『先輩と手首』先輩シリーズ【怖い話】|洒落怖名作まとめ

『先輩と手首』先輩シリーズ【怖い話】|洒落怖名作まとめ 先輩シリーズ
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先輩と手首

 

「手首ですか」
「そう、手首だ」
その話を聞いたのは、出会った年の夏だった。
「で、手首がどうしたんですか」
「うん、手首がな、こう、歩くんだ。知ってるか。昔の映画」
てれれれん、と主題歌を歌う。
「あの、化け物一家のヤツですよね。で、どこを歩くんですか」
「俺の部屋の中」
「やっぱり帰ります」
先輩の部屋には空調が無い。
その日は猛暑日だったが、先輩がどうしても部屋で無ければ話せないことだと言うからこうやって耐えているのに。
その結果がこの場に幽霊が出ますだった。
「まあ待て。何も難しい事を頼もうっていうんじゃない。そいつを一緒に見ようって言いたいだけだ」
正直、気乗りしない。
そういうものを見たいって気持ちより、この暑苦しい空間にいたくないという気持ちが強いからだ。
いい加減いらいらしてきた俺に、先輩は尚語る。
「なあ、そんな顔しないで頼むよ。困ってるんだ、俺」
ひく、と眉が動く。
なんと。予想していなかった。
先輩が困っている。
それを俺が助ける。
「わかりました。そこまで言うなら」
俺は単純だった。

□ □ □

その夜。先輩のアパートにて。
「と、いうわけで。第一回、ドキドキお泊り会~」
いぇーいと楽しそうな先輩と、暑さのイライラと、華の無い空間にがっくり来ている俺。
「あの、楽しいですか。男二人でお泊り会して」
先輩は一瞬で冷静になった。
というより悲しそうになった。
「誘ったけど誰もノってくれなかった」
先輩には人望がない。
・・・・・・いや、本当に人望がない。
友達もいなければ、もちろん恋人もいないし、仲間と呼べる人もほとんど皆無だった。
「先輩・・・・・・今度から俺に人集めさせてください。なんかある時は」
おう、と答えた先輩はもういつものテンションだった。
「じゃあ、詳しく説明するぞ。起きる現象は一つ。手首から先が両手揃ってうろうろする。それだけ」
「それは昼に聞きました。で、それをどうしたいんですか」
結局はそこなのだ。
先輩がどう困っていて、それで俺がどうしたらいいのか。
そこが重要だ。
「まあ、気味のいいもんじゃないから、追い払いたい。だけどあいつ、俺につかず離れず、逃げ回るんだ」
俺は想像する。
必死に逃げる両手首と、部屋を駆け回って追いかける先輩。
想像の中の手首が思ったよりコミック調だったので、深刻に思えなかった。
「で、具体的には何を?」
先輩は少し考えたが、すぐひらめいたように手を打った。
「よし、こういう時はあれだろう。挟み撃ち。俺が追いかける先にお前が待ってれば、流石の手首も止まるんじゃないかな」
先輩は何のつもりかシャドーボクシングをしている。
この人の考えることはやっぱりわからない。
「わかりました。じゃあ、えっと、いつ出るんですか。待ちますか」
うん、と先輩は言った。が、急に布団を敷き始めた。
「え、ちょっと。どうするんですか」
「寝るんだよ。寝てる時に出るんだから」
俺は畳に直らしい。
やっぱり、なんだか釈然としなかった。

□ □ □

どのくらい経ったかわからない。
頭の中を掻き回される感覚があって飛び起きた。
吐き気がする。
部屋を飛び出して、共同トイレに駆け込む。
和式便器にしこたま吐いて、ふらつきながら部屋に戻る。
畳の跡が腕についている。
何となくその跡をなぞっていると、明らかに違う痕跡に気付く。
ぼんやりしていた頭に冷水を流し込まれる。
わざわざこんな寝苦しい部屋で寝ていた理由を思い出す。
爪の痕。
ちょっとした食い込み痕だが、不思議とそれが爪痕だと理解できた。
暗い部屋の中を見渡す。
見渡すほど広くないのだが、窓から入る月明かりだけでは見えない部分もある。
が、おかしな物は何も見えない。
安心は出来ない。先輩を起こそうかと迷っている内、不意にあるイメージが浮かんだ。
寝る前に考えたような、コミカルな手首ではなく、リアルな、まるで今見たような。
女の手だ、と直感的に思った。
白魚のような、という例えがあるが、本当に白く、魚鱗のような光沢を持った手だった。
それが、俺に向って這って来るイメージ。
歩くと聞いていたのだが、それは手のひらを畳に擦りながら、指を交互に進め這い寄って来ていた。
はっと気付くともちろん足元には何もいない。
直後、額に殴られたような衝撃。
がくっと後ろに仰け反ってしまう。
必然的に喉がさらけ出されて、その喉に指の感覚が纏わりついた。
「げあ」
声を出して先輩に気付いてもらおうとしたが、喉仏に親指が食い込んで呻き声にしかならない。
喉仏の骨が気管を圧迫していくのがわかる。
息が出来ない。

□ □ □

見えもしなければ触れもしないその手を探り手を喉にやる。
くふー、と空気の漏れる音がしている。
それが自分の呼吸音だということもわからない。
意識が白い手のイメージに埋め尽くされる。
力が抜ける。
積もる雪のように、真っ白に埋め尽くされ、埋め尽くされ、
うめつくされ。
手。
遠くで声が聞こえる。
この声は誰のものだったか。
「うごくなよ」
言葉は入ってくるが、意味が理解できない。
どん、と肩を突かれた。
そのまま床に押し倒される。
首元に風を感じた。
直後、気管が元通り広がる。
「はぁっ!はっ、せんぱ」
当たり前と言えば当たり前だが、声の主は先輩だった。
金属バットで肩をぽんぽんと叩いている。
「危なかったな、おい」
状況が飲み込めない。
「え、と、どういう」
先輩は笑った。

□ □ □

「まあ全部説明するとな。あいつは俺やお前みたいな『見える』奴に憑くタイプでな。たまたま通りがかった俺に喜び勇んで憑いたはいいんだが・・・・・・」
恐らく、だが。
たまたまでなく、自分の意志であの手のいる場所を侵しに行ったのだろう。
「あいつにとって俺は、文字通り手に負えない相手だった。だが諦めるのも嫌だ。それで俺の周りをぐるぐる回ってたんだ」
ああ、わかってきた。
つまり、俺は・・・・・・
「ルアーですか」
先輩は楽しそうにくっくっと笑う。
「その通り。俺ほどじゃないけどそれなりの奴ってことで、お前に白羽の矢が立った。そして俺の予想通り、あいつはターゲットをお前に定め」
「襲い掛かった。で、夢中になってる間に、こいつで吹っ飛ばしてやった。いいスイングだったろ」
はぁああああ。
深い深い溜息が出た。
先輩の安眠の為に、俺はその命を危険に曝したわけだ。
「先輩、その金属バット借りていいですか」
「だめ。殴るだろ、お前」
さ、寝ろ寝ろ、と言って、先輩はまた布団に寝転がった。
「詫びとか無いんですか」
先輩の背中に話しかけてみる。
「死なせるつもりは無かった。それは本当だ。なにせお前は俺の」
その先は良く聞こえなかった。
聞き返してみるが、先輩はもう寝息をたてていた。

その夜はもう何も出なかったが、エアコンの無い部屋はとても蒸し暑く。
先輩の言った事が気になったのもあって。
結局、とても寝苦しかった。

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