先輩と向日葵
あれはいつのことだったか。
俺は先輩に聞いた事がある。
「先輩って怖い物とかあるんですか」
俺が真っ先に思いつくのは幽霊だとか、お化けの類だ。
あれこそ万人に怖がられている物ではないだろうか。
しかし、この人はきっと違う。
何故ならその類の物でも、ぶん殴ることが出来るからだ。
倒せるのなら、怖くは無いんじゃないか。
そう思って、聞いてみたのだった。
「あるよ」
先輩と俺は歩きながら話した。
「俺は、そうだな。ヨーコが怖い」
まじめな顔をして答えてくれたので、まじめな答えが聞けると思ったら、そんなもんだった。
「いやいや、そういうのいいです。もっと、こう、真剣に」
えー、とぶー垂れて、先輩は顎に手をやって少し考える。
「・・・・・・向日葵が怖い」
返ってきた答えは意外な物だった。
「え、向日葵って、あの、花ですか。夏の」
頷く先輩。
「どっちかというと、怖いとかじゃなくて、元気な感じしますけどね。綺麗っていうか、可愛いっていうか」
先輩がにやりと笑う。
いつもの笑顔だ。
「あの花、漢字で何て書くか知ってるか」
俺は考える。
いや、考えるまでも無く知っているのだが、一応。
「向うに、太陽の日に、葵ですよね。どうかしたんですか」
「由来は知ってるか」
今度も考える。
わざわざ聞くってことは、一般的な意味じゃないのかもしれない。
俺は恐る恐る答えてみた。
□ □ □
「え、と。向日葵は、太陽の方に花を向けるんじゃなかったですか。太陽を追いかけて、こう、ぐぐっと」
少し間があったので、どきどきしていたのだが。
「そう、その通りだ」
拍子抜けだった。
「・・・・・・で、それが、どうかしたんですか」
「そうだな、向日葵は太陽を追う。光を追う。光を追うのは、何だ」
今度はちょっとわからない。
俺はイメージしてみる。
大きな光に、集まってくるものといえば・・・・・・。
「あ、虫、とかでしょうか。夜、電灯とか自販機とかに群がってますよね」
先輩はまた頷く。
「うん、それはそうだ。他は?」
他、他・・・・・・。
あまりイメージ出来ない。
「光を追う、と言ったからわからないのかも。言い方を変えよう。光を求める物は何だ」
あ、これならわかる。
先輩が俺に何を言わせたいのか。
「人間、ですか」
「そうだ」
人間は、その大小に関わらず光を求める。
それは物理的な光に限らず、精神的な、所謂希望という物でもある。
「向日葵の花は、その性質を持っている。何故だ」
また、イメージする。
人間と向日葵の共通点。
光を追うこと、光に向うこと。
「あの花には、一本残らず幽霊が憑いているんだ。一度向日葵畑に行ってみろ。お前の感覚が尖っていたら、見えるかも知れん」
□ □ □
背筋に寒気が走った。
背の高い向日葵の下で、うつむいてしゃがみこむ幽霊。
それが一本じゃなく、一面を覆う程たくさんある。
向日葵と、それと同じ数の、老若男女様々な幽霊が。
「太陽は最大級の光だ。そして向日葵は、太陽に似ている。あいつらのぼけた目には、同じに見えるんだ。近付いていって、ようやくわかる。この太陽が偽者だと」
救いを求めた先が紛い物だった時の落胆。
「そして、あいつらは今度こそ本物を見つけるんだ。そっちに顔を向けると、憑いている向日葵もそっちを向く。だから、日に向う葵なんだ」
考えた事も無かった。
生命体として、そういう仕組みだと思っていた。
そこにそんな秘密があったなんて。
「まあ、実際どちらが先かわからないんだけどな。向日葵が太陽を追っていたから憑いたのかもしれない。ただ、今はそうなってるんだ」
俺は納得した。
そんな花だったなんて。
怖い花だ。
その下に、救いを求める青い霊魂を座らせて、まるで太陽に近付こうとするように、高く伸びる。
綺麗で活気に溢れているように思えた向日葵畑が、薄暗く妄執の溜まる鬼門のように思えた。
「先輩は、それで向日葵が怖いんですね」
□ □ □
先輩はなんだか照れているようだった。
「いや、違うんだ。実は」
「昔見た、トリフィドの日・・・・・・人類SOSって映画がトラウマでな。見る度なんとなく思い出して怖いんだ。大きいからかな。わからんのだけど」
先輩は決まり悪そうに言った。
俺は笑った。
先輩にも可愛い所があるじゃないか。
「なんだよ、気分悪いな。俺だって怖いもんくらいあるさ」
「す、すいません。でも、なんか意外で」
ちぇ、と一つ舌打ちをして、先輩は足元の小石を蹴飛ばした。
「まあ、本当に怖いのはそんなもんじゃない。本当に怖いのは」
俺の中の、怪物だ。
俺は、もう笑えなかった。
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