カワイイ土佐弁訛りの友人
首狩り峠
自慢じゃないが私は憑かれやすい。
霊感なんかは殆どないので自覚症状がなくて恐ろしい。
子供の頃はよく行方不明になって次の日に田んぼの真ん中でケタケタ笑っるのを発見されたとかしょっちゅうでした。
今でも体調悪かったり気ぃ抜くと寄って来ます。
そんな感じの話。
鳴門の方に用事があって遠出してた日の帰り 道路情報聞いてたら、
何でも、高速の方で事故があって大渋滞との事なので旧道を通って帰る事にした。
長い距離ながら県道なためか対向車は殆ど無い。
頭上を仰ぐと『○○峠 ○○市まで40km』の標識。
以前立っていた標識には『首狩り峠』と書かれていた道だ。
数年前に市長が「縁起が悪いから」と勝手に名前を変えたが、今でも『首狩り峠』の通称で呼ばれている。
なぜそんな不吉な名前かというと
昔、 戦で負けた落人の集落が峠の頂上あたりにあったらしいが、ある時、残党狩りがやって来て盛大な山狩りを行い一族郎党皆殺しにして首級を持ち帰ったのだとか確かそんな感じの由来だったと思う。
なんて直球ストライクなネーミング。
元来粘土質で急斜面、『ケ』も悪い土地とあって建物は殆ど立っていない。
うどん県とみかん県の県境、峠のちょうど一番てっぺん辺りの緩やかなカーブ道の先に自販機とイスがあったので車を停めて一休みする事にした。
いい加減 鬱陶しい森ばっかりの風景に辟易していた頃だ。
まだ午後4時だったが天頂まで木に覆われだいぶ暗い。辺りを見回しながら
「ホント木しかないなぁ」
ため息ついてると どうも背後に視線を感じる。
気のせい気のせいと思ってると頭上でカラスが一声鳴いた。
体が「ビクッ」となった瞬間、背後に感じる視線が刺すような痛みに変わった背中の毛がチリチリ焼けるような感覚だ(背毛は生えてませんが)
こんな感覚は以前、首なし地蔵蹴り飛ばした時以来だ。
首を90度だけ回し視線を後ろに送ると道路の向こう側に犬が座っているのが見えた。
真っ黒い犬だ。
真っ赤な目をしている。
いや、目じゃない。
「目玉がない」
□ □ □
真っ黒な顔面の眼窩はぽっかり空いていて、眼球の代わりに赤い絵の具を浸したような赤さだ。
その眼球の無い目で私の方をじ~っと見ている。
背中どころか私の全身神経が警鐘を鳴らしている。
目は真っ赤なくせに口ん中や舌まで真っ黒なのだ。
犬だけど犬じゃない。
ヤバイいぞ これは非常にヤバい。
私は見えてない、気づいてない素振りをしつつ車の方へ戻る。
頭上ではカラスどもがギャアギャアうるさく喚いている。
エンジンをかけ一目散に逃げる。ミラーをたたんだまま3km走る。
もしサイドミラーに映ってたらと思うと気が気でなかったからだ。
そんな体験談を 自称『視えるけど祓えない』友人に話したところ、臆病者と子馬鹿にされるかなと思ったんですが、以外に興味津々 実に乗り気になってしまった。
私が「いや、暫くあっちの方は用事ないし」と言うと短い沈黙の後、
『...うどん』 「は?」
『うどん食いたい』 「はぁ?」
『うどん食いてぇーー!!』 「は!?」
『うどん食いにいくぞ、ハイ 決定。』 「ハァ!?」
『来週ね、車は却下。バイクで行きます。』「...はぁ。」
有無を言わさぬ強引さで決定された。
まぁレポート作成の一環と諦めるしかなかった。ヤレヤレ。
□ □ □
生協前で集合、明るくなってから出発。フツーのツーリングである。
私の愛車はエリミネーター400 友人はRZの改造品。
排気量が多くても小回りが利かないのでどんどん離されていく。
例の場所を教えようにも 時速90kmで遠い彼方へかっ飛んでいく友人に教えるすべも無く、行きしはフツーに素通りしていった。
しばらくしてさびれた山村に差し掛かった頃、友人がテールランプで停車を指示する。
農道のガタガタ道を抜けた先にうどん屋があった。
こんな所にもあるもんだなぁと感心したが、友人曰く
『街で大量生産してるようなうどんはクズ、うんこだよ。
こういう民家でやってるようなんが一番ウマいんよ、水もウマいしね』
入ると、なるほど普通の民家だ。
私「じゃあキツネうどんお願いします」 友『山菜天ぷらソバ 大盛りで』
「お前、【うどん食いてぇー】って言うてたやん。ソバて..」 『まぁ ウソだからね。』
さいですか...
うむ、さすが うどんの国。確かにうまい。
ところで、今日ずっと気になってた事があったのでうどん啜りながら 友人に聞いてみた。
何で車じゃなくてバイクで来たのか―― って。するとニッコリ笑って
『ホラ、お前がもし取り憑かれても 置いて逃げれるしょ』
ブッ(;゚;ж;゚)゙;`;:゙;.
うどん食った後、テキトーに走って、さぁ帰るかー となった。
まだ秋口、4時になってもだいぶ明るい。
ただ、山ん中入ると樹木に遮られずっと暗くなる。頂上付近になると光が全然入らなくなる。
□ □ □
そして、件の休憩所に着く。
自販機と電灯、石造りの椅子が2つだけの寂しい場所だ。
エンジンを切った友人が辺りを見回し『んー 気合入っちょーね。』と一言。
何か見えないかと聞いてみたが『んー 見えへんね』と
『空気がエラい澱んどるから何やかやでそうやけどねー 待つ?』
あんまりヒマだったので二人石椅子に座って 次のレポートの調査どこ行くか~ って話になった
『先月○浦の合戦場行ったけぇ 次○○鍾乳洞にしよう』と友人。
「えー 前回の時、【次は大歩危小歩危行に行こう~】言うてたや、それに鍾乳洞も前に行ったし」と私
『いや、今度の○○鍾乳洞がまた【出る】ちゅーて聞いたんよ。人骨見つかったらしいし』
「いや、俺ら別にオカルト調査隊じゃないからね?もっとフツーん所に..」
そんな会話をしている時強い風が吹いた。
カラスがギャアギャア喚き始めた。
同時にまたあの悪寒に見舞われた。
続いてヒドい頭痛が私を襲った。隣の友人も右目を抑えてうめいている。
― 視界がぐわんぐわんする。友人が何か叫んでいるが途切れ途切れにしか聞こえない。
身体は身体で氷水に浸かったような寒さが。震えが止まらない。
隣の友人がフラっと立った?と思った瞬間――
右足が飛んできた。
胸部にモロに受けた私はのけ反り もんどりうって石から転げ落ちた。
どうやら蹴り飛ばされたらしい。あの細足からは想像できない威力だ。
「何すんだ!」『コレでいいか!?』「は?」
いや、私に向かって言ってるのではない。
友人は何も無い空間にもう一度『コレでいいか!?』と叫んだ。いつのまにか風も止んだようだった。
友人は大きく深呼吸をした。そして私に『まだ頭痛い?立てる?』と聞いてきた。
さっきの胸部への蹴りでロクに声の出せない私は首をコクコク縦に振った。
『すぐに帰るよ。エンジン。』フラフラする足取りでバイクの所まで戻ると寄り道もせず一直線に帰った。
生協前のファミレスで一息つく。
□ □ □
私「あのさぁ、いっぱい聞きたい事あるんだけども。」
友『あのさ、』「ん?」
『面白そうやからずっと黙っちょったけど、今朝からずーっとお前ん肩に何か憑いてたんよ』
「え!?」『3人くらい。』 「なぬ!?」
『やけど、山で風吹いちゅー時、そいつらが全部お前から逃げて行きよったんでウチもビックリしてん』
『で、その後すぐ頭痛くなったと思うんやけど 声が聞こえた』「声?」
『直接脳に響くような声で【 スワルナ! 】って』 「【座るな】って?あの椅子?」
『やろね、お前には聞こえんかったみたいやから 何とか退かそうと思って蹴った。ゴメンね』
「やから【コレでいいか!】って言ってたんか。 ..あ、犬はおった?」
『いや、何も見えんかった』「そか、何やったんだろあの犬。」
『あ。でもね、声が最後に言うたんよ』
【 三度目は無い 】って
『命が惜しけりゃもう近づかん方が良いね』「言われなくても行かねぇよ。」
後日友人が仕入れてきた地元の老人の話によると 何でもあの場所、数年前までヤシロが建ってたんだけど 土砂崩れで流されて土台しか残ってないんだと、つまり椅子だと思って座ってたあの石はヤシロの土台。
まぁ尻乗っけられたら神様も怒るか。
しかし、
「ただ石に座っただけで代償がコレほどとは...」
家に帰ってから気づいたが、あの日持ってた 携帯電話、MP3プレイヤー、デジタル時計。
全部ブッ壊れてました。
磁気だか電磁波だか原因は分かりませんが
「..全く、洒落にならん」
膝の上
その友人と知り合ったのは研究室が同じだったのがきっかけでした。
初対面の私に「アンタさ、取り憑かれやすいだろ」と言い放つブッ飛んだ人物で普通なら「何だ?この電波人間は」なのでしょうが、私には笑えない。
自慢じゃないが私は憑かれやすい。
幼少期から祖母に「お前は『いらんモノ』連れて帰ってくるから」と外出時に必ずお守りを渡され忘れた日には井戸ん中落っこちてるの発見されたりとか身内一同、謎の疱瘡発生とかしょっちゅうでした。
年と共にマシにはなりましたが今も体調が悪いと油断できません。
幸か不幸か
自称『見えるが祓えない』友人に興味を持たれ、いろいろ連れ回されるハメになる。
そんな話。
2回生の7月、件の友人と石鎚山の麓のにある史跡に行った帰りの出来事。
一通りレポート用の写真やメモをとって『さぁ帰ろうか』という時に調度雨が降り始め、急いでローカル線の停留所に駆け込みバスを待った。
「傘を持って無かったけど屋根着きの停留所で良かった」と私がこぼすと『..良くない。開城戦のあっちゅう跡や言うから楽しみにしてたのに。何も無いに――』と
ふてくされた顔。相変わらずの土佐弁訛りはカワイイ。
雨がシトシト降りからザーザー降りなった頃 ようやくバスが着き、急いで乗り込んだ。
その時ふと、おかしな光景を目にした。
□ □ □
バスの入り口の直ぐ前の席(乗り口が後ろ、降り口が運転席にあるバス)に女の人と少女が2人座っていた。
ただ座ってるのではない、妙なのはその座り方。
他の席が空いているにも関わらず、座っている女性の膝(ヒザ)の上にもう一人が腰掛けているのだ。
雨のためかびしょ濡れだ、13歳位の女の子だ。
濡れるし重いのによくあんな事するなぁ と思ったけども、ジロジロ見るのも悪いので通り過ぎ 前の方の席に進んだ。
クーラーは効いてるみたいだが嫌な蒸し暑さだった。
席に着き さっきの様子を話そうと思った矢先、友人がこう言った。
『ビックリするかもしれんけど 黙ってじっとしち』 「は?」
言うなり友人は私の膝の上に座ろうとする。
「何やってんだ」当然驚く。
『いいから座らせろ!あと、次のバス停で降りるよ』 「え?」
○○ 『...』
ノ|ノ| 「...」
.|| ̄|
「あの」 『しっ!』
「ねえ」 『黙っとき』
..どうやら発言権は無いようだ。
次の駅でひっぱられてそそくさとバスを降りた。
□ □ □
辺り一面田んぼで屋根の無いベンチだけのバス停である。
雨はさっきよりヒドい。
もちろん私は
「忘れ物でもしたん?雨降ってんのに何でこんなトコで降りんだよ!」と怒ったが
友人は
『アレ見たろ』 「は?」
『ヒザの上に乗ってたヤツ』
「何や、さっきのが霊やって言うんか?ハッキリ人の形してたのに」
(普段憑かれやすい私だが、『視る方』はカラッキシなのだ)
『アレはな、たぶん 【自分の気に入った人】のヒザの上に座って、 降りる時いっしょについて行くんや』
「ついて行くって?」
『気に入られたらしい。オマエの方じ~~っと見てて笑いよった。 そしたら、スッとコッチ来たんよ。 ああ、ヤバいなと思って アレが座る前にウチが先に座ってね んで、言ってやった。【コイツの膝は私のだ、お前にはやらん】って』
「私のって(‘A`)...」
『そしたら恨めしそうに後ろ戻ってっち。後ろの女の人には悪いけど
ハッキリ見えてたからね、アレは相当ヤバい奴だ。良かったな 憑いて来なくて。」
「...良くない。」
次のバスが来るまで30分も雨に降られ続け、カメラもメモもおじゃんになり、次の日38℃の熱で寝込んだのだ。
あの事があってから バスや電車に乗る時、荷物をヒザの上に置くのが習慣になっています。
風邪引いたせいでまたややこしい事になるんですが
..それはまた別の機会に。
施餓鬼
その年の瀬戸内は大変暖かくて3月にはもう桜が咲き始めていた。
後輩曰く、この時期に既に桜が満開の穴場があるとか抜かすのでお花見をする事となった。
ちょっと山手に上がった所だが、見事な枝垂れ桜が満開だった。
席は大いに盛り上がり、私は下戸のくせに大いに飲み大いに食べた。
酔っ払ってて覚えてないが、いろいろ変な事口走ったらしい。
挙句、上半身裸で寝てしまったらしい、覚えてないが。
例年より暖かいとはいえ3月、案の定風邪を引いてしまった。
滅多に風邪引かない分、いざ引くと往々にしてロクな事が無い。
そんな感じの話。
□ □ □
熱で頭がボーッとする。
食欲なんて無いハズなのに無性に米の飯を食べたくなった。
始めはお粥など炊いたりしていたが、面倒になって炊いたご飯を炊飯器から直接食べ始め..
終いに「もう炊くのも面倒だ」と、私は生の米をそのままバリバリ食いだした。
自分のやってる事が理解できなかった。
いくら食べても胃が空っぽな気がした。
この辺から意識が飛び始め自分の行動が曖昧になるのだが――
たしか、レトルトカレーのルーを袋ごと啜ったり乾麺を生で齧ったりしてたようだ。
まったく自分のやってる事が理解できない。
普段から2週間分の食料は置いてあるが、それをおよそ4日で食い尽くしてしまった。
自慢じゃないが私の体重は56kg、普通はこんなに食えるハズはない。
食っても食ってもお腹は減り続ける。
「ひもじい」
空腹と倦怠感が全身を襲う。
空っぽの冷蔵庫の前で茫然自失となる。買出しに行こうにも体力の限界だった。
ふと脳裏に「死」の1文字が浮ぶ。
こんなんで死んだら恥だな―― と考えてた矢先、電話が鳴った。
「悪質な風邪なので3日くらい休む」と研究室には言っておいたが例の友人からだった。『もしもしー♪』1オクターブ高い声。
『治った?大丈夫?お見舞い行こうか?』
ありきたりな事を聞いてくる。私はもはや「あー」だの「うー」だのしか返事できなかった。
ただ事ではないと思ったのだろう
『あー 待ってち、今から行くけぇ』
と言って切れる。(助かった..かな。)
今考えると死にそうになるもっと前に初めから電話で助け呼べば良かったのだが、脳に栄養が回ってなかったのだ。仕方がない。
□ □ □
数分後、外で友人のバイクの爆音が聞こえる。
それまでは水を飲んで仰向けになって凌いでいた。
ドアは―― は3日前から開けっ放しだった。
台所まで入ってきた友人は私を一瞥して噴き出した。『ブッ』って。
二言目には『うわぁ 初めて見た』と嬉しげに言い放った。
彼女曰く『餓鬼の類』だという。私の身体にまとわり憑いて腹部をガジガジ齧ってたそうだ。
電話の向こうで私の声じゃない「ひもじい ひもじい」って声が聞こえて、ヤバいなと思ってあわてて来たらしい。
すぐに友人は誰かに電話をし始めた。
『あ、もしもし―― 木村の婆っちゃー?』
『んー 元気。あー この間はありがと――』
死にかけの人間放置して世間話か?
『んー でね、たぶん スイゴやと思う。あ、ウチやなくて友達。』
『いや、わからん、後で聞く――』『――あ、炭?分かった ありがとうー』
電話を切った友人はガスコンロに向かって何かし始めた。
料理でも作ってくれるのだろうか、凄くコゲ臭い。
『コレでいいかな』
友人がグラスに注いで持ってきたのは煮え湯だった。
しかも何か灰色い粉末がプカプカ浮いている。
コレを『目ぇ閉じて鼻摘んで飲み干せ』と言う。
一口飲むと熱さで舌が焼かれる、炭の苦さと塩辛さが口内に広がる。
「何コレ?」『塩水。』「は?」
『良いけぇ飲みぃ。ヘソから出るけん』
こんなモン飲んでたまるかと抵抗したが、鼻を摘まれ大口開けさせられ流し込まれた。
□ □ □
暫くして身体から倦怠感が抜け楽になる。友人が『立てる?』と聞いてきた。
どうやらもう大丈夫のようだ。立つと同時に「ぐ~~~」 と盛大に腹の音が鳴る。 友人は苦笑しながら
『何か作るわ』
と米びつの底に僅かに残った米でお粥を作ってくれたが、結局 なんにも味はしなかった。煮え湯で舌が焼けていたから。
大事を取って病院に行ったところ、栄養失調との事だった。あれだけ食ったのにだ
点滴受けながら友人に聞かれた
『何か思い当たるフシない?』 「~~~で花見した。」『3月に?』
『○○寺の下やろ、あそこは7月に施餓鬼する所や』
(「施餓鬼」= 地獄の餓鬼の為に施しをしてやる鎮魂際みたいなモノ)
『飲み食いした?』「たらふく食って裸で寝た。」 『バカか』
『知らん?【施餓鬼の前にお祭りすっと餓鬼が憑く】って』「知らん、初めて聞いた。」
『あー、 ウチの地元だけなんかな?
まぁ、お前を供物だと思ったんだろうサね。腹に食い物の詰まった』
...。
「ねぇ、さっき俺に何飲ましたん?」
『塩水に注連縄(しめなわ)焼いた灰ぶち込んだモノ』
何だそりゃ。
『ウチの地元では割とポピュラーなんだけど..』
「知らん、初めて飲んだ。」
まぁいいや..
私が「今度ばかりは本当に死を覚悟したよ」と言うと
友人はうなずいて『とっておきの良い名言がある』と言った。
『【死を恐れるな 死はいつもそばに居る
恐れを見せた時 それは光よりも速く飛びかかって来るだろう
恐れなければ、それはただ 優しく見守っているだけだ】って。』
「..それ、聞いたことあるぞ。アニメのセリフじゃねぇか」
本の蟲
年末、図書館にて年明けに提出するレポートの追い込みに入っていた。
ギリギリまで現地調査ばかり行ってて、肝心の文章にまとめてなかった。
私の課題は四国の風土、郷土史に関するモノで、この一年間いろんな所に行った。
そのどれも、オカルトチックな場所で、先日も故・宜保愛子先生が霊視したとかいう大きな池に行ってきたばかりでした。
元来ビビリ性の私が好き好んでそんな所に行ったりはしないのですが研究室の相方や助教授が画策して心霊スポットばかり行き先に選ぶ。
そんな話。
□ □ □
ウチの大学のウリは無駄に大きい図書館で、一般の誰でも入れるのだが、いつもガラガラだった。
私がPCを高速でタイプしている向かい側で助教授の泉先生が分厚い本を読んでいる。
冬休み中の図書館の鍵は泉先生が管理していた。
相方..私の彼女も、隣で本を読んだりして初めは静かにしていたが、
すぐに飽きたのか 私と先生にちょっかいをかけはじめる。
小動物の様なウザさだ。
ノーリアクションの先生に相方は「あははー 先生は本の虫ですねぇ」
と言った。
すると泉先生は「居るよ?」と本から視線を上げ
「本当に居るよ、本の蟲は」と言う。
「まぁ生き物じゃないから『在る』と言う方が正しいか..」
と栞を挟んで読書を中断する。
「図書館に寄贈される本の中には、 タイトルも内容も書かれていない白紙の本が入っていて 殆どの人がそれに気づかないんだ。 どんなに管理の厳しい図書館でも必ず一冊は入っているらしい もちろんワザト入れてるんだけど..」
先生は周りの本棚を見渡し、
「これだけたくさんの本があるんだから、本から思念や言霊が染み出してきてもおかしくは無い。
それを『本の蟲』っていうんだけど、そいつらは精神衛生上、人体にあまり宜しくない働きをする。知恵熱だとか焦燥感とか。時には命に係わる.. それらを集める為に白紙の本を置いておくらしい」
そう言うと先生は背を向け本棚に向かい何かを探し始めた
□ □ □
「始めは白紙のその本なんだけど、ずっと置いておくと『本の蟲』がたくさん集まって来て 遂には白紙じゃなくなるんだ。文字の書かれた本になる。」
また与太話を..と思っていると
「ああ、『在った』」
先生は振り向いて
「在ったよ、本の蟲の――」
そう言うと、一冊の本を持って来た。
ハードカバーでタイトルは書かれてない。
かなり古いのか紙面は茶黄色く変色している。先生は相方に手渡し人差し指を立て「どう?面白そうだよ?」と言った。
受け取った彼女は訝しがりながらも嬉々として読み始める。
黙って静かに読みふけっている。おかげで私の作業ははかどったし先生も静かに読書が出来た。
夕方になり作業も殆ど終わったので、そろそろ帰るよ?と聞くが返事が無い。
どれだけ集中してるんだろう、覗き込んで見ると私は「ギョッ」とする。
彼女は延々と白紙のページを繰っていた。
ただ、まるでそこに文字が書いてるかのように目線は白紙を追っている。
「せ、先生!?」慌てて聞く。
「ああ、そろそろ良いか。」と言うと泉先生は彼女の前までやって来て目の前で『パンッ!』と猫だましをした。
彼女は我にかえる。先生は本をひょいと取り上げると、
「もう閉館だよ、帰りなさい。」と言った。
□ □ □
相方が「まだ読み終わってないので また来ます」と言うと
「ああ、また来るのは構わないが君、図書館では静かにしなさい。張り紙にも書いてあるだろう..どうしてかわかるかい?」
当たり前のことを聞く。
私「周りの人がビックリするからですか?」
「いや、それもあるけど『本の蟲』がビックリして目を覚ますからだ」
後日、相方が続きを読むために図書館に行ったが、件の本は見つからなかったそうだ。
泉先生に聞くと
「やだな、只の暗示だよ、暗示。 『おもしろい本だよ~』ってサ」
とあっけらかんに答えたが
どうも腑に落ちなかった、彼女が読んでいた白紙の本は何だったのか当の本人が内容については話したがらなかったが
「ウチが暗示なんか掛かるか! ...アレは―――」
と仕切りに悔しそうにしてたのが印象的でした。
霊山の猿
四国ではあまり全国的に有名な心霊スポットがない超常現象が起きても殆ど噂にならないのです。
仕事がてら地域のご老人に話を伺う事が多く、みんな様々な不思議体験を語ってくれますが、皆、口を揃えて「狸に化かされたんだ」と言います。
不可解な事があっても自然現象だと納得する。不思議な事など何も無い。
そんな国民性があるように思います。
□ □ □
祖父が亡くなった次の年の夏、山開きの日と同時に 霊峰、四国では有名な霊山に登ってきた。
死んだ爺さんが毎年熱心に参拝していたので、後を継いで私が行く運びとなったのだ相方も行きたがっていたが、初日は女人入山禁止という事でお留守番して頂いた。
祖父の遺品には修山服の他に参拝札みたいな物があって「何回訪れたのか」というのが分かるようになっているのだが曽祖父の頃から続けているらしく、山麓で札を奉納すると今年で64回目との事だった。
ツアーバスで来ているワケではないので移動には時間が掛かる。
最低2日必要な日程だっただが宿泊費も惜しいので中腹の山小屋で泊まる事にした。
山小屋といっても管理者が一人居るだけの簡易休憩所で広さ4畳しかない。
おまけに何か臭い。
初夏の蒸し暑さと薮蚊にウンウン言いながら寝ていると深夜、いきなり
『ドーーーーン!』
という音がして飛び起きた。
続けて『ゴゴゴゴゴ』や『ドドドドド』と地響きの様な音が聞こえる(JOJOじゃないです)
飛行機か何かですかと管理の爺さんに聞くと「山では良くある事」とのことだった。
私がしつこく食い下がると
「まともに何度も聞いたら寿命が縮む。早よ寝れ!」
慌てて目を瞑った。
□ □ □
次の日、日が昇る前から立つことにする。
爺さんが「朝はやめとけ」と言うが、私が 正午までに登って下山したい旨を云うと「猿に気ィつけろ」とだけ念を押された。
しばらく歩くと高さ100㍍、角度は70度を超える崖に着く。
べらぼうに高い、下から見上げるだけで眩暈がする。
そこには2本の長い鎖が打ち込まれており、それだけを足場にして登れというのである。
実際 祖父に連れられ、何度か来た事はあり いつもは迂回ルートを通っていたが、今年こそは..と
若さ故の過ちか 鎖場のルートを選んでしまった。
朝露で鎖が湿って滑りやすい、四苦八苦しながら半分くらい登った頃足元で
『お~い』
と呼ぶ声がした。
うっかり下を見てしまう、霧でよくは見えないが高さで頭がクラクラする。
もう一度、足元で
『お~い』 と呼ぶので返事をしようとした――
瞬間。
背中がズシッと重くなった。
身体全体がガクンと揺れた。
何かが、何かが背中にしがみ付いている!
□ □ □
私を落とすつもりか、背中に乗ったソレは身体を揺すり始める。
続けて頭に巻いている絞りをグイグイ引っ張り始める。
こんな態勢では振り向くことも出来ないが確かに腰に絡みつく毛深い足が見えた。
「猿!?」
この高さで落ちて、只では済まないだろう鎖の隙間に 手、足、としっかりはめ込んでなんとか振り落とされないようにする。
下で怒号がする。甲高い声で今度は
『 落とせ~ 落とせ~! 』と
そして背中のヤツは私を何度も揺する。
ハチマキが脱げると今度は髪の毛を引っ張り始め何本もブチブチと抜かれる。
あまりの恐怖に私は目を瞑ったまま泣き喚いた。
何分経ったろうか、私がじっと我慢していると下の方で、『 チッ 』と舌打ちが聞こえフッと背中の重みがとれた。
その後、ビクビクしながら鎖を登り終えると、一番近い宮社まで駆け込んだ。
爪でガリガリになった修山服を見せながら一部始終を説明する。
□ □ □
宮司は難しい顔をして、
「腐っても霊場だ、今から私が言う話は聞かなかった事にしてくれ」
そう前置きし、語り始めた。
これだけ険しい道な為、確かに落下事故も起こりはするが、死傷者などは滅多に出ない。
稀に起こる事故の大半は独りで登った者が遭うのだそうだ。
落ちた人間は揃って、『猿に襲われた』という。
何でも、この山の猿の中には人間そっくりの声で叫ぶ猿が居て早朝や夜、独りで登ろうとするとだれもいないハズなのに自分を呼ぶ声がするというそれが本当に猿なのかどうかは分からないが。
前々年も一人、早朝に登った参拝者が 崖から落ちた。
発見された時にはまだ息が有ったらしい が、病院に着く前に亡くなったのだという。
「もう少し見つけるのが早かったら」と宮司は呟いた。
私が「まるで見たかのように話しますね」と聞くと
「...見つけたのはワシだからな。
猿ども、割れた頭から脳みそ掻き出して食っていやがった」
宮司は吐き捨てるようにそう言った。
呼び児の筆
自慢じゃない私は憑かれやすい。
相方曰く 私自身がアンテナになっててロクでもないモノを集めやすいんだそうで。
霊感なんて殆どありはしないので自覚症状がなくタチが悪いのです。
アンテナといえばゲゲゲの鬼太郎は髪の毛が「妖怪アンテナ」だとかいいますが、昔から頭髪は身体の中で一番 霊界に近い場所なんだそうで触媒にはもってこいだそうです。 髪の毛は。
そんな話。
□ □ □
空調が壊れたとか何とかで最悪に蒸し暑い夏休みの研究室。
オンボロ扇風機でなんとか残を凌いでいたら夏の間帰省していた相方が久しぶりに顔を見せた。
お土産はポン酢と鰹節。
そして、変なおまけもついてきた。
取り出したのは平べったい長方形の箱で、前面に墨で何か書いてあったが達筆すぎて「タ」「ウ」しか読めない。
『開けるよ?いい?』
相方は えらくもったいぶって開けると中には硯が入っていて筆入れには小振りの毛筆が3本入っていた。
彼女は『コレね、子供の髪の毛で出来てるんだ』という中国なんかでは人毛の筆は割とポピュラーなので驚きはしなかったが黒くて短いソレはどうも気色が悪かった。
『ウチの地元の風習でね、男の子が生まれると数え年で5歳―― 今でいう4歳になっちゅう時に頭髪を使って筆を作るんだって。』
「何かの記念なん?」
『んー、ホラ、男の子って家系継いで貰わないといかんでしょ、 でも年頃になると地元飛び出して外に行っちゃう。 そういう時に家の者がその髪の筆で書いた文を送ってやると、 ソイツがどんなに遠くに出てても必ず帰ってくるんだって。』
「人質――いや、髪質ってやつかな?」
『【後ろ髪引かれる】って言葉あるやね? 文系習うまでずっとコレが語源だと思ってたんよw 何処の家でもやってる事なんだと思ってたのサね。』
□ □ □
「さっき『必ず帰ってくる』って言ったよね、それは.. 死んだ人も?」
彼女はニッコリ笑って頷き、
『帰ってくるよ―― 昔、いたずらで筆を使った事があるんよ』
相方は筆を一本取り出して毛先を弄りはじめた。
8歳くらいの時かな。
お昼に縁台で遊んでたら、私と同じくらいの年恰好の男の子がいて、「ただいま」って言うんだよ。親戚の子かな?って思ったけど、女の子しか居ないハズなんだよね。 叔父さんにも叔母さんにも。
ウチはその子の名前知らないんだけど、向こうは何故かウチの名前を知っちゅう..
で、夏の間 ず~っとその子と遊んでたんだけど名前だけは教えてくれなかった。
夏の終わり頃、夕方になってその子が現れていきなり「さよなら」って言うんだ、名前も聞いてないのに帰っちゃうの?ってウチが言うと最後に名前だけ教えてくれた 「タツロウ」って。
その日の夜、親に「タツロウくん帰っちゃった」っち言うと母親がギョっとして言うたね「そい、お前の兄ちゃんぜえ」って。
自分はずっと一人っ子やと思ってたんだけど、何でも、ウチが生まれてすぐ死んだ子で。池で溺れたとかで遺体も見つからなかったって。形見は4歳の時に髪から作った筆だけやったって。
本当は筆の髪の主が死んだらその筆は処分せないかんだけど、ウチの親が捨てれなんだんやろうね。
□ □ □
そう言うと、相方は手に持った筆を箱に戻した。
「ウソくさ、近所の家の親戚とかじゃないんか」『..そうかもね。』
「で、ソレがお兄さんの筆?」 『うん』
「小さいな。」 『うん』
「何やの?これ使ってまた呼ぼうとか考えてるん?」 『ううん』
『...もう来てる。 』
クーラーもない真夏の部屋だったがその日は真冬のように涼しかった。
白蛇の招魂
いつぞやの6月その日は相方と、ロードワークで ○鎚山のふもとのある集落にやって来ていた。
何でも彼女曰く『歴史的に有名な史跡がある』と云うから付いて行ったんですが、現地に着いて『史跡』とやらに行くと、 まぁ辺鄙な所だった。
木、山、家、木、田、畑、家、川、家、山。
「また騙された」と気付くまでに大して時間は掛からなかった。
私の課題は地元の風土、郷土史に関するモノで、四国中いろんな所へ行く。
ただし、いつもオカルトチックな場所ばかり、先日も、古代人の霊が出る鍾乳洞とやらに行ってきた。
元来ビビり性な私が好き好んでそんな所に行ったりはしないのですが研究室の相方や助教授が画策して心霊スポットばかり行き先に選ぶ。
そんな話。
□ □ □
棚田の坂を登りながら 相方は史跡にまつわる話とやらをしてくれた。
『――かつてこの地で大暴れした白蛇の精がいた。
普通、白蛇といえば神の使いだとか守り神だとか相場が決まってるが 相当の荒神だったらしく 村々にい多くの災いを振り撒いた。 その時、集まった石鎚山の山伏達が死闘の末、これを封印したのだという。 大正10年9月12日の出来事だった――』
「えらく最近だな、日付もハッキリしてんのかよ」
『ソレを封印した塚の跡が此処なんよ』
指差す先には盛った土の上に鏡餅状に石が3つ置いてあるだけのしょぼくれたモノだった。
とても何かを封印しているとは思えない。
「何もないんだけど」
『塚の跡って言うたやん。 先の戦中のうやむやで よく分かってないんちて、誰かが塚を壊して封印を解いちゃったんだとかで、コレはその塚の名残だけ。今では白蛇の精は自由に動き回ってるんだってサ。』
「それはヤバいんじゃないのか?」
『まぁ、一度封印したときに前牙を抜いちゅうとかで力はかなり弱くなってるんだけど
ただ、今でもこの塚周辺の家では白蛇の瘴気に当てられた子が生まれて来るんだちて
犬神憑きならぬ蛇神憑きの子が。 発症すると舌が異常に長かったり、ウロコが出来たり、 階段を這いつくばって昇り降りするようになるっちゅう』
「それは..一生そのままなん?」
『ん― 簡単に治せるらしい ...いや治すのとは違うか』
「治すのと違うとは?」
『伝染(うつす)んだよ 他人に。』
□ □ □
そう言うと相方は足元に落ちてる枝を拾って地面にカリカリしはじめた。
蛇憑きの者に般若心経を唱えてやるとたいそう苦しむらしい。
ただ、たんに苦しむだけで蛇は消えてくれない。
放っておくと憑かれた者自身その内衰弱死してしまう。
だが、お経を聞いて苦しんでいる時にじっと視線を合わせてやるとたまらず飛び出してきて眼を合わせたその人に伝染るんだという。
かわりに抜け出たおかげで元の方の害は消える。
だから、白蛇憑きの子が生まれると 老人が身代わりになるんだという
『...生い先短い順にね。』
「じゃあ、もし いっぺんにたくさん生まれたとしたら?」
『周りの家々で交代で伝染つしていくらしい。
なんでも、長い間憑かれると剥がれなくなるから一年とか半年周期で。
死にそうな者が出るまで回していくんだってサね。』
「なんか凄い話やな... その、二重人格とか集団ヒステリーとかじゃあ?」
『まぁ、大抵の事はそれで説明がつくんだろうね。』
そうだ、うそ臭い。
大体、何でそんな話こいつが知っているというんだ――
『じゃあ、 試してみる?』
相方は親指を立てて【お前ら表へでろ】のポーズをとった。
指の先、塚の真後ろには立派な蔵のある家が佇んでいた。
『今年はこの家が“持ち回り”なんだ、奥行って会ってくるといい。ちなみに、ウチは遠慮しとくよ』
私は「すいません勘弁して下さい」と言う他なかった。
□ □ □
相方はにっかり笑って
『まぁ 本人に聞かんでも話は聞けるサ なんせ、 ここの老人で憑かれた事のない者は一人も居ないんだから』
その後、畑仕事をしているお爺さんに出くわした私は先程の話をおっかなびっくり聞いてみた。
お爺さんは
『しらはぶのしょうこん(白蛇の招魂?)か、 そりゃ有名よ』
と にこやかに答えてくれた。ただ、
『どこから来たんか?まぁ、茶でも上がっていけいな?』と、
なぜかやたらと自宅に招こうとする。
老人の誘いを丁重にお断りした私と相方は、逃げるように集落を後にした。
お爺さんが腰にぶら下げていた鉈(ナタ)が鈍く光っていて怖かったからではない。
『家でゆっくり話し聞かしたるけに』
そう言いって麦わら帽子を脱いだお爺さんはにっかり笑った。
その禿げ上がった頭には
びっしりと
ウロコ状のアザがあって――――
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