5(一)祭囃子
これは小学校〜高校まで続いた話や。
ワイが一人で寝つけない夜、
時々遠くで笛と太鼓の祭囃子が聞こえるんや。
聞こえるのは数年に一回程度で、
決まって夏の夕立後の涼しい夜やった気がする。
ひょっとこが踊りだしそうな、
割と楽しげな一定のリズムと音階をずっと繰り返すんやけど
次第に音は遠くなっていって、
ワイはそのうち寝てしまうんや。
とうとう中学ん時、
このお囃子は何や?と疑って
正体を確かめようと思い立った。
真っ先に思ったんは
実家の裏手にある神社の神楽舞の練習や。
今はもう廃れて長いが、
その頃は地域の小さな神社にも神楽舞を奉納する風習が残っとった。
薪能とも狂言ともつかん、
演目の意味も誰も分からなくなったような代物や。
氏子の年寄がシテ方、
ワキ方(神楽を舞う人)を毎年交代でやり、
演奏方は基本的にその息子たちが担った。
田植えが近くなると神楽舞の準備がはじまって、
関係者は公民館で練習をしてた。
舞の奉納自体はGW前には終わる。
だから夏に聞こえてくる祭囃子は、
演奏方のヤツが腕が鈍らんように練習しとんのかなと思ったんや。
ワイの家は演者の家ではなかったが、
ジッジが昔区長として神楽を取り仕切ったことがあったから、
ある日ジッジに聞いてみたんや。
ジッジ、
ワイには時々妙なお囃子が聞こえるが何か知っとるか、
演奏方の誰か練習しとん?と。
ジッジはワイの話を聞くと、
目を細めてこう行ったんや。
「もうワシには聴こえんばってん、
昔はよう聴こえよった、聴こえよった。
こぎゃん音頭やろ?」
そういってジッジは、
ワイが聞いてたのと同じ囃子を口笛で吹いた。
ワイは音痴やから
お囃子の音まで伝えてなかったから、
心底驚いたで。
※補足
「ふきちゃん」に出てきたのは母方のジッジ。
いま出てきてるのは父方で、同居してたジッジや。
ジッジは
「ありゃあ、畑ん神さんの祭りたい。
もうワシには聴こえんけん、
神さんはおらんごつなったと思うたばってん、
まだおるたいなぁ
(もう神様は居なくなったと思ったんやが、まだおったんやね)」
とニカニカして米焼酎をあおった。
神楽の練習は騒音になるからと
公民館以外ではやらないらしかった。
ちなみに神社の祭神は天神さんやけど、
きっとローカルな神さんもおったんやろうな。
高校卒業してワイが地元を発つまで、
その音はときどき聞こえていた。
最後に聞いたんは大学受験勉強中、
やっぱり夕立後の涼しい夜やった。
ワイは窓を開けて、
楽しげな音色をぼんやりと聞いてたんや。
その前年にジッジは逝ったから、
なんとなくジッジも聞いとるんちゃうか、と思った。
ワイは夏に帰省しても
もう祭囃子は聞こえんくなってしもうたが、
地域の若いやつが聞いてたらええな。
6(三)アパートの子
小4の春、
ワイは一時期だけ叔父の家に住んどった。
家庭的な事情は割愛するが、
実家から離れた県庁所在地にある叔父一家のマンションに
お世話になってたんやな。
叔父の息子(ワイから見たら従兄弟やね)はよくしてくれて、
マンションの子らとワイを引き合わせてくれて、
皆でマンションの中庭でよく遊んどった。
中庭で
「だるまさんがころんだ」をやる時のルールがあったんや。
『アパートの子が来たら解散』
マンションの裏手に藪があって、
その奥に小さな木造アパートがあったらしい。
そこの子が、
「だるまさんがころんだ」に
いつの間にか混ざることがあるんやと。
まぁ今だから言えるが、
アパートとの経済的格差を意識して、
マンションの親たちが代々言い聞かせたことが
受け継がれただけかもしれん。
そして混ざるのは生きた子じゃないことも、
マンションの子供たちには
暗黙の了解として認知されとった。
その日、ワイがだるまさんの鬼をやった。
従兄弟含めマンションの子が
6人くらいおった気がするわ。
何回目かの
「だるまさんがころんだ!」の掛け声で振り返ったとき、
中庭の隅っこに知らん男の子がおったような気がした。
背の低い髪の短い子やった。
身なりは普通で、
幽霊めいた所はなかったように思うんやが、中庭に入るには
オートロックで仕切られたマンションの通路を通らなあかんし、
知らんマンションの子が入ってきたら普通は誰か気づく筈や。
ワイはブルッと来たが確証が無かったため、
とりあえずだるまさんを継続することにした。
ところが振り返るたびに、
その子が近づいてくるんや。
庭木の陰、分電盤の下、すぐ目の前の排水管の陰…
ワイは
「この子にタッチされたらどうなるんや?」
と思った、
そしたらめちゃめちゃ怖くなった。
そして「だるまさんが…」と言った時、
肩をぽん、と叩かれた
半分小便漏らして
(これは叔母に苦笑されたからよう覚えてるわ)
振り返ると、
楽しげにスタート地点へかけ戻るマンションの子たちの背中が見えた。
誰かが普通にタッチしたんやろうな。
その中にあの男の子はおらんやった。
その後、
従兄弟含め皆がが鬼をやって、
別の遊びもして夕方には解散した。
帰りのエレベーターの中で、
従兄弟がワイに
「男の子だったど?」
と突然言った。
「一人混じっとった男の子。見たど?」
聞けば従兄弟が鬼のときも
知らん男の子か混じっていたらしい。
ワイはさらに肝が冷えたが、
実はこれは初めてでは無いらしい。
だるまさんがころんだだけでなく、
例えばゲームボーイを持ち寄って中庭で遊んでいるときも、
不思議そうに覗き込む男の子の視線を幾度も感じてたらしいんや。
ワイはルール通り解散しなくて良かったんか聞いたと思うが、
従兄弟が何と答えたか覚えとらん。
多分実害がないからほっといてるとか言われたと思うんやが。
従兄弟はだれでも遊びに混ぜてくれるような優しいやつなんやなぁ、
って感心した覚えがある。
その後叔父の家から実家に戻って、
ワイはあのマンションに一度も行ってないわ。
次の盆に従兄弟とあったら
あのときのことを改めて聞いてみようと思っとる。
7(捕)お客さん
また母方のジッジの家での話や。
ちょうどふきちゃんと遊んでたのと同じタイミング、
つまりワイが預けられてた時のことや。
ジッジは勤め人だったんやけど
生家はいわゆるなんでも屋みたいな物を代々営んどったらしく、
離れはその店舗跡やった。
なんでも屋と言えば聞こえはいいんやが
金物屋に毛が生えたような物で、
お菓子や生活雑貨なんかを揃えてたらしい。
先代(ジッジの父)が長く切り盛りしとったが、
70年代で店はやめたらしいわ。
ふきちゃんが来なくなった後か前かは定かじゃないんやが、
その日も縁側でワイは寝そべって遊んどった。
HGのズゴックと、
たしかゼータガンダムを戦わせとったと思うわ。
縁側はちょうど西向きやって、
夕焼けが強くてカーテンを閉めるか迷っとったような、
そんな妙なことを覚えとるわ。
ゼータとズゴックの戦いが佳境の時、
「もし」と声をかけられた。
ワイはびっくりして顔をあげると、
いつからそこにおったんか、
ガラスのサッシを挟んで男の人が庭に立っとった。
西日が強すぎて男の顔は全然見えんやったけど、
両足をそろえてぴんと気をつけをしとって、
えらい姿勢が良かった。
ワイはジッジの知り合いが来たと思って、
寝そべったままやと失礼やから体を起こし、
サッシを開けようとした。
よう見るとその人は、
うなじが隠れる日避けつきのボロボロの帽子を被っとって、
足にはゲートルを巻いて腰に鉄でできた丸い水筒を下げてうつむいとった。
ジッジの蔵書の戦争資料集の写真で見た、
兵隊の格好と同じや、と思った。
今思えば、あれは陸軍の制服やったんやね。
床が高いせいで、
ワイが立ち上がるとその人と同じくらいの身長になった、
つまりガラスを隔てて目の前にお客さんの顔があるはずやのに、
やっぱり夕日で影になって顔は見えないんや。
ワイはそのお客さんが人間なんか分からんくて立ち尽くした。
「こちらに飯塚圭一様はおいでですか!」
お客さんは突然ワイに話しかけた。
妙なんは、
ガラス越しの筈やのに聞き取り辛かった覚えがない。
キビキビした、
妙に楽しげな明るい声やった気がするわ。
飯塚はジッジの、
つまりこの家の名字やったが、
名前に聞き覚えは無かった。
ワイはどう答えたか覚えとらん。
怖くて何も言えんかったかもしれんし、
何かを話したかもしれん。
ただ、
「こちらに飯塚圭一様は、おいでですか!」
男はさっきと寸分違わぬ調子で、
突然もう一回聞いてきた。
ワイは表情の見えない男と、
まっかっかな庭とがめちゃめちゃ恐ろしゅうなった。
「こちらに飯塚圭一様は、おいでですか!」
ワイの涙腺と股間は臨界した。
ワイのなき声を聞いて、
バッバがかけつけたと思う。
バッバにはその男は見えとらんやったと思うわ。
ワイはバッバに手を引かれて台所へ向かった。
ふり返ると、
やっぱりというか、案の定男は消えとった。
ただ置き去りのゼータとズゴックが、
縁側に長い影を作っとったんを覚えとるわ。
バッバの葬式の時、
健在だったジッジにその話をした。
戦後すぐの頃、
そうして幾人かの帰還兵が訪ねてきたことがあった、
とジッジは話し出したんや。
ジッジの長兄の圭一氏は陸軍軍人で、
南の島で行方不明になっとる。
終戦後、
無事に帰ってこれた人たちが兄の消息を訪ねに来ては、
まだ帰らない兄を思うジッジとジッジの父を励ましてくれた事が何度かあったんやと。
「それは戦友が訪ねて来なはったとばい」
と言って、
祖父は仏壇をずいぶん長いこと眺めとった。
ちなみにワイはいまもガノタやが、
シャア専用ズゴックだけは無理になってもうた。
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