『月の湧く沢』『魚男』『水の音』など全5話|【短編 師匠シリーズ】洒落怖名作

『月の湧く沢』『魚男』『超能力』など全10話|【短編 師匠シリーズ】洒落怖名作 師匠シリーズ

 

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『人は死ぬとどうなる?』

死ぬ程洒落にならない怖い話集めてみない?119959 :1/3:2006/01/21(土) 11:34:06 ID:9bX5hJte0

大学時代よく散歩をした公園にはハトがたくさんいた。
舗装された道に一体なにがそんなに落ちているのか、やたら歩き回っては地面をくちばしでつついて行く。
なかでもよく俺が腰掛けてぼーっとしていたベンチの近くに、いつもハトが群れをなしている一角があった。
何羽ものハトがしきりに地面をつついては何かをついばんでいる。
このベンチに座って弁当の残りカスでも投げている人でもいるんだろうと思っていた。

2回生の春。
サークルの新入生歓迎コンパを兼ね、その公園の芝生に陣取って花見をした。綺麗な桜が咲いていた。
別に変なサークルではなかったが、ひとりオカルトの神のような先輩がいて、俺は師匠と呼んで慕ったり見下したりしていた。
その師匠がめずらしく酔っ払ってダウンしていた。
誰かがビール片手に、
「最初に桜の下には死体が埋まってるって言ったのは、誰なんだろうなあ」と言った。
すると師匠がムクっと起き上がって、
「桜の下に埋まってる幸せなヤツばかりとは限るまい」と、ろれつの回らない舌でまくしたてた。

すぐに他の先輩たちが師匠を取り押さえた。暴走させると新入生がヒクからだ。俺は少し残念だった。
「ちょっと休ませてきますよ」と言って、いつも座っているベンチまで連れて行き横にならせた。
しばらくしてから水を持って隣に腰掛けた。
「さっきはなにを言おうとしたんです?」
師匠は荒い息を吐きながら、「そこ、ハトがいるだろ」と指をさした。
ふと見ると、すでに日が落ちて暗い公園の中に、ハトらしい影がうごめいていた。
一斉にハトたちは顔を上げて、小さなふたつの光がたくさんこちらを見た。
「おまえに大事なことを教えてやろう」
酔っているせいか、師匠がいつもと違う口調で俺に話しかけた。思わず身構える。
「いや、前にも言ったかな・・・人間が死んだらどこへ行くと思う?」
「はぁ?あの世ですか」
師匠は深いため息をついた。

「どこにも行けないんだよ。無くなるか、そこに在るかだ」
よくわからない。
師匠はいろいろなことを教えてくれはするが、こんな哲学的なというか、宗教がかったことをいうのは珍しかった。
「だから、隣にいるんだ」
人間にとっての幽霊とか、そういうもののことを言っているのだと気づくまで、少し時間がかかった。
「そこでハトに食われてるヤツだって、無くなるまで在って、それで、終わりだ」
え?目をこすったがなにも見えない。
「すごく弱いやつだ。もう消えかかってる。
ハトはなにを食ってるか分かってないけど、食われてる方は『食われたら無くなる』って思ってる。だから消える」
「わかりません」
「たいていの鳥は、普通にヒトの霊魂が見えるんだぜ」と師匠はつぶやいた。
いつもハトが集まっていたところで、むかし人が死んだと言うんだろうか。
「ほんの少し離れてるだけなのになあ。
ハトに食われるより桜に食われた方がマシだ」
酒くさいため息をつきながらそう言ったきり師匠は黙った。
芝生の向こうではバカ騒ぎが続いている。
「師匠は、自分が死ぬときのことを考えたことがありますか」
いつも聞きたくてなんとなく聞けなかったことを口にした。
「おんなじさ。とんでもない悪霊になって、無くなるまで在って、それで、終わり」
ワンステップ多かったが、俺は流した。

『月の湧く沢』

死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?114941 :本当にあった怖い名無し:2005/11/16(水) 08:27:02 ID:qTwjHGqi0

大学2年の夏休みに、知り合いの田舎へついて行った。
師匠と仰ぐオカルト好きの先輩のだ。
師匠はそこで何か薄気味の悪いものを探しているようだったが、
俺は特にすることがなくて、妙に居心地の悪い師匠の親戚の家にはあまり居ず、
毎日なにもない山の中でひたすら暇をつぶしていた。

4日目の夜は満月だった。
晩御飯を居候先で食べ終えた俺は、さっそくどこかに消えた師匠を放っておいて、居づらいその家から散歩に出た。
特にあてもなく散策していると、ふと通りがかった場所でかすかな違和感を覚えて立ち止まった。
やや奥まった山中とはいえ月明かりに照らされていて、昨日も一昨日も通りがかった小さな沢なのだが・・・
枯れ沢だったはずが、今は不思議なことにキラキラと光が揺れいてる。
近くに寄ってみると、確かに昨日まで枯れていた沢に水が湧いていて、綺麗な月が水面に映っていた。
このところ雨も降っていないのになァ・・・と首をかしげながら居候先の家に帰ると、師匠も帰ってきていた。
さっそくそのことを話すと、「それは月の湧く沢だよ」と言う。
どうやらこのあたりでは有名な沢で、普段は枯れているが満月の夜にだけ湧き水で溢れるのだという。

どうしてそんな不思議なことが起こるんだろうと思っていると、師匠はあっさりと言った。
「この村から標高で300メートルくらい下がったところにダム湖があるんだけど、たぶんそのせいだと思う。
あれが出来てから、湧き水の場所も随分変わったと年寄りは言ってる。地下水脈の流れが変わったんだよ」
しかし、湧いたり枯れたりというのは変な気がする。しかも満月の夜にだけ湧くというのは出来すぎている。
ところが「潮汐力だよ」と、またも師匠はあっさり言った。
月の引力が地球に与える影響はわずかなものだが、液体である海などはモロにその影響を受ける。
潮の満ち干きがその代表で、その力を『潮汐力』と呼ぶ。
そして満月の日はその力が最大になり、大規模なダム湖もまたその影響を受けたのではないかと、師匠は言うのである。
「湖水のわずかな圧力の変化が、ダム湖に流れ込む地下水への圧力の変化となり、
湧き水に微妙な影響を与えたんじゃないかな」
「なるほど」
ひっかかるところもあったとはいえ、俺はその答えに素直に感心した。
「ただね、この村ではあの沢はあくまでも『月の湧く沢』であって、そんな無粋な構造によるものじゃない。
こんな言い伝えがあるんだ。
『あの沢に湧いた月を飲んだ者には霊力が宿る』」
ロマンティックな話だ。
でも、霊力という響きに不吉なものを感じたのも確かだ。
案の定、師匠は言った。
「じゃ、行こうか」

暗がりの中を、懐中電灯をしぼって俺たちは進んだ。
沢はそんなに遠くない。
よそ者の二人がこんな時間にこそこそ出歩いているのを見られたら、ますます居づらくなりそうだったが、
幸い誰ともすれ違わなかった。
沢に着くと俺はほっとした。
ひょっとすると幻のように水が消えているのではないか、という気がしていたのだ。
山の斜面に寄り添うような水面に、満月がゆらゆらと揺れている。
師匠は沢の淵に屈みこんで、目を爛々とさせながら眼下の月を見ている。
俺は『潮汐力だよ』と言った師匠の答えに抱いた、ひっかかりのことを考えていた。
理科は苦手だったが、たしかにそんな力が存在することは知っている。
しかし・・・潮汐力が最大になるのは、満月の日だけだっただろうか?
おぼろげな記憶ではあるが、確か月の消えた新月の日にも、潮汐力は最大になるのではなかったか。
では、満月の日にだけ湧くというこの沢はいったい何だ?
師匠の目が爛々としている。
なにより師匠の目が、潮汐力という答えを否定しているようだった。
俺は得体の知れない寒気に襲われた。
チャポ という音を立てて、師匠が沢の水を掬っている。飲む気だ。

師匠は掬い取った手の平に満月を見ただろうか。
一心不乱に水を飲みはじめた。何度も何度も手を差し入れて。
俺は立ち尽くしたままそれを見ている。

やがて信じられないものを俺は見て、ヘタヘタと座り込んだ。
気がつくと師匠の手が止まっていて、その下には水面が揺れている。
月がもう映っていなかった。消えた。
俺は逃げ出したくなる気持ちを抑え、この出来事に合理的な解釈を与えようとしていた。
『潮汐力だよ』という、そんな力強い言葉のような。

動けないでいると、師匠が何事もなかったかのように歩み寄ってきて、「もう月も飲んだし、帰ろう」と言った。
その瞬間わかった。へたりこんだまま空を見上げて、俺はバカバカしくなって笑った。
いつのまにか空は曇って月は隠れていたのだ。
本当にバカバカしかった。新月の謎さえ忘れていれば。

次の日、師匠があっさり教えてくれた。
「あのダムはね、30日ごとに試験放流をするんだ」
その周期と満月の周期とが、たまたまかぶっているというのだ。
月の満ち欠けが一周するまでの期間を朔望月といい、平均するとおおよそ29.53日。
30日ごとの試験放流では、一年間で6日ほどズレが生じるはずだが、
放流予定日が休日だった場合はその前日に前倒しすることになっており、その周期が朔望月に近づくのだという。
「でもぴったり満月の日に、あの沢が湧くのはめずらしいらしいけどね」
力が抜けた。地下水の圧力変化の原因は潮汐力ですらなく、ただのダムの放流だった。
ようするに担がれたわけだ。

しかし、あの夜起こったことの本当の意味を知った時には、もう師匠はいなかった。
数年後、師匠の謎の失踪のあとあの夜のことを思い出していて、まだひとつだけ解けていない謎に気がついたのだ。
あの夜、俺と師匠は懐中電灯をしぼって沢に向かった。月の湧くという沢に。
空はいつから曇っていたのか。

『魚男』

死ぬほど洒落にならない怖い話しを集めてみない?51102 :1/4:03/08/30 21:09

 

ああ、夏が終わる前にすべての話を書いてしまいたい。
もう書かないと言った気がするが、そうして終わりたい。

俺、色々ヤバイことしたしヤバイ所にも行ったんだけど、幸いとり憑かれるなんてことはなかった。
一度だけ除けば。

大学1年の秋ごろ、サークルの仲間とこっくりさんをやった。俺の下宿で。それも本格的なやつ。
俺にはサークルの先輩でオカルト道の師匠がいたのだが、
彼が知っていたやり方で半紙に墨であいうえおを書くんだけど、その墨に参加者のツバをまぜる。
あと、鳥居のそばに置く酒も、2日前から縄を張って清めたやつ。
いつもは軽い気持ちでやるんだけど、師匠が入るだけで雰囲気が違って、みんな神妙になっていた。

始めて10分くらいして、なんの前触れもなく部屋の壁から白い服の男が出てきた。
青白い顔をして無表情なんだけど、説明しにくいが『魚』のような顔だった。

俺は固まったが、他の連中は気付いていない。
「こっくりさん こっくりさん」と続けていると、男はこっちをじっと見ていたが、やがてまた壁に消えていった。
消える前にメガネをずらして見てみたが、輪郭はぼやけなかった。
なんでそうなるのか知らないが、この世のものでないものは、裸眼、コンタクト、関係ない見え方をする。
内心ドキドキしながらもこっくりさんは無事終了し、解散になった。

帰る間際に、師匠に「あれ、なんですか」と聞いた。
俺に見えて師匠が見えてないなんてことはなかったから。
しかし、「わからん」の一言だった。

その次の日から、奇妙なことが俺の部屋で起こりはじめた。
ラップ音くらいなら耐えられたんだけど、
怖いのは、夜ゲームとかしていて何の気もなく振りかえると、ベットの毛布が人の形に盛りあがっていることが何度もあった。
それを見てビクッとすると、すぐにすぅっと毛布はもとに戻る。
ほかには耳鳴りがして窓の外を見ると、だいたいあの魚男がスっと通るところだったりした。

見えるだけならまだいいが、毛布が実際に動いているのは精神的にきつかった。
もうゲッソリして、師匠に泣きついた。
しかし師匠がいうには、あれは人の霊じゃないと。
人の霊なら何がしたいのか、何を思っているのか大体わかるが、あれはわからない。
単純な動物霊とも違う。一体なんなのか、正体というと変な感じだが、とにかくまったく何もわからないそうだ。
時々そういうものがいるそうだが、絶対に近寄りたくないという。
頼りにしている師匠がそう言うのである。こっちは生きた心地がしなかった。
こっくりさんで呼んでしまったとしか考えられないから、またやればなんとかなるかと思ったけど、「それはやめとけ」と師匠。

結局半月ほど悩まされた。
時々見える魚男はうらめしい感じでもなく、しいて言えば興味本意のような悪意を感じたが、それもどうだかわからない。
人型の毛布もきつかったが、夜締めたドアの鍵が朝になると開いているのも勘弁して欲しかった。

夜中ふと目が覚めると、暗闇の中でドアノブを握っていたことがあった。
自分で開けていたらしい。
これはもうノイローゼだと思って、部屋を引っ越そうと考えてた時、師匠がふらっとやってきた。
3日ほど泊めろと言う。
その間なぜか一度も魚男は出ず、怪現象もなかった。

帰るとき「たぶんもう出ない」と言われた。
そしてやたらと溜息をつく。体が重そうだった。
何がどうなってるんですかと聞くと、しぶしぶ教えてくれた。
「○○山の隠れ道祖神っての、あるだろ」
結構有名な心霊スポットだった。かなりヤバイところらしい。
うなずくと、
「あれ、ぶっこわしてきた」
絶句した。
もっとヤバイのが憑いてる人が来たから、魚男は消えたらしい。
半分やけくそ気味で、ついでに俺の問題を解決してくれたという。
なんでそんなもの壊したのかは教えてくれなかった。
師匠は「まあこっちはなんとかする」と言って、力なく笑った。

『水の音』

洒落にならないくらい恐い話を集めてみない?Part37504 :ウニ:03/05/13 02:27

 

大学1年の夏の始めごろ、当時俺の部屋にはクーラーはおろか扇風機もなくて、毎日が地獄だった。
そんな熱帯夜にある日、電話が掛かって来た。
夜中の一時くらいで、誰だこんな時間に!と切れ気味で電話に出た。
すると電話口からは、ゴボゴボゴボ・・・という水のような音がする。
水の中で無理やりしゃべっているような感じだ。
混線かなにかで声が変になっているのかと思ったが、喋っているにしては間が開きすぎているような気がする。
活字にしにくいがあえて書くなら、
ゴボゴボ・・・ゴボ・・・シュー・・・・ゴボ・・・・シュー・・・シュー・・・ゴボ・・・・ゴボリ・・・
いつもならゾーっするところだが、その時は暑さでイライラしていて頭から湯気が出ていたので、
「うるせーな。誰じゃいコラ」と言ってしまった。
それでも電話は続き、ゴボゴボと気泡のような音が定期的に聞こえた。
俺も意地になって「だれだだれだだれだだれだ」と繰り返していたが、
10分ぐらい経っても一向に切れる気配がないので、いいかげん馬鹿らしくなってこっちからぶち切った。

それから3ヶ月くらい経って、そんなことをすっかり忘れていたころに、留守電にあのゴボゴボゴボという音が入っていた。
録音時間いっぱいにゴボ・・・ゴボ・・・・シュー・・・・ゴボ・・・・
気味が悪かったので消そうかと思ったが、なんとなく友人たちの意見を聞きたくて残していた。

それで3日くらいして、サークルの先輩が遊びに来ると言うので、そのゴボゴボ以外の留守録を全部消して待っていた。
先輩は入ってくるなり、「スマン、このコーヒー飲んで」。
自販機の缶コーヒーを買ってくるつもりが、なぜか『あったか~い』の方を間違えて買ってしまったらしい。
まだ九月で残暑もきついころだ。
しかし例の留守電を聞かせると、先輩はホットコーヒーを握り締めて、フーフー言いながら飲みはじめた。
先輩は異様に霊感が強く、俺が師匠と仰ぐ人なのだが、その人がガタガタ震えている。
「もう一回まわしましょうか?」と俺が電話に近づこうとすると、「やめろ!」とすごまれた。
「これ、水の音に聞こえるのか?」
青い顔をしてそう聞かれた。
「え?何か聞こえるんですか?」
「生霊だ。まとも聞いてると寿命縮むよ」

「今も来てる。首が」
俺には心当たりがあった。
当時、俺はある女性からストーキングまがいのことをされていて、
相手にしないでいるとよく『睡眠薬を飲んで死ぬ』みたいなこを言われていた。
「顔が見えるんですか?女じゃないですか?」
「そう。でも顔だけじゃない、首も。窓から首が伸びてる」
俺はぞっとした。
生霊は寝ている間、本人も知らない内に首がのびて、愛憎募る相手の元へやってくると聞いたことがあった。
「な、なんとかしてください」
俺が泣きつくと、先輩は逃げ出しそうな引き腰でそわそわしながら、
「とにかく、あの電話は掛かってきても、もう絶対に聞くな。本人が起きてる時にちゃんと話しあうしかない」
そこまで言って、天井あたりを見あげ目を見張った。
「しかもただの眠りじゃない。これは・・・へたしたらこのまま死ぬぞ。見ろよ、首がちぎれそうだ」
俺には見えない。
引きとめたが先輩は帰ってしまったので、俺は泣く泣くストーキング女の家に向った。

以降のことはオカルトから逸脱するし、話したくないので割愛するが、
結局俺は、それから丸二年ほどその女につきまとわれた。
正直ゴボゴボ電話より、睡眠薬自殺未遂の実況中継された時の電話ほうが怖かった。

『足音』

死ぬ程洒落にならない怖い話集めてみない?119962 :1/5:2006/01/21(土) 11:37:01 ID:9bX5hJte0

 

子どものころバッタの首をもいだことがある。
もがれた首はキョロキョロと触覚を動かしていたが、胴体のほうもピョンピョンと跳び回り続けた。
怖くなった俺は、首を放り出して逃げだしてしまった。
その記憶がある種のトラウマになっていたが、大学時代にそのことを思い出すような出来事があった。

怖がりのくせに、怖いもの見たさが高じてよく心霊スポットに行った。
俺にオカルトを手ほどきした先輩がいて、俺は師匠と呼び、尊敬したり貶したりしていた。
大学1回生の秋ごろ、その師匠と相当やばいという噂の廃屋に忍び込んだ時のこと。
もとは病院だったというそこには、夜中に誰もいないはずの廊下で足音が聞こえる、という逸話があった。

その話を仕込んできた俺は、師匠が満足するに違いないと楽しみだった。
しかし、「誰もいないはずはないよ。聞いてる人がいるんだから」。
そんな森の中で木を切り倒す話のような揚足取りをされて少しムッとした。
しかるに、カツーン カツーンという音がほんとに響き始めた時には、
怖いというより『やった』という感じだった。
師匠の霊感の強さはハンパではないので、『出る』という噂の場所ならまず確実に出る。
それどころか、火のない所にまで煙が立つほどだ。
「しっ」
息を潜めて、師匠と俺は多床室と思しき病室に身を隠した。
真っ暗な廊下の奥から足音が均一なリズムで近づいてくる。
「こどもだ」と師匠が囁いた。

「歩幅で分かる」と続ける。
誰もいないのに足音が聞こえる、なんていう怪奇現象にあって、
その足音から足の持ち主を推測する、なんていう発想はさすがというべきか。
やがて二人が隠れている病室の前を足音が。
足音だけが通り過ぎた。もちろん、動くものの影も気配さえもなかった。
ほんとだった。
膝はガクガク震えているが、乗り気でなかった師匠に勝ったような気になって嬉しかった。
ところが、微かな月明かりを頼りに師匠の顔を覗き込むと、蒼白になっている。
「なに、あれ」
俺は心臓が止まりそうになった。
師匠がビビッている。はじめてみた。
俺がどんなヤバイ心霊スポットにでも行けるのは、横で師匠が泰然としてるからだ。
どんだけやばいんだよ!
俺は泣いた。

「逃げよう」と言うので、一も二もなく逃げた。
廃屋から出るまで足音がついて来てるような気がして、生きた心地がしなかった。
ようやく外に出て師匠の愛車に乗り込む。
「一体なんですか」
「わからない」
曰く、足音しか聞こえなかったと。
いや、もともとそういうスポットだからと言ったが、「自分に見えないはずはない」と言い張るのだ。
「あれだけはっきりした音で人間の知覚に働きかける霊が、本当に音だけで存在してるはずはない」と言うのである。
俺は、この人そこまで自分の霊感を自負していたのか、という驚きがあった。

半年ほど経って師匠が言った。
「あの廃病院の足音、覚えてる?」
興奮しているようだ。
「謎が解けたよ。たぶん」
ずっと気になっていて、少しづつあの出来事の背景を調べていたらしい。
「幻肢だと思う」と言う。

あの病院に昔、両足を切断するような事故にあった女の子が入院していたらしい。
その子は幻肢症状をずっと訴えていたそうだ。なくなったはずの足が痒いとかいうあれだ。
その幻の足が、今もあの病院にさまよっているというのだ。
俺は首をもがれたバッタを思い出した。
「こんなの僕もはじめてだ。オカルトは奥が深い」
師匠はやけに嬉しそうだった。
俺は信じられない気分だったが、「その子はその後どうなったんです?」と聞くと、
師匠は冗談のような口調で、冗談としか思えないことを言った。
「昨日殺してきた」

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