がする。
なにかをしようという気があったか分からないが、ほとんど無意識に人差し指がビデオデッキに向いた時、俺は気づいた。

巻き戻しだ。巻き戻しをしていない。
この前の再生が終わり、砂嵐が始まったので停止ボタンを押した。
その後、俺は巻き戻しをするのを忘れたまま再生ボタンを押したのだ。
そして砂嵐の続きから始まったビデオは、また白い仮面の男の一人劇を映し出し、さっきの電車が通り抜けた後のシーンで終わったのだ。
別の映像だったということか。

俺は興奮してすぐに巻き戻しボタンを押す。
再生中の巻き戻しは画面が映ったままクルクルとめぐるましく動く。
砂嵐が終わって、電車が左から右へ戻って行き、仮面の男がホームに向かってブツブツと何かを喋っている場面の後で、砂嵐に戻る。
そしてまたホームの光景が映し出されたのだ。
白い仮面の男が映るだけのつまらない映像がまた途絶え、砂嵐に戻り、やがてガツンとぶつかるような音がして画面に緑色の「停止」の文字が浮かんだ。

整理する。
このビデオテープには砂嵐を挟んで二つ目の映像が入っていた。
最初に師匠が早送りした時は、単に早送り時間が足りなかっただけらしい。
そして二つの映像は同じ時間、同じ場所で撮影されたと思われる。
恐らくなにかの映像劇のために、リテイクをしていたのだろう。
冒頭からほぼ同じ構図だったけれど、向かいのホームの人の配置など細かな違いがあり、感じた微かな違和感はそのためだったのだろう。
そしてそのテイク2で、電車が構内を通ってしまったために登場人物の仮面の男がカットを要求した直後、なにかの異変が起こった。
恐らくは人身事故だ。
俺はテイク2で、電車が画面の端から姿を現す直前で映像を一時停止し、スロー再生のボタンを押した。
クックックッ、と画面はつっかえながら動き、ノイズが混じった汚い映像の中で俺は向かいのホームの右端にいるコートを着た人物をじっと追っていた。
電車が通り過ぎた後の騒ぎの中で、向かいのホームにそんなコートの人物がいたような気がしないからだ。
息を飲んで見つめている目の前で、コートの人物はゆらりと揺れたかと思うとホームの先端から線路に落ちた。
そしてその直後に突っ込んでくる電車。通り過ぎた後の騒ぎ。
やはりだ。コートの人物が轢かれていた。あるいは死んだのかもしれない。

もう一度巻き戻して同じシーンを通常再生で見てみると、すべてはあまりに一瞬の出来事だったので、初見で見逃しても無理はないということが分かった。
仮面の男も、カメラを持っているもう一人の仲間も電車が通り過ぎてから女性が悲鳴を上げるまで、誰かが線路に落ちたことに気づいていない。
電車通過中のホームの様子からしても、誰も気づかなかったのは確かなようだ。
自殺だろうか。映像を見る限り、周囲に誰かいたようにはない。
事故や、誰かに突き落とされたのではないとすると、やはり自殺か、あるいは立ちくらみや発作で転倒したのか。
何度か繰り返して再生していると、すっかり自分が冷静になっていることに気づく。
それもそうだろう。人身事故の瞬間が映ったビデオテープとはいえ、人体が破壊される場面が映っている訳ではない。間接的に、事故があったと分かるだけだ。
それでも気味が悪いのには違いないが、世の中にはそういうグロいシーンがバッチリ映った悪趣味なビデオがあると聞く。そんなものに比べると物足りないのは確かだ。

五万円。
そんな単語が頭に浮かび、ついで七千円という単語も浮かんだ。
そして何の気なしに後ろを振り向いた。
その時、その夜で一番血の気が引く瞬間がやってきた。
布団に入っていたはずの師匠が俺の背後にいて、片膝を立てた姿勢で前を凝視していたのだ。
その目は炯炯と輝いている。顔にはうっすらと微笑が浮かんでいる。
視線はビデオの画面に向いていて、その身体はすぐそこにいるのに、同時に遥か遠くにいるような感じがして声を掛けるのも躊躇われた。
固まったように動けない俺に、ふいに師匠は力を抜くように笑い掛けた。

「面白いな」

「面白くは、ないでしょう」

ようやくそれだけを返した俺は、画面に目を戻す。
砂嵐になっていた。
師匠が手を伸ばし、再生したまま早送りをする。
キュルキュルとノイズが形を変えるけれど、画面はいつまでも砂嵐のままだった。
やがてガツンとテープが止まり、自動的に停止状態での巻き戻しが始まった。
そうか、二つ目があったのだから三つ目の映像の有無を確認する必要があったのだ。

「死んだと思うか」

師匠が誰に聞くともなしに呟く。あのコートの人物のことだろう。

「たぶん」

轢死体ってやつだ。もしカメラが駅員に止められず線路を撮影していたら、と思うとゾッとする。

「あのオッサンが回してきたブツだ。それだけじゃないな」

師匠はニヤリと笑うと、「じっくり調べてみることにするけど、とりあえずもう寝る」と言って、また布団に横たわった。
俺はそれが大枚をはたいた負け惜しみのように聞こえて、なんだか残念な気分になった。
納得いかない顔でテレビの前に座っている俺に、背中を向けたままの師匠がボソッと言葉を投げてよこす。

「ビデオの中は夏だ」

一瞬なんのことか分からなかったが、そう言われると仮面の男のシャツや向かいのホームの人々の服装を見る限り、暑い季節であることは確かなようだ。
そうして、わずかなタイムラグの後にようやく師匠の言わんとしたことに思い至る。
コートの人物は、まるでそこだけ異なる季節の中にいるかのような格好をしているのだ。

もう一度だけ、と電車の通過前のシーンを再生すると、その人物は全身を大きなコートで覆い、その手には手袋をして、目深に被った帽子と白いマスクで顔まで外気から包み隠していた。
ビデオの荒い映像では、全く人相が分からない。男か女かも。
ただ、帽子に隠れて見えないその目が、なぜかカメラの方を向いた気がした。
次の瞬間にその身体はホームから転落し、鉄の塊がそれをなめすように通り過ぎて行った。

ビデオを見た夜は結局師匠の家に泊まった。
次の日は朝イチの大学の講義をすっぽかし、二限目に出席した後でサークルの部室に転がり込んで、そのままダラダラと過ごした。
何人かで連れ立って学裏の定食屋で晩飯を喰らい、特にすることもないので解散。
俺はその足でコンビニに寄り、賞味期限の切れかけた二十円引きのパンを買って自分のアパートに帰った。
五本千円で一週間借りているレンタルビデオから適当に二本ほど取り出してパンを齧りつつ見ていると、実に平均的な我が一日が終わった。
伸びをして、ああー、とかいう感嘆符が口をつき、それからベッドに倒れ込む。
ぶら下がった電球の紐を、横になったまま苦労して掴むと部屋の中は暗くなる。
そして掛け布団を被って目をつぶる。奇妙なことが起こったのはその時だ。
閉じられた瞼の裏に、さっきまで明るかった電球の輪郭が映る。それは取り立てておかしくもない、寝る前のいつもの光景だ。
だが、その電球の輪郭とは少し離れた位置に、もうひとつ別の輪郭が映っていた。
一瞬焼き付いた光が、わずかな視覚情報を脳に届けたあとですぐに拡散して消えていく。
目を閉じたままそれをよく見ようとしても、幻のように溶けていってしまう。
瞼を開くと暗闇の向こうに天井があるだけだ。
紐をつかみ、電気をつけてからもう一度目を閉じてみる。
するとまた電球の輪郭がポッ、と虚空に浮かび、そしてレントゲン写真のような陰影を残しながら染み込むように消えていった。

今度はもう一つの別の輪郭は見えなかった。何度か目を瞬いたが、おかしなものは見えない。
なんだったのだろう。あれは。
瞼の裏に輪郭が映るほど光を発する、もしくは反射するものなんて天井にぶら下がっている電球以外ないというのに。
目を閉じた瞬間の、頼りない記憶を呼び起こす。
ベッドに寝転ぶ前にそんなものを見ていたはずはない。なんだか鼓動が早くなってきた。
電球の横に、無数の窓から光の漏れているビルを見ていたなんて。
息を深く吐き、その後軽く笑うように最後の息が漏れる。
今日見たレンタルビデオにそんなビルが出てきただろうかと考えながら、疲れた目頭を押さえて、電球の紐を手繰った。

次の日も大学の授業があった。
一限目、二限目と真面目に出席したあと、昼食をとるために学食へ足を運んだ。
トレーを持って視線を巡らせると、いつもの指定席に師匠の姿を見つける。

「カレーですか」

向かいの席に腰掛けると、彼はスプーンを口に入れたままうっそりと頷く。
学食のカレーのLサイズは300円でお釣りがくるという低料金にも関わらず腹を空かせた学生の胃袋をそこそこ満足させてくれるボリュームを誇っている。もちろん味はともかくとしてだ。

「なにか分かりましたか」

俺の問いかけに、しばらく口をもぐもぐ動かしてから水を飲む。

「場所は、分かったよ」

「え? あのビデオの駅ですか」
「画面の端に、一瞬だけ次の停車駅が映っている。高遠駅だ。近隣の路線図を睨んでみたが、該当する駅名があった。間違いないだろう。その西隣の駅が、北河口駅、東隣が前原駅」

具体的な名前が出てきたが、ここでは駅名やそれに関連する名前は仮名とした方が無難なようだ。

「ビデオの中では次の停車駅の高遠駅が左向きの矢印で示されている。例の電車が向かった方向だね。そしてビデオを見る限り、向かいのホームには改札らしきものが見あたらない。恐らく、改札側から撮影していたんだ。北河口、前原、両方の駅に電話で確認してみたけど、どちらも改札は南側にあった。ということは改札方向から向かって左側は方角でいうと西ということになるんだから……」
「ビデオが撮影された駅は、東隣の前原駅ですね」

そういうこと。と、師匠はもう一度スプーンをカレーの中に突っ込んだ。
前原駅か。よく知らない駅だ。県外なのに加え、特急や新幹線では止まらない駅のはずだ。

「他にはなにか分かりましたか」

師匠は口を動かしながら首を横に振った。
俺はついでに昨日の晩にあった奇妙な体験を話して意見を求めようかと考えたが、壁の時計をちらりと見てから急にカレーを食べるピッチの上がった師匠の様子から、どうやら急ぎの用があるらしいと思い、控えることにした。
空になったコップを目の前に差し出され、アイコンタクトの必要もなく俺は水を汲みに席を立った。

その日の午後はバイトがあった。
駅の地下で洋菓子を売っている店があり、その店で焼く前の生地を作る作業場が駅の近くにあった。俺の仕事場だ。

いつも行列が出来ている流行りの店であり、店員も若くて可愛い女の子が多かったので、なにか楽しいことがあるかも知れないという淡い希望を抱いてバイト募集に応募してみたのだが、店舗スタッフは全員女性であり、男の俺は当然裏方の製造スタッフに回された。
冷静に考えれば分かることだったはずなのにと、俺は自分の軽率さを恨んだものだった。
ともあれ、そのころの俺は週に二、三日のペースで小麦粉やバターをこねまわしていた。

その店はJRの関連会社が経営していて、正社員は二人だけ。あとはみんなバイトだった。
その正社員のうちの一人が北村さんといって、以前は駅員をしていたという経歴の持ち主だった。
その日も追加の生地の注文が多く入り、息をつく暇もなく働き続けた。
別の駅にも支店を開いたので、冷凍して運ぶための生地も余計に作らなくてはならず、大行列の店舗に負けず劣らず裏方もしんどかった。

ようやく店が閉まる時間になり、こちらも片付けと掃除を始める。仲間同士の笑い声が聞こえる穏やかな時間だ。
俺は隣で金属トレーを洗っている北村さんに話しかけた。

「駅員をやってるころに、ホームで自殺した人はいましたか」
「いたいたぁ。掃除もしたよぉ」

ずり落ちそうになる眼鏡を指で上げながら北村さんは明るく喋る。
四十代も半ば過ぎだったはずだが、そのキャラクターでバイトたちからは愛されていた。

線路での人身事故は悲惨だ。
車輪に巻き込まれて原型をとどめない死体。轢断されて飛び散った肉片。
それらを片付けるのは駅員の仕事なのである。

生存していたら救急隊員が到着するまで担架に乗せるなどして保護するが、全身バラバラになっているような場合は出来る限り体のパーツを集めて白い布で覆っておく。
そうした即死状態の場合は、あとで交通鑑識の現場検証があるまで救急隊のほうで引き取ったりはしない。
そんな死体のそばにいるのは本当に気持ちが悪く、早いところ警察が来てくれるのを祈ったものだった。
……そんなことを北村さんはやけに楽しそうに話す。

「特に停車駅だと減速しているから、スパッといかないのよ。巻き込まれてぐちゃぐちゃ。そんな時はこう、バケツいっぱいに肉を、つまんでね、金バサミで、入れていくわけよ。いや、あれはホントに肉料理は無理だったぁ。にさんにち」

身振り手振りが大きすぎたのか、「喋る間に、手を動かす」と後ろから怒られた。
店長も頭が上がらないバイトのおばちゃんだ。
仕方なく、後片付けをすべて終えてから控え室でもう一度北村さんに話しかける。

「前原駅? あんまりそっちは知らないなぁ」

俺は、師匠と見たビデオの事故のことを説明した。
大した期待をしたわけではない。元駅員の立場から、なにか知っていることがないかと軽い気持ちで聞いたのだ。
すると北村さんはなにかを思い出した顔をして、肩をすくめると、そっと俺の耳に口を寄せてきた。

「サトウイチロウを片付けたら呪われる」

ひそひそとそんな言葉が耳に入る。俺は思わず体を硬くする。

「そんな噂があったのよ」

顔を離すと、一転して明るい口調に戻り、眼鏡をずり上げる。

「あっちの方のエリアで、人身事故が多かったらしくてね。それも身元不明の。なんとかっていうらしいね。無縁仏、じゃない、なんか難しい言い方。まあその無縁仏、仏さんの死体を片付けたら、なんか良くないことが起こるって噂が広がってたらしいよ」

噂と言っても、駅関係者の間でだけひっそりと口伝えされる、裏の話だ。

「サトウイチロウって、なんなんです」

「ほら、無縁仏だったら、さ、名前も分かんないじゃない。だから、みんなサトウイチロウ」

業界用語というやつか。一般人には分からない隠語なわけだ。
映画界では監督が撮影中に降板した場合など、アラン・スミシーという偽名がクレジットされることがあるそうだ。ふとそれを思い出した。

「どんな呪いがあるんですか」

北村さんは、腕組みをして必死で思い出そうとしていたが、最終的に二カッと笑うと「忘れた」と言った。
かわりに、その噂のことをよく知っている先輩が市内に住んでいるから、知りたければ話を聞きに行くとよい、と教えてくれた。

「もう引退してるから、多分話してくれると思うよ。日本酒を持っていけば」

俺はその住所を聞いてから、お礼を言った。
もうみんな帰ってしまって、仕事場は俺たちだけになってしまっていた。
腰を上げながら、北村さんは言った。

「オバケの話が好きなんだねぇ。ここにも出るらしいよ。まえ、ここが食堂だった時に、バイトのおばちゃんたちが見たって」

俺はなにも感じなかったけれど、話を合わせて首をすくめた。

仕事場を出て北村さんと別れたあと、駅前で一人ラーメンを食べてから帰途に着く。
途中、百円ショップに寄ってバナナとベビースターを買い込んだ。
それらをお供に寝転がってレンタルビデオを見るのが至福の時だった。
部屋に帰り着き、風呂に入ってからさっそくビデオをセット。
もうテコでも動かないぞ、という気持ちが沸いてくる。
そのころにはすでに明日の一限目が始まる時間に起きられるように、などという殊勝なことはあまり考えなくなっていた。

結局残りの三本とも見終わったときには夜中の三時を回っていた。
伸びをしてから、目覚ましを手に持ち、何時にセットしようか考えてから、やっぱりめんどくさくなり、運命に身を任せることにしてベッドに向かう。

明かりを消す。
すると目の前に、不思議な光が現れた。
いや、光の残滓か。

それは夜景だった。
極小の光の粒が薄く左右に伸びている。まるで離れた場所から街を見ているような……
すぐに目を開ける。光の幻は消え去る。昨日とまるで同じだ。
もう一度目を閉じる。かすかに光の跡が見える。ギュッと目を瞑ると、一瞬その輪郭が強く浮き出る。
けれどそれもやがて消える。

俺は闇の中で息を殺しながら考える。
夜景なんて直前には見ていない。
ビデオを見終わって、すぐにテレビも消した。
もちろん最後に見ていたビデオにもそんなシーンは出ていなかった。
一本目のビデオに一瞬だけ夜景が映っていたような気がするが、もっと遠景だったし、なにより六時間も前に見たシーンがずっと瞼に焼き付いていたなんてことがあるとは思えない。
なにか嫌なことが起こりそうな予感がする。
師匠の部屋で、あのビデオを見てからだ。これは偶然なのか。

(あのビデオ、やばいぜ)

呪いのビデオ? ビデオの呪い?
記憶の影に、もう一度夜景の幻視を覗く。
離れた場所から見た街の光。それはいつか見た、夜の中を走る電車の窓からの光景であるような気がした。

(サトウイチロウを片付けたら呪われる)

呪われる。呪われる?
なんだろう。訳も分からず、ただ恐怖心だけが強くなってくる。
夜は駄目だ。今だけはなにも起こらないで欲しい。
ベッドの上で、身体を縮めて俺は周囲の気配に耳をそばだて続けた。

『中編』

次の日、昼過ぎに目覚めた俺は師匠の家に電話をした。
十回ほどコール音を聞いたあと、受話器を置く。続けて携帯に掛けるが、電源が切れているか、電波が届かない場所にいるらしいことしか分からなかった。
仕方なく、昨日北村さんに聞いた元駅員という先輩の家を訪ねてみることにした。
授業に出るという選択肢など、とっくに吹っ飛んでしまっている。
財布の中を確かめて、買って持っていく日本酒の銘柄を決める。散財だ。
ビデオが何本借りられると思ってるんだ。

家を出て、自転車に乗る。
陽射しが眩しい。ここ数日涼しかったのに、今日はやけに暑い。今年もまた夏が来るらしい。
道路沿いをこぎ続けて、ようやくその住所にたどり着く。住宅街の中のごくありふれた民家だ。
チャイムを鳴らし、用件を告げる。
吉田さんというその六十代の男性は、日本酒を掲げて北村さんの紹介だと告げた途端に、玄関の奥へ顔を突っ込み、「かあさん、お客だ。お客。お茶を出しなさい」と怒鳴った。
そして家の中に招き入れられる。

一体、北村さんの名前と日本酒、どっちが利いたのか分からなかったが、話し好きであることは間違いないようだった。
客間の座椅子に腰掛け、勧められるままに煎餅に手を伸ばしながら、北村さんと同僚だった時代の昔話をしばし拝聴する。
本題を切り出す前の脇道だったので、適当に相槌を打っていたのだが話術のせいなのか、これが意外と面白くいつの間にか聞き入ってしまっていた。
始発の直前に寝坊して、時間との戦いの中そのピンチを切り抜けた話など思わず手に汗握ってしまったほどだ。
やがて喉が渇いたと言い出した吉田さんは、テーブルの上の日本酒をじっとりと見つめる。

どうぞどうぞと手を広げて勧めると、それじゃ遠慮なく、と棚から持ってきたコップを脇に置き、栓を開けようとした。
不器用な手つきでなかなか開けられないのを見て、こちらでやってあげる。
こう暑いと、燗なんてしてられないねぇ、などと言いながら吉田さんはぐいぐいコップを傾けはじめる。
俺はようやくここにきた理由を思い出し、目の前の禿げ上がった頭に赤みが差してくるのを見計らって、本題をそっと切り出した。

「サトウイチロウ?」

吉田さんは一瞬、怪訝そうな顔をしたあと、すぐに口をへの字に結ぶ。

「懐かしい名前だねぇ」

言葉とは裏腹に表情はちっとも懐かしそうではない。恐れを呑んだような、強張った顔だった。
そしてポツリポツリと過去を掘り起こすように語りだす。

昔、吉田さんが駅員になって十年ほどしか経っていない、まだ若いころの話だ。
県外のある駅に転勤して間もないころ、その駅の助役から茶飲み話の中で、奇妙な噂を聞かされた。
曰く、「サトウイチロウの死体を片付けると呪われる」と。
ははぁ、サトウイチロウというのは、鉄道事故で死んだ身元不明者を表す隠語だなと、彼はあたりをつけた。
ところが助役はかぶりを振るのである。
ただの無縁マグロじゃねぇ。サトウイチロウはそういう名前のマグロだと。
吉田さんは首を捻った。過去にそういう名前の轢死体が出たとして、それがどうだと言うんだろう。
エジプトのミイラの呪いのように、その死体を処理した人間になにかおかしなことが立て続いたのだろうか。
けれどそれにしても噂から受ける感じが変である。まるでその死体を、これから片付けるようではないか。

助役はニタリと笑ってから、続けた。

「何度も死ぬのさぁ。サトウイチロウは。片付けても片付けても、おんなじ格好で駅に現れてさ、また飛び込みやがるのよ。何度も、何度も」

ゾクリとして、吉田さんは湯飲みを取り落とした。
そこまで聞いて、俺は思わず話を遮った。

「待って下さい。サトウイチロウって、そういう事故死した人の総称じゃないんですか」

吉田さんは話の腰を折られたことに鼻を鳴らしながら、違うよと言った。

「同じ人間なんだよ。サトウイチロウって名前の。そいつが何度も死ぬんだ。列車に飛び込んで。オレたち駅員が片付けて、警察が来て、身元不明だって言って引き取って行って、それで何年か経ったら、またフラッと別の駅に現れるんだよ。いや、誰も生きて動いている所を見ちゃいない。ただ、列車に轢かれているのを発見されるんだ」

北村さんの話と違う。
同じ人間だって? そんなことがあるはずがない。

「じゃあ、死体を誰かが投げ込んでるんですか」
「違うね。生体反応ってのがあるんだろ。事故なのか自殺なのかも不明で、目撃者もいない変死体だから、解剖されるはずだ。死体損壊事件だったなんて聞いたことがないね。少なくともオレのときは……」

そこで吉田さんは言葉を切った。
ドキドキしてくる。
邪魔しないというジェスチャーをして、先を促した。

その噂を聞いてから五年ほど経ったころ、吉田さんはまた別の駅に転属になっていた。
雪がちらつく寒い日に、宿直室の掃除をしているとホームの方から急に悲鳴が上がった。
慌てて駆けつけると先輩の駅員が線路に降りて何ごとか怒鳴っている。
見ると、線路の周囲に薄く積もった白い雪の上に、赤いものが飛び散っている。
マグロだ、とすぐに分かった。
それもバラバラだ。
そういえば直前に特急が通過している……

救急隊員が到着したが、その場に立っているだけでなにもしてくれない。
警察も第一陣として二人駆けつけてきたが、現場検証もそこそこに、死体を全部集めろと命令口調で言う。
仕方なく自分たちで、散らばった肉片を掻き集めた。
血の匂いが鼻をついて堪らなくなり、手ぬぐいでマスクをしてその嫌な作業を続ける。
内臓も気持ちが悪いが、生半可に見慣れた人体の部品が雪の上に落ちているのを見るのは、吐き気のするおぞましさだった。
唇の切れ端や、指の関節。紐のついた眼球は血が抜けて、ひしゃげしまっている。
駅員としても中堅どころに差し掛かり、何度か事故は経験しているが、こんなえげつない死体を扱うのは初めてだった。
ようやく一通り片付いて、悴んだ手をストーブにあてていると、そばで遺留品を確認していた警察官が財布を手に取って、それを開いたまま読み上げるようにボソリと呟くのを聞いた。

「……さとう、いちろう」

その時、五年前に聞いた噂が脳裏に浮かび上がってきた。

『サトウイチロウの死体を片付けると呪われる』

今、マグロの財布にその名前が書いてあったのだ。

(サトウイチロウの死体を、片付けてしまった)

嫌な汗がだらだらと流れて、ストーブの火にも乾かず、地面に落ちていった。

それから何日か経って、警察からの情報を受けた駅長から事件のあらましを聞いた。
死体の身元は不明。
事故の瞬間を目撃した者はいなかったので、はっきりしたことは分からないが事件性はないものと考えられているらしい。
線路上に散らばった所持品の中に財布があり、そこにサトウイチロウのネームがあることから、名前だけはそのようだと知れたに過ぎない。
サトウイチロウだ。何度も現れて、何度も死ぬ。誰も正体を知らない。

ごくり、と喉が鳴る音がした。
それが自分のものなのか、青い顔をして隣に立つ先輩のものなのか、分からなかった。

「偶然、でしょう」

俺は、軽い口調を装った。

吉田さんはコップを深く傾け、息をついた後で口を開いた。

「違うな。ありゃあ、亡霊だか妖怪だかのたぐいなんだよ。確かに足もあれば、手もある。目の前からひゅっと消えちまう訳でもねぇ。それでも、それがまともな人間だなんて、誰にも言えないんだ。なにせ、その足やら手やらがくっついた状態で、生きて、動いているところを、誰も見てねぇからだ。オレはたくさんの先輩から噂を聞いたよ。同じなんだ。サトウイチロウは、いろんな駅で死んでる。いつもバラバラになって。それも決まって身元不明だ。分かるのは名前だけ。そして誰も死ぬ瞬間を見てねぇ。あれは、最初から最後まで、死体なんだ」

ガチャリ、とドアが開いて奥さんが水を持ってきた。
おお、ちょっと飲み過ぎた。吉田さんはそう言って水を受け取る。
奥さんはまだ中身の残っている日本酒のビンを取り上げるように持って行ってしまった。

同一人物なのか、それともたまたま同じ名前の人が事故に遭っているのか。
いや、同一人物だなんてことはありえない。
轢死体が蘇り、また別の駅に現れて同じ轢死体になるなんてことは。
そもそも、これは噂なのだ。狭い業界内のオカルトじみた噂話。
聞き手の俺にとって、ある程度信用に足るのは、吉田さん自信が経験した事故の話だけだ。
吉田さんがその噂を聞いたという先輩たちは、よくある『フレンド・オブ・フレンド』に過ぎない。
どこまで行っても発生源が分からない、「人づて」が作る奇妙な幻だ。
とりあえず、俺はそう思うことにした。
水の入ったコップを持ったまま、もう片方の手で頭を押さえる吉田さんを見て、そろそろおいとましようと腰を浮かしかけた時だった。
俺はふと思いついたことを何気なく口にした。

「サトウイチロウを片付けた呪いは、どうなったんです?」

ぴくりと反応があり、吉田さんは赤い顔をしたまま口の中でぶつぶつと何ごとか呟く。
そして俺の方に、頭を押さえていた手を向けてぶらぶらと振って見せた。
その手には小指と薬指、そして中指の第一関節から先が無かった。

「さっきから見てるじゃねぇか」

嘲笑するでもなく、嘆くでもなく、ただひんやりとした力ない声だった。

帰り道、自転車を降りて手押ししながら吉田さんから聞いた話のことを考えていた。
これは、不思議だね、では済まない、呪いの絡んだ話なのだ。
吉田さんの後輩である北村さんには、まともに伝わっていなかったことは確かだ。
北村さんはサトウイチロウを、身元不明のマグロ、轢死体すべてを表す隠語だと思っていた。
しかしそれも仕方ないだろう。同じ人物が何度も死ぬなんて、想像もしていないだろうから。
そんなことを考えていると、一瞬、目の前に何か大きな影が走ったような気がした。
キョロキョロと周囲を見る。
左右には住宅街の色とりどりの壁がずらっと並んでいて、平日の昼間にその道を通っているのは俺ぐらいのものだった。

なんだろう。
まばたきをした時、また違和感が走った。
目の前に白いセダンが停まっている。路肩に寄ってはいるけれど、通行の邪魔になっているのは間違いない。
太陽の光を反射して、ボディが眩しく輝いている。
もう一度、こんどはグッと目を閉じると、そのセダンが瞼の裏にくっきりと浮かび上がる。
光を反射する白い部分と、吸収する黒い部分のコントラストが強調される形で。
その少し左。道路の真ん中で、なにもないはずの場所に、もう一台別の車の陰影が見えた。
ギュッと目を力を込めると、瞼の裏に映るものたちの姿が一瞬濃くなり、そしてやがて薄れていった。
目を開けると車は一台しかない。路肩の白いセダンだ。
けれどさっき瞼の裏には、確かにもう一台の車、それも軽四のシルエットが浮かび上がっていた。
その場で足を止めてバチバチとまばたきを繰り返すが、もう白いセダンのものしか見えなかった。

どうやら昨日と一昨日の夜に見た幻と同じものだと感じた。
すぐに電話を取り出し、師匠の家に電話をすると、当人が出た。
今から寄るけど、いいですかと聞いてから自転車に跨る。
案外冷静だ。やっぱり、怖いことは昼間起こるに限る。
などと一人ごちても、ペダルをこぐ足が速くなるのは止められない。
師匠のアパートの前に自転車を停め、部屋に上げてもらう。

「かくかくで、しかじか」

と、この部屋でビデオを見てからこっち、体験した出来事を早口で説明した。
じっと聞いていた師匠は、こちらの説明が一段落ついたのを見計らっていきなり顔を近づけてきた。
そして頭を抱えるようにして、俺の左目を指で開いて覗き込む。続いて右目。
しばらくしげしげと俺の目を見ていたが、ようやく離すと「なんともないと思うがな」と首を捻った。

「それにそんな噂聞いたことがないな。サトウイチロウの死体を片付けたら呪われるってか。
稲川淳二の十八番に北海道の花嫁って話があるけど、あれも同じ死体が何度も現れる話だな。でも決定的に違う部分がある。
花嫁の死体が蘇る謎の正体は、まあ言わば人間心理の闇にあるわけだが、その死自体にはなんの疑問もない。
しかし噂が本当ならサトウイチロウは、誰も生きて動いているところを見ていないのだから、吉田さんが言った通り、最初から最後まで死者だ。
はたしてそいつは、生きている者が死んだあとに残した骸なのか、それとも最初から死体としてこの世に現れたのか……」

師匠は腕組みをしてぼそぼそと呟く。
なんだかズレている気がする。気にする場所が。

「ビデオを見てからなんですよ。変なことが起こり始めたのは。サトウイチロウの呪いの噂はビデオに映っていた駅の周辺に広がっているんです。それでもってそのビデオはお寺から手に入れた、呪いのビデオなんですよ」

捲くし立てる俺へ、師匠は冷静に「呪いのビデオだなんてオッサンは言ってないよ」と突っ込む。

「とにかく、俺たちは見てるんです。誰も気づいていない、飛び込みの瞬間を。もしあれが……」

サトウイチロウなら、という言葉を辛うじて飲み込んだ。

「そうか、僕たちは見ていることになるな。誰も見ていないはずの生ける死者を」

師匠は面白そうに頷いた。けれどすぐにため息をつく。

「でも、ビデオに映っている人物と、サトウイチロウの噂を重ねるのは突飛に過ぎるな。ただの自殺の瞬間のビデオかも知れない」
「だったらどうして、二十万も供養料を払うんです」
「知らないよ。それはまだわからない」

俺は実際に怖い目に、と喚きかけて師匠に止められる。

「そこだ。おまえが体験した光の幻は、今のところただの幻だ。幻影。幻覚。そんなにビビることはないんじゃないか」

ビビッてると思われるのは癪だった。でも事実だ。
俺は座り込んでむっつりと黙った。
師匠はやれやれと手を振って、「そんなにむくれるな」と言った。

「気になるなら、調べてみるといい。電車に飛び込んで死んだ身元不明の人間は、行旅死亡人として扱われる」
「え? なんですって」
「こうりょ・しぼうにん」

師匠がチラシの裏に漢字を書いてくれる。行旅死亡人。あまり聞きなじみの無い言葉だ。

「ようするに行き倒れとか、見知らぬ土地で自殺した人間なんかを指す身元不明者のことだ。まあ大抵はホームレスだな。
行旅死亡人はその死体が発見された場所の自治体の管轄になり、荼毘に付された後はもよりのお寺に遺骨を保管されて、遺留品は自治体で保管する。
その時に役所の掲示板に公示されるけど、発見時の詳細は官報にも掲載される。引き取り手を捜すためだ」

どこで得た知識なのか知らないが、師匠は人間の死に絡むことにはやけに詳しい。

「図書館には、古い官報も置いてあるだろう」

俺は師匠に礼を言って家を出た。もちろん図書館に向かうためだ。
大学の図書館へ行ってみたのだが、あまり古い官報は置いてないという。仕方ないので自転車を駆って公立の図書館まで足を伸ばした。
さっそく司書に聞いてみると、抜けは多少あるものの大正時代からこっちの官報を保管しているという。喜んで閲覧を希望したが、案内された書庫の膨大な官報の数に早くもうんざりした。
とりあえず直近の官報から順番に紐解いていく。

「号外」の「公告」、「諸事項」、「地方公共団体」、「行旅死亡人関係」

最初はどこに載っているのか分からず手間取ったが、慣れてくると毎号毎号で大体載っているページがつかめた。
パラパラと捲っていく。

『本籍・住所・氏名不詳、年齢25歳~40歳位の女性、身長155cm、体格中肉、頭髪茶髪、所持金品はネックレス1本。上記の者は、平成○年○月○日○ 時○分○○河川敷で発見されたものである。死因は溺死。身元不明につき遺体は検視のうえ火葬に付し、遺骨は保管しています。心当たりの方は当市福祉事務所まで申し出てください。平成○年○月○日 ○○県 ○○市長』

こんなことが延々と書いてある。
あたりまえのことだが、全国の自治体から情報が寄せられている。
ビデオで見た前原駅は前原町にあるから、膨大な数の行旅死亡人情報の中から前原町長名のものを探さないといけない。
初めて見る官報の物珍しさにたびだび脱線しながらも、めくり続けること数時間。
結局サトウイチロウのものはおろか、前原町のものすら一つも見つからなかった。平和でなによりで。
何か別の探し方を考えたほうがいいような気がしたが、「あと少し」と諦め悪くも俺は官報のおかわりに踏み切った。

そして閉館時間ギリギリになって、ようやく前原町の文字を発見した。

『本籍・住所・氏名不詳、年齢20歳から40歳の男性、身長160から170センチ位、中肉、頭髪3センチ位の黒髪、灰色のコート、焦茶色のソフト帽、衛生用マスク、白色の手袋、灰色のスラックス、白色柄ブリーフ、所持品は簡易ライター・腕時計・「サトウイチロウ」と白インクで書かれた黒皮財布(現金 450円)
上記の者は、平成○年○月○日午後○時○分ごろ、前原駅構内において、下り特急電車が通過中にホームから飛び降りはねられ轢死する。
遺体は身元不明のため火葬に付し、遺骨は保管してあります。心当たりの方は当町役場福祉課まで申し出てください。平成○年○月○日 ○○県 前原町長』

来た。
サトウイチロウだ。
俺は興奮して、ブルブルと震えながらメモを取った。本当に見つかるとは思わなかった。
前原町。日時は五年前だ。身元不明。ホームから飛び降り、轢死。
ビデオの中に映っている事件だ。そして「サトウイチロウ」の文字が書かれた財布。繋がる。繋がってしまう。
俺は思わず腰を引き、椅子が床を擦る音にドキッとする。周囲には誰もいない。やけに静かだ。
閉館時間になった平日の図書館。暗い窓の外には、痩せた木が腕のように枝葉を伸ばしている。
追われるように身支度をして、外に出た。なんだか足元がふわふわとして現実感がないような夜だった。

次の日は最後の平日、金曜日だったが俺は大学の講義を朝からサボり、図書館へ足を向けた。
昨日の夜は師匠に電話でサトウイチロウの記事があったことを伝えただけで、家に帰るとすぐに寝てしまっていた。

一件ではだめだ。偶然の域を出ない。何度も死ぬからこそ、この世のものならざる怪現象なのだ。
財布にサトウイチロウの名前が書いてあったという部分が、吉田さんの回想と一致するのは逆に出来すぎな気がして引っ掛かりを覚えもした。
何度も死ぬ男という噂が昔からあったとしても、それが五年前の前原駅の事件の固有名詞とくっついただけなのかも知れない。人間の記憶は曖昧だ。
外は太陽が眩しく、街路樹の下を颯爽と自転車で駆け抜けると身体の中から爽やかな気持ちになってくる。
そういえば昨日の夜は変な幻を見なかったな。
そんなことを思いながら、朝の図書館のドアをくぐる。
昨日の司書がいたので挨拶をすると、「大学のレポート?」と話しかけられた。
「ええ、まあ」と適当に相槌を打って閲覧室に向かう。
朝から図書館に詰めようっていうんだから、真面目な学生に見えたのかも知れない。いや、ある意味十分に真面目なのだが。

官報を机に大量に積んでから、昨日の続きから捲っていく。
住之江区。静岡市。福岡市博多区。仙台市青葉区。葛飾区。江東区。神戸市北区……
あいかわらず都市部が目立つ。
あたりまえのことだが、人口が多いとそれに比例して身元不明死体も多くなるのだろう。
いや、ホームレスの発生率を考えると単なる人口比例以上に多くなるに違いない。
その中で都市部から離れている前原駅の沿線の自治体名を見つけ出すのは案外難しい作業だ。
念のためにそのあたりの地図を横に置いているが、それを確かめる機会すらなかなか巡ってこなかった。
三十分ほど経ってようやく高遠町の名前を見つける。前原駅の西隣、高遠駅のある町だ。
だが行旅死亡人は女性で、死因も縊死だった。がっかりして若干ページを捲る速度も鈍った。
しかしよくもこれだけ毎日毎日、身元不明の死体が上がっているものだ。

発見までに時間が経ち骨になってしまっているようなものは死因も不明だが、死にたてのものは縊死、つまり首吊りが多い。
あとは溺死。河川で浮かんでいるものなどがそうだろう。それから冬には凍死も目立つ。
電車による轢死体、それもホームでとなるとケースとしては少ない。
たまにあっても全然離れた場所だったし、ほとんどの場合遺留品がはっきりしているので全くの別件だとすぐに分かってしまう。
イライラしながら黙々と薄い紙を捲り続ける。それでも今日は脱線もしないし、見るべき箇所のコツを掴み始めると思ったより早く消化出来る。
そしてついにそれを見つけた。
高遠町のものだ。

『本籍・住所・氏名不詳の男性、年齢20~40歳位、身長165~170cm位、中肉、黒の短髪、灰色のコート、中折れ帽、白マスク、白手袋、灰色のズボン、白ブリーフ、所持品ライター・腕時計・黒皮財布(現金450円)
上記の者は、昭和○年○月○日午後○時○分、高遠駅構内において、特急電車が通過中にホームから飛び降りはねられて轢死。遺体は火葬に付し、遺骨は保管してあります。心当たりの方は当町役場福祉課まで申し出てください。』

……どうなのか。
格好はほぼ同じだ。コートに帽子にマスクに手袋。
しかし、肝心のサトウイチロウの名前がない。
財布の450円といい、間違いないと思うのだがスカッとしない。イライラする。
そんな細かい数字出すくらいならサトウイチロウの名前出せよ、と思う。
それとも財布にそんな文字が書かれていなかったのだろうか。
もやもやした気分のままそれを持参したノートに写し取り、官報捲りを続行する。
やがて小腹も空き、昼食を取ろうかと思い始めたころ、あるページで手が止まった。

『本籍・住所・氏名不詳(財布にサトウイチロウの名前あり) 中略  東高尾村長』

来た。
同じだ。サトウイチロウ。また死んでる。状況も轢死。マスクに帽子、手袋、コート。同じ沿線。
間違いない。

思わず立ち上がった。
何度も死ぬ。サトウイチロウは何度も死ぬ。
昭和期から続く正体不明の蘇る死者が、目の前に広げた古びた紙の中に確かにいた。目立たない小さな活字となって。
俺は得体の知れない感情に震える。いるんだ。こんなものが本当に。
恐れとも達成感ともつかない興奮状態に陥った俺は夢中で官報を捲り続け、昼の三時を回るころにはサトウイチロウの名前を四つ発見していた。
昨日のと合わせて五つ。微妙なものも合わせるともう少し増えそうだし、見落としたものもあるかも知れない。
昭和三十年代も前半に来て、まったくそれらしいものが見当たらなくなったので作業を終えることにした。

最も古いサトウイチロウは昭和三十七年十二月。
越山駅という前原駅から数えて西へ六つ目の駅で、地図で見る限り、かなりの田舎町にあると思われる。
そこで夜八時ごろ、特急列車に轢かれているのを発見された。
コート姿で、顔は帽子とマスクで覆い、手には手袋そして所持品の中にサトウイチロウの名前入りの財布。
まるでビデオで巻き戻し再生をしたように、同じ状況が繰り返されている。
本当に同じ人物なのかも知れない。そんな不気味な想像が沸いてくるのを止められなかった。
俺は図書館を出て師匠の家へ向かった。腹が減っているのもすっかり忘れて。

到着し、ドアをノックすると「開いてるよ」といらえがある。
「知ってます」と言いながら上がりこむ。
師匠はドアに鍵を掛けないので、いつもながらバカバカしい儀式だと思うが、以前ノックせずに開けると中がたいへんな状況だったことがあり、それ以来一応儀礼的に声を掛けるようにしているのだった。
もっとも見られた本人はいたって平然としてはいたが。

「で、どうだった」

俺は今日の戦果を広げて見せた。官報を書き写したノートだ。
師匠は黙ってそれを読み始める。

「ふん。なるほど。同じだな」
「どうしてそんなに落ち着いてられるんです。凄いことですよこれは」

身を乗り出した俺を制するように手を広げた師匠は、ノートを手に取って頭を掻いた。

「ここ……、昭和四十五年のやつ。これ、サトウイチロウって文字が出てこないけど、わざわざメモってあるのは」
「ええ、吉田さんが遭遇した事件だからです。年代も駅名も合ってますから、間違いないはずです。どうして名前が出てこないのか分かりませんが。他にも、名前が出てこないけどそれっぽいのがいくつかあります」
「まあ、それはそれとして。てことは、ここ、『列車に轢かれて』としか書いてないけど、吉田さんの記憶によればこれは特急の通過列車のはずだな」

なにが言いたいのか分からなかったが、頷いた。
ふんふんと師匠はしきりに納得しながらノートを持ったまま立ち上がり、部屋の中を歩き回り始めた。

「どうして誰も気づかないんだろう」

考えながら、俺は独り言のように口にした。
同じ人物が何度も死ぬなんて不可解な事件なのだ。警察だって調査してるはずなのに。

「実はな、昨日第一報を聞いてからちょっと気になって調べてみたんだが、前原駅とその両隣の駅では警察の所轄が違うんだよ。ええと、どれだっけ、これか。
俺たちがビデオで見た前原駅の事件のイッコ前、高遠駅の事件。この二つは距離的には近いけど年数もかなり離れているし所轄が違うんだ。関連性には気づきにくいだろうな。
高遠駅の方はサトウイチロウの文字が出ていない。実際は財布に書かれていたのかも知れないが、身元を表すものとしては重要視されていなかったのは間違いない。
警察としても二つの事件を絡めて考え、同一人物の可能性があるなんてバカなことは思っていなかったはずだ」

「でも、この官報の記事を書くのは警察じゃないですよ」
「あ。おっと、そうか。自治体だったな。すまん」

師匠は立ち止まって自分の頭を叩く。
その時俺は重要なことを思いついた。

「待って下さい。遺骨は自治体が保管するっていうのがテンプレートになってますが、遺品はどうなんです。コートは。マスクは、帽子は。ネーム入りの財布は」
「ん。書いてないか。ないな。でも確か、遺品も自治体が保管するって聞いたことがあるよ。最初そう言ったろ。ひょっとすると火葬のとき一緒に焼くこともあるかも知れないけど。いや、でも本人確認のための証拠品だからな、官報を見て問い合わせがあった時にないとまずいだろう」
「じゃあ、そのネーム入り財布は自治体の金庫だかどこだかにあるはずなんですよね」
「そういうことになるね」

もし、サトウイチロウが同一人物で、死んだ後再びこの世に戻って来るのだとすると、所持品はどうなる? 金庫の底で眠っているものを、もう一度その手に取るのだろうか。
俺と師匠は手分けして、ノートに出てくる市町村役場に電話をした。

「あの、古い官報を見たんですが、そちらが遺骨を保管されている人が、もしかして自分の身内かも知れないと思いまして……」

そんな嘘を並べて情報を聞き出し、こちらの連絡先を、という話になるといきなり電話を切るという実に迷惑な戦法で俺たちは気になる部分を調べ上げた。
小一時間経って分かったこと。

1.役所は引継ぎが下手
2.公務員はめんどくさがり

この二点だ。
とにかく、前の担当から行旅死亡人の仕事をまともに引き継いでいない。
それが三代前四代前と、古くなって行くにつれ何がどこにあるのかさっぱりだ。
「遺品ですか。古い倉庫のどこかにあると思いますが、なにぶん昔の話で……」って、そんなセリフは聞き飽きたから。
いいから探せよ、と言いたくなるが「調べて折り返し電話しますからそちらの連絡先を……」ガチャン。
連絡先を知られるのはまずい。なにせ身内なんて嘘だからだ。確かめてみたら間違いでした、っていうのでも問題ないとは思うが、こういう嘘で乗り切るのは苦手だった。

その点師匠はずぶといのか、生き別れの甥っ子になりすまして遺品のありかを探し当てるのに成功していた。しかし。

「……ありましたよ倉庫に。でも変だなあ。一式入れてあるはずの袋が空なんですよね。別の場所に移したのかな。でも遺品の明細は入ってましたから、確認できますよ。もしもし、聞こえてますか。あれ? もしもし……」

ガチャリと受話器を置いた師匠が笑みを浮かべる。

「空っぽだってさ」

結局まともに確認できたのはこの一件だけだったが、何が起こっているのか理解するのには十分だった。
さすがに遺骨のある寺まで同じように調べるのは無理だったが、現地に忍び込んで納骨堂を暴くと骨壷は同じように空になっているのかも知れない。
薄ら寒くなってきた。ありえないと思っていたことが、次々と現実的な姿で現れてくる。

「とまあ、ここまで分かったところで、どうする」

師匠がぼんやりと言った。
どうすればいいんだろう。
怪談話の収集としては、もうここらで置いた方がいいような気がする。
でも俺たちはビデオを見てしまっていた。五年まえの前原駅の事件を。
そしてそのビデオテープの持ち主が、寺に供養を頼みに来た。心霊写真等の供養で密かに有名な寺にだ。
なにがあったのか。ビデオに映っていた白い仮面の人物と、カメラマンに一体なにが。
師匠も同じことを考えていたのか、無造作に転がっていた例のビデオテープをデッキに入れようとした。

「待って下さい。いいです。もういいです」

あの晩に、何度も繰り返し見たそれを、今はもう一度見る勇気が無い。

「腹減ったんで、帰ります」

そう言って立ち上がろうとした。師匠は「そうか」と口にするとノートを俺に返そうとした。

「持ってて下さい。あげますから。何か気がついたら教えてくれれば……」

俺が手を振った時だった。師匠はニヤリと笑うと、言った。

「じゃあ、さっそく気がついた点だ。ビデオの中の事故は、駅のホームで轢かれている。ノートによると下り特急列車が通過中に、とある。次の高遠駅も特急列車の通過中の事故だ。さっき確認したが、吉田さんの時も特急の通過した後に発見されている」

そう言えば師匠がしきりに頷いていた。

「その他のケースも、特急列車に轢かれているのがほとんどだ。確認できる最も古い越山駅のものも含め、通過列車とは明記されていないものも多いが、いずれも小さな町の小さな駅だ。まるでそういう場所ばかり狙ったように。つまり、特急が停まらない駅ばかりなんだ。ということはほぼすべてのケースで通過列車に轢かれていることになる」

師匠がなにを言い出すのか、じっと聞いていると胸がドキドキしてきた。
師匠が興味を持った部分、そこには大抵、不気味でグロテスクなものが潜んでいるから。

「北村さんが言ってたんだろ。『停車駅だと減速しているから、通過の時みたいにスパッといかないのよ』って」

なにが言いたい? 分からない。なにが言いたいんだ?

「どうして通過列車なのに、バラバラなんだ」

ピクリと来た。そうか。吉田さんの話を聞いていて微かな違和感があった気がしたが、そこだ。
噂では、サトウイチロウの死体はいつも決まってバラバラだ。
なのに、吉田さんの時もそうだが、通過列車でそうなったというのは少し変ではないか。
停車直前の列車に巻き込まれたというなら分かる。
しかし通過列車では、跳ね飛ばされるか、車輪で轢断されるにしても北村さんに言うように、スパッと切れるのではないだろうか。
素人考えだが、少なくともバラバラと言われるほど多くの肉片になるとは思えない。

慌ててノートを見返す。
官報には轢死と書いてあるばかりで、バラバラ死体なのかどうかははっきり分からない。
だが、その年恰好の部分に目が釘付けになる。

前原駅の事故では、『年齢20歳から40歳の男性、身長160から170センチ位』とある。
高遠駅のものは『年齢20~40歳位、身長165~170cm位』
その他を見ても、年齢や身長にかなりの振れ幅がある。
最大のものは年齢で20~50歳位、身長で160~175センチ位となっている。
死後何年も経過しているわけではないのだ。
すぐに検視したのなら、年齢はともかくとして、身長は正確な数字が分かっていいはずだ。
たとえ胴体が真っ二つになっていようと。
それが正確に測れないような死体の状態を暗に示しているのだとしたら……

バラバラ。
みんなバラバラなのだ。
無数の肉片になって、線路に撒き散らされているのだ。
そうならないはずの、通過列車なのに!!

ごくりと喉が鳴る。
目の前で師匠の瞳が妖しく輝いている。

「あの、コートの、下は、はじめから……」

師匠の唇がゆっくりと動く。頭の中で、ビデオで見たコートの男の姿が再生される。
列車がホームに飛び込んでくる直前の、一瞬の映像。
荒い画質の中で、コートの中がもぞもぞと動く。帽子とマスクに覆われた顔の、その奥は。

やめてくれ。聞きたくない。
耳を塞ぐ。

「帰ります」

そう言って師匠の部屋を飛び出した。

『後編』

師匠の部屋を出てから、自転車に乗って街なかをしばらくうろうろしていた。
考えがまとまらない。情報が多すぎる。官報の無機質な記事の中で、無数の人々の様々な死を追体験した俺は、人間の死とはなにか、人間の尊厳とはなにか、勝手に浮かんでくるそんな問いの答えをぐるぐると考えていた。
結局、黒谷という師匠の知り合いから買い取ったあのビデオは、駅員たちの怪談じみた噂話の中にだけ存在していたはずの、奇怪な死者の姿を画面の端にとらえていたものだった。
そしてそのビデオは供養のために寺に持ち込まれた。
なにか変だ。元駅員の二人から話を聞き、官報まで調べて俺たちはその死者の正体、いやそのしっぽにたどり着いた。だからあのビデオが恐ろしい代物だということを知っている。
けれど、ビデオを撮影した人間にとってはどうだ。ただ、素人の映像劇の撮影中に偶然撮れた鉄道事故の瞬間に過ぎない。確かに気持ちの良いものではないが、そこまで怯えるべきものだろうか。
俺たちは、このビデオがヤバイと聞かされて、積極的に情報を集めたからこそサトウイチロウにたどり着いたのだ。ただの鉄道事故の映像から、同じように情報を辿れるものだろうか。
なにか俺の知らない別のファクターがあるのかも知れない。
……
気がつくと駅前まで来ていた。
時計を見る。午後四時半過ぎ。財布を見る。一万円札がチラッと覗く。

「行ってみるか」

あのビデオの舞台である前原駅は多少遠いが今日中に行って帰れる距離にはある。
さっき師匠の言葉にビビらされた後だというのに、我ながら現金なものだ。好奇心が恐怖心にもう勝ってしまっている。というよりも師匠の話し方の問題なのだ、という気がする。

あの人は必要以上に俺を怖がらせようとする傾向がある。それに嵌ってしまう俺も俺だが。

キオスクで弁当を買って、ちょうど出発するところだった快速に乗る。
帰宅ラッシュにはまだ少し早い時間だったので、四人掛けの席の奥に座れた。
黙々と弁当をかきこむ。考えたら朝からなにも食べていなかった。ろくに自炊もしてないから、食べることに関しては本当に適当だ。
それからスーツ姿の人たちや学生服の群れで車内は込み始め、俺はざわめきの中で考えごとをしながら心地よい振動に身を任せていた。
一度乗り継ぎをしてから、結局特急料金を払わずに目的地にたどり着いた。

前原駅だ。
本当に田舎じみた周辺の駅よりは多少ましだが、それでも小さな駅だという印象は否めない。
伸びをしてから、一緒に降りた数人の客と改札へ向かう陸橋の階段を上る。日が落ちかけて、駅の構内は薄暗くなってきている。
改札の前に立ち、両手の人差し指と親指とでフレームを作って移動することしばし。見覚えのあるアングルを発見する。
ここだ。あのビデオはここから撮影していたのだ。そう思うと、何故だか分からないけれど身震いするものがある。
ホーム側にちょっと奥まったところだ。この角度では線路は見えない。
画面の端に映っていた「高遠駅」の矢印も確認する。あの特急列車が向かった駅だ。そういえば、サトウイチロウにまつわるこの前原駅の事件の一つ前は高遠駅で発生している。
特急列車の通過する駅の順番と、事件はなにか関係があるのだろうか。
頭の中でうろ覚えの地図を再生するが、事件の発生順と駅の並びには法則性はないようだ。バラバラに起きている。
バラバラ……
その単語を思い浮かべた瞬間、視界の隅、向かいのホームに灰色のコートが見えた気がして思わずハッとする。

気のせいだったようだ。そんなものはどこにもない。そもそも、今は夏なのだ。全身を覆うようなコートなど、まともな人間が着ているはずはない。
複雑な気持ちでベンチに腰掛ける。俺はなにか起こって欲しいのだろうか。だいたい、ここにはなにをしに来たのか。
うつむき加減の目の前を、様々な形の靴が通り過ぎる。家に帰るのだろうか。誰も彼も足早に見える。
ふと、以前師匠とやったゲームを思い出す。雑踏の中で、無数の通行人の足だけを見る役と、顔だけを見る役を決めて、それぞれ別々に通った人を数えるのだ。
通路のようなある程度狭い場所でやっても不思議なことに計数した数字が異なることがある。単なる数え間違いのはずなのに、なんだか薄気味の悪い思いをしたものだ。
それから俺はベンチから腰を上げて駅の中を歩き回り、勇気を出して駅員にサトウイチロウの噂のことを聞いたりした。
けれどその配属されて一年目だという若い駅員は、その噂を知らなかった。それどころか五年前の事故のことも知らなかった。今いる先輩もここ三、四年でやってきた人ばかりだという。
当時の駅員が今どこにいるか知りませんか、と聞いてみたが「さあ」とめんどくさそうな答えが返ってくるだけだった。
その事故の時、死体を片付けた人の話を聞けばなにか分かるかも知れないと思ったのだが、簡単にはいかないようだ。

(サトウイチロウを片付けたら呪われる)

吉田さんはその死体処理をした数日後に、自家用車の事故で指を三本失う大怪我を負った。
だが、「自分はまだいい」と語る。なぜなら、一緒に肉片を集めた先輩の駅員は、その一ヵ月後に自宅の鴨居で首を吊って自殺したのだという。
全然そんなそぶりも見せなかったのにと、関係者はみんな首を捻ったけれど、吉田さんだけは思わず念仏を唱えた。

無関係なはずはない。
そう思ったのだという。

「片付けたら、呪われる」

ホームの隅のベンチに腰掛け、サイダーの蓋を開けながら口にしてみる。頭の隅にある引っ掛かりの一つが、そこだった。
片付けたら呪われる。あのビデオが寺に持ち込まれた理由がそこにあるのか。
いや、違う。
何故なら、ビデオを撮影していた二人は死体に触れられなかったはずなのだ。カメラを持って線路に近づこうとした時点で駅員に制止されている。
そこから制止を振り切って線路に降り、死体を片付けるなんてことが出来たとは思えないし、そんなことをする理由もない。
では、なぜビデオは寺に持ち込まれることになったのか。
考える。
死体を片付けていないのに呪いを受けたというのか。なぜ。
ビデオに撮影したからか。それだけのことで?
いや、待て。何か忘れている。
ビデオでは、コートの人物が線路に落ちるまで誰もそちらを見ていない。まるでそこにいても目に入らないかのように。
そして、特急列車が通り過ぎて轢死体が現れて初めて、騒ぎになったのだ。
そうだ。吉田さんも言った。誰も死ぬ瞬間を見ていないと。あれは、最初から最後まで死者だと。
だから俺も思ったのだ。誰も見ていないはずの死者が、立って動いている姿を自分たちは見た。それは、とても恐ろしいことではないかと。
同じなのかも知れない。
ビデオを撮影した二人も、その瞬間には気づいていない。けれど後で気づいただろう。
家に帰り、テープを再生した時に。灰色のコートの人物が、ホームの端からふらりと線路に落ちる瞬間を。

ただそれだけのことで。見たという、ただそれだけのことで、彼らの身に何かあったのだとすると。
本人ではなく、身内だとすると年齢からして母親と思われる女性が、寺に供養を頼みに来たのだとすると。まるで忌まわしい遺品を処理するようではないか。
見たという、ただ、それだけのことで。
そんなことを考えていると、ベンチに触れている腰のあたりにじっとりと汗をかいてきた。
俺も見た。
風が止んでいる。
どこからかひぐらしの鳴く声が聞こえる。すっかり暗くなり、人影もまばらな駅の構内に、その声だけが通り抜けていった。
それから俺は、やけに疲れた足を引きずるように帰りの電車に乗った。現地に来たものの、ほとんど収穫と言えるものはなかった。
動き出した電車の、ガタガタと揺れる窓を見ながら頬杖をついて物思いに沈む。何時に着くだろう。遅くなりそうだ。明日が土曜日でよかった。もっとも、平日でも関係なしにバイトや遊びにうつつを抜かす学生なのであったが。
よほど疲れていたのか気がつくとウトウトしていた。車内は閑散として客の姿もほとんど見えない。頭を振る。胸騒ぎのようなものを感じた。
そして、今どの辺だろうかと窓の外に目をやった瞬間だ。
頭の中をゆるやかな衝撃が走り抜けた。その影響はじわじわと心臓付近へ降りてくる。ドクドクと脈打ち始める。

夜景だ。どこかで見たことのある、暗闇の中、視界の左右に伸びる光の粒。
窓の外に流れるその光景に目を奪われていた。あれは北村さんと話した日。寝る前に電気を消した時に見た幻。瞼の裏に映った、そこに見えるはずのない夜景。
全く同じ構図だ。いや、あやふやな記憶が今この瞬間に修正されていくのか? 分からない。立ち上がりそうになる。

デジャヴなのだろうか。違う。北村さんと話した日、バイトがあったからあれは水曜日。その時、夜景を見たのは確かだ。記憶の混濁ではない。なんなんだ。
俺は混乱していた。
水曜日ということは、一昨日だ。今見ている光景を、二日前にまるで予知したかのように見ていたというのか。
あの夜、俺の瞼の裏には、まるで混線したように二日後の俺の視界が映し出されていた?
混乱する頭を抱えたまま電車は進む。やがて夜景も見えなくなった。名前も知らない街の光が。
漠然とした不安を抱えたまま、ホームタウンの駅に着いた時には十時近くになっていた。
駅ビルから出ると、駐輪場から自転車を出して来て、のろのろとまたがる。
足に力を入れると夜の街の景色がゆっくりと流れていく。まだ電車に揺られているような、ふわふわした感じ。
自転車に乗ったまま半分夢うつつだった気分が吹き飛んだのは、深夜まで営業しているスーパーの前を通り過ぎてしばらくしてからだ。
まばたきに合わせるように、目の前に光の軌跡が現れた。暗い歩道を自転車で進んでいる時だ。
なにもないはずの目の前の空間に、さっき通ったばかりのスーパーのケバケバしい明かりが、その光の跡が浮かんでいるのだ。

まただ。瞼の裏に浮かぶ光の幻。今度はたった数分前に通ったスーパーが。なんだこれは。そんなに疲れているのか。
困惑しながら自転車をこいでいると、また別の光が見えた。闇の中にぼんやりと浮かぶ四角い光。
薬局だ。スーパーから少し先に行った所にある薬局の看板。もちろん、とっくに通り過ぎている。
頭がくらくらする。
なんだこれは。次から次へ。まるで追いかけられているような気持ちなってくる。
101 :本当にあった怖い名無し:2009/02/22(日) 21:40:42 ID:vbLvaS0Q0
追いかけられて?
その言葉がザクリと身体のどこかに刺さった。
誰から?
俺を、追いかける理由のあるものから。
脳みそが、勝手にその姿を想像しようとしている。灰色のコート。帽子。マスク。手袋。
俺はさっき電車の中で夜景を見た時、「混線」という言葉を思い浮かべた。現在の視界が、過去の視界と混線したのだと。だが、その「混線」は、過去の自分のものとは限らないのではないか。
いつか聞いた師匠の言葉が脳裏をよぎる。

(闇を覗く者は、等しく闇に覗かれることを畏れなくてはならない)

昭和期から繰り返される、幾度も蘇る轢死者の潰れた眼球が、虚ろな闇の中からこちらを見ているイメージ。
最初は夜のビルだった。ビデオを見た次の日、あれは火曜日のはず。そのビルに見覚えは無い。次に見たのは水曜日の夜、夜景だ。それは、前原駅からこちらへ向かう途中に存在していた。
その次は木曜日の昼間見た軽四自動車。自動車が走るのは道路だ。鉄道ではない。

移動している。
もしあの幻視が、別の誰かの視界との混線だとするなら、その誰かは明らかに移動している。水曜日、電車に乗って夜景を見ながら移動していたそれは、どこで電車を降りた? そしてどこの街を彷徨っている?
ドキドキと心臓が鳴る。身体に悪そうな音だ。
思わず自転車に乗ったまま振り返る。追いかけて来るものの影はなにも見えない。
自然とペダルをこぐ足に力が入る。
ハッハッ、と自分の息遣いが他人のもののように聞こえる。
木曜の夜はなにも見なかった。金曜、つまり今日の昼間も。けれど、ついさっき俺は見てしまった。自分が通りすぎたばかりのスーパーの光を。薬局の看板を。

それが、誰かの視界だとするならば……

(ついて来ている)

そう考えてしまった俺は、叫びそうになりながら全力疾走した。
こんな訳の分からないことが起こり始めたのは、明らかにあのビデオを見てからだ。見てはいけないものが映ってしまったあのビデオを。
アパートが見えてきてもスピードを緩めない。ガシャーン、と駐輪場に自転車を突っ込んで、階段を駆け上がる。
自分の部屋の前に立ち、ポケットの鍵をもどかしく取り出すとすぐに中へ飛び込んだ。
内側からドアに鍵を掛け、ずるずるとその場に座り込む。
まばたきをするのが怖い。なにか、そこにあるはずのないものを、その光の跡を見てしまうのが、どうしようもなく怖い。
深呼吸を何度か繰り返す。
今日までにあったことがフラッシュバックする。
深呼吸する。
もたもたと這うように流しに向かい、蛇口から流れる水に口をつけて飲む。
腹の中から疲れが押し寄せてくる感じ。
部屋の中に入り、明かりをつける。
何も変わったことはない。
散らかった室内。読みかけの漫画と、小説の束。ゲーム機。脱ぎ散らかした靴下。食べたままのカップ麺。テーブルに重ねられたレンタルビデオ。微かに膨らんだ、レンタルビデオ店のビニール製の袋。

目が留まった。
テーブルの上に乗せられた、レンタルビデオ店の名前が印字されているその青い袋。その膨らみから、ビデオテープが一本だけ入っているのが分かる。
おかしい。火曜日に二本みた。くだらないSFとくだらないホラー。そして水曜日には三本みた。アクションものばかり。

五本千円で一週間借りているビデオ。
では、あの袋に残っているのはなんだ?
息が荒くなる。視界が歪む。
手が伸びる。自分の手ではないみたいだ。
知りたくない。知りたくない。
そんな言葉が頭の内側で鳴る。けれど手が止まらない。どぶん、と粘度の高い流体に手を突っ込むようだ。指先まで意思が伝わるまで時間がかかるような。
生理的な嫌悪感がぞわぞわと皮膚の表面を這い回る。
袋のざらついた感触。指先がその中へ入っていく。プラスティックの角に触れる。掴み、ズルズルと取り出す。
その表面に書かれた文字を見た瞬間、停滞していたような時間が弾けとんだ。
思わず吹き出してしまう。ここでは言えないようなタイトルだ。借りたことをすっかり忘れていた。
いつもは旧作ばかり五本借りるのだが、衝動的にそういうビデオを新作料金で別に借りていたのだった。
今までの恐怖心もすべて消え去って、バカ笑いしてしまった。自分の間抜けさにだ。
だから、チャイムが鳴った時もまるでいつもの感じで気安く「はい」と返事をしながらドアに向かったのだ。笑いを引きずったままで。
けれど台所の前を通りドアの前に立とうとした瞬間に、その奇妙なものが目の前に見えて足が止まった。
まばたきの間に自分の姿が見えた。ドアの前にドッペルゲンガーが立っていた訳ではない。
そのもう一人の自分の姿の背景には、台所とその向こうの部屋とがある。
視点が反転している。大きな鏡の前に立ったような。けれどその鏡は丸く歪んでいる。自分の姿も、台所も、端の方は歪んで潰れたようになっている。
丸い視界。今度は光の跡ではなく、視界そのものだ。

目を開けると、その反転した視界は消える。そして目の前のドアに釘付けになる。正確には、そこに開いた小さな覗き穴、ドアスコープに。
何かが動いた気配。
一瞬、スコープの周囲の金具がキラリと光る。外の通路の蛍光灯に反射したのか。
そしてすぐに穴は暗くなる。
誰かいる。
あの丸い穴からこちらを見ている。
まばたきをする。
また、自分が見える。
混線した視界が、あちらの見ているものを俺に見せたように、俺の見ているものをあちらにも見せていたのだろうか。
そして辿られた?
セミが鳴いている。甲高く。耳のすぐそばで。足に鉛が入ったように動かない。
ドアの向こうの気配が強くなる。
ドンドン、とノックが二度。
けれどそれは、、変に潰れたような音だった。ドンドン、というよりもベタ、ベタ、とでもいうように。
顔が引きつる。上唇が痙攣する。想像してしまう。
コートの下は、はじめから、バラバラなのかも知れない。
肉片から、肉片へ。死体から、死体へ。
最初から、最後まで、死者のままで。
動けない。金縛りにでもかかったかのように。逃げなくてはならないと、頭のどこかでは分かっているのに。
鈍い音がして、ドアの足元に目が行く。軽い振動。ドアの下のわずかな隙間から、ゴツゴツと、なにかを押し込もうとしているような音。
指を、想像する。
そしてやがてそれが肉がひしゃげるような音に変わる。

メチメチメチという生理的な嫌悪感を煽り立てる音に。
やがてドアの下の隙間から何か赤黒いものが見えてくる。爪も皮も剥げた、十本の薄く延ばされた棒のようなものが。
ドアスコープは暗いままだ。
誰かの目がそこにあるままで、ドアの下からは手の残骸のようなものが捻じ込まれようとしていた。
同時にカタリ、とドアの真ん中に取り付けられている郵便受けが動いた。
セミが鳴いている。
頭の中に、記憶が蘇る。いつかの降霊実験の記憶が。俺は見たぞ。これを。
この後、郵便受けが開いて、その隙間からなにかがでてこようと……
それからどうなった? 早く思い出さないといけない。隙間からでてくるまえに。脳がうまく働かない。
そうだ。誰かが助けてくれた。あれは誰だ?
セミが鳴いている。

思い出した。
その人はもういない。
俺は助からない。
そう思うと力が抜けた。魂が抜け出るように膝から崩れ落ちた。
それでも身体を反転させて、這った。這おうとした。夢の中にいるように、全く進まない。後ろから肉の音がする。
少しでも遠ざかろうと、それでも這った。台所を抜けた。開いた室内ドアの段差を越えて、部屋の中まで逃げ込んだ。
後ろは振り返れない。
時間の流れが分からない。十分以上経った気もするし、一時間以上経ったような気もする。冷たい汗が顔を覆って、床にしたたり落ちる。

そしてある瞬間に、蝋燭の火が消えた。
現実に存在しているわけではない、どこかよく分からない場所にある蝋燭が消えた。
とたんに身体が動き、俺は窓ガラスにかきついた。もたつきながらカギを開け、ベランダに出る。
そして手すりを乗り越え、雨どいにしがみ付いて下に降りた。嫌な汗をかいた身体に風が冷たい。腕を擦りむいたが、気にしていられない。
一階の各部屋のカーテン越しに漏れる明かりをたよりにアパートの外側を駆け、駐輪場までたどり着く。
なにもいない。
倒れている自分の自転車を引き起こすと、すぐさま乗って後も見ずに走り出す。
無我夢中でペダルをこぎながらどこに向かうべきか考える。
一つしかなかった。

やがて師匠の家に着く。
ドアをノックする。開いているよ。知ってます。
散らかったアパートの部屋に転がり込む。
息を整えると、ようやく少し落ち着いてくる。

「おい、やっちまったよ」

師匠が落胆した表情で、狼狽する俺にもたれかかるような視線を向けてくる。その指の先にはビデオデッキがある。

「今日の金曜ロードショー、アレだったからさ。ビデオに採ろうと思って。それで、やっちまった」

俺はついさっきまでの恐怖心を消化するためのブツケ先も分からないままに、「なにをです」と聞いてしまった。

「だから、ビデオに採ろうと思って、ダビングを」
「はあ?」

声が上ずった。

「例の、五万円に」

唖然とした。
いや、今日あるって知らなくてさ、慌ててCM中にソッコーでその辺のビデオつっこんで録画したんだけど。……やっちまったよ。
そんなことを言いながら力なく笑う師匠を前に、俺は恐怖心も吹っ飛んでいた。
時計を見ると十一時を大きく過ぎている。
師匠がデッキに手を伸ばし、少し巻き戻したあと再生ボタンを押すと銭形警部が「ルパンめ、まんまと盗みおって」という、聞いているこっちが恥ずかしくなるような前フリをクラリス姫にパスするところだった。
そのままエンディングを迎え、ノスタルジーを感じさせる曲が流れて幕が下りる。そして砂嵐。
その砂嵐もすぐにガツンという音とともに終わった。

「三倍モードにするのも忘れてたんだ」

泣きそうな声色をしながら、師匠は「五万が……」と呟いた。
俺は蝋燭が消えたように感じたあの瞬間の正体が分かり、力が抜けた。今度は心地よい脱力だった。
こんなことで良かったんだ。
次から次へと笑いがこみ上げてきた。俺は手がかりを求めて現地の駅まで行ったというのに。
師匠が恨みがましい目でこっちを見ている。
間抜けにもほどがある。
「あまりにも散らかしてるからですよ」と偉そうに注意する。

「しかも今さらカリ城ですか。散々見てるでしょう。セリフを覚えてるくらい」

言いながらハッとする。
そうだ。

師匠は何故か『カリオストロの城』が好きで、場面場面の細部まで覚えていた。自力で、冒頭の札びらシャワーの車の後部座席に五右衛門が乗っていることに気づいたというくらいなのだからかなり凄い。
その師匠が、今さらダビングを?
俺はもう一度師匠の顔を伺った。冷静に観察すると、落ち込んでいるというより憔悴し切っているように見える。
力なく笑うその顔が、やけに遠く感じたられた。

それから、俺の部屋で起こった出来事を説明すると師匠は興奮して車に飛び乗った。
俺も無理やり連れられてアパートに戻ると、ドアの外も部屋の中もまるで何ごともなかったような様子だった。
這いつくばってドアの下を見るが、何かが擦れたような跡すら残っていなかった。

「触媒だったというわけだ」

ビデオが。
そう言って師匠は腕組みをした。幻覚だ、とあっさり片付けられなかったことが妙に嬉しかった。
結局ビデオにまつわる事件はそれで終わりだった。なんだかあっけない気もしたが、駅に勤める多くの人の口をつぐませながら何十年も続いている奇怪な出来事がその全貌を現すなんてことは、そうそうあってはならないものなのだろう。
なにより、俺はもうこれ以上首を突っ込みたくなかった。何故なら、ビデオに残された情報が消えてしまうことで、沿線から遠く離れたこの街にあの恐ろしいものが影響力を及ぼす理由が無くなったというだけのことであり、現実にはなにも解決していないのだから。
それはこれからも起こるのだろう。
俺の知らない街の、知らない駅で、明日にも……

次のバイトの日、北村さんに「サトウイチロウどうだった」と聞かれたが、生返事をしただけではぐらかした。
「吉田さんは元気でしたけど、暇そうにしてましたよ」と言うと、「そうかぁ。ボクも今度会いに行こうかな」なんて、懐かしそうに眼鏡をずり上げていた。

その数日後に会った時、師匠はこう言った。

「仮定の話だ。真相は分かりっこないからね。そう思って聞いてくれ。……サトウイチロウが出没したのは特急列車が通過した時ばかりだったな」

特急列車に飛び込み自殺があると、清掃や車体の破損チェックのあと運行再開までの時間が長くなった時には影響を受けた乗客に対し特急料金の払い戻しをするケースもあるそうだ。
その払い戻しの額次第では、残された遺族に対して損害賠償請求が行われても、とても払えないような莫大な数字が上がってくることがあるのだとか。確かにそんなことを聞いたことがある気がする。
実際に、そういう払える見込みのない訴えがあるのかどうかはともかくとして、そんな可能性があると、一般人に思われていることが重要なのだ。
その通念は、官報に載った行旅死亡人の引き受け人探しにも暗い影を落とす。
たとえ本人に身寄りがあり、遺族がその情報に気づいたとしても、そうした通念が、イメージがある限り、おいそれとは手を上げられなくなってしまう。
そして引き取り手も現れないまま、ひっそりと忘れ去られるように消えて行く死者たち。
そんな忘れ去られて行く者の残した思いが、まるで再現するように奇怪な事故を繰り返すのではないか。

「今度こそ、家族が名乗り出てくれる。そう思ってね」

師匠のその言葉に、俺はしかし釈然としなかった。

「だったらなんで、呪いなんて掛けるんです」
「知らない」

あっさりとさじを投げた師匠に拍子抜けして、溜息をつく。

「死んでみなければ分からないことがあるってことだ」

まあ、良かったじゃないか。同じように『見てしまった』ビデオの中の彼らは、想像するだに恐ろしい運命を辿ったかも知れないのに、僕らは無事だったんだから。

「これも日ごろの行いの賜物だ」

師匠は冗談めかして言う。

「もっとも、死体に触れていたらこんなものでは済まなかっただろうけど」

日ごろの行いがどう転んだのだか知らないが、そう言えば、呪いの矛先は俺にばかり向いていた。一緒にビデオを見たはずの師匠に何ごとも起こらなかったのは何故なのか。
それからビデオについて警告してきたということは同じく中身を見ていたはずの黒谷という師匠の知り合いも、まるで平然としていた。納得がいかない。
ぶつぶつと言うと師匠は鼻で笑い、「僕と、あのオッサンは手ごわいからな」と言い放った。
「どっちが、より手ごわいんですか」と聞いてやると、平然と自分を指差している。
しかし少なくとも、スタンスの違いはあるらしい。
後日師匠の部屋でごろごろしている時にそれに気づいた。
師匠が近くのコンビニへ買出しに行っている間、何気なく棚の上を眺めていると一枚の便箋を見つけたのだ。
それはボールペンで書かれていて、中には何度か訂正した跡があり、清書前の下書きのようだった。
あのビデオを、片方は供養もせずに売り飛ばした。そしてもう片方はいろいろやってみるだけの好奇心というのか、興味というのか、そういうものがあるようだった。
便箋はこういう書き出しで始まる。

前略(という文字を消した跡がある)

突然のお手紙、申し訳ありません。私は五年前にそちらで弔っていただいた行旅死亡人の家族です。こちらの名前と居所はどうかご容赦ください。
私はつい先日その事実を知り、電車を乗り継いですぐにもそちらへ伺おうと考えました。
ですが、五年も経っていること、そして荼毘に付していただき、今は安らかに眠っているだろうことを思うと、その故人を起こしてまでこちらで引き取るということが、良いことなのか分からなくなりました。
悩んだ末に、筆だけを取らせていただきます。
身勝手なお願いで心苦しいばかりですが、故人をどうかそのまま眠らせてあげてください。遺品も、出来れば遺骨と一緒に弔っていただければ幸いです。
私は会いには行くことは出来ませんが、遠くから心よりの冥福を祈っております。
本来ならば拝眉のうえご挨拶を申し上げるところ、略儀ながら書中をもってお礼とお詫びを申し上げます。

草々(消した跡)
某年某月某日

なにか消した跡

前原町長様

[完]

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