山にまつわる怖い話【61】全5話
身代わりの石
その崖は、石を産む。
斜面のあちこちに顔を出している石が、数年かけて露出し、
ごろんと転がり落ちる。
斜面が削れるわけではない。
地中から、何かの力に押されて出てくるとしか思えないという。
石の大きさは両手で抱えられる程度で、村の娘数人が
山から運び降ろしてくる。
広場に石が据えられると、焚き火が始まり、炎は石を包む。
石の表面が熱で割れ、弾けて飛び散ると、村人はその破片を
拾い、皮で作った小袋に入れて御守にする。
この御守、持ち主の危険を察知し、持ち主の身代わりになって
袋の中の石が粉々に砕けるという不思議なご利益がある。
事故や大病で人が死ぬと、所持している御守を確認するのが
村での習慣になっているが、ほとんどの場合、石は砕けていない。
持ち主が大きな事故に遭ったり、大手術で助かっても、石が
砕けている事はなく、普通に日々を過ごしている中で
ある時ふと気付くと、石が粉々になっているのだという。
どうやら、持ち主が察知できない危険や、大変な災厄を事前に
取り込んで砕けてしまうらしい。
そして俺の御守はどうかと思って見てみるが、石は何でもない。
小指の先ほどの平たい破片が、いつもどおり皮袋の中にある。
村民でない俺にはご利益がないのか、あるいは、いつか砕けるのか。
その時が来るまで分からない。
水妖伝説
知合いの田舎へ連れて行ってもらった時の話。
場所は岐阜県。他県と接する山間の村。
その村の中を川が流れていた。上流では渓流釣が出来るくらいのきれいな川だ。
途中に、両側に大きな石がありその下が水深2メートル程度の淵になった場所があって、そこが近所の子供たちのお気に入りの場所だった。
今日は朝からそこで遊んでいて、昼からもまたみんなで川遊びをしていた。
みんなは岩の上から淵へ向って勢いよく飛込んで遊んでいる。弟は、朝一度それに挑戦したのだが、足が底につかなかったのが恐かったらしく、昼からはそっちへ行こうとしない。で、しょうがないから俺は浮輪を持った弟に付き合い、浅瀬でパシャパシャやっていた。
派手な水音とみんなの喚声をうらやましく思い、そっちへ目をやった時の事だ。
水の中に見慣れない子供が一人、みんなから少し離れて頭を出していた。俺たちも地元じゃないが、1週間もいれば人の顔ぐらい覚えている。そのイソノワカメのような頭をした子には全然見覚えがなかった。
その子供がふっと俺たちの方を向き、こっちへ泳ぎ始める。泳ぐと言うよりも、ビーチボールが水に流されているような、なんだか妙な泳ぎ方だった。
俺の視線を辿った弟がその子に気付き、怖がって俺の手をぎゅっと掴む。俺は弟の手を引いて水から上がった。人見知りの激しい弟は俺の後ろに身を隠す。
その子は、水から顔を出した蛙のような変な格好で、さっきまで俺たちがいた浅瀬に腹這いになった。水着は着ていない。男か女かもよく分らない。
こいつ、もしかしたら“ふちぬし”かも。“河童”と違って“渕主”は頭を水面に出し、獲物を探すんだといつか祖父ちゃんが言っていた。
瞬きもしない、まん丸な魚の目玉を思わせる目をしたそいつは俺たちに話しかけた。
「ねえ、あそぼう」
「もう帰るんだ」
俺はきっぱりとそう言い、向うで遊んでいる仲間たちにも大声で帰る事を告げた。
弟の手を引き、浮輪を持ってやって家まで帰ると、畑仕事をしていたおばさんが何かあったかと聞いてきたので、知らない子が来て弟が人見知りしたと答えた。
それから俺たちはザリガニ採りに出かけ、自分で大物を捕まえられてご機嫌の弟と再び家に戻ったのは夕方だった。
夕飯を食べていると、隣の良雄のお父さんが訪ねて来た。良雄がまだ家に帰らないと言う。今日は一日皆で川遊びをしていたようだから、誰か何か聞いていないかと思って、一番近くの家から聞きに来たらしい。
「うちの子らは3時頃にいったん戻って来て、二人でザリガニ採りに行ったよ」
「そうですか」
肩を落す良雄のお父さんに、ウチの大人たちは「それはみんなで探す方がいい」と言い、電話をかける者、近所へ知らせに走る者、急に慌ただしくなった。
そんな中、弟がぽつんと言った。
「河童がいた」
その言葉に、みんなの動きが一瞬止った。
この間、単眼オヤジを見た時も、弟は「小僧のお面のおじさんがいた」と言ったが、その時はそうかそうかと大笑いされてそれで終った。でも、今度は何か様子が違う。
「ああそう言えば、帰って来た時、知らない子がいたって言ってたっけ…」
大人たちが真剣に俺たちの顔を覗き込んだ。
「河童って?」
弟が一番懐いているおじさんが、真剣な顔で弟に聞いた。
代って俺が、妙な泳ぎ方をする短いおかっぱ頭の丸い目玉の子がいたと説明すると、とたんに蜂の巣を突いたような騒ぎになった。俺は“渕主”だとは言わなかったが、何かこの地方には違う名で呼ばれる水妖伝説があったらしい。
地域の子供たちは全員神社に集められ、お払いをしてもらった後、周囲に注連縄を張り巡らされた神楽殿で一晩を過させられた。
消防団と青年団、警察も来て、夜遅くまで良雄の行方を捜していたが、一向にらちがあかず、いったん打ち切りになる
翌朝早くから再び捜索が開始され、10時頃、下流の方で子供の死体が見つかった。
但し、それは良雄ではなく、十年前行方不明になった春子という女の子だった。
後で聞いた話だが、死体がロウのようなミイラになっていたらしい。
“渕主”は時々出て来てお気に入りを選ぶ。そして、新しいお気に入りが出来た時、前のお気に入りを返すのだと言う。
俺が青色(中坊)3年の時、良雄は見つかった。しかし、良雄が見つかる前の日にいなくなった茂と言う子供は今も行方不明のまま。いつ見つかるか誰も知らない。
隔離小屋
もう14,5年前の話です。
僕の家の裏には山があって、2階の自室はちょうどその裏山に
面していて裏山からの小道が部屋のすぐ横に通っていました。
当時学生だった僕は深夜ラジオを極小さな音で流しながら勉強を
していたのですが、いつからかラジオとは違う音が何処からか
かすかに聞こえてくるのに気付きました。
気になってラジオの音を絞って耳を澄ますとそれは裏山からの
小道を歩いて下りてくる足音と、子供の話し声の様に思われました。
深夜に子供が山から下りてくるというのは余りに非現実的だと
より耳を澄ましてみてもやっぱり聞こえてくるのは舗装されてない
裏山からの小道に転がる小石を踏みしめるジャリジャリといった音と、
恐らく2人位の子供の声を潜めたような話し声でした。
不思議な事にその足音と話し声はもう随分長い事聞こえているのに
ちっとも山を下り切ってこの部屋の横の方へは下って来ないのです。
そういう訳で話し声も長い間聴いていたのに、その話の内容は判然と
しませんでした。
恐ろしさで身を硬くしてただその音に耳を傾けていたのですが
いつしか音は遠のいて消えてしまいました。
後日、父親にその話をしたら昔裏山には流行病(結核などでしょうか)
にかかった人達を隔離しておく小屋があったそうで、その小屋で
死んだ人達の中には子供もあったそうです。父親はその小屋の人達が
家が恋しくて山を下りようとしているのかもしれないなと言っていました。
秋田戦争
戊辰戦争の折、父親の実家近辺は「奥羽越列藩同盟」に端を発する「秋田戦争」に於いて秋田久保田藩士と岩手南部藩士が激戦を繰り広げた場所でした。それ故か、父親は何度か彼等の幽霊に出会ったそうです。
話は戦前になります。当時、田舎に住む子供達はどこも同じだったと思いますが、自ら山へ入って主に小型の獣を獲ってその皮を剥いでなめしたり、仕掛け針で鰻や鯰を獲って小遣い稼ぎをしていました。親父もそんな例に漏れず、よく山へ獲物を獲りに出かけたそうです。
さて、そんなある日の事。やはり親父は仕掛けた罠に何か掛かってないかと山へ入ったそうです。いつもの通い慣れた道を通って山の奥へ…が、その日は何かが違ってたと言います。妙に体が軽い。気持ちも晴れ晴れとしている。理由は分からないけど、これから良い事がありそうな予感でした。
そんな感じでテクテクと歩いてると、樹木の陰に何やらチラチラと見えるものがあります。よく見ると、誰かが座って休んでいるようです。親父は黙って脇を通過しようとしました…と、思わず足を止めてしまいました。
どう見ても、その人物は自分達とは違う格好をしていました。以前、行列で家の中を歩いてた…、そうだ、あの戦士達と同じ姿じゃないか。その兵士が今、目の前で道端にうずくまるようにしている。
その時、不意に兵士が顔を上げ、親父の顔をじっと見つめました。年の頃は15,6歳でしょうか。とはいえ、意志の強そうな顔をしており、実に立派な戦士に見えたそうです。
と、彼はおもむろに立ち上がると、突然風のような速さで山を下り始めたそうです。
それを見た親父は思わず、『そっちは○○(親父が住んでいた村)に行く道だよ!』と呼びかけました。すると彼は一瞬親父を振り返り、そのまま走り去ったとの事です。
その姿はまるでこれから戦場へ臨むような、そんな印象だったと。
私はこの話を聞いた時、『で、その人は敵(南部藩)だったの?味方(久保田藩)だったの?』と質問しましたが、『どっちにしたって日本の為と思ってたんだ、敵も味方も無いだろう』と諌められました。
天狗の相撲
祖母から子供のころに聞いた話。
ある日、あるおじさんが山にいつものように農作業をしに行ったら夜になっても
帰ってこなかったそうです。
散々探してもみつからず、どうしたものかと皆で心配していたら数日後に農道の
真ん中でお腹が真っ赤にはれた状態で死んでいたそうです。
祖母曰く、天狗に相撲をしようと誘われて負けてしまうとこのような状態で発見されるとか。
「昔はここらにも天狗がいちょったもんよねー」と真顔で話されたので私はその時
泣きたくなるほどびびりましたよ。
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