『呪いに関わる一族』|洒落怖名作まとめ

『呪いに関わる一族』|洒落怖名作まとめ 祟り・呪い系
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『呪いに関わる一族なんだけど年季開けたのでお話します』

 

話す前に呪いって言われる物の種類を説明
個人的に相手を呪うこれは呪詛
丑の刻参りとかはこれだね
宗教的に呪いや災いを求むこれは祈呪
言い方は色々だけど陰陽の類
元々良くない物の祀ってたのを抑え込む為に新たに強い主宰神を祀りそれに眷する神で抑え込む
これは神道って分類されて呪いとは関係無さそうだけど実は密接に関係してたりします
この手の主宰神は天照大御神で少し大きな神社の周りにやたら小さな神社が点在してある事が多い
この場合小さな神社の祀神は〇〇の命(尊)や〇〇國主が多い

上記の天照大御神を祀ってる所でもなるべく夜には近づいたらダメだよ
天照大御神はお日様の神様って言われる通り夜には余り力を持たない
逆に夜は元々祀ってあった良くない物の時間に当てはまる事が多いから
丑の刻参りなんかを神社でするのはこの為だね

ウチの一族の話も神道にあたる
少なく見ても500年は鎮祈をやってる
引き継ぎの際に聞かされたまつわりは
まだ日本が荒れてた時代。俗に言う室町幕府の時代ね

その戦時代に戦乱から逃げる為に商人が筆頭になって十数人が山の中腹に集落を建てたのがウチの社の起源にあたるらしい

ある程度の時間が経って筆頭だった商人は集落の名主に
集落内で子供も大きく育ち集落も大きくなり始めた頃に
名主の息子が惚れた娘が他の男と逃げたのがきっかけで娘の家族が村八分にされたのがそもそもの始まりになったらしい

村八分にされた家族は両親に弟が1人
もちろん村八分喰らうと畑や仕事にも参加出来なく食べ物にも困る
家族は山を越えた村に食べ物を調達しに出たり山中の物を食べたり
でも名主の息子を筆頭に集落内での嫌がらせが激しく山奥に逃げたんだって

で、暫く経った後に山の向こうの村である病気が出たらしい
その病気は今でも名前変えてあるけど人権思想なんてない時代にその病気が出たりしたら一族郎等大変な目にあったらしい
伝染したり遺伝したりとか曖昧な感染法が言われて人間扱いされないどころか人里から離れた所に追い立てられるとかそんな感じらしい

その話にかこつけて名主の息子が山中に逃げた家族はその病気だから大変な事になる前に対処しようって言い出して山に逃げた家族の事を追い立てたんだね
家族は山中に自分達で作った家を構えてたらしいんだけどその家に家族を追い詰めて周りを柵と板で閉じ込めたんだって
柵と板の高さは今で言う所の3mくらいだったって

柵と板を要は塀にしたわけだけど今の跡地見る限り約8m四方くらい
囲いを作って暫くの間は子供の鳴き声や叫び声がしてたらしい
2、30日後には全く声もしなくなったんだけど名主の息子がそれを聞いて面白半分に取り巻きを連れて家族の所に行ったら変な笑い声の様な声が響いてて慌てて集落に戻って若い人間を集めて塀と塀の中の家を焼き払いに行ったらしい

武器になりそうな鎌やクワなんかも持って行ってたんだろうと思うけど
塀の一部を壊して中に入ると真っ黒な子供と腐った死体
真っ黒な子供は目玉も真っ黒らしくはっきり言って化物な姿形で振り返ると同時に先頭にいた若者に飛びかかり喉を食いちぎったので数人は山中に逃げて数人はその真っ黒な子供を襲い名主の息子と残りの数人は呆然としてたって
真っ黒な子供は動かなくなって持って来た油と火で家を焼き払い集落に戻って名主に事の詳細を伝えた

名主は息子のした事に思う所があったのか集落の人間を集めて山中の家に向かい供養をする事を決め
名主の息子は嫌々ながらも一緒に行く事に
塀も含めて辺り一面が真っ黒く焼け焦げた家族の家に着くとまず焼けた大人の亡骸を埋蔵し焼けた残骸を漁り子供の亡骸を探したけど子供の亡骸は見つからず日も落ちたので皆を連れて集落に戻る事に

それから数年くらいだと思うけど名主の息子が天然痘?の様な病気に悩まされ醜く変貌してしまい息子の為に名主が医者を街から招いた
医者の付き添いに先に話した名主の息子が惚れて集落から逃げた娘と少し年下の男と医者の3人で集落にやって来た
医者が名主の息子を診察し始めて家族が見当たら無いと娘に尋ねられた名主が罪悪感から事の顛末を娘に娘は事の顛末を聞いて山中に飛び出して戻らず数日が経ったので
集落の人間を連れて山中のあの家族の家に向かいそこで娘の亡骸を見つけて医者と連れ添いの男に事の顛末と娘が死んだ事を知らせた
名主の息子もその後直ぐに体が変色して亡くなったらしい

その後名主が亡くなるまでの二十数年の間に同じ様な大きな水疱の様なものが出来肌が褐色に変色する病気が何度かあったのとあの一家の祟りと言う噂と山中であの真っ黒な子供が何度か目撃されたのとがあり自分が生きてる間に供養の祠を建てて亡くなったって
名主さんが書いた日記みたいのがウチの当代引き継ぎの際に渡されんだけど名主さんが死んだ後も病気と真っ黒な子供は度々出て病気で死に肝だめしなんかで山中に行ったりした人が喉を食いちぎられた死体になって発見されたりって続いたみたい

元々は武家が収める土地に住んでた集落の人達だから集落を出てその話を武家の人や近くの村なんかで話した結果
武家連中の格好の遊び場になったらしい。で、真っ黒な子供の犠牲になった人もいたりして討伐隊が組まれるほどの騒ぎになったんだよね

真っ黒な子供は見つけられて武家の連中に斬りつけられたけど少しも怯む事も弱る素振りも無く向かって来るんで近くの大きな木に槍と刀で貼り付けられたんだって
真っ黒な子供は聞いた事も無い様な叫び声と奇妙な言葉らしきものを叫び続けたんで首を落とそうとしたんだけど貼り付けた木が邪魔で首は落とせなかったので鎖で縛り付け周りの土を掘りその土で真っ黒な子供を埋めたらしい

その埋められ方が過去にあの一家が閉じ込められたやり方と一緒で
木の周りに柵で囲い板で張る。その中に生き埋めになる様に土で埋められたんだよね
街に帰った後討伐隊は自慢気にその話を吹いて回ったんだけど討伐隊の数人が例の奇病にかかりそれが街に蔓延するのを嫌った領主が坊主を派遣
当時は仏閣と神社なんかの神閣はごっちゃだったのが主流らしく一家が亡くなった跡地には仏堂を建てて真っ黒な子供を埋めた木は神体にして木はそのままで社を建てたんだよね

仏堂は坊主が出入りするだけの静かな所
社の方は夜な夜なあの奇妙な叫び声が響くらしく相変わらず武家の連中の肝だめしの場所になったらしく埋められはずの真っ黒な子供の目撃と訪れた者の間に例の奇病がちょくちょく出たらしい

領主が立ち入りを禁じる為に社の周りに柵を建てさせ中にいる物を閉じ込める為に呪いを社にかけさせたんだよね
その呪いをかけた鬼道者がウチの先祖にあたるんだけど呪いってかけてる一族にも及ぶので150年周期で一族の家の持ち回りになったらしくウチで3家目になる

明治の廃仏棄釈や大戦時の軍の摂取何かの時に社や仏堂なんかも荒らされたけどその度に例の奇病が出たり真っ黒な子供が出たりしたので未だにウチの一族の持ち回りにて管理されてる
柵は形は変えて今は金網になってるけど中の社はそのままの形で残ってる社は直したりもしてるけど神体はそのまま
ウチの一族は神体を山藁様って呼んでるんだけど未だに山藁様の祟りは残ったまま

時折どこで聞いたのかは知らないけど肝だめしに来る人がいるんだよね
俺が当代の引き継ぎ後にも山藁様の社に入って例の奇病になって連れて来られた人が数人いたしウチ一族は山藁様の伝承を疑わないけど面白半分で祟られてる人が未だにいるんだよね
先先代は奇病に対して何かしらの力で緩和させれたらしいけど俺は無理だった
我が家の年季は開けたから俺が山藁様に関わる事は無いけど
人道が無い山奥の神社や最初に書いた大きめの神社の周りに小さな神社が点在してる様な所の封鎖された場所には近づいちゃダメだよ
ウチの山藁様もそうだけど良くない物を祀ってた場所は少なくないらしい
良く無い物を閉じ込める場合は神様の力を借りて呪いって形で閉じ込めてる事が多いから近づかせない囲いがある場所は元々の神体が祀ってある場所
みんなも気をつけてね

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