『隣人』|洒落怖名作まとめ【短編・中編】

『隣人』|洒落怖名作まとめ【短編・中編】 中編
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隣人

 

Aさんはまだ日も高いというのに部屋で一人寝ていた。
一週間程前、自動車の事故で足を骨折して以来、仕事にも行けず、共働きの妻もいない日中は、寝ているより他にする事がなかったのだ。

しかし、こうやって昼間にマンションの部屋で寝ていると実に色々な音が聞こえてくるものだ。
野菜の訪問販売の車から聞こえる拡声器のダミ声。管理人が廊下を掃き清めている音。
そして、上の階で子供がはしゃいでいる音。
たまにはゆっくり何も考えずに休んでいてもいいかもしれない。Aさんはそんな風に思っていた。

毎日、そんな音を何をするでも無く聞いていると、上の階の子供の事が気になって来る。
そういえば平日だというのに学校は無いのだろうか?
兄弟でずっと遊んでいるようだけど、一度も親の声が聞こえないな。
もしかして、親は共働きでずっと子供だけで過ごしているのだろうか。

今までは仕事ばかりで近所付き合いなど気にした事もなかったな…
元々子供好きなAさんは、暇もあって家にあったお菓子を持って上の部屋を尋ねてみることにした。

Aさんは、慣れない松葉杖をつきながらエレベーターで階上に上がると、丁度自分の真上の部屋の呼び鈴を押した。
しかし、全く返答が無い。おかしいな留守のわけは無いし。
ドアの裏に人の気配はするのだが、どうやら、のぞき窓から見られているのようだ。

子供しかいないとしたら、見知らぬ大人に警戒しているのかな?そう思い、Aさんが帰ろうとすると、意外にもかすれた低い大人の声で「どなたですか・・・」と尋ねられた。

「なんだ。大人がいたのか…」そう思いながら「下の部屋の者ですが、引っ越して何年も経つのにご挨拶をしていない事を思い出しまして」と言うと、かすかにドアが開いた。

家の中は昼間だというのにやけに暗く、ドアのすきまからなまあたたかい空気が流れてくる。
嫌な匂い。何の匂いだ?
するとわずかな隙間から女性が顔を半分のぞかせ、妙に低い声で「ありがとうございます。でもいりません。」と言うのだ。

うす暗くて顔の表情は見えないが、Aさんは何か言いようの無い違和感を感じ、慌てて「いや。お子さんにでも是非」とドアの隙間から菓子箱を入れようとした。

「え!」

びっくりして悲鳴をあげるところだった。全く気づかなかったのだが、女性の顔の下の暗がりに2人の子供の無表情な顔があるではないか。
目の前の自分の事を見ようともせず、うつろに正面を見ている。
Aさんは慌てて菓子箱をドアの前に置き、逃げるようにエレベーターに向かった。

背後でドアが閉まる音が聞こえる。

一体何にそんなに怯えているんだ。俺は。
気味が悪かった。何かが違和感が頭の片隅にあった。
ドアの隙間に縦に並んだ3つの顔…
何かおかしい。

エレベーターはなかなか来ない。
じるじりしながらAさんがふともう一度ドアを見ると、さっきのドアに何かが挟まっている。

それは、長い女性の髪の毛だった。

縦に並ぶ顔…表情の無い顔…
さっきの女性……話している時…口が…動いてなかった…

Aさんは松葉杖を捨て、階段を転げるように駆け下りた。

そのあとAさんから通報を受けた警察の捜査によると、Aさんの階上の家から、その家の母親と子どもの首無し死体がみつかったらしい。

その日のうちに、夫が逮捕された。
母親と子どもの頭もその男が一緒に持っていた。

のこぎりで切断されていた3つの頭は、紐で縦にくくられており、発見時、口の中には真新しい菓子が詰め込まれていたそうだ。

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