山にまつわる怖い話【42】全5話
「ついて来い」
小学生の頃の話し
早朝に山へ出かけて、ネマガリタケというタケノコを採っていると、
まだ背の低かった俺は、方角を見失ってしまった。
この竹(本当はチシマザサって言うらしいけど)は、背が低いけど、
ものすごい勢いで群生して生えているので、前に進むのも容易じゃないし、
生えている場所が急勾配で、とても歩きにくい。
竹林の中で途方に暮れていると、竹林の奥から「ハァッハァッ」という、
危ないオッサンか野犬の息づかいのような音が聞こえてきた。
薄暗い竹林の中で、俺がビビりまくっていると、目の前に茶色い体をした
オオカミみたいな動物が姿を現した。
見ると、顔はひしゃげた子供のような顔で、鼻と耳がなかった。
俺が死ぬほど怖がっていると、その動物は、びっくりしたように俺を見つめた後、
「まったく、ついて来い」
と、ものすごく乾いた、子供のような声で言った。
普通なら絶対について行くわけがないんだけど、恐怖よりも
「ついて行かなくちゃ」
という気持ちの方が強くて、その動物について行った。
途中、竹林の中に小さな小川があって、それを飛び越えると、
本当にその途端に、俺は竹林の外に出ていた。
背後でガサガサと音が聞こえたので見ると、その動物の尻尾が
竹林の中にとけ込むように消えていくところだった。
とりあえず「ありがとうございました」と頭を下げた。
ちなみに、親父はタケノコをリュックいっぱいに採ってきて、
俺の話しを聞くと「感謝しておけ」と頭をクシャクシャやられた。
そして、採ったタケノコの3分の1とおにぎり1つを竹林の前に置いて帰路についた。
微妙にセコいお礼だった。
泥人形
父から聞いた曾祖父の話
夕刻、川土手を歩いていたら、ふらふらとおかしな歩き方をする男がいたそうだ。あまりにも足取りがおぼつかないので川に落ちないかと心配していたら、案の定ドボンと転落してしまった。こりゃいかんと急いで駆けつけたのだが、おかしなことに川の中には誰もいない。首をかしげながらもその日は家に帰って寝てしまった。
数日後、土手を歩いていたらまた同じように千鳥足で歩く男を見つけた。今度こそ正体を見極めようと、足下に落ちていた石を男に向かって投げつけた。すると男は泥人形のようにバラバラになって川に落ちていった。
一体あれは何だったのか、と村の年寄りに聞くと、「そりゃおめぇ、カワウソに化かされたんだ。」と笑われたそうだ。
UFO的なもの
わたし自身は24にして人生で一度しか登山をしたことがないのだが、友人がこんな話をした。
おととしの夏、観光を兼ねて広島県の山を一人で楽しんでいた。午後3時をまわったころ、頂上部(尾根っていうの?)の平坦な道を気持ちよく歩いていると、ふと足元に見慣れない影がある。自分の影の脇に、まぁるく。
なんだろうと見回すと、背後に古い「マンガ世界の不思議」みたいな本に出てくるような、いわゆるUFO的なものが浮かんでいた。しかしそれはイメージよりも小さく、高度10mくらいを揺れもせず浮遊しているのだが、サイズ的にはやや大き目の帽子ていどだったという。
下部にぽっかり穴が空いているようだったが彼と一定の距離をおくように浮遊するので覗き込むことができなかった。
ラジコンの類で誰かがイタズラしているのかと思い辺りを探ったが、人影はない。気味が悪いので石を狙ってなげてみたが、円盤はヒョイと、難なくよける。これはますますラジコンではないぞ……と薄気味悪くなったので座り込んでにらみ合いをすることにした。
どの方向に歩き出しても、彼の背後をついてくるため不安で、どうにも移動できないのだ。怒鳴ったり、石や枝を投げても、退散する気配はない。日は暮れだしている。夜になったらまずいな……
と不安に駆られていたとき、ワシャワシャワシャ、と茂みを掻き分けなにかが近づく音がして、彼は心底びびった。宇宙人の本体か、CIAか、とマジでびびってちびりそうになる。
出てきたのは野良着を着た、中年のオバサンだった。オバサンが「こらー!」と叫ぶと円盤はしらけたようにゆっくりと木々のむこうに消えていったそうな。「あぶないよ、あんた、あれが出るときは決まって行方不明者が出るんだよ!山に入るとき、行方不明者多数、一人で入るなって看板あったでしょ!駄目だよ守らなきゃ!(現地の方言に変換してお読みください)」彼は若さにものを言わせて登山道でない方面から登りはじめたため、看板を見逃していた。
見るとオバサンの太股や手は細かい傷でいっぱいだった。聞くと、円盤を見てまた馬鹿が単独登山したと思い隣の尾根?から駆け足でやってきたという。彼はそれまでの恐怖を忘れて、オバサンの情の深さに感激し、涙が滲んできたという。
後日談、というか余談ですが。
彼は山で一夜を明かすつもりだったが、さすがにそれはできない&させられないというのでオバサンの家にやっかいになることになった。
そこで十九歳の自称フリーター(といっても田舎だから実際は家事手伝い兼自宅の雑貨屋でバイト)の娘さんと知り合い、オバサンへの感謝や旅先の高揚感、怪奇現象への興奮も作用していたのだろうか、一目ぼれしてしまい「オバサンみたいなおかあさんがいたらいいなあ」と、自分も元気な母親がいるくせに意味のわからないキモいアプローチをしていたらしい。結局図々しく二晩をそこで過ごし、飯をたらふく食い、娘さんとプレステ2をしまくって帰宅。
娘とはメル友になり、去年になって娘さんが東京の専門に行くと家族に騒ぎ出し、問いただせば実は彼に会いたかったっていう……。近々ゴールインしそうだとか。
「ありゃ縁結びの神様なんじゃないかなあ」と先週、彼女を連れてきた彼は言った。
アホが、一回アブダクションされてろ、と思った。
兄とそっくり
ウチの親父さんから聞いたヘンな話。
若かりし頃、早朝に川沿いの土手をジョギングしていたら、前方に一人の男が立っているのが見えてきた。田舎にいるはずの兄だ。良く似た人だろうと思っていたが、近くに寄ってよ~く見ても兄そのものにしか見えない。声をかけると、
「おう、お前か。早いな」
と応える。他人の空似ではなく、間違いなく兄その人。
アレ、いつコッチ出て来たの? と訊くとギュッと顔を顰めて、
「山の神様? わからんなぁ」
と脈絡のない言葉が返って来た。え? と戸惑ってるうちに、パッと消え去る兄の姿。
これは兄ちゃんの身に何かあったな、場合によっては死んだのかも知れん!
と家に引き返し、田舎の兄宅に電話。ところが
「おう、お前か。早いな」
と電話に出る兄本人。土手で兄を見て云々、山の神様などと言って云々、と
今しがた自分が見て来た事を説明すると、
「山の神様? わからんなぁ」
と訝しげな返答。まあ山には気をつけとくよ、と話を切り上げる兄。
電話を切って一拍置いて、兄の言葉が土手で聞いたものと同じだと気付き、
数日間釈然としない嫌ァな気分が残った。
だ、そうだ。ちなみに親父さんの兄は未だ健在。
扉を開けるな – 冬山のタブー
登山者の間で語られる「冬山のタブー」はご存知の方もいるかもしれません。登山の途中、別のパーティーと出くわすことがままありますが、そうした場合互いに軽く挨拶します。
しかし、猛吹雪の中では、かつて遭難した死者達のパーティーをも見出してしまうことがまれにあるのです。彼らはすぐそばで挨拶しても気づかず行ってしまうのでそれと分かります。
そうした場合、強いて呼び止めようとしてはなりません。また決して振り返ってはなりません。さもなければ彼らは私達を「救助」に来てくれた者と勘違いして、しつこく付きまとってくることになります。
私の先輩は、そのタブーを犯してしまい、極寒の高山で生命に関わる禍に見舞われました。
その日、先輩の一行は、かなりの高度で予期せぬ吹雪に襲われ、最も近い山小屋に避難すべく進行していました。途中、前方から下りてくるパーティーが見えてきました。
互いにすれ違う際、リーダーが彼らに声をかけましたが、相手パーティーは誰一人として応答せず、黙々と下山してゆきます。
先輩一行のメンバーは、皆はっとした様子で顔を見合わせると、きびすを返して山小屋へ向かうルートに立ち戻ろうとしました。しかし経験の浅かった先輩はその様子を解しかね、去り行く相手パーティーに再び「山小屋は逆方向だ!」と声をかけてしまいました。
すると最後尾の者が振り返り「あとで行く」と答えました。この猛吹雪に「あとで」もないものですが、他のメンバーにせかされ先輩も皆に続いて再び山小屋へ向かい歩き始めました。
山小屋といっても何があるわけでもありません。寝袋に入って皆で固まり、
凍えないよう暖を取るだけです。ようやく小屋に辿り着いた先輩達一行も、
寝袋に包まり少しでも体温が下がらないようにして吹雪がやむのを待っていました。
その時です、「ドンドンドン」と扉を叩く音がしました。リーダーが「どうぞ」と答えました。しかし誰も入ってきません。もちろん避難用の小屋の扉に鍵などかかっていません。
「負傷して扉が開けられないのかもしれない」メンバーの一人が起き上がって扉を開けに行きました。しかし、開けた扉の向こうには誰もいません。見えるのは相変わらず続く吹雪だけです。「雪が扉を打っただけだろうか」不審に思いながらも扉を閉めるしかありませんでした。
しかし20分ほど経つと再び「ドンドンドン」と扉を叩く音がしました。今度も扉を開けてみましたが、やはり誰も居ません。そんなことが繰り返されました。扉を開けるたびに室内の気温は下がってゆきます。しかも扉を叩く音の間隔が20分、15分、10分、5分・・・と縮まってゆきます。
誰もが事の異常さに気づいていました。リーダーが「このままでは危険だ、皆もう扉を開けるな」と命じました。
再び扉を叩く音がしました。今度は誰も開けません。やがて音はやみました。皆一様にほっとした面持ちになりました。
しかしそれもつかの間、今度は壁から「ドンドンドン」と音がしました。皆再び緊張しました。続けて「お~い、お~い」と外から人の声のような音が聞こえてきます。やがて壁からの音もひっきりなしに鳴るようになりました。
壁だけではなく、天井、床からも音がします。それも段々と乱暴さを増してゆくのです。気味の悪い呼び声も収まりません。一向は皆壁から離れ、部屋の真ん中で寄り添って、耳を塞いで一晩中不気味な音に悩まされながら、眠れぬ夜を過ごしました。
朝になると吹雪もおさまりました。外には何事もなかったような銀世界が広がっています。
頂上まではもう少しの地点です。しかし皆疲れの取れない身体を引きずるようにして、ほうほうの態で下山の途についたということです。
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