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田舎の伝承『津波を起こす大蟹』など全5話|怖い話・不思議な話

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田舎の伝承『津波を起こす大蟹』など全5話|怖い話・不思議な話 田舎
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田舎の伝承|怖い話・不思議な話

 

とめ山

 

とめ山ってご存知ですか?
多分留め山って書くんだと思いますが
高野山近くのみの方言かもしれませんが。

小学生のころ、父の山登り好きにつきあわされて。

小さい頃、近所の山登りに付き合わされてたアタシは、山の中で張り巡らされたロープを、散々めにしていた。

父に聞くと、そこはとめ山だから、入るなと言われて
その日は終わり、そんなことすっかり忘れた頃
山の中にある本家で、法事があった。
法事は退屈だったけど、周りの景色は街中育ちのアタシに、十分楽しかった。

家のまわりは山しかなくて、法事の話は退屈で。
アタシは山を探検することにした。

法事の最中、親の目を盗んで山に入った。
とめ山のロープを切った気は無いけど、女人禁制の域には入ってないはず。
山の中はひんやりしてたのを覚えてる。

突然、後ろから声がした。
「にえ」
振り返った木の先に、背筋の曲がりすぎた小さい不思議なみかけの人がいた。

「にえ?」
アタシは聞き返す
怖いとは思わなかった

声を返した途端、やつはアタシの横に飛んだ。
何かわからない言葉を呟く、一瞬わからなかった。
「くってええんか?」
理解したと同時に、跳ねるように、地面を転げ落ちた。
降りる余裕がなかった。
ただ逃げたかった

その日以来、そこには行ってない

今日、その山近くの縁者に聞いた
ある時代まで、「にえ」を山に捧げた。
アタシが入った山がとめ山なのはそういう意味。
ぼかしすぎでしょうか?

とめ山はうちの地域にはたくさんあるんで、違う意味の山もあります。
泣きながら帰ったアタシは、翌日、高野山に連れていかれました

 

 

裏祭

 

一昨年亡くなった祖母から聞いた話
祖母によると、祖母の父(曽祖父)はも地元の名家で、分家をいくつも持つ本家の筋だったらしい

その家では一族で信仰してる宗教があり、10年に一度、本家分家すべてを集めて神事を行う。
これは本家から、少し離れた山にある社まで、山菜を詰めた箱を運び奉公するというもので
その土地の神様に一族の繁栄を祈願するための祭りらしい。

これとは別に60年に一度行う、裏の祭りがあった。
正式な名称はよく分からないので、ここでは裏祭と呼ばせてもらうが、
これは本家、分家から10歳未満の子供を集める。
集められた子供は夜になると山の中に設けられた広場で、禊を受け
一人づつ順番に明かりも持たされずに山から下ろすというものだ。
こうして無事に帰ってきた子供は神様に認められて祝福を受けた子供であり
血筋を絶やすことなく今後のより一層の繁栄を約束された子供になる、という意味で行われた。
しかし、これがそもそも建前に過ぎず、本来の目的は別にある。
この裏祭は本家の人間のみが取り仕切るのだが、祭りを行う前に分家の筋から
「生贄」を一人選ぶ。
裏祭当日、神事を進行する人間とは別に、本家から男が何名か隠れ、生贄に指定された子供を頃合を見計らって攫う。
そして攫われた子供は本家の人間しかしらない特別な祠に連れていかれ、閉じ込められ2度と出てくることはない。
神に子供を捧げることでその庇護を願うのが裏祭の本当の目的だったそうだが、当然分家だけに絞るとなると
反発もあるし、また選ばれた子の親は当然庇いたてする。

そのため尤もらしい言い訳をつけて、子供を山の中に一人にすることで攫いやすく、また戻ってこない子供に関しては
山の中で遭難したということで行方不明扱いにすることで、事を必要以上に荒立てないようにしたそうだ。
曽祖父はこのときに攫う役を担わされたそうで、祖母にこの話をするときにはいつも辛そうな顔をしたそうだ。
曽祖父は戦争を期に、終戦後本家から縁を切った(というか名目上は失踪)したので、戦後その家がどうなったのかは分からない。
とはいえこのご時世にそんなことを出来るはずもないので、ひっそりと取りやめになったのではないかと祖母は言っていた。
大雑把な上にさして怖い話ではないかもしれないけど、そんな話がありました。程度で読んでもらえると嬉しい。

 

 

津波を起こす大蟹

 

津波にまつわる、なんだかよくわからない昔話。
この話は私が郷土の史書や怪談集から同様の話を数多く発見したので一部では有名な話なのかも。
また、無論のこと史実ではなかろうが、何かちょっと心惹かれるものを感じる話。

あるとき、青森の小湊に津波が来襲した。
多くの家屋が流され、また多くの人命が失われた。
しかし、更地になった町を歩いていた一人の男が声を上げた。
化け物のように巨大な蟹が打ち上げられていたのだ。
甲羅が八尺(2.4m)もあったというから、脚の長さまで含めると5mぐらいにはなったんじゃなかろうか。

津波の原因はこいつだと合点した村の人々は怒りに燃えて蟹に打ちかかった。
瓦礫や千切れた網を動員しての白兵戦は熾烈を極めた。
蟹は自慢の鋏で網を破り棍棒をへし折ったが、劣勢になったのを感じてか、やがて海へと逃げ帰っていったという。

しかし、後日になって蟹は再び小湊の村を襲撃した。
しかも男たちが漁で留守にしている昼間を狙ってだ。
蟹はその巨大な鋏で逃げ惑う女子供の首をパチンパチンと跳ね、先日の恨みとでも言うように小湊を荒らし回った。
小湊の町は跳ねられた女子供の血で真っ赤に染まったという。
漁から帰ってきた男たちを待っていたのは、変わり果てた家々と累々と転がる死体の山だった。
男たちや生存者たちは憎しみに燃え、大蟹討伐隊を結成した。
遺されたものたちは来る日も来る日も海を見回り、あの憎き大蟹がやってくるのを待った。

そしてある日の月の晩、大蟹が丘へ上がっているのが発見され、男たちは総力戦を挑んだ。
戦いは熾烈を極めたが、ついに討伐隊は大蟹の右の鋏を叩き落とすことに成功し、大蟹は片腕になりながらも海へ逃げ帰った。
叩き落された右の鋏は、大人の手のひらを二つ合わせた位になったという。

その戦いから数日後のことだ。
ある人が海辺を歩いていると、丘にあの大蟹がいるのを発見した。
しかし、大蟹の様子が妙だ。
蟹は自分が殺した女子供の墓の前に跪き、じっとしているのだった。
片腕になった蟹はまるで墓に向かって自分の凶行を懺悔するようにブクブクと泡を吹いていて、まるで泣いているようだった。
とにかく、墓の前にいるボロボロになった大蟹の様は、遺されたものたちの目にも何か悲しく、侘しく見えたのだという。
それを見ていたうちの一人が「もうやめよう」と言った。
それを見ていた人々は無言で頷いた。泣いている者もいたという。
大蟹はしばらくするとのっそりと身体を持ち上げ、しおしおと海へ帰っていったという。

それから時代が下るとまた津波が来て、その都度小湊の漁師たちと大蟹は憎み合った。
そのとき大昔に打ち落とされた右の鋏は再生していたというが、いったいこの大蟹は何のために津波を起こすのだろう。
いまだに小湊ではいいサイズの蟹が取れるが、件の化け物大蟹は網にかからないという。

 

 

カタリ

 

山仲間の話。
とある山に一緒に入っている時、その山に伝わる四方山話をしてくれた。
「ここの奥の森でさ、ブツブツと呟く声が聞こえてくることがあるんだって。
誰か居るのかと踏み込んでみると、ボロボロのシャレコウベが落ちているんだと。
そしてその髑髏の内側で、紫の蛇みたいな物がのたうっているとか」
「更に近よってみると、それって実は蛇じゃなく、太くヌラヌラした舌なんだと。
で、それほど側によると、髑髏が何をくっちゃべっているのか聞き取れるとか。
何でも、これから起こる色々な悪い出来事を予言しているっていう話だ。
爺様連中はカタリって呼んでるらしい。
とんだ語り部が居たモンだ」
「上手く使えば、これからの災難を避けて通ることが出来るそうなんだが、これが聞き続けていると、最後にあることを述べてから押し黙っちゃうんだとか。
そうなると、もう髑髏は何も喋らない。
あっという間に崩れて失くなる。
見掛けたら避けろ関わるなって、散々そう聞かされたモンだよ」
カタリが最後に述べる事柄って一体何なんだい?
気になって聞いてみた。
「運悪くそこに居合わせた奴の、命日だってさ」
……辟易とした顔でそう教えてくれた。

 

 

和田峠の怪

 

東京都から山梨に抜ける道で『和田峠』というのがある。
ネットなんかで昔「何か出る」とうわさになった峠だが、知人のおばさんが奇妙な体験をした。
おばさんのダンナは釣りが趣味で、あちこちに出かける。
二人はとても仲がいいので、おばさんもたいていいっしょに行く。
和田峠も何度か通った。
だが、おばさんに言わせると、
「和田峠は何か怖い。東京から山梨側に行くときはまだしも、帰りがものすごく気味悪い。窓を開けてあるときなんか、いっつも閉めるのよ。何か入ってくる気がするの」
その日も山梨で釣りをし、深夜になってから和田峠を通った。
『ああ、もうすぐ峠だなぁ』と思いながらふと外を見ると、なにやら青っぽい光が木々の間でチラチラしてる。
『釣り人かしら』と思い、目をそらしたが、車で走っているのにいつまでたってもその光が前方にいる。
?????
ちょっと気味が悪くなり、ダンナに
「おとうさん、懐中電灯の明かりかしら?ズッといっしょに来てる」と言うと、
「わかってる。ありゃ、人の明かりじゃないよ」と言われた。
そいえば、明かりがしだいに増えている。
前にも後ろにも、車を取り囲むように迫ってきている気がする。
「おとうさん、もっとスピード上げて」
おばさんはもう気味が悪くて、青い光を見ないように目を閉じていたそうだ。
峠を越えてる時間がものすごく長く感じて、『早く、早く』と念じ続けた。
突然、車が下りに入ったのがわかった。
『峠を越えたんだ』と思い目を開けると、まちがいなく東京側に入って山道を下っている。
こわごわ周りを見回したが、あの光はもうなく、黒々した木々の間には何も見えなかった。
ほっとしたとき初めて、冷や汗をかいていたことに気づいたそうだ。
「よく言うプラズマとかには見えなかったよ。なんか生きてるような……?」
と、おばさんは言ってたが、正体はなんだったのかな。
和田峠は高尾から延びる陣馬街道を行き、陣馬山頂直下のピークの場所下れば藤野に着き、藤野は一応神奈川県下である。
そのまま20号続きで大月側に向かえば間もなく上野原で山梨県に入る。
和田峠は陣馬山頂の茶屋を営業する人達が車を止める場所で、オウムのテロ以降は、こうした山間にもオウム真理教の侵入を警戒する看板が目についた。
特に高尾側からのアクセスが長いが途中まで人家もあり、夜間は淋しいが、そんな事言っていたら顔振峠下の高山不動でも夜間の真っ暗闇の道は鬼気迫る物がある。
因みに、和田峠に鬼火が出るという話は聞かないが、山梨小菅から上野原に下る方は、『首切り清水』という出る沢があるそうだ。

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