『遭遇した霊で打線組んだ』|洒落怖名作まとめ【長編】

『遭遇した霊で打線組んだ』|洒落怖名作まとめ【長編】 長編

8(遊)ヤマセミさん
この話は短いで。
高校時代、
12キロの山道をチャリで往復すんのに辟易したワイは
とうとう原付に手を出した。
バイトした金を元に中古のスクーター買って、
高校近くの親戚の家の軒先でチャリに乗り換えて
通学する生活を送っとった。
高2の夏が秋、土曜の真っ昼間や。
バイクで部活から帰ってるとき
川の土手を走る区間があるんやが、
対岸の畑の上を白い鳥みたいなんが
ワイと並行して走ってるんが見えた。
対岸までは多分20メートルくらいあるし、
普通鳥の姿形までは見えへんのに、
あきらかに鳥にしてはでかすぎるんや。
ゆうにワイの身長くらいはあった。
姿形は図鑑で見たことのあるヤマセミやった。
えぇ…と思ってバイクを停めると、
ヤマセミは対岸の山の方へ行ってしまって見えなくなった。
ワイの地域にヤマセミはおらんのやけどな。
迷鳥のコンドルか何かを見間違えたんかと思ったが、
まあ今もワイはヤマセミさんやと思っとる。

9(投)バッバ

同居してた父方のバッバの話や。
ワイはバッバが大好きやった。
いつも優しくて、
音痴なワイにつきあって一生懸命歌を教えてくれた。
ワイは両親が共働きであんまり家におらんかったから
バッバが親みたいなもんやった。
夕飯はいつもバッバが作ってた。
食い物には厳しくて、
庭で育てた野菜は絶対残したらあかんかった。
昔の人やからほとんど和食中心やったけど、
それはそれは美味かったで。
バッバはワイが小6のとき交通事故で死んだ。
バッバは前日から体調が良くなかったが、
それを押して、
町で1つだけのスーパーに夕食の買い物に行ったんや。
その帰り、
これも町で1つだけの信号を赤で渡ってしまったんやな。
先生の車で学校から病院に駆けつけたとき、
もうバッバは息をしとらんかった。
親父がベッドにすがりついて泣くのを見たのは最初で最後やった。
ジッジはバッバの手を握っとったが、
救命活動をやってくれてた医者に
「どげんもならんとですかな、わかりました。
もうよかですばい」
と毅然と言った。
程なくして医者は時間を告げて、
バッバは本当に死んでしまった。
叔父や伯母、親戚たちがすぐに病院に集まってきた。
10人が10通りの驚きや悲しみ方をしたが、
ワイは実感というものが全く湧かなくて、
救急救命室って大したことないんやなとか、
従兄弟と会うんは久しぶりやなとか思っとった。
だって朝ワイを笑顔で学校に送り出した人間が、
目の前で頭を包帯で巻かれて横たわっとるこの人と
同じとは思えへんかった。
頭じゃわかってても感情が追いつかないんやな。
そっから通夜やら葬式やら慌ただしくて、
依然としてバッバが死んだ実感が湧かないまま、
とうとう火葬場まで来てしまった。
「ここで泣かな、一生後悔する」
ワイはそう思ったが、
どうしてか涙が出てこん。
ここに横たわって安らかな顔をしている冷たい人は
バッバ?ほんまに?ほんまにバッバなんか?
逡巡しているうち、
棺桶が炉に入れられた。
泣きっぱなしの叔母たちををジッジが叱り飛ばしても、
みんなで干瓢巻きを食って思い出話をしても、
真っ白で小さくなったバッバの骨が帰ってきても、
ワイは泣けんやったんや。
そのまま鬱屈としてひと月ほど過ごし、
お盆に差し掛かった頃やったと思う。
親父から町の図書館に本を返してくるように言われた。
バッバが借りたままの本があることに
遺品整理中に気づいたんやろう。
数冊の本が入ったトートバッグを生返事で受け取り、
ワイは徒歩で図書館に向かった。
めちゃめちゃ暑い中、
両脇に田んぼが青々とした道を突っ切ると
15分くらいで町営図書館に着く。
図書館のおばちゃんはトートバッグから本を取り出すと、
貸出カードとワイを不審そうに見比べとった。
そらそうやな、
カタカナ2文字の名前のガキなんてそうおらんわ。
ワイはどう説明するか迷ったが、
祖母が亡くなったこと、
代わりに返しに来たことを素直に話した。
おばちゃんは短く驚くと畏まったお悔やみの言葉を言ってくれて、
奥に引っ込んでどっかに電話を掛けとった。
多分役場にバッバのことを確認したんやろうな。
おばちゃんは戻ってくるとき、
カウンターの上の回転棚から一枚カードを抜き出すと、
ワイに渡した。
「これ、あなたのおばあちゃんの。
いらなければこちらで処分するけれど、どうする?」
ワイはまぁ、とかはぁ、とか言ったと思うわ。
とにかくカードを受け取って図書館を後にした。
今でこそ図書館はどこもバーコードやicタグ管理やが、
当時は手書きのカード管理やった。
その図書館では利用申請をすると個人用カードが渡されて、
本を借りるときは
タイトル、貸出日を書いて本と引き換えに
カウンターに預ける仕組みやったんやな。
延滞されとる本はカードで分かるって仕組みや。
ワイは蒸し暑い田んぼ道を家へと歩きながら、
何気なくそのカードを眺めた。
バッバの貸出カードはずいぶん埋まっとった。
「竜馬がゆく」とか歴史ものが多くかったが、
その下の方、つまり最近借りた本に目が止まった。
『洋食の基本 ハンバーグステーキ』
目の前が何だかぐるぐるするのが分かった。
うるさいセミの声も、
カンカン照りの日差しもすこし遠くなったような気がした。
祖母はワイのために慣れない洋食を作ろうとしてたんや。
そのとき、
祖母のハンバーグはおろか、
大根の照り焼きやミョウガの天ぷらに二度とありつけないことが、
はっきりと実感を伴ってわかった。
喉の奥が苦しくなって、
眉間に痛いほど力を入れたがぼろぼろ泣けてきた。
ワイは初めてバッバが死んだことが理解できたんやね。
そのときやった。
後ろから音もなく
えんじ色の自転車がワイを追い越していった。
目が霞んでよく見えなかったが、
あの日、軽自動車の下でぐちゃぐちゃになった自転車のそれと同じ色やった。
そして、それに跨ってたのは紛れもないバッバやった。
パーマをかけたちょっと猫背のその人は、
いつも畑に出るときの格好で自転車に跨り、
実家の方へ曲がって見えなくなった。
はっきりと覚えてないが、
ペダルは動かしてなかったんちゃうかな。
ワイはダッシュで後を追ったが、
バッバを見つけることは出来んやった。
やっぱり実家には誰も来とらんし、
仏壇には真新しい位牌が据えてあった。
あぁやっぱりバッバは死んだんや、もういないんや、
そう思うとまた少し涙が出た。
それっきり祖母は現れなかった。
夢に見ることはあっても、
あの夏のようにはっきりと姿を見せたことは一度もないんや。
今でもこのことを思い出すと、
あれは祖母が自分の死をワイに分からせるために
仕掛けたイベントだったんじゃないかと思う。
ワイはと言えば、
それから幾度となく祖母の料理を再現しようと試みたが
てんで駄目やった。
祖母の好きだった本を読んだり、
若い頃の足跡を追ったりもした。
図書カードは実家の机に大事にしまってある。
おばあちゃんコンプレックス上等と豪語しとったが、
やっぱり最近になって恥ずかしく思えてきて、
祖母に申し訳ないと思うようになった。
今年の夏行われる13回忌で
祖母に関する法要は全て終わる。
あの図書館も、
この3月いっぱいで閉じられたと聞いた。
今年帰ったら、
あの時と同じ道を歩いてみようと思うんや。
多分祖母は出てきてくれんやろうが、
なんとなくワイはそれで満足する気がする。
やっと一区切りつく気がするんや。
ワイが遭遇した話は以上やで。

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