山の神様に魅入られたヲタク【名作 長編】
二年前くらいの事なんだけど、高校卒業して入った職場が役場の臨時職員で、回りが一回りも二回りも上の人ばかり。
他の職員の人たちとジェネレーションギャップあり過ぎて、距離感が掴めなくて俺はテレビもあんまり見ないし、音楽も特に興味ないからなおさら話が続かない。
それに特定のおっさんからパワハラみたいな感じでからかわれて、半年とかで辞めてしまった。
二週間くらいは、ただ家でぼんやりすることしかしてなかったけど、ちょっと気分転換に散歩に行こうと思って、ある日家を出てみた。
特に行先とか考えずに歩いてたら、目の端に山が入ってそこに行こう……って、なんでだかそう思った。
その山は小学校の近くの山で、そんなに大きくない。
子供の足でも三〇分くらいで登れるくらい小さい山。
住んでる所がド田舎で、回りに何にもないから小学校の頃は皆でその山登ってエアガン撃ち合うって遊びばっかりやってた。
久々に登ると体力落ちてるのか結構しんどくてひぃひぃ言いながら大汗かいた。
その山のてっぺんには阿吽像の立った門と、その奥に小さな神社があるんだけど、それを見て首をひねった。
小さい頃の記憶だとその神社の扉は青く塗られた鉄の扉で、絶対開かない様になってたはず。
昔友達と中を見てみようって事になって、石で叩いたり隙間に棒突っ込んでこじったりしてもびくともしなかった扉が全開になってた。
中は結構きれいで、何にも置いてなくてガランとしてた。
その時は神社の関係者の人が掃除でもするために開けたんだろうって思った。
息も結構上がってて息するのもきつかったから、神社の階段に座って携帯いじりながら一休みしてたら、またおかしい事に気付いた。
あったかすぎる。
その時は一〇月で肌寒かったし、山の上は木で太陽の光もあんまり届かない。
それなのに春先みたいなあったかさだった。
あれ?って思ってるといきなり携帯の電源が落ちて画面が真っ黒になった。
不気味だなぁって思いながら電源をもう一度つけようとしてたら背筋がぞぉっとした。
真っ黒な画面に女が映ってた。
画面に映ってたって言うか、俺の背後にいた。
開け放たれてる神社の部屋の奥にいつの間にかいて、俺はそいつが人じゃないってわかった。
背がかなり高くて、黒だか灰色の着物だか浴衣だかを着てて、顔は黒い画面でもわかるくらい真っ白。
真っ黒で長い髪を風も吹いてないのに左右上下にゆらゆらさせてた。
ソイツはすぅって滑るみたいにゆっくりこっちに近づいてきた。
俺はもう怖くて怖くて逃げたいのに体が固まっちゃって全然動けなくなってた。
どうしようとか考えてる内に、もうあと数歩のところまで近づかれてて、周りはあったかいのに体の芯は冷たくてしょうがなかった。
もう触れんばかりまで近づいてくると、その女はゆっくり屈んできた。
画面には女の腰までしか映ってなかったけど、このままだと顔を見てしまう。
怪談話だと顔がぐちゃぐちゃだったりって話がよくあるのを思い出して泣きそうになった。
そしていよいよ画面に顔が映った。
ぐちゃぐちゃでは無かった。
中性的な顔つきしてたけど、その目が怖かった。
白目が無くて全部真っ黒。
口の隙間から掛かる息が異常に熱かったのを覚えてる。
数秒が何時間にも感じる程緊張してた。
どうしようって必死に考えてると、その女が手を伸ばしてきた。
横目で見たソイツの腕は大理石かと思うくらい真っ白で何となく光沢があった。
俺の肩に女の着てる着物の袖が掛かった。
それは柔道着みたいにどっしりしてた。
ぬぅって伸ばした女の手が俺の持ってる携帯を掴んでぐいぐい引っ張ってきた。
恐怖でガチガチになった俺は携帯をかなり強く握り絞めてたみたいで中々取れない事に腹が立ったのか、それまでより強い力でグイッと引っ張られて携帯をもぎ取られた。
そこでもう恐怖の限界を突破して何が何だか分からなくなって駆け出した。
比喩じゃなく文字通り山を転がって山の入り口まで降りてった。
転んで腫れるわ笹の葉で手を斬るわで傷だらけ、携帯も頂上に置いてきちゃったしもう散々。
今から戻って携帯取りに行くのは絶対やだったからとぼとぼ家に帰った。
家に着いて泥だらけの服を脱いでる時にまた驚いた。
ズボンのケツポケットに携帯が入ってた、いつの間に入ったのか分からなかった。
その日から何日かガクブルしながら過ごしたけど特になんも無く過ごした。
それで、去年の七月の事
親戚のばぁちゃんの三回忌でお寺に行くことになった。
友達の母親がおかしくなってその寺でお祓いうけた事あるって話を聞いたことがあったから、俺もあの山でのこと話した方がいいかな?って思ったけどそこの坊主は外車乗ってるし、酒癖悪いしで俺からみるとクソ坊主にしか見えなかったし、あれから特に心霊現象がある訳でもないから、別に良いかなって結論になった。
寺に着いて親戚一同と合流して寺の中に入るとお坊さんが挨拶して招いてくれたんだけど、俺の顔見たらなんか目を見開いて神妙な顔つきになった。
何だろうと思いながら寺に入ろうと靴を脱ぐと「待った、君は入らなくていい。終わるまで外で待ってなさい」って言われた。
俺も親も親戚もぽかぁんとして何故か理由を聞いても教えてくれなかった。
何か失礼なことでもしたかなぁって思いながらお経と説教を寺の外で聞きながら待った。
全部終わってから少し離れた店で食事会があった。
親戚と坊主でなんてことのない世間話をしながら寿司を食ってたら、「山口さんの所は、孫、あきらめるしかないねぇ……」って坊主が言って来た。
酒も入って顔が真っ赤だったけど、その声は素面の時と同じ喋り方だった。
俺も親も親戚もいきなりの発言に眉をひそめた。
父親が「寺でのことといい息子が何か失礼なことでもしましたか?」って聞くと坊主が言った。
「あっいやいやそういう事じゃぁないんだけどね」
「真司君。キミさ、あっちの山で何かあったでしょ?」
俺はそれを聞いてあの時の事を思い出した。
周りはシーンとして誰も話さないし、坊主の鋭くなった視線に何となく耐えれなくなってあの時の事を話した。
全部話すと坊主は「はぁやっぱり」って顔をした。
父親が「それは何か悪い者なんですかね?」って坊主に聞くとまた焦った様に首を振った。
「悪い者じゃないよ。山の神様だね、真司君はソレにあったんだね」
一人だけでうんうんと納得して頷いてた。
「それで何で孫は諦めろなんて事を?」
父親がやや喰い気味に問うと坊主は唸りながら言った。
「真司君は魅入られたみたいだね。後ろにまだ憑いてきている」
それには親戚一同もざわっとなった。
「きっかけは何か分からないけども、真司君は婿さんみたいなのにされてしまったね」
俺は「どうにかすることは出来ないんですか?」って聞いた。
坊主は「小さい山居たって言っても神様だからねぇ、強いしちょっとやそっとじゃ諦めないからねぇ」
と自分にはどうすることも出来ないと言う感じでこう言って来た。
母親が不安そうに「じゃあ結婚も出来なければ子供も生涯出来ないって事ですか?」と聞くと
「独占欲が強そうだし付き合ったり結婚したりしたら、相手の方が怪我したり危害を加えられちゃうかも知れないね」
とのことだった。
俺はイケメンでもないしオタク趣味だから、ハナから結婚なんて諦めてたからそれに対しては何とも思わなかった。
家に帰ると両親は、まぁ真司はダメでも兄がいるし孫はソッチに任せよう。
神様に気に入られるなんて名誉なことだなんて言ってた。
それから何度か不思議現象があったけど、特に怖い心霊現象には襲われず、実感も無く今に至る。
正直坊さんの話も何言ってんだコイツ?って感じだし、俺はあんまり信じてないんだが……
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