『一家惨殺があったT家へ行った話』|洒落怖名作まとめ【短編・中編】

『一家惨殺があったT家へ行った話』|洒落怖名作まとめ【短編・中編】 中編

 

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一家惨殺があったT家へ行った話

 

「なあ、T家って場所さあ。今日、会社の帰りに行ってみないか? ちょうど、今日は残業が無くて17時には会社終わるよなあ。調べたら、T家って俺達の会社の近くじゃん、俺、最近、車買ったんで、電車じゃなくて、車で会社に出勤しているんだよね。なあ、俺の車でT家に行かねえ?」

 

金曜日で、明日は休日という日に、早朝の仕事が始まる前から、同僚のAはそんな事を言い始めた。

 

一家惨殺のあった心霊スポットに興味があり、俺と会社の同僚であるAとBの三名で行こうという話になった。今でこそ、飲酒運転が厳しい時代だが、当時は取り締まりの強化が薄く、軽く一杯やるくらいなら平気だろうという事で、俺達三人は居酒屋に行った後に、その場所へと向かう事になった。

 

二杯程度しか飲んでいない下戸な部類の俺が、Aの車を運転して、心霊スポットで有名なT家へと向かう事になった。AもBもベロベロに酔っていたと思う。

到着したのは、夜の10時近かった。

 

例の廃屋には「T家」を現す表札が確かに書かれていた。
廃屋に来てみると、実際に不気味な場所で、何処か冷たい感じがした。
ここで、一家惨殺事件が起こったのは、確かだろう。そんな威圧感さえ感じられた。

 

廃墟の中を探索していくと、やはり、放置されていただけあって薄汚れていて気味が悪い。暗くてよく分からないが、ゴキブリやカマドウマなどの虫が地面を徘徊していたり、名前の分からない蛾のような羽虫が宙を待っていた。誰かが捨てたであろう空き缶やポテトチップスの袋などが転がっている。

 

Bは好奇心旺盛で、二階へと続く階段を登っていった。
AはAで、酔っていた為に、年甲斐もなく、廃屋内にあるものを殴ってみたり、蹴りを入れたりしていた。何か物を壊す音も聞こえた。

 

俺は風呂場を見る。
朽ち果てたスリッパが無造作に置かれていた。
バスタブが狭く、そしてカビと苔だらけでとても汚かった。

「トイレで吐いちまったよー!」

そう言いながら、Aは赤ら顔で俺の方に酔ってきた。

来年、三十になろうとは思えないような態度だった。
Aは洗面所の中にある鏡の前で、シャドーボクシングを行っていた。

Bは二階でげらげらと笑いながら、ここで酒盛りがしたい、酒とツマミを買ってこようぜ、と叫んでいた。

ここは、夫が妻や子供を殺して一家惨殺が起きた場所だと言われている。
Bは殺された奴ら、幽霊共、出るなら化けて出ろよ、と叫び始めていた。

 

自分達が迷惑な行為をしていると思わなかったし、今は誰の家でも無い廃屋だという認識があった。また、日頃の仕事のストレスもあって、AやBはそのような行為に及んだのだろう、俺は多少、呆れながらも、いい大人が行う奇行を見て楽しんでいた。

 

ふと。
何か、俺の背筋に冷たいものが走った。

 

一階の部屋の中を探索していた時だった。
何か、首筋の辺りに吐息のようなものを拭き掛けられて、しかも、それがおぞましいくらいに冷たい何かだ……。

 

「俺、この家に住みたいなあっ!」

そう言いながらAがゲラゲラと笑っていた。
Aは畳のある部屋で寝転んでいた。
Aは俺達の中で一番、酒癖が悪く、キャバクラに行った時も、よくキャバ嬢にウザ絡みをして迷惑を掛けていた。一度、Aのせいで三人揃ってキャバクラ店の一つを出入り禁止になった事もある。

 

がしゃん、どかん、といった音が響いた。
どうやら、Aが何やら、この廃屋の中にあるものを壊した音だろう。
本当に怖いもの知らずだな、と俺は呆れながら、先ほど首筋の辺りに感じた薄気味悪い吐息のようなものは何だったのかと気になって原因を探る事にした。

 

俺はトイレの方へと向かった。
すると、便器の中にAの吐いた吐瀉物が溜まっていた。
俺はそれを見て、息を飲んだ。

虫だ。
うじゃうじゃと、大量の虫達が集まってきて、Aの吐瀉物を喰い始めていた。

俺はそれを見て、思わず、少し嘔吐する。

幽霊なんていないのかもしれないが、とにかく、ここは気味が悪い。
それだけは確かだ。

 

俺はAとBの酔いを覚まして、出来るだけ早く、この廃屋から出たかった。水でも買ってこようと思い、二人に断ってから、一人、外に出た。夜気が肌に触れる。廃屋の周辺は鬱蒼とした木々に包まれていて、とても不気味だ。入る時は何故、平気でこんな場所に入ってこられたのか分からない。

 

Aの車の鍵は俺が預かっていたので、車を使わせて貰った。
自動販売機は車で五分程した場所に見つけた。
そこで天然水の入ったペットボトルを購入する。

 

そして、例の廃屋に戻ってみると、改めて不気味でおどろおどろしい印象を受けた。まるで、悪魔とか化け物とか、そのような得体の知れないものが住んでいるかのような……俺はとっくの昔に酔いが覚めてしまっていた。ただ、全身から鳥肌が立って異様な程の悪寒が背筋を走っていく。

 

「おーい! A,B,もう帰ろうっ!」
俺は廃屋の外から、何度も二人の名前を呼び続ける。
返事は無い。

 

俺は息を飲みながら、再び、廃屋の中へと入る。

玄関の前に立つと、まるで何者かが俺を睨み付けているような視線を感じた。
それは庭の辺りだろうか……。
俺は嫌な考えを振り払って、廃屋の中へと入り、二人を探す。

AもBも見当たらない。
トイレやバスタブ、畳の部屋にもいない。

廃屋の中は、異様な程に羽虫が多い。

俺は二階へと続く階段を登る事にした。

みしぃ、みしぃ、と木の腐ったような音が鳴り響いていく。

二階に辿り着く。
二階の部屋は物置のようになっていた。

 

そこで、Bが呑気にも寝転んでいた。

俺はBに駆け寄って揺り起こす。
Bは仰向けで泡を吹いて、白目を剥いていた。
少し肥満体質であるBを俺は何度も揺さぶった。
しばらくして、Bが目覚める。

「おいっ! 水買ってきたぞっ! これ飲めっ!」

俺は仕事用のカバンの中から、天然水を取り出してBに渡す。

Bはげえげえぇと、畳の床に嘔吐し始める。
先ほど、居酒屋で食べたものがBの口から吐き出される…………筈だった……。

虫だ。

大量の虫が、Bの口から吐き出されていた。
蛆虫、ゴキブリ、紙魚、何かの幼虫。
ありとあらゆる、気持ちの悪い虫達がBの体内から地面に噴出されていく。虫達は吐瀉物の中で這いまわっていた。

 

突然、何か奇怪な音が鳴り響いてきた。
音の原因は、転がっている古いラジオからだった。砂嵐のような音と、それに混じって何か悲鳴のような人間の声がラジオから響き渡ってくる。

俺はBの様子と、ラジオの音でパニックに陥っていた。
そして、そのまま、一階に降りる。

 

Aの姿を見つけた。
Aはゲラゲラと笑い声をあげていた。
Aは見えない誰かと話して、ゲラゲラと笑いながら語り合っているみたいだった。よく分からないが、Aいわく、あんた綺麗だね、ああ、奥さんなんだ、ああここの?といったような意味不明な事を何も無い空間に向かって語り掛けている。

 

俺はとても怖くなった。

 

そして思わず、廃屋を飛び出して、Aの車に乗って逃げた。
おそろしい事に、何かが車に乗っている俺の後を尾行しているような感覚があった。

AとBの二人を残して、俺は自宅のマンションへと逃げ帰ったのだった。車はマンション近くにあるコインパーキングに停めた。

 

そして、そのまま布団にくるまって震えていた。
まるで、得体の知れない何者かが追い掛けているような気分に陥っていた。明け方近くになって、どんどんどん、どんどんどん、と、俺のマンションの玄関を叩き続ける音が鳴り響いていた。俺はその夜、一睡も出来なかった。

 

朝起きて、玄関を見ると、入り口の扉の前に泥だらけの足跡がびっしりと付いていた。そして、大量の虫の死骸が転がっていた。

俺はAとBの携帯に連絡を入れた。
Aは出なかったが、Bは電話に出てくれた。
なんでも、朝、目覚めると知らない場所のゴミ捨て場の中で眠っていたらしい。カラスにつつかれて、眼を覚ましたとBは答えた。それから、大量の蛆虫が身体にこびり付いていて、急いでシャワーを浴びたいとBは嘆く。

 

昨日の事は何も覚えていないらしい。
あの廃屋で大量の虫を吐き散らした事も……。
それどころか、そもそも、T家に行った事も覚えてないと答える。

 

土日に何度も、Aに連絡したが、Aからの返信は無かった。

俺はAに車を返さなければならない。
正直、その事でも悩んでいた。

月曜日に会社が始まっても、Aからは連絡が取れなかった。
誰も連絡が取れていないらしい。

 

俺はAの実家に行って、Aの車を返した。
車のトランクの中は泥だらけで、何か、成人した人間と子供が寝転がって入ったような痕が付いていた。つまり、泥だらけの人間が二人程、入っていた事になる……。

 

Aの両親は、Aの素行不良が成人しても治らない事を教えてくれた。Aは、俺の知らない処でも色々な事をやらかして実家にまで連絡が行った事は度々あったらしい。

俺もAの酒飲み仲間で、いい年して悪い遊びや迷惑行為なども行っていたので、これを機に真面目な人間になろうと決意した。

 

それから、結局、Aは行方不明になった。

Aが見つかったのは、二年後の事だった。

 

池の中から骨だけで見つかった。
警察が検証した結果、事件性は無し、本人が酒に酔って飛び込んだのだろうという事を聞かされた。警察の話を小耳に挟んだのだが、どうやら、Aの白骨死体には大量の虫がこびり付いていたらしい。

 

十数年程、経過した今、俺はあれから、一応、無事に日常を暮らしている。
社内恋愛で結婚相手も見つかり、今は二児の父だ。
もちろん、結婚してだいぶ落ち着いた。風俗通いも酒乱行為もやっていない。

 

Bは株か何かで数百万程、借金して、何処かへと消えた。
Bの失踪事件に関しては、T家に行った事とは何も関係無いと思っている……。

 

俺は何事もなく幸せな家庭を築けているが、一つか二つ程、奇妙な事が起こる。

 

それは、年に何回か、俺の家の周辺では、原因不明の虫が大量に発生する事が起きる。それに加えて、泥の足跡が新築の家の周りにこびり付いている事がある。

 

女房にも、中学生の息子にも、小学生の娘も、無事、暮らしている。
今のところ、俺や俺の家族に危害を加えようといった形跡はないが、確かに、T家から連れてきた何者かが俺をずっと見張っている…………。

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