『復讐』|洒落怖名作まとめ【祟り・呪い系】

『復讐』|洒落怖名作まとめ【祟り・呪い系】 祟り・呪い系
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復讐

『先月、会社を辞めざるを得なかった時の話。』|洒落怖名作まとめ【祟り・呪い系】

 

事の始まりは去年の6月ぐらい。上司のパワハラからうつ病になって休職した。しかし両親はガチ団塊世代。
精神的な病気への知識、理解まったく無し。
「うつ病?何それ?いいから早く会社に行け!」
顔を合わせばそればかりだった。家族で飯食ってる時の無言の圧力が辛い。これでは治るものも治らないと家を出る事にした。

そして家を出るに際し飼っていた犬を連れて行く事にしたポメラニアンで名前はみるく。
まず不動産屋を巡ってペット可のアパートを探したが中々見つからない。あってもまず家賃が高い。休職中で無収入の身にはまず無理。安い所は、すごい僻地とか一階テナント部分がヤのつく人種の事務所だったりした。
そして何件目かの不動産屋で紹介されたのが一件の借家。

ややボロだったが、家賃も相場より安め。何よりアパートではないので犬が少々吠えてもクレームがくる可能性は少ない。中も見ずにそこに決めた。
次の日は冷蔵庫や洗濯機の家電を買い揃えて引越し屋を呼ぶ。他には荷物なんてパソコン、布団、衣類ぐらいで大して無かった。その次の日、いざ引越し。
そして玄関から鍵を開けて始めて中に入った。

最初の感想としては内部はリフォームされたのか外装のボロさとはうらはらに意外と綺麗。嬉しい誤算、と思った次の瞬間、(何だこの壁は?)玄関を半分塞ぐ形で壁があった。簡単に図にすると

1  廊下  1
1   ーーー ←謎の壁
1       1
1  玄関  1

(何で壁がこんな所に?)明らかに出入りするのに邪魔。
そもそも存在事態が謎。疑問を感じつつも引越し屋に荷物を運び込んでもらう。その後家電品が届き、設置。
ここで二つ目の?に遭遇。縦60cm、横40cmぐらいの「扉」がリビングの床と壁の境の所にあった。取っ手が付いている。引いて開けてみると中は縦横1m、高さ70cmぐらいのスペース、しかし下はむき出しの地面、周囲は太い折れた角材やコンクリートをグチャ混ぜにしたようもので全面覆われていた。

(何だここは?家の基礎部分でもないし収納スペースでもない、そもそも何の為の場所なんだ?)

疑問を感じつつも引越しの作業の途中だった事を思い出しテレビとゲーム機、パソコンの配線とか床に絨毯敷いたりしていたら時間はすっかり夕方。その時、犬のみるくが急に吠え始めた。ちなみにうちのみるくは無駄吠えはしない。

吠えるのは「知らない人が自分の縄張り(家)に侵入した時」だけ。だから引越し屋や家電配達の人に吠えたら迷惑になるかと思い、それらの人が帰ってから車から家に入れた。
しばらくは新しい家の中をクンクン探検していたがそれも終わったのか、ケージの中のベットで横になっていた。
それが突然吠え始めた。上記のようにみるくが吠えるのは「知らない人が入ってきた時」だけである。

しかし家には自分とみるくだけ。(環境が変わって何か別のものに吠えるようになったのか?)犬を飼育した事のある人なら分かると思うが、基本的に犬が吠えるのは主人に何かを伝えようとしている時だ。食事の要求だったり警戒の合図だったりする。しかしこの時のみるくの吠え方は明らかに「知らない人への警戒」だと分かった。

そして声が聞こえた、小さな女の子の声で、「ねぇちゃ~ん」とはっきり聞こえた。その後みるくの吠えは収まった。(家の脇の路地か何かを通った子の声だな、壁が薄いからみるくは家の中と勘違いしたのか?)とにかく引越しで疲れていた俺はその日は寝る事にした。

次の日、みるくを連れて散歩に出た。そこで俺はある事に気がつき驚愕した。昨日、女の子の声がした方向にはすぐブロック塀があり、人が入れるようなスペースなど微塵も無かった。そのすぐ脇は片側2車線の道路である。そんな所に立って姉を呼ぶ少女などまずいないだろう。
これまで霊感0で幽霊などにはまったく縁がなく、加えてビビリ屋でもあった俺はもうすっかり恐ろしくなってしまった。

これはもう知識のある人に助言を求めようと考え、当時の実況スレに状況を書き込んだ。まず言われたのが玄関の壁と謎の扉の写真をアップロードすることだったアップロード後、「扉の前に盛り塩しろ」「いや盛り塩は霊を閉じ込めるから良くない」だのこれといった解決案は得られなかった。

中には「その声を録音してアップしろ」等完全に他人事として楽しんでいる方も少なくなかった。俺はスレへの書き込みを止め、

(やはりお寺か神社の本職に頼むしかないのか、しかし自分にはお金が無い)

そしてその日の夕方もみるくが吠え出し、やはり聞こえた。
「ねぇ~ちゃん~ごはん~」
(家の外側…違う、あの扉からだ!)

(俺は男なのに何故ねぇちゃんを呼ぶ?頼むから呼ぶなよ!)

と思いつつも口には出せず恐怖のあまり硬直する俺。

吠え続けるみるく。しばらくしてみるくが吠えるのを止めた。俺はその場にヘタリと座り込んでしまった。

(こんな所からは一日も早く出たい、しかしまた新居を探して引越しするのは金が掛かる)

もちろんそんな金はない

ここで俺は昔近所にいた拝み屋のばあさんを思い出した。
既に他界されているが、昔俺のじいさんがお世話になった事がある商売の取引先の相手から、日本刀を貰ってからというもの突如じいさんは体を壊し医者に行くも原因不明で、日に日に痩せこけて衰弱していった。そこで拝み屋のばあさんを呼んだところ、じいさんの寝ていた居間に一歩入るなり、「この刀が原因じゃ。」と鷲掴みにして持って帰った。
で、一週間ぐらいしてその日本刀は帰ってきた。

その後じいさんはみるみる回復しまた商売に復帰した。
当時子供だった俺はその拝み屋のばあさんに日本刀に何をしたのか聞いてみた。如何せん子供の頃の記憶で詳細はあいまいだが、確か(塩を混ぜたお酒に刀を浸し、その後砥ぎ師に砥ぎ直してもらった)
概ねそんな感じだった。(これだ…)直感した俺は次の日、近所のスーパーで天然塩と日本酒を買ってきた。そしてコップに日本酒と塩を混ぜて作った「退魔水」を手に件のドアへ向かった

そして「ここにはねぇちゃんはいないから呼ぶな」ボソリと扉に向かってつぶやくと、持ってきた「退魔水」を五本の指につけてピチャピチャと弾け飛ばすように降り掛けた。十回ぐらい同じ要領で降り掛けて終了。本当は扉を開けて中にぶちまければ一番いいのかもしれないが、もう扉を開ける勇気はなかった。
それでも不安だったので、扉の取っ手の脇をガムテープで接着した。以上作業終了。

そしてその日の夕方、みるくは吠えなかった。そう、声はしなかったのだ。(やった…)「退魔水」は効いたのだ、そう確信し、明日からやっと心穏やかに過ごせるとその日は寝た。

その夜だった。時刻は分からないが目が覚めた。冒頭にも書いたが俺はうつ病を患っていたので、毎晩医師から処方された睡眠薬を飲んで寝ていた。ゆえに夜中に目を覚ますなど一度もなかった。そして人生始めてのいわゆる「金縛り」状態。異常事態である。その上、俺の腹から胸に掛けて何かが「乗っていた」
黒いモヤのような不定形生物のような…あまり重さは感じなかった。
それが段々と形を成していき、それと比例して俺の体にかかる重さがどんどん増えていった。(く、苦しい…)そう思っても体はまったく動かない。

(どこでもいいから動け!とにかく動け!)そう念じると首だけが若干動いた。首を左に動かす、左はリビングの方だ。
その瞬間に見てしまった。あの「扉」を。そして開いているのを。
(---------ッ!?)声にならない悲鳴というのは本当に声にならない。そしてその瞬間、頭を両側から鷲掴みにされ顔を真上に向けられた。そこには十歳前後の少女の顔があった。
ただし本来眼球があるはずの部分ががらんどうで真っ暗だった。
そして頭部が半分欠けていた。そして俺は「それ」と目が合った。
目が無いものとどう目を合わすのかと思うだろうが、俺の中でそう感じた。その瞬間意識はブラックアウトした。

翌朝、目が覚めた。昨夜の出来事は何だったのか、夢か?
いや夢であってくれ。そう願いつつリビングの方を向くと「扉」は閉まっていた。(やはり夢だった)安堵するのもつかの間、「扉」をよくよく見た俺はぶったまげてしまった。
切れているのだ。接着したガムテープが。
鋭利な刃物で両断したかの如く。しかもテープの切り口がこちら側を向いていた。つまり「扉」の中から切ったのだ。

まだみるくが死んだという実感が湧かなかった。今こうして抱いていてもとても死んでいるとは思えない。床に下ろせばいつものように撫でて、撫でてと俺の足に飛びついて来るんじゃないか…そんな気さえした。そっと床に下ろしてみる。しかしやはりみるくは動かない。死んでいるのだから当然だ。死んでいる、死んでいる、いや違う、殺されたのだ。「扉」の向こうの「あれ」に。殺された。
両親と疎遠な今、みるくだけが唯一の家族だった。その家族が殺されたのだ。
「あれ」に。そう思った時、俺の精神の大切な何かが壊れた。
思えば毎日毎日抗うつ剤と称して大量の薬を医者から飲まされていたのも一因かもしれない。一日40錠以上も服用していたのだ。当時は分からなかったがどう考えても異常な量だ。自分では至極まともなつもりでも、傍からみれば既に俺は十分異常者だったのかもしれない。

件の「扉」がキイキイやかましいので蹴りつけるように閉めた。何故「扉」が勝手に動き続けているのか考えもしなかった。
夕食の時間だったが食事をする気にもなれなかった。
風呂に入っていつも通り睡眠薬を服用して、そっとみるくの遺体を抱いて寝た。
その晩、夢を見た。睡眠薬を服用するようになってから多分始めての夢。
内容は最悪だった。みるくが弄り殺しにあっている夢。真っ暗な闇の中に一本の黒いゴムのようなもので出来た道がある。そこをみるくはキャンキャン鳴きながら何かから必死に逃げていた。
しかしみるくがいくら走ろうとも一向に前には進まない。何故ならその道は言わばルームランナーのようになっていて、いくら走っても逃げられない。そして突然道に白い帯状のものが現れる。みるくがそこを通過する瞬間、みるくの体が「く」の字に曲がり浮き上がったかと思うと下に強烈に叩きつけられる。何度も、何度も、何度も!

やがてみるくが口から血の混じった胃液を吐き出す。それでも叩きつけは終わらない。
しばらくしてぐったりとみるくが動かなくなると叩きつけが止まる。この時みるくは始めてこっちを見た。泣いていた。そして声にならない声で必死に俺に助けを求めていた。
俺も必死に駆け寄ろうとするが、俺がいくら近づこうとしても少しもみるくに近づけない。
結局そこでの俺は無力な傍観者に過ぎない。声も出せず手も伸ばせない。「俺」という意識だけがあるような感覚。そして否応なしに見せられる愛犬の殺されていく過程。
叩きつけが終わると今度は「踏みつけ」だ。仰向けにされたみるくが何度も踏みつけられていく。口からは「ゴボッ」という声と血を吐き出し、肛門からは糞を垂れ流していた。
やがてみるくはビクビクと痙攣し、そのまま動かなくなった。そしてまた始まるのだ、みるくが鳴きながら逃げているシーンから…自分の愛する家族が目の前で弄り殺しにあう光景を何度も見せられて、精神をまともに保てる奴などこの世にいるだろうか。

何度みるくの死に様を見せられたか、突然目が覚めた。そして目の前にいたのだ、「あれ」が。
そいつは目の無い目で俺を見ていた。そして「わんちゃん死んだ?死んだ。死んだしんだしんだシンダシンダシンダシhシfdyrンfjjkdckvダ××××、壊れた機械の如く訳の分からない雑音が俺の耳に響く。その中に時折混ざるシ、ン、ダ、の三文字。
耳を塞ごうと思い、そして気が付いた。(体が動く!)反射的に「あれ」に向かって「黙れ!」と叫び下から殴りつけようとした瞬間、今度こそ本当に目が覚めた。
(今のも夢だったのか?それともまだ夢の中なのか?)がもうどうでもよかった。
頭の中は怒りと悲しみ、そして「あれ」に対する復讐の事しかなかった。
そして隣のみるくの遺体を見る。すると(光ってる!?)うすくぼんやりとだが体の所々が白く光っていた。そして閉じたはずの瞼が開いていた。そして濁った、どろんとした瞳が俺を見ていた。

俺はみるくの遺体を抱き叫んだ。「分かったみるく、俺とお前で「あれ」に復讐するんだだから力を貸してくれ、二人で「あれ」を殺す!お前は俺の血肉となれ!」
そして俺はみるくを自分の血肉をする事にした。方法は簡単だ。「食う」
俺の実家は昔養鶏業をやっていた。だから鶏を捌くのを何度かやった事もある。
あれと同じだ、出来る。俺はみるくを台所に持っていくと、おもむろに包丁で喉を切り裂いた。すぐに足を持って逆さにし、流れ出る血はボウルに溜めておく。
開いた手で体を揉んで、あまり血が出なくなったら今度は大量の熱湯を沸かす。
その間にしまったあった灯油式ストーブを取り出し火をつける。そしてみるくの腹を縦に切り、手を突っ込んで内臓を取り出す。引っかかったりする所ははさみで切る。そうして大方内臓を取り出すと、ストーブの上にアルミホイルを敷きその上に丁寧に並べていく。そうして熱湯が沸いたらみるくをその中に漬ける。
しばらくしたら取り出し、体の毛を毟っていく。

面白いように毛が抜けた。プチプチを潰す快感に似ている。ほぼ全身の毛を抜き終えると今度はニッパーで爪を根元の部分から切っていく。それが終わるころには内臓もほどよく焼けていた。下ごしらえ完了。後は鍋に水を入れ、沸騰しはじめたらみるくと内臓を入れる。待つ事しばし…最後に取っておいた血を鍋に入れ完成。みるくの血肉鍋だ。
頭から齧り付く。
(美味い…)

そんな筈などある訳がないのだが、このときの俺には今までの人生で食べたどんな料理より美味かった。特に眼球。口に入れたときのどろりとした食感と味はまさに珍味。気分が良くなってきた俺は、以前退魔水用に買ってきて放置してあった日本酒を飲みながら貪るように食べた。
血のスープを鍋を抱え直接飲み干し、血肉鍋を食いつくした頃にはすっかり明け方になっていた。そして急に眠くなってきた俺は布団にもぐりこむとそのまま寝た。

そして昼過ぎぐらいに目が覚めた。が、何だか左目がおかしい。開かない。瞼が接着されたかのようだ。鏡を見て驚いた。大量の目ヤニで瞼が接着されている。
目ヤニを洗い流し目を開くと左目が真っ赤に充血していた。なけなしの金を持って眼科に行く。診断は結膜炎だった。診察を終え誰もいない待合室で待つ間、ふと視力測定の道具が置いてあるのに気が付いた。そう、あの○の上下左右のどっかが欠けていて、黒いスプーンみたいな奴で片目を隠しながら上とか下とか言うあれだ。ちなみに俺は学生時代最後に計ったときは両目とも1.5だった。
(久しぶりに計ってみるか)何気なくそう思った俺はまず右目から計ってみた。
見える。1.5の印のところまでしっかり見えた。次に左目、と右目を黒いスプーンで隠してみて驚いた。殆ど見えない。一番上の0.1の大きな印でさえはっきり見えない。驚いた俺が医師に告げると「確かに結膜炎により視力の低下がおきる事があるが、それは症状が重度に進行した場合であり、○○さん
(俺の名前)は初期症状なので結膜炎による視力低下ではありません」

しかし見えないものは見えないのだ。どうにかしてもらわないと困るのだがじゃあ眼圧検査だ何だ言いはじめた。冗談じゃない。そんな事されたら支払う病院代が高額になる。結局そんな金はないので諦めて帰った。
そしてその日の夕方、そろそろ声が聞こえる時間だ。しかしもう声から逃げる気持ちはない。みるくと共に復讐すると誓ったのだ。
その為にみるくを俺の血肉とした。未だ復讐の手段が分からないが、俺は「扉」を睨み付ける。すると「扉」が一瞬グニャリと歪んだ気がした。その後「扉」の隙間から黒いシミのようなものが噴出し空間を侵食していく。やがてその一部が人の口のような形となり「ねぇちゃ~ん」と声を出した。そしてシュルシュルと扉の中へ消えていった。

(クックックックック)気が付くと声をあげて笑っていた。見えた、視えたのだ「あれ」が。見られているとも知らずマヌケにもいつもの声を出しやがった。
これが可笑しくて可笑しくてもうたまらなく愉快だった。しばらく笑い続けて思った。(そうか、これがみるくが俺の血肉となり与えてくれた力か…)
いつもみるくは「あれ」が声を出す前から察知し吠えていた。みるくには見えていたのだ、「あれ」が。俺の左眼はみるくの左眼となったのだ。
視力はほぼ無くしたがそんな事はささいな事だ。
(みるくの眼で「あれ」を捉え、俺の手で「あれ」を討つ!二人で「あれ」を討つ!)
その日は興奮してなかなか寝付けなかった。

次の日、朝からどうやって「あれ」を討つか考えた。
殴る蹴る、は通じないだろうし、何かああいった人外の輩に効きそうな武器・・・思い出した、あの日本刀だ、前に書いたとおり、じいさんの家には拝み屋に清めてもらったあの日本刀がある。
あれなら叩き斬れるかもしれない。俺はじいさんの家に向かった。じいさんは既に他界していたがばあさんが一人で住んでいる。家について呼び鈴を押す。ばあさんが出てきた。
「○○君、急に何の用?」いつも通り冷たい対応、それも仕方ない、このばあさんは戸籍上は俺の祖母だが血のつながりはない。じいさんが後年迎えた後妻だ。それでもじいさんが生きていた時はそれなりにしおらしくしていたが、じいさんが死ぬと途端に親戚連中を邪険に扱うようになった。
俺「ばあさん、じいさんが持っていた日本刀があったろ、あれ貸してくれ」
婆「貸してって、急に言われても無理よ」
俺「とにかく必要なんだ、貸してくれ」
婆「駄目、忙しいからもう帰って」
もうばあさんと話しても埒があかない。俺はばあさんを押しのけ無理やり上がりこんだ。

 

家の間取りは変わっていなかった。子供の頃と同じだ。ただ覚えのない絵画がやたら増えていた。たぶんじいさんの遺産で買ったんだろう。欲ボケ婆が・・・そう思いつつ居間を目指す。すると後ろからばあさんが「ちょっと!勝手に入らないで!」と俺の肩を掴んだ。
俺は振り向きざまに無言でばあさんの頬を張り倒した。ばあさんはその場にヘナヘナと座り込んでしまった。その場にばあさんを残し、居間の前に立ち襖を開ける。そこには「じいさん!?」じいさんが生前と変わらぬ姿で日本刀の横に正座していた。
そして日本刀を指差すとスゥッと煙のように消えた。ほんの一瞬の出来事だった。
(持って行け…そういう事か)俺は日本刀を掴む。ズシリと頼もしい重みが腕に伝わる。
居間から廊下に出る。ばあさんはどっかにギャーギャー電話していた。警察か俺の両親のところだろう。
どうでもいい、今日の夕方までこの身が自由なら。俺は車に乗り込みじいさんの家を後にした。

帰りの車中で考える。(あの黒いモヤは「扉」の隙間から這い出てきて、また「扉」の中に消えていった。
多分「あれ」の本体はあの「扉」の中だろう。ならあのモヤを斬るだけじゃ駄目だ。本体を斬らないとな。しかしその前にモヤから斬る。みるくを殺しやがった相手だ。少しでも痛みを与えてからだ。止めは最後だ。)今の時間は11時過ぎ、じいさんの家から今の借家まで車で3時間位掛かる。俺はただひたすらモヤを斬ってから本体に止めを刺す一連の流れを頭の中で繰り返しながら運転した。

借家に戻って気づいた。そういや真剣なんざ扱うのは生まれて始めてだ。うまく斬れるのか?
そもそも振れるのか?そう思って借家の裏の竹薮に行く。ここなら誰にも見られない。刀身を鞘から
抜いてみる。時代劇で見るようなアルミホイルのような感じじゃない。重く、そして鈍い輝きだ。剣道の「面」の要領で素振りをしてみる。十数回振っただけで疲れてきた。が、これで「あれ」をメッタ斬る事を考えひたすら振り続けた。汗だくになるまで振り続けて少しづつ自信が出てきた。(この日本刀で斬れる筈、いや斬れる。絶対に斬る)なんせじいさんのお墨付きだ。後は俺の覚悟一つだろう。(斬る、絶対に斬る、斬れて当然)俺は自分に何度もそう言い聞かせると借家に戻った。
「扉」の横に座りその時をじっと待つ。時刻は4時を回った。まだ現れない。
4時10分、20分、時間の経過がもどかしい。その時、俺の携帯電話が鳴った。
俺には友達は一人もいない。かけてくる相手は分かっていた。
やはり俺の実家からだった。ああ、ばあさんが電話したのは実家の方だったのかそれとも警察との両方か。まあどうでもいい。両親にはここの住所は知らせていない。

俺の居場所を突き止めるのは時間が掛かるだろう。俺は携帯電話の電源を切って放り投げた。
改めて「扉」に向き合う、と(出て来ている!)黒いモヤがゆっくりと「扉」の隙間から吹き出ている。俺は日本刀を抜くと上段に構え扉の横に回りこむ。根元から斬り落とす為に。
そしてモヤの一部が口を形成したその瞬間!日本刀を思いっきり振り下ろす。
「ねぇ、ゲギャッ」という声が俺の耳に届く。日本刀の切っ先が床にめり込む。
手応えは殆どなかったが、確実に斬ったと確信した。(まだだ!)俺は日本刀を床から引っこ抜くと
「扉」を開ける。中にいたのは、何とも異様な存在だった。以前見た眼球のない「あれ」の首から上と両手が地面から生えていた。首と手の付け根からは根っこ、だろうか黒い筋のようなものが地面を覆っていた。だが躊躇いは無用だ。しゃがみこんで左手で扉の縁をつかんで踏ん張り、片手で日本刀を構えると腕を伸ばし「あれ」の眉間を狙い渾身の力で突いた。今度は手応えがあった。まな板に包丁を突き立てたような感触。

俺は(浅い!)と思いもう一度突こうとしたが、その必要は無かった。刀身は眉間を貫通し後頭部に切っ先が突き抜けていた。「アアアアアーーーー」黒板を引っかいたような不快な金切り声が響く。そして「あれ」の表面にひび割れが走ったかと思うとボロボロと崩れだし、ただの土くれのようになった。あれほど俺を苦しめたにしてはえらく呆気なかった。(終わった…のか?)
念には念を入れて俺はその土くれをスコップで全部かき出し、裏の林でストーブに残っていた灯油を掛けて燃やした。土くれにしては妙によく燃えた。
(これで終わりだ…みるく、仇は取ったぞ)火を見つめながらぼんやりとそんな事を考えた。

ここからは後日談。
そのすぐ後、両親が家にやって来た。どうやら俺の住所は会社に問い合わせて聞き出したらしい。
そういや会社には転居届を出していた。いや教えるなよ会社の奴。当然、日本刀は没収、父親が何に使うつもりだったのかしつこく聞いてきたが、話したところで信じないだろうから完全黙秘した。そして母親が、「みるくは?」と聞くので俺は「食った」といずれ景色のいい所に埋めるつもりで洗って布に包んでおいたみるくの遺骨を見せると、母親はその場で失神。
俺は通っていた病院に強制入院となった。隔離部屋に拘束衣の生活を覚悟したが、幸い一般病棟だった。まあ一般病棟とは言っても周りは精神を病んでいる人ばかり。
傍からみている分にはなかなか愉快だった。ただし外出許可は入院6ヶ月過ぎる位までは絶対に下りなかったし、およそ9ヶ月と少しの入院生活でやはりと言うか誰も見舞いには来なかった。そんな日々を過ごし先月やっと退院。両親は俺とは一緒に住みたくないというので金出してアパートを借りてもらった。それといくらかの金をくれた。手切れ金?
と思いつつもまあいいかと思い、光回線引っ張る工事待ちで約1ヶ月掛かり、久しぶりにネットに復帰。実況スレに書き込んだ事を思い出し、今回事件のあらましと顛末をまとめて投下する事にした。

 

以上、終わり。

最後にその借家、今でもあります。場所はY県のI市です。在日米軍基地のある市と言えば大抵の方はすこし調べればお分かりかと思います。くれぐれも言っておきますがこの話は俺の実体験に基づく実話です。お近くの方、見に行って何が起きても自己責任で。
最後まで読んで下さった方と支援してくれた方に感謝します。
それと、みるくの左眼ですが、今でも時折妙なものを見せてくれます。人型の黒いスライム背負ってあるく人とか、頭にイモムシが大量に蠢いている人とか、地面から伸びる手に足首掴まれて階段転げ落ちた人とか。今となってはあまり気持ちのいいものではありませんが一生付き合っていくつもりです。唯一の家族との絆ですから。

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