しばらくすると、お爺ちゃんが帰ってきました。
「ダメじゃ、間に合わなんだ」
そう言って悲しそうに首を振りました。
「婆さん、誰かは分からんが、遅うても2、3日の内じゃろう。喪服を出して風に当てといてくれ」
そういうとお爺ちゃんは弟を抱きしめ、
「すまんのう、お爺ちゃんが寝とったけえ、こがあなことに・・・ほんまにすまんのう」
お爺ちゃんはボロボロと涙を流して謝りました。
弟は「何?お爺ちゃん痛いよ」等言っていました。
その声、そのしぐさ、確かに弟なのですが、やはりソレは弟ではありませんでした。
後からお爺ちゃんは言いました、
「お天道さんの一番高い刻と夜の一番深い刻に生まれた雛は、御役目を持っとるんじゃ。
じゃけえ、殺さにゃあいけんのよ」
「夜に生まれた雛も『ヒギョウさま』になるの?」と、私は聞きました。
「誰に・・・ほうか、婆さんが言うたんか。
いや、違う。夜に生まれたんはもっともっと恐ろしいもんになるんじゃ」
そういって、お爺さんは薄気味わるそうに孵化室のほうを見ました。
□ □ □
このときの話はこれで終わりです。
後に、私が高校の時に、実家が養鶏場を営んでいる同級生がいました。
そいつに『ヒギョウさま』について聞いてみると、
最初は何のことか分からない様子でしたが、あの夏の出来事を話すと、
「ああ、『言わし鶏』のことだな」と言っていました。
何でも、今ではオートメーション化が進み、センサーとタイマーにより、
自動的に12時と24時に孵りそうな玉子は排除されるのだそうです。
あれからも毎年島根へ帰省しています。弟は元気に小学校で教師をしています。
もう、以前の弟がどうだったか、覚えていません。だからもういいのです。
アレから二十年も家族として暮らしてきたのですから、もう完全に家族なんです。
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