『手紙』藍物語シリーズ【23】◆iF1EyBLnoU 全40話まとめ – 怖い話・不思議な話

『手紙』藍物語シリーズ【23】◆iF1EyBLnoU 全40話まとめ - 怖い話・不思議な話 シリーズ物

 

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藍物語シリーズ【23】

 

藍物語シリーズ【全40話一覧】

 

 

『手紙』

 

翠、藍、そしてこれから生まれてくる子供たちへ

この手紙を読んでいるのだから、君は既に基本的な修練を終えて、
術者になるかどうかを決める大切な時期。けれど、お父さんはもうこの世にいないという事。
ずっと君の傍にいられたら、お父さんの経験や考え方を君に伝えて、
術者になるかどうかを決める手助けが出来ただろう。
でも、人間には何時、何が起こるか分からない。術者なら尚更。
実際、お父さんは以前、生死に関わる大怪我をした(翠は憶えているかな?)。
もちろん細心の注意をして、何時までも君の傍にいたいと思っている。
ただ、どれ程優れた術者であっても、どうにもならない事はある。
今年の3月、この国はとても大きな災害に襲われた。
沢山の人が亡くなって、もっと沢山の人が大切な家族や家を失った。
亡くなった人こそいなかったけれど、一族もかなりの被害を受けた。
大きな災害が近づいているのを予知した術者もいたが、
それが、大地震とそれに続く大津波だと分かったのは地震の起こる数分前で、
だから予知は何の役にも立たなかった。大自然の猛威の前で、人間の力はあまりに小さい。
天地の精霊や神々の力を借りる術者でさえ、出来ることは極僅かだ。

 

そういう経験を通して、お父さんは自分の死を意識するようになった。
もしも自分の身に何かあったら、もしも君と話す事が出来なくなったら。
時が来たら、君に話して上げたい事が沢山ある。お父さんがお母さんたちと出会い、
愛し合って、君が生まれるまでの事。お母さんたちが術を教えてくれて、
お父さんが術者になるまでの事。そして、お母さんたちとお父さんが関わってきた仕事の事。
一族の為に力を尽くし、既にこの世を去った偉大な術者達の事。
力は持っていないけれど、日々を一生懸命に生きて一族を支えている人たちの事。
それから...
それらを君に話して上げられないまま死んでしまうのは、あまりに心残りだ。
だからお父さんはお母さんたちと相談して計画を立てた。
もしもの時の為に、君に話して上げたい事を物語にして残す計画。
文字として記録しておけば、お父さんが、もしもお母さんたちが皆いなくなっても、
君に伝える事が出来る。年を取って記憶が曖昧になった時にも役立つはずだ。
折角だから只の記録ではなく、君が面白く読める物語にしたい。

 

だからお父さんの知人に文章を依頼した。
本業は小説家ではないが、素敵な文章を書く人。
以前その人の書いた文章を読ませて貰った事があったから、
この計画を立てた時、絶対その人に頼もうと思ったし、お母さんたちも賛成してくれた。
計画を実行に移したのは今年の秋。今完成しているのは最初の物語だけだが、
多分今月中には次の物語も完成する。お父さんは良い出来だと思うし、
概ねお母さんたちの反応も良い。いつか君がこれらの物語を読んで、
自分の人生や生き方を考える材料になれば良いと思っている。
もちろんお父さんがずっと君の傍にいられたら、この手紙に書いた事を直接話してから
これらの物語を読んでもらうつもりだ。
この手紙が役に立つ事なく、物語の数が増えていく事を心から願っている。
出来る事なら、君がどんな大人になって、どんな人たちと出会うのか、
そして君にどんな子供たちが生まれるのか、何時かそういう物語が加わると良いと思う。
その時、これらの物語はお母さんたちとお父さんだけでなく、
家族皆が此の世に生きた証になるだろう。

さて、随分長い手紙になった。
くれぐれも体に気を付けて、これからもしっかり生きていきなさい。
お父さんの魂は常に君と共にある。何時も君を応援しているし、君を心から愛している。
君がお母さんたちとお父さんの子供に生まれてきてくれて、本当に良かった。
ありがとう、さようなら。

お屋敷の窓に降る初雪を眺めながら R

 

「あらあら大変。これ、遺言状じゃないの。私、未だ心の準備が出来てないのに。」
「茶化さないで下さい。僕はお爺さんになるまで生き抜いて、そしてSさんとLさんと一緒に、
あの島の小さな集落で余生を送るつもりです。でも、そう上手く行かない事だって。」
「...ホントに馬鹿ね。L、R君に悪気は無いのよ。許してあげて。」
え? 姫の、冷たく強張った顔。 体感温度が一気に下がる。
「あの、Lさん。何故そんなに不機嫌な?」
姫は俯いて、そっと両手でお腹に触れた。
「何故、この子の名前は?」
「あ。」
「男の子でも女の子でも、この名前ならって、あんなに考えて決めたのに。酷い、です。」
「いや、だって、未だ生まれてないから。痛てててて。Sさん、痛いですって。」
「R君、もしかしてLのお腹の子は生まれないって思ってるの?
酷いわね。そんな事だと、瑞紀ちゃんも考え直した方が良いかも。早速電話しなきゃ。」
「待って下さい。あんなに色々有って折角...あ~もう、何時もこうです。僕ばっかり。」
「そう、物語の中では何時もあなたばっかり良い思いしてるみたいに書かれてる。
私たちの出会いは家族みんなの幸せに繋がってるって、確認しておかないと。ね、L?」
「はい。」

Sさんと姫の輝くような笑顔。
新しい家族を迎える準備を調えつつ、俺たちは新しい年への準備を進めた。

 

 

『手紙』 完

 

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