知らない女が妻になっていた
俺の後輩の話で、俺自身も深く関係した事件だったんだがな。
俺の後輩が市役所に婚約届を提出にいったら、全然知らない奴が自分の妻になっていて、結婚できないことがわかった。
まず、事の発端は、俺の後輩2人ができちゃった事から始まる。
2人とも大学を卒業したてなんだが、妊娠が発覚して、そのまま結婚って流れになった。
で、それぞれの両親に挨拶をすませて、結婚の段取りはトントン拍子で進み、披露宴は子供が生まれて、しばらく経って落ち着いてから上げるということになった。
先に、婚姻届を役所に提出することになった。
で、婚姻届の証人なんだけど、それに俺がなることになった。
2人がくっつくきっかけを作ったのが俺だったから。
もう片方の証人は、新郎の父親がなってくれて、俺は名前をかいて、印鑑を押すだけだった。
で、俺は印鑑をおして、2人が役所にそれを届けるという話だけきいて、しばらく2人とは連絡はとらなかった。
1週間ぐらいたってから、知り合いの後輩から電話がきた。
「2人が結婚できなかったらしいが、事情を知らないか」と。
俺は知らんかったので、新郎の方にすぐに電話してみた。
そうすると、「めんどくさい事になっている」と言ってきた。
「電話だとアレだし、他の誰にも聞かれたくないので、車の中で話しできませんか」
と言ってきた。
俺はその日の夜に新郎に会うことにした。
新郎が俺を車で迎えに来てくれた。
で、すぐに近くのジャスコの駐車場にとまって、そこで事の成り行きを説明しだした。
市役所に婚姻届を提出しにいったら、書類に不備はなかったが、全然知らない女が自分の妻になっていて、新郎は既婚者ということになっていた。
役所の人は「離婚しないと、再婚はできない」一点張りで、ラチがあかなかった。
新婦はその場で泣きだした。
で、今の妻の名前も教えることはできない、個人情報保護の観点から、などわけのわからんことを言いだした。
しょうがないから、戸籍標本だったかなんだったかを有料でその場で発行してもらったら、全然知らない女が、新郎に妻になっていたらしい。
まず新郎は事務手続きの不備を疑った。
婚姻届をかいた覚えがないから。
で、市役所では、窓口の人間ではラチがあかないので、係長がでてきてもらい、個室で対応してもらうことになった。
この段階で、新婦は泣き崩れて動けない状態。
で、個室での話の続きだけど、どうやらその婚姻届を無効にする処理は市役所ではできないらしく、裁判所を通さないといけないことがわかった。
係長は名刺をくれたらしい。
その日、婚姻届は出せなかった。
新郎の両親の家に帰って事情を説明すると、まずは弁護士に話をするように勧められた。
新婦の両親は新郎の浮気を疑い、激しく新郎をなじった。
新婦も「仮に提出できたとしても、提出はしばらくは待とう」と言いだした。
新婦も新郎の浮気を疑っているようだった。
それから、新婦とは距離をおかれたらしい。
で、新郎は弁護士に予約をとって相談にいったらしい。一時間で5,000円かかったって。
見積もりももらったが、結構な額だったことがわかった。
で、弁護士からは「事務手続きの不備」の可能性と「知らない人間が新郎が知らない間に1人で婚姻届を提出した」という可能性の二つを教えてくれた。
問題は、書類上の新婦の現在の住所が全く分からないことだった。
書類上の新婦が、敵対関係になく、結婚が間違いであることがわかれば、離婚というか、婚姻の無効を届けるのは比較的楽だということを教わった。
弁護士から興信所・探偵を雇うこともおススメされた。
それは弁護士とは別料金で、たいそうな金がかかるということも教わった。
なんか婚姻届ってのは、書類上の不備がなければ、ハンコさえあれば、一人でも提出できるんだそうだ。
本籍地の証明があって、名前があって、2人の証人とそれぞれのハンコがあれば、結婚する相手に気づかれずに結婚することはできるらしい。
で、ここからは偶然なんだが……。
書類上の新婦の名前を聞いたら、それは俺が知っている奴だった。
というか、新郎と新婦も知っている可能性があったんだろうが、全員同じ大学の元学生だった。
俺・新郎・新婦・書類上の新婦は、全員同じ大学だった。
新郎・新婦は同期で同学科。
俺は新郎・新婦の4つ上。
書類上の新婦は新郎・新婦の1つ上の別学科の女だった。
俺の知っている書類上の新婦ってのは、ちょっと問題の多い奴で、後輩たちに自己啓発セミナーにはめて、高額な受講料を取り立てるという行為を学校内でやっていた。
ただ、書類上の新婦には、彼氏がいるはずだった。
俺は新郎に
「明日、大学の教授に事態を説明して、書類上の新婦の事聞いてみる。同姓同名の別人かもしれない。お前ら2人の事も、今回の件も詳細に学校側に報告することになるが、構わないか?」と聞いてみた。
新郎は「構わない、よろしくお願いします」と返事をしてきた。
で、仕事終わりに大学に寄ることを連絡して、学部の学生部担当の先生に会いに行った。
俺は卒業生だったけど、学生の自殺未遂やらなんやらで、毎年のように学校に関わっていて、卒業して4年も経つが、普通に学校に行ききしていた。
「お前が直接会いにくると、ろくな事にならない」と教授は言っていた。
で、事の仔細を話したが、まず教授という立場上、卒業生や在校生やプライベートな情報は、いかに私でも教えることはできない、との事だった。
もちろん、卒業生同士の結婚・離婚にも、学校側は一切関与しない、との事だった。
学校が学生が起こした問題の為に契約している弁護士ってのはいるらしいが、卒業生には紹介できないという。
その教授のところへ訪問は、ほとんど収穫がなかった。
が、教授が、新郎と新婦が所属していた研究室の教授に会ってみてはどうか、という事を話してくれた。
その場で内線をしてもらったが、まだ研究室にいるらしく、俺の訪問を承諾してくれた。
ゼミの教授は、数年ぶりの再開で、俺自身は授業も何もとっていなかったから、俺の名前と顔は一致しなかったらしい。
「あぁ君か」が挨拶だった。
その場で、まずは2人の事情を説明した。
で、ゼミの教授がその場で、新郎に電話をして
「こういう用件で、〇〇君が来ているが、彼の話していることは本当か?」と確認した。
「本当です」と新郎は話した。
ゼミの教授は、2人が付き合っていた事は知っていたが、結婚することは知らなかったらしい。
「大変なことになった」
とゼミの教授があわてだして、あちこちに内線やらケータイをかけまくっていた。
で、俺に
「〇〇くん、君はこれから2~3時間、ヒマか?」と聞かれたので大丈夫と答えた。
再び新郎に電話して
「これからこの時間に残っている先生たちで、集まって今回の事を相談するから、君も来なさい」
という流れになった。
で、俺、新郎、ゼミの教授、さっきの教授を含めた学生部の先生3人、それからもう一人の准教授1人、合計7人が集まった。
事務員に無理を言って、「絶対に盗聴や盗撮の危険性がない会議室」ってのを開けてもらった。
俺、新郎、新郎と新婦のゼミの教授、各学科の学生部担当、それからもう一人の准教授は、書類上の新婦の卒論時の所属研究室の准教授だった。
今度は俺ではなく新郎の方が、6人を前にして事情を説明した。
新婦とはあれ以来、メールのやり取りだけになっていることを告げた。
その場で初めて知ったが、新婦の両親は「危険な時期だが、中絶しろ」
と新婦に言っている事がわかった。
教授たちが「新郎は、書類上の新婦と面識はないのか」とかいくつか質問をしていた。
「ありません」と新郎は答えた。
その後、この場で見たことや聞いたことを口外しないとの約束をさせられて、書類上の新婦が過去に起こした問題を全て教えてくれた。
書類上の新婦ってのは、別に知的障害や知恵遅れはないんだが、自分で自分のことを「知的障害がある」と紹介して回っているらしい。
高校から大学へはストレートで入学したし、留年もせずに卒業はした。
なんでも小学校3年生まで漢字をかけなかっただの、自分の名前がわからなかっただの、九九を覚えられなかっただの、ローマ字が中学までわからなかっただの、そういうエピソードを語っていたということだった。
教授の言葉を借りるなら「自分に自信がない女の典型」だったらしい。
自分の成績が悪いのを病気のせいにしたがるタイプ、そういう女だったらしい。
大学では文化祭実行委員会に所属していた。俺はそこの先輩だった。
だが、彼女はほとんど委員会の仕事はせず、名前だけ登録してある状態で、前日までの準備期間では全く見たことがなかった。文化祭の当日に、始めた会った。
長い黒髪が特徴的な女だったが、いつも無表情で二コリともしないのが、印象的だった。
で、彼女は大学に入学してすぐに悪い男にひっかかったらしい。
俺も知っている、悪名高い元委員長だった。
元委員長の悪名は誰もが知っていた。
自分がヤクザとフィリピン人の子供であることがコンプレックスだったらしい。
高校時代は、三流工業高校で生徒会長をやっていたらしいが、その時期に変に自身をつけてしまったらしい。
教授の言葉を借りるなら「無根拠な自信をもった男の典型」だった。
文化祭の時は、いろいろ非道の限りを尽くした。
予算をごまかして存在しない領収書を偽造して、それがばれると各サークルにクレームが来たペナルティと称して、罰金名目で、全サークルから1~3万ずつ徴収して、補填に当てようとした。
問題になって、罰金はそれぞれのサークルに戻させたが、結局、本人が着服したと思われる予算は戻ってこなかった。
そんな奴でも、うちの大学は退学にできないらしい。
そいつが、一年の時に学長表彰をもらっているから。
そいつを退学させると、学長の顔に泥を塗るからだ。
元委員長に学生の内に一円企業の社長になっていて、顔がイケメンだったせいもあって、知名度は抜群だった。
その、悪名高い委員長の女癖は最悪だった。
母親が風俗嬢だからかもしれないが、女を性欲処理の道具としてしか思っていなかった。
顔がイケメンで、学長表彰もされていて、社長で、騙される女が後を絶たなかった。
芸能事務所の役員をしていて、「君も芸能界デビューしないかい」とあちこち学生を口説いてまわっていたらしい。
騙された学生から「デビューまでのレッスン料」と称して高額を請求していた。
さらに、自分がはまっている自己啓発セミナーも無理やり受講させていた。
その委員長に、書類上の新婦もひかかったらしい。
他の女は騙された事がわかると、すぐにその委員長の元から離れたが、書類上の新婦だけは「この人に選んでもらった」と勘違いして、ずっと付き合っていたらしい。
もちろん、委員長は他に女性関係を複数もっていた。
委員長は大学だけでなく、他の学校や高校生にも手を出して問題になっていた。
その委員長が4年の時、ついに雷が落ちて、
「学校内で自社のタレントスカウトや速読セミナーへの勧誘を一切行わないこと」
を誓約させたらしい。ほとんど効果なかったけど。
で、話が脱線したが、書類上の新婦はそれに騙されたが、4年間も付き合っていた。
その間、委員長がした借金を肩代わりしたり、委員長が役員をしている芸能事務所に所属して、モデルの仕事をしていた。
というと、聞こえはいいが、実際は売春や裏ビデオの撮影を強制させられていたが、本人はそれが「ステップアップの手段」だと勘違いして、とことん尽くした。
借金は300万にもなった。
だが、性格が元々陰気で、愛想もなく、積極性にかける為、就職活動はそうとう苦労し、結局1社も受からなかった。
で、委員長から
「就職もできない女を愛人にするわけにいかない。4月までに内定をもらえなかったら、別れてもらう」と突きつけられた。
それから必死に面接を受けたらしいが、どこにも受からず、70社以上落ちて、内定はもらえず、そのまま卒業した。
そこで彼女は壊れたらしい。
彼女には借金と、裏ビデオに出演したという経歴だけが残った。
まず、様子がおかしかったのは、GW明け。
彼女が普通に登校して授業に混じっており、そのままゼミにやってきた。
3月で卒業しているのに。
言動がおかしかったので、すぐに帰したが、それが一週間続いた。
翌週の月曜日も普通に登校したので、彼女の両親を学校に呼んだ。
彼女は心の病を患い自宅で治療中ということだった。
両親は共働きなので、昼間は家に1人きりらしい。
鍵もかかっていないから、普通に家から出てこれるということだったらしい。
学校側も「治療中ならしかたない」ということで問題にはしなかった。
だが、別のところで、建造物侵入事件を起こして警察に連れて行かれたという噂が流れていた。
この噂に関しては、本当に噂なので、学校側は確認できていないし、警察にも確認をとっていない。
ただし、被害者の学生の身元は割れているので、ほとんど真実なんだろうということだった。
ちなみに被害者の学生は、委員長とは別人。
で、それ以来事件らしい事件はなかったので、すこし安心していた矢先の出来事だった。
そこで「とりあえず書類上の新婦に確認をとってみよう」と言う事になった。
書類上の新婦の担任だった准教授は彼女のケータイ番号を知っていた。
夜10時近くになっていたが、彼女は出た。
准教授はよそよそしく、普通に挨拶して、すぐに本題に切り出した。
「ところで、君はまだ独身かね?」
そこでブツリと、電話は切れた。
もう一度コールしてみたが、出ない。
さらにコールしたが、出ない。
今度は、彼女の両親に電話してみた。
その時は10時を越えていたが、両親は起きていた。
長い前おきのあと、
「お嬢さんは結婚されましたか?」
と聞くと「はい」と答えたらしい。
婚姻届の証人は父親とその父親の弟がなり、印鑑を押したが、新郎には一回も会っていない。
「この前まで付き合っていた人(=委員長)と復縁した」
と語っていたらしい。
その時の新郎の欄は白紙だった。
それから事情を説明すること10分少々、なんでも書類上の新婦の両親は、もう娘と縁を切りたいらしい。
今は一緒に住んでいないらしく、娘は少し離れたアパートで1人暮らしをしていた。
それは娘が言いだしたことらしく、
「自分がダメなのは、あんたたちの教育が悪かったせいだ」と娘が詰め寄ったせいだと言う。
で、その場で、娘が裏ビデオの撮影やら、中絶やら、援助交際や売春まがいの接待をしていたことをしり、もう絶望したと。
それが彼女が卒業後半年、新郎と新婦が卒業する半年前の出来事。
それから結婚すると言いだしたのは、別居から半年後。
つまり新郎と新婦たちが卒業する時期。
婚姻届が受理された日にちとも一致する。
書類上の新婦の両親との電話は終わり、10時30分ぐらいになっていた。
学校の先生たちは、相手が精神病患者なら、裁判では勝利できるだろう、みたいに楽観していた。
先生たちの心配は、新婦の誤解を解く事に集中していた。
明日、昼に、ゼミの教授から、新婦に電話をするということで、合意した。
それで誤解を解くのだという。
まもなく11時になるから、解散しよう、何かあったらすぐにケータイを鳴らしてくれ、ということで、その場にいた全員とケータイの番号を交換している時だった。
新郎のケータイが鳴った。
知らない番号からだった。
「誰?」
「知らない番号です」
「出るな!」
教授の1人が怒鳴った。
新郎は出なかった。
「ナンバーは表示してあるか?」
「はい。080-xxxx-xxxx」
「それは書類上の新婦の番号だ」
准教授が言った。
「どうします?かけなおしますか?」
「変に返事をしても事態が悪化する。よく考えよう」
「すぐにもう1回来るかもしれない。そうしたら、出なさい」
教授の言う通り、すぐに電話が鳴った。
「ハンズフリーにして、全員が聞こえるようにしなさい。他のみんなは何があっても、誰もしゃべっちゃいけません。君は今、1人きりということにしなさい」
「はい」
と返事をして、新郎が電話に出た。
「どうして親にあんなこと言うの!結婚は私とあなたの問題じゃない!」
初対面というか、あったこともない女の絶叫が突然響いた。
どうやら、両親に教授が電話したことを知っているらしい。
「僕は君とあったことはない」
「嘘よ!何度もあっているわ!私のことを『愛している!』って言ったじゃない」
「言っていない」
教授と俺が、無言で、落ち着くように言った。
別の教授がスケッチブックとマジックをすぐに取りだした。
筆談と言うか、カンぺが出せるように。
その間にも、書類上の新婦はヒステリックな声をあげていた。
別の教授は「ICレコーダーを取りにいってくる」と小声で言って、
会議室から自分の研究室へ戻っていった。
まず、2人の会話がかみ合ってなかった。
書類上の新婦は、新郎とは何度もあっている、告白されたと言っている。
新郎はそんなことは知らない。と言っている。
そして
「あたしという女がいながら、他の女を妊娠させるなんて許さない!」
「絶対に後悔させてやる」
「殺しはしない。だが、死んだ方がマシだったというぐらいに後悔させてやる!」
みたいなことを何度も何度も言っていた。
同じセリフを何回も繰り返すのが不気味だった。
カンぺで
「一度、会おう」と教授が書いた。
新郎が「一度、会って話をしましょう」と落ち着いてしゃべったが
「会う必要なんてない!私はあなたの奥さんだ!私はあなたの旦那だ!離れていても繋がっている」
みたいなことを叫んだ。
ICレコーダーを持ってきた教授が戻ってきた。
すると
「そこに誰かいるの!」と聞いてきた。
「私1人です」
「だったら、なんでこんなに声が遠いの!」
「運転中だからハンズフリーなんです」
「嘘だ!」
電話は切れた。
録音できたのは「そこに誰かいるの」から「嘘だ」までだった。
電話が切れて、新郎は放心状態だった。
全員が言葉なくその場で見つめあった。
まずはゼミの教授が「もしかしたら、新婦に危害が加わるかもしれない」との事で、明日の昼間にかけるはずだった電話をすぐに新婦にかけた。
教授の説明は、たった今起きたことまで全て説明するのに、30分近くかかった。
みんなが無言で、教授が新婦に説明する様子を聞いていた。
というか、教授たちも放心状態だった。
時刻が12時になるぐらいに解散になった。
教授たちからは新郎に
「君のことを疑っているわけではないが、本当に面識がないか思い出してくれ」
とお願いがあったが、新郎は無気力に「はい」とだけ返事した。
解散して、2人で駐車場に向かっている途中で本物の新婦から新郎に電話があった。
新郎は車の横で泣き崩れた。
俺は、自分の車に新郎を載せて、新婦の家に向かった。
新婦の家に着くと、玄関で、新婦の両親が迎え、玄関先で頭を深々と下げて謝罪した。
初対面だった新婦の両親と俺は、自己紹介をして、ケータイの番号を交換した。
そこで俺が
「新郎くんは無罪で無実だと思う。相手の女はかなりヒステリックだった。前にストーカー事件を起こしているらしい」
「怖がらせるつもりはないが、ご息女を逆恨みするかもしれない」
と伝えた。
「娘には、母方の実家で休んでもらう」と言った。
まだ妊娠3ヶ月で、産休を取るには早すぎるが、無給でも構わないので、長期の休みをとることになった。
後から知った話だが、結局新婦はこの事でなし崩し的に退職になった。
翌朝、新郎の車を学校に置きっぱなしだったので、早朝に新郎を迎えに行って、大学の駐車場に向かった。
車の中で、
「もう一度、弁護士にあってみる」
「すぐさま、婚姻の無効を申し立てる裁判を起こす」
との事だった。
「金がかかるのは仕方がない。あとで、慰謝料として、裁判にかかった金も請求する」
とか、そういうことを話した。
興信所は利用しないと言うことになった。
こっから先は後から聞いた話。
俺は直接その場にはいなかった。
まず、再び教授と新郎があって、書類上の新婦の両親に会いに行き、書類上の新婦の現住所を特定した。
あとで、車でそのアパートを確認に行ったが、直接寄ることはしなかったらしい。
精神病らしいのだが、バイトは普通に行っているらしく、原付の免許も持っているとの事だった。
それから、精神科に通っているということだったので、診断書がないか確認したが、診断書はないということで発行を要請した。
さらに後の話だが、両親から教授へ連絡があり
「診断書は本人が来院しないと発行できない」
と言われたので、今度、両親と一緒に来院させて診断書を発行させる。との事だった。
また後日、両親が診断書を持って教授の元を訪れた。
この段階で相当な時間がかかっている。
一ヶ月以上経ち、新郎と新婦は未だに婚姻届を提出できずにいた。
で、ようやく家庭裁判所で、離婚調停という形で、両者が対面する日にちがもうけられた。
「婚姻の無効」ではなく「離婚」であるらしい。その点に関しては、新郎は不服だった。
なんだかんだで、未だに浮気の疑いが離れていなかった。
時期はいつごろだかわからないが、新郎、弁護士、書類上の新婦の母親と、通院している病院の医師の4人が対面する機会があったそうだ。本人はいなかった。
その場でショッキングな話を聞かされた。
「彼女は至って正常な精神状態」
であるという事だった。
「就職できなかったという事で悩んでいるが、特段、投薬しているわけではない」
「無病」
との事だった。
「精神病を装っている可能性は?」
との質問に
「お答えできません」
との返答が来たらしい。
そして、裁判が開かれ、彼女は出廷した。
俺は裁判の日は普通に仕事をしていて、その場には立ち会っていない。
新郎はその時、初めて彼女にあったが、その場で、彼女とどこで会ったかを思い出したらしい。
新郎と新婦は映画研究会というサークルで映画を取っていたが、その上映会で客として上映をみていた女性に違いない、ということだった。
で、話は平行線。
お互い同意の上の結婚であることを主張する書類上の新婦。
映画の上映会で客としてみたことはあるが、初対面であることを強調する新郎。
まぁ、救いだったのは、書類上の新婦には弁護士もなく、1人きりだったって事だが。
で、即日結審ではなく、二度目の裁判が開かれるらしい。
それにさらに一ヶ月かかるということだった。
弁護士費用がバカにならない状況になってきた時期だった。
2回目の裁判で結審、判決は降りた。
とりあえず、離婚は成立。
ただし、婚姻の無効はまた別に裁判しなければならないらしく、そのためには至って正常な状態にある書類上の新婦が意図的に故意に提出したことを証明しなければならない。
会ったことがないと説明する新郎と、愛し合っていたと説明する新婦。
残念ながらこういう問題は多々あるらしい。
とりあえず、離婚は成立し、新郎と本物の新婦は結婚できることになった。
新郎は再婚という形になるが。
これで一段落はついた、と喜んだ束の間の出来事だった。
それから新郎の元へ、ヤクザみたいな男たちが手切れ金を渡すように迫る事件が起きた。
弁護士も動いてくれたが、ヤクザにも別の弁護士がついているらしい。
ヤクザが請求してきた額、500万円。
ただ、新郎の弁護士も本気になったらしく、新郎の潔白を本気で信じていたから、新郎が書類上の新婦と会っていないことを証明する気になったらしい。
逆を言うと、今まではそんなに本気ではなかったらしい。
まず、裁判所での書類上の新婦の発言を全てメモしてあったらしい。
それを嘘だと証明することに本気になったらしい。
ケータイキャリアに履歴の確認とったり、当日に二人で会った場所の防犯カメラの記録とかが残っているかどうかを調べたらしい。
すると、書類上の新婦の嘘は結構簡単に証明できそうだということはわかった。
さらに、新郎宅はこういうことに神経質になっていたから、ICレコーダーとかを常備していたらしく、そこにヤクザの発言が全部残っていたらしい。
ヤクザ撃退は結構簡単にできたらしい。
警察も、書類上の新婦はなかなか逮捕できないが、ヤクザの接近禁止の仮命令はすぐに出せたらしい。
それだけヤクザの行動があからさまだったらしい。
これも、後から聞いた話で具体的な流れがどうなったかはわかんない。
その流れでわかったんだが、書類上の新婦は、学生時代に恋人がつくった借金300万がまだ返済できずにいて、それがいつのまにか500万になっていたのだとか。
憶測だが、書類上の新婦は借金返済の為に、慰謝料名目で、500万の金を赤の他人から
だまし取ろうとしたのではないかと。
実際、裁判やらなんやらで、時間がかかり金もかかり、ヤクザが出てきた時には、完全にあきらめかけたという。
金を払う事で楽になるなら、もう500万払った方がいいんじゃないかと。
それだけ、新郎新婦の疲労は溜まっていたらしい。
時系列は多少前後するが、ちょっとだけ俺の話。
大学では、俺と同じように後輩たちのトラブルを解決する為に活動していたOBが何人かいて、そのOBで情報を共有しようということになった。
その時、たまたま同期のKって奴に教えてもらったんだが、多分、書類上の新婦の手口は、昔から起業して借金を重ねた学生が使う常套手段らしい。
起業して借金を重ねる奴ってのは、男が大半らしい。
にっとうこません、かんかんりつめいレベルに多いって言っていた。
借金返済の為に、さらに別の消費者金融で借金をするが、利子だけで雪だるま式に借金は増えていく。
すでに借金をしている消費者金融からさらに金を借りる為に、名前を変える必要がある。
それで、借金をしている男は、適当な女の婿養子になって、名字を変える。
そして本籍地も変えると、ほとんど気付かれずに、すでに借金をしている消費者金融からさらに借金ができるらしい。
その婿養子になる際の婚姻届も、今回のように嫁の同意のない結婚だと、離婚を迫るためにまた金を請求できる。
数年前に、この手口で女子高生が被害にあい、さらに殺害されてしまう事件が起きたのだとか。
もっと怖いのは、これができちゃった婚の結婚で、嫁の方が見知らぬ旦那と結婚していた場合、裁判で離婚ができても、300日問題で、お腹の中の子供は書類上の前夫の子供ということになってしまう。
前夫が悪意をもって対応をすると、役所レベルではどんなことがあっても、前夫の子供にされてしまう。
今回のように裁判を起こさないといけない。
そこで、前夫は、子供を後夫の子供だとしてほしければ、慰謝料○○○○円を用意しろ、と請求するのがセオリーなのだそうだ。
その慰謝料を借金の返済に充てるのだとか。
Kがしきりに「元委員長と書類上の新婦には関わるな」と言っていた。
Kはその二人とトラブルになって不眠症になったらしい。
「あの二人の噂は、いろいろあがっていて、何がフィクションで何がノンフィクションであるかわからない。
全てがフィクションである可能性もあるし、全てがノンフィクションである可能性もある。
ただ、暴力団が出てきたことは事実。暴力団は、一般人と金銭感覚が違うから、単位も違う。
殺人を事故死、もしくは行方不明に偽装するのは200万円。
それぐらいの金、奴らは簡単に用意できる。
暴力団には関わらない方がいいし、元委員長にも、書類上の新婦にも関わらない方がいい」
Kはこの件とは関係ないんだが、今年になってヤクザに「指を詰めろ」とせまられて失踪した。
Kの言っていた手口、本来だったら、新婦の方に、知らない旦那ができていると、お腹の中の子供も奪えたんだが、今回の件では、書類上の女は女性だったので、子供までは奪えなかったみたい。
話は戻るけど、弁護士が本気になった。
「証拠は揃いました。民事じゃなくて、刑事でいきましょう」
と連絡があったそうだ。
そうすると、協議の上の離婚とかではなく、最初の結婚自体がなかったと言う事にできる。
結局、警察が書類上の新婦に聴取するまでに4か月近くの時間がかかった。
新婦のおなかの子供は七ヶ月になっていた。
警察で相談室に入ると、書類上の新婦はすぐに婚姻届を新郎の了解なしで提出したことや、新郎と面識がないことを認めた。
取り調べから、最初の婚姻の無効が認められるまで、また2ヶ月かかった。
起訴されたかどうかとか、そういう話は俺は聞いていないのでわかんない。
時間はかかったが、ようやく、最初の結婚はなかったことにできた。
新郎と新婦はなんとか、子供の出産前に婚姻届を提出できた。
記念日とかそういうのはもうどうでもよかったので、提出できることがわかったその日に、二人で役所に行って婚姻届を提出した。
前に名刺をもらった係長が対応してくれたそうだ。
晴れて2人は結婚できた。
実は新婦、入学直後に前述の元委員長に騙されて処女を奪われていたらしい。
経済サークルの研修ということで、その元委員長と東京に遠征に行ったらしいのだが、宿泊先を「経費削減」という理由でラブホにさせられ、その場で無理やりHというか、レイプされていたことがわかった。
新婦はそれを黒歴史ということで、新郎にはずっと隠していた。
今回の事でばらされてしまった。
当時、元委員長と付き合っていた書類上の新婦は、元委員長が新婦のことをベタ褒めしていたことに嫉妬したらしい。
「私が正妻なのに、私はもっと勉強しているのに、なんで年下の一年があの人に選ばれるんだ」
とのことで、その時の復讐で、新婦から新郎を奪うというか、新郎に嫁がいたことにして、新婦を傷つけようとしたということだった。
それだけの理由で、半年以上嘘を突き続けてきた。
たかだかそれだけのことで、新郎と新婦に、嫌がらせを続けてきた。
書類上の新婦は、借金がなくなって、就職ができれば、元委員長がまた金を借りる為に自分の元に戻ってくると信じていた。
婚姻届を提出した時の書類上の新婦の精神状態が、正常であったか異常だったのかは今となってはわからない。
すいません、長いだけで、よくわからない話になってしまいました。
こちらも後で聞いただけの話と、直接居合わせた時との文章の濃度が全く違ってしまっています。
ご容赦ください。
2人は今、普通に生活しています。
新婦は前述の通り、田舎に避難していた関係で職をなくしました。
新郎は結局、今回の件で、300万円をつかったらしいです。
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