『十九地蔵』『ある田舎の葬式』『必ず雨の降る祭り』【田舎の怖い風習・奇妙な風習】Vol. 3

『十九地蔵』『ある田舎の葬式』『必ず雨の降る祭り』【田舎の怖い風習・奇妙な風習】Vol. 3 田舎
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日本の地方・田舎の怖い風習・奇妙な風習 Vol. 3

 

十九地蔵

 

俺の家は広島のど田舎なのだが、なぜか隣村と仲が悪い。
俺の村をA村、隣村をB村としよう。
不思議な事に、なぜ仲が悪いのかは不明なのだ。
A村の住人に聞いても、B村の住人に聞いても明確な理由は解らない。
理由不明。しいて言えば、ご先祖様の代から、互いに敵対していたと言う理由、つまり先祖の遺恨しかない。
A村、B村の人間は、結婚など御法度である。

そればかりではない俺のじいさんなどは、B村へは決して、いくなと言う。
別に、B村は部落民と言う訳では決してないし、A村も同様である。
俺「なんで行っちゃいけないの」
と子供の頃の俺が聞くと、
それは、B村の呪いで、災いを被るからだ等と言う。
曰く、
じいさん「A村、B村の境の道祖神を越えてA村の者がB村へ行くと、必ず禍を受ける。」
じいさん「例えば、B村○○の四つ角では事故を起こす者が多いが、決まってA村の者だ。」
じいさん「反対を押し切って結婚し、B村へ嫁いだ△△の娘が早死にした。」
じいさん「B村の□□川は流れが急で、深いから、5年か10年に一度事故が起こる。それが、不思議にA村の者ばかりだ。」
と言ったものだった。勿論、本当かどうかは知らない。
正直なところ、俺は祟りなぞ信じていない。
じいさんに、B村へ行くと、何でA村の人に危害が出るのか聞いてみた。

じいさん「十九地蔵が呪うからだ。」
とじいさんは答えた。十九地蔵と言うのは、B村の××神社にある十九体の地蔵で、俺も見た事があるが、歴史を感じさせる古さがあるものの、ごく普通の地蔵である。

俺「なんで、お地蔵様が人を呪うの?」
じいさん「それは知らん。」
等と適当な事を言う。

こう言う因習については、若い世代ほど気にしない。
俺なども事実、B村の友達もでき、一緒に遊んだほどだ。
B村の友達に、B村ではA村に行くなとか、言われた事ある? と聞いてみたが、友達はそんなこと言われた事はないと答えた。

ますます俺はじいさんの古臭さを馬鹿にして、じいさんの言ってることは気にも留めなかった。
ある日俺は、兄貴と、B村にある□□川へ泳ぎに行った。
じいさんには禁止されていたが、もちろん気にしない。
所が、泳いで10分もしない内に、兄貴が出るぞと言いだす。
俺がまったく霊感が無いのと対照的に、兄貴は子どもの頃から非常に霊感の強い男だった。

俺「なんで、いま泳ぎ始めたばっかだよ。」
兄貴「いいから、かえるぞ!!」
俺は兄貴の真剣な形相に驚き、着変えもせず、短パン姿のまま衣服を持って、走って帰る。
俺「なあ、なんで帰るん。」
兄貴「お前、見えなかったのか。」
俺「えっ、何が。」
兄貴「なんだが良く解らんが、黒い影の様なもんが20人近くいて、それが、俺らにも
のすごい敵意を向けてたぞ。」

俺は、20人近い影と言う事と、十九地蔵と言う事が頭の中でリンクして、とてつもない嫌な予感を感じた
なぜ、両村の仲が、理由もなく悪いのか、これに納得がいったのは、俺が大学院に進学した頃である。
A村の神社より、ある文献が発見されたのだった。

それは、室町時代後期、A村とB村が××川の水利権を巡り、争いを起こし、A村がB村との戦いに勝ったと言う内容である。
豊臣秀吉の刀狩りが示している様に、刀狩りされていない時代の農民は、決して後世のイメージ通りひ弱な存在ではなく、武装していたのである。
兵農分離も進んでおらず、農民と武士の境目は曖昧である。

だから戦に勝った記憶は大変名誉なこととして、誇らしげに記述されたものだった。
けれども、時代が下って、平和な江戸時代。
この様な不穏な文献は、誇らしい記憶から忌わしい記憶となった。
よって、A村の神社へこっそりと隠されたのである。

この文献は中世史を語る上でも重要な文献らしく(つまり農民=弱者というマルクス主義史観を覆すと言う意味でね)、地方紙ではニュースになったし、大学から学者がかなり来た。

その内容から一部要約して抜粋すると以下の通り。

「A村とB村が××川の水利権を巡り争った。
A村が奇襲をかけることにより、戦に勝ち権利を治めた。
A村の戦での被害は軽微であり、軽傷者5名。
B村の物を16名打倒した。また戦の巻き添えに女2名、子供1名が死んだ。
計19名の内には、B村庄屋であり××神社宮司を務める●●家当主、宗衛門義直を含む。」

十九地蔵が呪うと言うのは、じいさんの勘違いだった。十九地蔵はこの時の死者を弔うた
め、B村で建てられたものだった。
けれども、地蔵にさえ癒し得ない、抑えきれないほどの、深い深い、A村への恨みが、まだこの地には残っていたのである。

 

 

ある田舎の葬式

 

ちょっとした、何か怖いと言うか、よく分からない
自分でもどう言う気持ちだったのか文章にして確認してみたい
そんな気持ちで書いてみました

私の実家は千葉のとある地方で、まぁお世辞にも栄えた場所では無いんですが
ちょっと電車に乗れば千葉駅だって遠くは無いし、自然と文明のバランスが
なんとも絶妙な地域なんです

母方の実家なもので、子供の頃は毎年必ずお正月に、、まぁお年玉目当てなんですが
欠かさず帰省していましたが、大人になってからはからっきしでした

そんな折、仕事を終えて家に帰るといつも真っ先に「おかえりー」と声を
かけてくれる母が居ません、ちょっと本屋に寄ったり、レンタルビデオを借りたりと
所用を済ませてからの帰宅だったのでこの時間に母が家に居ないのは
普通では考えられないため、リビングに居た父に聞くと
兼ねてより癌を患っていた祖母が危篤との事で急きょ実家に帰ったとの事でした
末期癌だと言うのも聞いていましたし、その上で「危篤」という事なら、そう言うことなのだろう
と、私はもう3年程顔を見せて居ない祖母を思い出し少し悲しい気持ちになりながらも
明日に備えて晩御飯も取らずに寝ました

朝起きると父親が喪服の準備をしていて、昨夜亡くなったとの事でした
母方の田舎ではとにかく人が亡くなった時の儀式が何もかも早くて
今日が通夜で明日そのまま葬儀し、荼毘にふされるとの事でした
私は父方の関係にいまのところ不幸が無い事もあり、お葬式ってそう言うものだと
思ってたんですが、通夜、葬式、火葬とここまで早いのは珍しいそうですね?(よくわからないw)

とりあえず私もとってつけた様な喪服姿に身を包み父の運転にて千葉へ

母方の親族は殆どがその地域や周辺に住んでいるため
あらかた皆さん揃っていまして、私も久しぶりなので挨拶などを済ませ
祖母の前に座り冥福を祈りました

そして田舎のお葬式とはまさにこれ、と言わんばかりの
長い机に所狭しと置かれた寿司やら、煮物やら、惣菜やら
そしてお決まりのビールに焼酎に日本酒に
喪主である叔父も、母は生前から賑やかなのが好きな人でしたので
今夜は皆さん楽しく過ごして下さい、との事でしたので

母も叔父も、親戚の叔父さんも、この地方周辺に住んでいる
親戚の方々もみんなドンチャン騒ぎを始めました

もう一度言いますが、私にとってお葬式とはこういうものだと思ってました

そんな皆がワイワイやっている中、父が隅の方で所在無さげに
一人ビールを飲んでいるので、まぁ母方の家な訳だし
肩身が狭いのも分かる分かる、と私も酔っ払っていましたので

「お父さんなにしてるの?今日は御通夜なんだからもっと飲んで楽しまないと!」

なんて少し絡んでみても返事もせずに頷く程度でした
私もちょっと様子が気になったので横に座っておとなしくしていると
父が話し始めたんです
父:おまえさぁ、お葬式っていままでこっちの家のしか出たこと無いだろ?

私:うん

父:お母さんの実家のお葬式はちょっと変わってるからな

私:そうなんだ?どこが?

父:まずお通夜の日にさ、無くなった人の名前を言う人が一人も居ないだろ?

私:あぁ、そういえばそうだね、ていうか言っちゃダメなんでしょ?悲しいから、、だっけ?

父:まぁお前はそう思ってるんだろうけど、それは普通じゃないぞ
それに、この家にお母さん(祖母)の名前が書かれたものは今ひとつも無い

私:ええ?何で?保険証とか、手紙とかさ、そう言うのはあるんじゃないの?

父:それは多分燃やしても大丈夫なものは、無くなったらすぐに燃やすらしい
登記簿とか、色々な書類なんか燃やせないものはお寺に置いてある

私:なんでそんな事するの?

父:俺もお母さんからちょろっと聞いただけなんで、詳しくは無いんだが
なんか亡くなった人が、名前のあるものを頼りに戻ってくるからとか・・・
私:そんな理由があるんだ、、、でもそれは風習っていうか、迷信っていうかそう言うものでしょ?

父:俺もそうだと思ってたんだよ、まぁ田舎だし、そういう独自の考えなのかなって

私:そうそう、だからって元気無くすほど気味の悪いもんでもないじゃん

父:いや、こっちの通夜は寝たらダメだろう、だからあんまりお酒飲んで眠くなっても。。な

※母方の実家の通夜は、字のごとく夜を通して宴会をします
私からすれば、何も不思議では無いのですが・・・

私:まぁお父さんも歳だからねぇ、でも通夜ってそう言うもんなんだからしょうがないでしょ

父:お前おかしいと思わないのか?大人はあんなに大酒のんで酔っ払って、誰も潰れない
子供も寝てないんだぞ?寝ようとしたら無理やり起こしたりもする
本当に小さい子や赤ん坊はここには居ない。

私:あ~私も子供の頃誰だかのお葬式で夜中にボーリングだっけ?行ったなぁ
あの時は眠かったけど、通夜だから我慢しなさいって言われたっけ

父:それでな、俺はお前がまだ産まれてくる前にこっちの家の通夜で寝てしまったことがあるんだ

私:お父さんそれダメじゃん、通夜なのに、、、で、どうなったの?ワクワク
父:うん、、、夢にな、、その時亡くなった人が出てきた、、、
それで夢ので一杯話しをしたんだ、お母さんの事や将来生まれるお前の話しなんかを
したなぁ、天国に行く前に色々話しておきたいんだなって、俺も夢の中だし何にも
気にせず言ってたんだよ

私:言ってったって、何を??

父:名前

私:夢の中でその亡くなった人の名前を言ったの?

父:夢とは言えなぁ、あなた、とかちょっとなんて、言いながら会話出きるもんじゃ無いだろう?
○○さんはそうだったんですか!いやぁ俺もね!なんて気持ち良く話してたんだ
名前を言ってはいけない、と言うのはお母さんにキツク言われてたけど、まぁ夢だしな

私:うんうん、それで?

父:でな、激しく体を揺さぶられて起きたんだよ、その時もこっちではそんなに親しい人も
居ないから、端っこで飲んでたんだけど、うとうと頬杖ついて寝てたから
周りの人も気づかなかったらしい
で、私に話しかけに来たお母さんが俺が寝てるのを見て、慌てて起こしたんだ
そしたらな、さっきまで酔っ払って大騒ぎしてた親戚の人達にな、一斉に
詰め寄られて、聞かれたんだよ

私:な、、、なんて?
父:「アンタ、夢を見ただろう?」ってな
なんで夢を見たか?じゃなくて、見ただろう?って聞くのか不思議だったんだけど
別に、故人の夢を見て楽しくお話ししてました、ってのは悪い話じゃないだろう?
だから俺もそう思って正直に夢を見て楽しくお話しさせて頂きました、と言ったんだ
そしたらまた質問されて、「話したって事は、故人の名前を言ったんかい?」と
はい、まぁ夢の中ですしねぇ、なんて簡単に返事したんだよ

そしたらな、お母さんは卒倒しちゃうし、親戚の人は蜂の巣をつっついた様な
大騒ぎになったんだよ「あんた、もう、、、ほんとにっ!」って怒られたのか
何なのか分からないまま色々家の中を片付け始めて、俺も手伝わされた

私:で、結局どうなったの?凄く怒られたってだけ?

父:朝になったらな、普通にお葬式が始まって、何事もなく過ごしてな
さぁ、焼場に向かいましょうという所で、家に消防車とか地元の消防団の人とか色々きてな

私:まさか火事とか?呪いとかそういうので!?(すいません酔っ払ってるんです、この辺・・)

父:いや、違う、消防車とか一通り揃ったらな、
火をつけたんだ、前、ここに建ってた家に

私:えええええ??なんで?この家って昔からある家じゃないの?そこそこ古いし!
父:お前の産まれる前に来た時とは違う家なんだ
通夜にその人の名前を呼ぶと、旅立てないという考え方なんだ、こっちの人は
だからな、火をつけたんだ、、、さっき焼場に向かうところでって言っただろ
その時○○さんもここで焼かれたんだ。。。
この場所で名前を呼ばれてな、未練がここに憑いてしまうから、その場所で
焼いてあげると天国にいけるそうだ

私:そうなんだ、、そんな事あったんだ、、だから寝たらダメなんだね、、、
夢の中でも名前を言ったらダメってことかぁ。。。

父:俺はな、悲しかったんだよ、夢の中でとは言え、楽しく話したんだよ○○さんと
色々な事、ほんとに色々な事を、、今でも楽しい話をしたという感覚は残ってる
いくら風習って言ってもな、そんな最後の場所ごと燃やされてな、遺灰は、、、
埋められてるんだよ、この家の下に
名前を呼ばれたその場所で焼くと、それが天国にいけるってことに繋がるんじゃなくて
焼かれた場所だから、辛い思いをした場所だから近寄らなくなるんだと
そうしてるうちに天国に行く期限が来るそうだ
だから通夜、葬式(初七日も同日にします)は早く終わらせて
それから名前を言っても良い事になる、、らしい
だから俺は寝れないんだ、目の前で家ごと燃やされる、さっきまで夢で話していた人。。
そんな悲しい思いはもうしたくないし、見たくない

**会話ここまで**

正直私は、もしお母さんが亡くなった時はどうしたら良いのかと考えたら
ちょっと怖いし、悲しい気持ちになりました
母がそう言う考え方で育った人であるという事は事実なので、、

お葬式って特別な思いが沢山集まる場所だから
どんな考え方も間違いでは無いと思うし、批判も出来ないと思います
でも、きっと父は通夜でたっぷり寝てお母さんと夢の中で名前もいっぱい呼んであげて
最後に楽しく過ごすんだろうな

 

 

必ず雨の降る祭り

 

O県N市。
俺の地元なのだが、ここにはいわくつきの祭りというものがある。
Y川下流域の河原で毎年夏の終わりに行われているT祭りというもので、元々は大昔にY川が干上がった際に人柱にされた二人の兄妹への鎮魂とためのお祭りだったそうだ。
「妹は妊娠していた」とか「兄妹は迫害されており、無理やり人柱にされた」といったような穏やかでない話がたくさんあるが、真偽のほどは定かではない。

ただ、あまり納得のいく形で人柱にされたわけではないことは確かなようで、その証拠に、兄妹の恨みか悲しみか、毎年お祭りの日には必ず雨が降ると言われている。
事実、俺が知る限りでは毎年その日は雨が降っていたように思う。
どんなに晴れていても、必ず通り雨などがあるのだ。
という話を数年前、俺が大学生だった当時、一緒に心霊スポット荒らし(心霊スポットでバカ騒ぎをしたり、カップルを冷やかしたり)をしていたのっぽのYと茶髪のAという友人二人に話したところ、「是非行ってみたい」「連れて行かないとお前の車ぶっ壊す」と聞かない。
「高3まで毎年行ってたけど何も見たこと無いし、期待できないぞ」と言ったのだが、「大丈夫だって、最近なんか俺ら霊感強いみたいだし、きっとなんか出るよ」と笑顔で返され、渋々ながらも久しぶりに地元の祭りに行くことになった。
大学二年の夏である。

さて、友人を祭りに連れて行きたくなかった理由は二つある。
まず一つは、祭りで出店を出しているおっちゃん達が結構な確率で知り合いだということだ。
田舎は実に狭い。
冷静に考えればどうでもいいことなのだが、何か妙に恥ずかしい気がする。
そしてもう一つ、最近の自分達の霊との遭遇率を考えると、本当に何か出そうな気がしたからだ。
幼い頃から慣れ親しんだ地元の祭りで霊体験などしてしまったら、恐ろしくて地元に帰れなくなるかも知れない。
そんな心配をよそに、俺の運転する車の中でAは爆睡、Yはカーステレオから流れてくるB’zの曲を熱唱していた。実に腹立たしい。
現地に到着し、車を近くの臨時駐車場に止め、しばらくは普通に祭りを楽しんだ。
天気はやはり雨だったが、降ったり止んだりで、傘もいらない程度の弱さだった。
俺は中学、高校時代の友人に会って世間話をし、Yは出店の料理を片っ端から食い、Aはプレステ2が景品のクジ引きにはまっていた。(当時は発売されてからあまり経ってなかった)
やめとけA、そのクジ引き屋のおやじは俺が小学生の頃からいるが、一度も2等以上を見たことがないぞ。
祭りも終わりの時間が近づき、しょぼい花火が上がり、出店のおっちゃん達は勝手に酒を飲み始め、ほとんどの出店が開店休業のような状態になっていった。
田舎の祭りなんてこんなもんだ。

「で、お前ら何か見えたか?」
皮肉交じりに俺がAとYに尋ねる。
「焼きそばの素晴らしい旨さが見えた」とY。
「あのクジ引きは詐欺だってことが見えた」とA。
お前ら舐めてんのか。
つーか3000円もクジにつぎ込むな。

そんな感じでまったりとしていたのだが、不意に周りの喧騒が遠くなったように感じた。
辺りを見回せばすぐ近くでおっちゃん達が缶ビール片手に騒いでるのだが、音だけが遠くに感じる。
Yを見ると泣き笑いのような表情をしている。
Aは無表情だったが、険しい目つきで周囲を見回している。
どうやら全員、何かを感じたようだ。
「おい・・・」
きょろきょろとしていたAが川の方を見つめながら呼びかける。
「あれ、やばくないか?」
そうつぶやくAの視線の先、川の丁度真ん中辺りに人影が見える。
しかし、どう見ても普通じゃない。
全身が見えている。
足先までがはっきりと見える。
祭りを行っているY川下流域は、確かにそんなに深い川ではないが、それでも一番深い川の真ん中辺りは1m以上は裕にある。
人影が見えるのは丁度その辺りで、
水面に出るほど巨大な岩もその辺りには存在しないはずである。
それはつまりどういうことか、あの人影は水の上に立っているということにならないか。
一瞬でそこまで考えた直後、
ザーッ!!!

と、傘もいらないほどの小雨だったのが、突如前が見えないほどの大降りになった。

「もう撤収するぞ!あいつ近づいてきたらマジ死ぬ!」
Yがそう叫び、俺達はその言葉に従って早々に撤退することにした。
『本当にやばそうなのがいたら身体が動く内に逃げること』
俺達が何度かの霊体験で学んだことの一つだ。
濡れた体を乾かすため、すぐ近くの俺の実家に向かったのだが、向かっている間中ずっと、雨にまぎれてすすり泣くような声が聞こえてたのはしんどかった。
俺はその後季節外れの風邪を引き、丸2日間寝込むことになり、肝が太いYとAも、二度とその祭りに行こうとは言ってこなかった。
俺もそれからその祭りには行っていない。
霊感あるやつはT祭りには行かないほうがいい。
最初に書いた人柱云々と関係あるかどうかはわからないが、あそこにはガチでやばい何かがいる。

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