四年越しの約束
時に小学3年生。
学校が終わると、真っ先に家に帰りランドセルを放り、
Uターンで家から飛び出しては、ほどない距離にある児童公園へと遊びに行っていた。
そこには同じように集う友達が幾名、公園は子供なりの社交場として機能し、
来る日も来る日も友達同士そこで夕方まで遊ぶ生活を送っていた。
そして話は変わって、この公園には時々現れる名物の少年がいる。
歳は同い年、容姿も至って平素であるが、三つの非凡な点が挙げられた。
一つは彼には悲しいほど友達がいないこと。
もう一つは家が裕福であること。
もう一つは彼は公園に来る前に、予め駄菓子屋でお菓子を買い漁り、
そのお菓子を公園内の同い年くらいの子供達に配って回っていた。
そしてお菓子を配り終えると、あげた子供達の元に遊びの輪へと赴き
「僕も仲間に入れてよ。」と言う。
そういった哀しい習慣を持った少年だった。
しかし、小学校低学年の子供達の話である。
お菓子を配った彼からしてみたら残酷な話ではあるが、
義理が必ずしも通るとは限らず、
遊びの輪に入れてもらうよう懇願しても、
中々の高確率で拒否を受けていた。
ただ、思い返すに、拒否した子達の心理は決して理に適わぬことではなかった気がする。
「お菓子はあんがとっ。でも遊び相手としてはつまんねえから御免だね~。」
と、いった安易な疎外ではなかったと思う。
むしろ、
「お菓子を配った直後に『僕も仲間に入れて』っていう行動が、
あまりにも・・なんというか重すぎる。遊ぶにしても心が砕けないよ。」
に近い心理だったはずだ。
非常に気持ちはわかるが、大人の理屈で言えば
お菓子をもらった以上、気立ての良さも見せてやれとも言えるし、
重圧を感じるのなら初めからお菓子を貰わなければ良い話だ。
しかし、小学2、3年の鼻から汁を垂らす餓鬼共は、
目先のお菓子を食べ、目先の重苦しい少年を払いのける。
そういった当座しか考えない選択を重ねていったわけだ。
当時の自分は当時から根が臆病な気があったので、
お菓子は押し付けられても拒否していた。
俺の親が、他人から物を貰うことに関しては厳しい躾を展開していたのも関係している。
しかしそんな俺も所詮餓鬼は餓鬼。
ある日、お菓子を甘受してしまうのだった。そして、、、
何故その時に限って貰ってしまったのか。
その理由は今となっては思い出せない。
しかし何にせよその時俺はお菓子を貰った。その事実だけは確かだった。
そのただ一度だけ貰った日、
そして貰ってからの展開は今も記憶に鮮明に焼き付いている。
彼はいつものようにお菓子を配り終えたところで、
懲りることもなく、目に付く同年齢の子供達に話し掛けて回った。
その日は彼からしたら「不作」だったのだろう。
ことごとく拒否を受け、彼は顎を軽く持ち上げ途方に暮れた顔をしていた。
そんな彼の姿を「可哀想になぁ」とお菓子を喰らいながら眺めていた、その時。
彼がパッとこっちを見た。目が合う。彼はそのまま体の向きも視線に合わせ、
そして真っ直ぐに俺の元へと駆け寄ってきた。
彼「ねぇ、遊ばない?」
俺「え・・あ・・」
彼「なんかして遊ぼうよ!何する?」
困った。
彼の悪癖ではあるが、遊びの企画や内容は完全に相手に任せてしまう。
ましてや、初対面に近い立場で1対1である。
この状況において楽しめる遊びなどロクにあったもんじゃない。
彼と遊ぶこと自体は引き受けてもよかったのだが、
ただ企画がどうしても思い浮かばなかった。
俺が悩みあぐねいているのを尻目に、彼は指示を享受する気満々な顔で俺を覗き込む。
その時の、小学3年なりの稚拙な脳を持った俺は思わずこう彼に言った。
「ごめん、今は無理!」
勿論、実際は全然無理じゃない。
暇ならあるが、ただその場をしのぎたかっただけに発した言葉だった。
そして彼からは当然の返答。
「忙しいの?」
「うん、忙しい・・。」
当然、彼は喰らいついてくる。
「じゃあ、明日なら大丈夫?」
「えーと・・明日も駄目。」
「じゃあ明後日は?」
「ごめん、駄目・・。」
「いつなら大丈夫なの?」
そして俺は何とも飛び抜けた返答をした。
「4年後なら大丈夫。」
何故4年という数字を打ち出したのかは今もわからない。
ただ当時8歳の子供にとっての「4年後」とは、
果てしなく遠い未来であり、霞み掛かって到底予見の及ばない話だった。
彼をそんな霧中の奥へと振り払いたい一心だけは容易に考えに及ぶ。
して、次に驚くべきだったのは、この苦しい返答に、更に彼が返した返答だった。
「うん、わかったよ。」
承諾したのだ。まさかとは思いドギマギしつつ、俺は
「じゃあ、これからは暫く忙しいからうちに帰るね。」
と言ってその場を退いた。
ここで帰らなくては彼への発言の辻褄が合わなくなり、
そのためだけにその日は家に帰って、夕方の子供番組の時間まで暇を持て余していた。
それからというもの公園で彼を見かけたら、4年後まで忙しいと言ってしまった手前、
そそくさと別の公園へと場を移して逃げ回ったのだが、
そんな下らない気遣いも1回か2回しかしなかったと思う。
空約束をして間も無いある日を境に、彼はその公園にはパタリと現れなくなった。
やはり子供とはポジティブでいて、そして残酷だ。
当時の俺もそれに然る。4年に到底及ばぬ一ヶ月間を経ては、
彼との約束などすっかり忘れてしまい、変わらぬ公園で、変わらぬ友達と、
そしてまた変わらぬ時間を過ごしていた。
時は流れ、
で、
時に中学1年。
かつて小学生の頃遊んでいたあの公園は中学への通学路の傍らにあった。
公園を過ぎてすぐのところに自宅であるマンションが高く聳える。
その日もいつもと同じように授業を終え、
我が家へと下校を済まそうというところ、
公園の横を通り過ぎると、何やら公園を挟んだ反対側の道路に同年齢っぽい少年が目に付く。
その少年は柵、公園、更に柵を超えた難儀なところからこちらを見ている。
とはいえ見覚えのない顔であるし、ただ「見ている」というだけのこと。
気には留まったが、何かの偶然か、人違いかで見てるだけだろう。
そして公園の横を抜け、マンションの入り口を眼前にしたところで、
俺が通る道と、その怪しい彼が通る道は1本に統合された。
同じ道に立ったところで彼はますます深く俺の顔を見てきた。
流石に此処までなると俺も気味が悪くなり、
相手の顔をチラっと見た。目が合う。
彼はそのまま体の向きも視線に合わせ、
そして真っ直ぐに俺の元へと駆け寄り、開口一番。
「ねぇ、4年前約束したさぁ。」
これマジ話。
その日を前後して、彼を地元で見かけることは全くなかった。
なのに、その一日に限って、彼はかつて約束を果たした場にまた現れたのである。
だから推測ではあるのだが、
きっと彼は小学3年の時期を境に、
何らかの環境の変化があって、
俺と共通であったその地元に来る機会は無くなっていた。
だけど彼は約束を忘れることはなく、
4年前に交わした約束を果たすためだけに、
あの日、かつて約束を交わした公園の脇に立ち、
耽々と、俺の帰りを待ち続けてたんじゃないかって。
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