山にまつわる怖い話【34】全5話
執念
婚約者が決まり、それまで付き合っていた年上の女が邪魔になった男が
別れ話を車でしていた時に、「私との関係を婚約者にばらす」と言われ
切羽詰って殺害を決意。混乱する頭の中で、ともかくなだめながら
夜の高速を走り、どことも解らない場所で高速を降りて暗い山道へ。
外の空気を吸おう、と言って車外へ女を出すと、その辺りにあった大きな石で
彼女の頭を後ろから殴打した。計画性のあったものじゃなく、ますます混乱する男。
車道を少し入った場所で女の死体を崖の上のような場所から投げ捨てた。
慌てて車に戻るとアクセルを目いっぱい踏み込んで、どこでもいいからと
大きな道を探して走りまわった。ようやく見つけた舗装された道。
少し落ち着いてタバコに火をつけて車を停めた。後悔よりも安堵が包む。
それから数週間して男は婚約者と彼女の実家へと向かっていた。
結婚式の打ち合わせを兼ねた顔合わせだった。高速を飛ばして郊外へ。
彼女の実家付近で高速を降りて山に沿った道を走っていくと、ん?ここは・・・
記憶にある道。なぜ?初めての彼女の実家のはず。その瞬間
車の屋根にドスン!という鈍い音。キキィー!とブレーキの甲高い音。
急停車したせいで伏せた顔を上げるとそこには、どす黒く汚れた女の顔。
ギャ~~~~!彼女の叫び声が上がった時、男が見たのは、
口元がニッと上がったその女の顔。
警察に電話を入れてパトカーが来て実況見分が始まった。
救急車で運ばれた女は、山の斜面から落ちてきたらしく、理由は不明だった。
病院から死亡の連絡を受けた警察の説明では、女の死因は衰弱と餓死。
解らなかった身元もその時解った。あの女。邪魔になって殺したはずの女。
男は半狂乱でその場で事実を全て話した。首をかしげる刑事。
「でもね、この女性が死んだのはさっきだよ?」
約3週間ものあいだ、女は山中で生きていた。しかも大怪我で多量に出血しながら。
でも、どうやって男の車に落ちたのか、また、男の車を発見できたのか。
偶然か、執念か。 20数年前の地方紙の記事より。
牛鬼
山奥で木こりをしている老人と若者がいた。
夜になると山小屋で老人はノコギリの手入れ
若者は酒をたしなんでいた。
すると入り口(スダレ)から中を覗く気配がする。
漆黒の闇の中からスダレを少し上げて中を伺う人物がいた。
「なにしとるんじゃ?」(←トラウマ)
焚き木の明りの中、かすかに不気味な目と三日月のような口が見える。
緊張した雰囲気の中、老人が「ノコをといどるんじゃ!」と
答えると「ノコをといどるのか…」とナゾの人物は
さらにスダレを上げて小屋の中へ入ろうとする。
何かを感じた老人がノコギリの一番下にある大きな刃を見せつつ
「特にこの8本目の刃は鬼刃ちゅうて鬼が出たらひき殺すんじゃ!」
そう言い放つとナゾの人物は
「そうか・・」と言葉を残し夜の闇に消えて行った。
次の日の晩もそいつは現れ、老人と同じ問答をしつつ
小屋には一歩も入らず帰っていった。
そしてそんなある日、木を切ってる最中に老人のノコギリの刃―
オニバが折れてしまう。
老人は鬼刃を直しに行くから若者にも山を降りろというが
忠告を無視し、山に残ってしまう。
そして夜―
独りで酒を飲んでる若者の山小屋に例の人物が現れ中をうかがう。
…「なにしとるんじゃ?」
酔っ払った若者が老人は鬼刃が折れたので居ない事を
喋るとといつもは帰るソイツはガサッとスダレを上げ、
「鬼刃はないんじゃな!?」
と嬉々とした声でズンズン小屋の中へ入ってくる!
老人が小屋に戻った時、若者の姿はどこにもなかった…
カワミサキ
盆で田舎に帰った折、家族で川遊びに出かけたのだという。
河原にシートを拡げており、年長者はそこで食事を摂ったり休んだりしていた。
小さな従姉妹の面倒を見るのは彼の役目だったらしい。
水に浸かって遊び相手になっていると、突然、身体から力が抜けた。
全身がひどく疲れた感じになり、立っているのも辛いほどだ。
動けなくなる前に、従姉妹の手を引いて、一緒に川から上がることにした。
シートまで辿り着くと、大きな息を吐いて倒れ込んだ。
家族が口々に「どうした、顔色が悪いぞ」と話し掛けてくる。
答えるのも億劫になっていると、従姉妹がこちらを見つめながら、妙なことを言い出した。
「お兄ちゃん、なんでそんなお婆ちゃんを背負っているの?」
何でも彼の背中に、見覚えのない皺だらけの老婆がしがみついているのだと言う。
ギョッとして背後を確認したが、誰も背中には乗っていない。
その時、祖父が彼に向かって、思い切り塩を振りまいた。
途端に身体が軽くなり、あれだけあった疲労感が嘘のように消え去る。
同時に従姉妹が目を丸くして大声を上げた。
「お婆ちゃん、消えちゃった!?」
驚いて言葉も出ない彼に向かい、祖父はこう述べた。
「カワミサキに憑かれたんだろうよ。
人に取り憑いて衰弱死させるっていう、いわゆる死霊みたいなものだ。
お前ら、今日はもう水に入るんじゃないぞ」
仕方なく、遊びの続きは河原ですることにした。
その後は帰宅するまで、誰もあの奇妙な疲労に襲われることはなく、
無事に過ごせたのだそうだ。
車掌の真似
自分は虫取で夜の山にちょっとだけ入ったりするんだけど
何十メートルか下りれば建物があるってとこでもやっぱり山なだけあって雰囲気あるんよね
基本静かだから物音がすごく怖くて
幽霊的なことは除いても単純に猪とかと間近で遭遇したらヤバイしね
まあだから音には注意しながら作業してたんだけど
あるときドタドタドタドタって走る音が上の方から聞こえてさ
驚いたけど、夜の山に来る人って夜登山とかもそうだし何より自分も虫取で来てるんだから人がいてもおかしくないかって気付いた直後
急に止まって大声で「次は○○、○○です」みたいな車掌の真似し出したんだよ
マジで怖くなって斜面を転がり落ちるようにして下りて逃げたわ
そらもしかしたらそいつは普通の人で罰ゲームか練習かなにか現実的な理由があったかもしれないけどね?
けど自分のちょうど真上の方で止まって叫び出したからまるで自分が認識されてるみたいにも感じたし
もうとにかく怖かった
さばえ=みさき
信州・霧ガ峰でのこと。
俺が初めてバイクで信州を走ったのは、桃色(高坊)2年の7月の終わり。
まだ青色(中坊)でチャリダーだった頃から出入りしていたバイクショップの常連、和泉のあねさんに連れられての事だ。
暗闇の中、ただ単騎でまっしぐらに、何のためらいもなく突き進んで行くこの人を、みんなは『Night Witch』と呼ぶ。それが気に入らなくて突っ掛かって行く人たちもいるが、和泉さんは全く相手にしない。いつか梶が言ってたっけ、「相手の強大さにビビって騒ぐヤツはただの雑魚、相手の格が判らねぇヤツはカス以下だ」って。正論だ。だから、俺は和泉さんを“あねさん”と呼ぶ。
「無理するな。ダメだと思ったらいつでもペースを落とせ。合わせてやるから」
それだけ言って、午前0時、あねさんは走り出した。俺はその後を追う。
あねさんは能書きを垂れない。ただ、俺にその背中を見せるだけ。この人はどんな道であっても、なまじの男より大胆に、豪快にラインを決める。必死で食いついて走っていくうちに、俺にも少しづつ走り方が飲み込めて来る。
国道19号線──そう、木曽路を塩尻に向かって突っ走りながら、俺はあねさんに改めて惚れ直した。
松本へ入る頃、急に気温が下がり、辺りの空気がキンと引き締まる。夜明けが近い。
浅間温泉の脇から武石峠を通り、美ヶ原高原を目指す。灰色の空が段々白んで行き、やがて浅葱色に染まる頃、名だたる山々が光と影をまといながら姿を現して来る。
俺たちが走るのはその間のなだらかな高原。朝露にぬれた深緑の葉と、やや黄色の勝ったニッコウキスゲの橙色の花々。時折混ざる赤紫色はたぶんアザミ。聞こえるものはただ俺たちのエグゾースト。俺たちバイク乗りが求めてやまないのは一瞬の感動だが、ここではそれが連続して押し寄せてくる。
太陽がすっかり昇ってしまい、他の車がぽつぽつ上がって来るようになった頃、俺たちは霧ヶ峰のパーキングにバイクを止めた。缶コーヒーを飲んでしばし休憩。
疲れたか?とあねさんが聞く。いいえと答えたがウソ。本当はヘロヘロで、立っているのもやっと。腰から下が他人の物のようだ。24時間あれば北海道や九州までかっ飛んで行くあねさんにすれば、こんなもの朝飯前の鼻歌だろうけど。
夜走りはもう嫌か?と聞かれ、いいえと答えたが、これは本当。
「しんどいけど、なんだか楽しくて…もしかしたら俺、夜走るほうが好きかも」
「そうか」あねさんが少し笑った。「なら、おまえ、二つ名は“夜風”を名乗れ」
驚いた。二つ名なんてものは実力のある人が持つ称号。俺のような、走り出して まだ半年にもならない小僧が持って良いものじゃない。
「先代の“夜風”から預かってた。私の眼鏡に適うヤツに譲ってくれってね。おまえが夜走りが嫌いなら止めておこうと思ったけど、好きならちょうどいい」
嬉しかった。名前を持てる事より、あねさんに認めて貰えた事がすごく嬉しかった。煙草を吸って気分を落ち着けたかったが、煙草が大嫌いなあねさんの前ではマズイ。
知らずに一度、目の前で吸い付けて拳骨を食らった事がある。16歳が煙草を吸うのも問題だろうが、こう言う時こそ一服欲しい訳で、トイレ行って吸って来ようかと考えながら、辺りを見回した俺の目に変なものが映った。
白い何かが、ふらりふらりと漂うように飛んでいる。コンビニの袋かと思ったが、よく見るとミヤマアゲハのような形をしており、蚕のように真っ白なそれの、翅の上端だけが真紅に彩られている。大人の目の高さ辺りを、右へ左へふらつきながら、その大きな変わった蝶はこちらの方へやって来る。
ふっと日が翳った。翳りは瞬間に曇りになり、足元からシューシュー音を立てて霧が湧いてくる。そりゃあここは霧ヶ峰、濃霧多発地域で昔その為に遭難した人もいると聞いたが、こんなに唐突に霧が出るのはちょっとおかしい。それも濃い。
あねさんが眉をひそめたその前を、白いアゲハモドキが通り過ぎた。
「しゃがめ!私が良いと言うまで、絶対に顔を上げるな!」
突然肩を押さえられ、訳が解らないまま、俺はあねさんの言葉に従った。
どこからか、生ゴミの腐ったような臭いが漂って来る。それがだんだん強くなると同時に、疲れ果てたような複数の足音が向こうの方から聞こえて来た。
ざっしゃ… ざっしゃ… ざっしゃ…
周りはアスファルト舗装のはずなのに、小石交じりの地面を歩いているような音だ。
全然デリケートでない俺が吐きそうになった程強烈な腐敗臭と、足音だけで姿の見えない面々はのろのろと俺たちの前を通り過ぎ、やがてどこかへ行ってしまった。
もういいぞ。あねさんの言葉と同時ぐらいに霧が晴れ始め、あっという間に元通りの好天に戻る。
醜態を晒さずに済んでほっとしながら、俺はあねさんに尋ねた。
「今の、なんだったんですか?」
「“さばえ”だよ。所によっては“みさき”とも言うな。目を合わせたら命がない」
「じゃ、その前に飛んでたあの蝶みたいなのは?」
あねさんが目を丸くした。「見たのか、おまえ?」
はいと答えると、あねさんは天に向かって溜息を一つ。な、なんか悪い事か?
「…話には聞いた、“さばえ”の前触れに蝶のような“のはく”が飛ぶと。でも、それは普通の者には見えない」
「み、見えないって、見ちゃいました、俺」
「私は“さばえ”は見たが“のはく”は見てない。気配の違うヤツだとは思ってたが、霊感ゼロのくせに、どうしてそう言うモノを見るかな?」
信じられない、というようにあねさんは2・3度頭を振り、
「まあいい。それよりどっかで何か食べよう。お腹が空いた」
そして、俺たちは再びバイクに跨り、ビーナスラインを走り始めた。
以来、和泉のあねさんは時々、俺の事を“妖怪小僧”と呼ぶ。
俺は至って普通の人間なんだが…
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