S子がF美の部屋を出たとき、隣のふすまは開いていました。
彼女は何気なしに通りすぎようとして、その部屋の中を見てしまったそうです。
マネキンの腕、腕が、畳の上に4本も5本もごろごろ転がっていたそうです。
そして、傍らで座布団に座ったおばさんが、その腕の一本を、狂ったように嘗めていたのです。
S子は震えながら用を足し、帰りにおそるおそるふすまの前を通りました。
ちらと目をやると、こちらをじっと凝視しているおばさんと目が合ってしまいました。
つい先刻の笑顔はそのかけらもなくて、目が完全にすわっています。
マネキンの腕があったところには、たたんだ洗濯物が積まれてありました。
その中に、男もののパンツが混じっていました。
「マ、マネキンは・・・?」
S子はついそう言って、しまったと思ったのですが、
おばさんは何も言わないまま、S子にむかって、またにっこりと笑顔を見せたのでした。
彼女が慌てて私を連れ出したのは、その直後のことでした。
あまりにも不気味だったので、私たちはF美が喋って来ない限り、彼女とは話をしなくなりました。
そして、だんだん疎遠になっていきました。
この話をみんなに広めようか、と考えたのですが、とうてい信じてくれるとは思えません。
F美と親しい子にこの話をしても、
傍目からは、私たちが彼女を孤立させようとしているとしか思われないに決まっています。
特に、S子がF美とあんまり仲がよくなかったことは、みんな知っていますから・・・。
F美の家にいったという子に、こっそり話を聞いてみました。
でも一様に、おかしなものは見ていないと言います。
だから余計に、私たちに状況は不利だったのです。
ただ一人だけ、これは男の子ですが、そういえば妙な体験をしたという子がいました。
F美の家に言ってベルを押したが、誰も出てこない。
あらかじめ連絡してあるはずなのに・・・と困ったが、とにかく待つことにした。
もしかして奥にいて聞こえないのかと思って、戸に手をかけたら、ガラガラと開く。
そこで彼は中を覗き込んだ。
ふすまが開いていて(S子が見た部屋がどうかはわかりません)、部屋の様子が見えた。
浴衣を着た男の背中が見えた。向こうに向いてあぐらをかいている。
音声は聞こえないが、テレビでもついているのだろう。
背中にブラウン管かららしい、青い光がさして、ときおり点滅している。
だが何度呼びかけても、男は振り返りもしないどころか、身動き一つしない・・・
気味が悪くなったので、そのまま家に帰った。
F美の家に男はいないはずです。
たとえ親戚や、おばさんの知り合いであったところで、
テレビに背中をむけてじっと何をしていたのでしょう?
それとも、男のパンツは彼のだったのでしょうか。
もしかして、それはマネキンではないか、と私は思いました。
しかし、あぐらをかいているマネキンなど、いったいあるものでしょうか。
もしあったとすれば、F美の部屋にあったのとは別のものだということになります。
あの家には、もっと他に何体もマネキンがある・・・?
私はこれ以上考えるのはやめにしました。
あれから14年がたったので、今では少し冷静に振り返ることができます。
私は時折、地元とはまったく関係ない所でこの話をします。
いったいあれが何だったのかは、正直今でもわかりません。
もしF美たちがあれを内緒にしておきたかったとして、
仲の良かった私だけならまだしも、なぜS子にも見せたのか、
どう考えても、納得のいく答が出ないように思うのです。
そういえば、腕をWの形にしているマネキンも見たことがありません。
それだと、服を着せられないではないですか。
しかし、あの赤い服は、マネキンの身体にピッタリと合っていました。
まるで自分で着たとでもいうふうに・・・
これが私の体験のすべてです。
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