終始
811 終始 ◆lWKWoo9iYU sage 2009/06/18(木) 01:55:36 ID:j0e1jDQW0
俺は事の顛末を知った。俺には泣くことしか出来なかった。
男とあの女の悲しい過去。俺の知らない家族の話。
全てが俺の胸に突き刺さり、涙を溢れさせていた。
俺はただただ悲しかった。
「じゃあな」
男はそう言うと俺から離れていく。
「これから、お前はどうする気なんだ?」
俺の問いに男は足を止める。
「俺には初めから守護霊なんてものはいない。
自分の身は自分で守ってきた。
だが、俺はもう能力を封印する。
俺がお前を苦しめたように、今度は俺が苦しむ。
もう、お前とは会うこともねぇ。
俺の行き着く先は妹や親父と同じ所さ」
そう言うと男は俺の目の前から消えた。
俺はレストランのトイレに戻ってきていた。
トイレの洗面所で泣き腫らした顔を洗った。
俺はあの男の言葉を思い出していた。
『俺の行き着く先は妹や親父と同じ所さ』
あの家族に救いは訪れないのだろうか。
一度、人は道を外すと元には戻れないのだろうか。
俺は世の無常を感じていた。
トイレから出た俺は家族の待つテーブルに帰ってきた。
幸せな光景。あの家族は、この光景を一度も見たことは無いのだろうか。
俺の胸は切なさでいっぱいだった。
「ちょっとぉ、なにボーとしてるのよ」
姉の声に俺は我に返る。
「ああ、悪い。ちょっと考え事しててさ」
「さっきから、あんたの携帯、鳴りっ放しだったよ。
なんか、出ても悪いかなぁと思って放置してたけど」
俺は自分の携帯を見た。確かに5件も着信履歴が在る。
相手はジョンの携帯だった。
何の用だろうか。俺はリダイヤルした。
「もしもし。お兄さんですか?」
「ああ、なんだ、ジョン?何回も着信履歴が入っていたけど、急ぎの用事か?」
「いやぁ、俺がお兄さんに対して、急ぎの用事って訳じゃないんですけどね。
社長が今すぐ事務所に来いって」
「社長が!?」
俺は携帯を切ると家族に謝り、レストランを飛び出した。
社長を待たせること程、怖いことは無い。
全力で走り抜け、俺は社長の待つ、探偵事務所に辿り着いた。
「ご…御用件は…はぁ…はぁ…なんですか、社長…はぁ…はぁ」
社長はタバコを灰皿に押し付けた。
「はぁはぁ、気持ちが悪い!先ず、呼吸を整えろ、馬鹿!」
俺の目の前に一杯の水が差し出された。
「お兄さん、飲んでください」
ジョンだった。
「ああ…、ありがとう。ジョン」
ジョンは優しく微笑んだ。
ジョンのくれた水を俺は一気に飲み干し、呼吸を整えた。
「良いか?とりあえず、この書類に眼を通せ」
社長の差し出した書類を俺は見た。
そこには内定通知書と書かれていた。
「これは…、なんですか、社長?」
俺は唐突な書類の内容に戸惑った。
「見て判らないか?お前を我が社に採用すると言っているのだ。
お前は未だに無職なのだろう?私がお前を雇ってやる」
社長の言葉に驚いた俺はジョンの顔を見る。
ジョンは笑顔でサムズアップをしていた。
「え!?いや、嬉しい!けど…。ど、どういうことですか、社長?突然で…」
「戸惑っているのか?」
社長は妖しく微笑む。
「実を言うとな。お前の敵だった、あの男に頼まれたのだ」
「あの男に!?」
俺は驚いた。あの男が社長に頼みごとを?
「私も驚いたよ。我が社の口座にいきなり1000万円も振り込んで
お前を雇ってくれと頼み込んできた。
せめてもの罪滅ぼしとでも思ったのか。それともお前が気に入ったのか。
1000万円もあれば、どんなペーペーでも一流に育つ。
私は快諾したよ。その気持ちを受け取るかどうかは、お前次第だがな」
俺は迷うことなく「御願いします」と言い頭を下げた。
「お前には霊能の才能が欠片しかないから、探偵として雇うことになる。
言っとくが、甘くは無いぞ。覚悟しておけよ?」
そう言うと社長は微笑んだ。ジョンも笑っていた。
俺は探偵として生きていくことを決めた。
俺の物語はここで終わる。
探偵として歩み始めた俺には様々な出来事が起きる。
でも、それはクライアントの物語。
守秘義務の関係上、これ以上は書けない。
あの騒動で俺は強くなった気がする。
今でも時折、あの女のことを思い出す。
あの女は今も、どこかで苦しんでいるのだろうか?
もし、再びアイツと出会ったなら…俺はその時…
アイツを助けてやりたいと思う。
[完]
コメント