さがみトンネル
小話を一つ。
僕の住む街から車で少し走ると見えてくる山には、オカルトスポットとしてそこそこ有名なトンネルがある。
開通したのは昭和の初めで、山を越えて隣町に行く人が利用していたそうだが、
昭和から平成に移る頃に、別にもっと便利な道とトンネルが出来てしまったため、
滅多に人が通ることも無くなった、とのこと。
旧さがみトンネル。
何でも、トンネル内で行方不明になった女の子が、数ヵ月後にトンネルの出口からひょっこり出て来た、とか。
トンネルに入った時は確かに夏だったのに、出てきたら雪が降っていた、だの。
白い服を着た女の幽霊に壁の中へと連れ込まれる、といったものもあり。眉唾な噂話には事欠かない。
大学生時代、僕は一度だけこの旧さがみトンネルを通ったことがある。
季節は夏、時刻は午後十一時ごろ。
暗闇でも撮れるビデオカメラ一台と懐中電灯を持たされて、僕は一人トンネルの前に立っていた。
一緒に来た友人KとSの二人は、一足先にこのトンネルを越えた向こうで待っている。
といっても、トンネル内は道が悪く車が入れないので、彼らは車で新しい道の方からぐるりと回ることになる。
そうして、ジャンケンで負けた僕一人がトンネルを通るのだ。
ビデオカメラの電源を入れる。入口の横に、トンネルの情報を掘った石碑があったのでついでに撮っておく。
そうしてから、僕は唾を一つ飲み込み、懐中電灯を構えて暗闇の中に足を踏み入れた。
トンネル内はとても寒かった。ネズミ色の壁は無骨で、触るとやすりの様にざらざらとしていた。
地面には剥がれた壁の欠片や、風で運ばれて来たのだろう枯れ枝などが転がっている。
トンネルは入り口から向かって右の方へと緩やかなカーブを描いていた。
自分の足音と、入口から吹きこんでくる風の音が反響する。嫌なBGMだ。
ライトの光は頼りなかったが、手に持ったビデオカメラの赤外線映像は見なかった。
その内に出口が見え、僕はトンネルの外に出た。
いざ歩き終えてみれば別に大したことは無かったな、というのが感想だった。
辺りには人の気配は無かった。K達が待っているはずなのだが、どうやら僕の方が先に着いてしまったらしい。
外で待つこと数分、迎えがやって来た。
車から降りてきたKが「何かあったか?」と聞いて来るので、素直に「何も無かったよ」と答える。
それから三人で、先ほど僕がトンネル内を撮影した映像を確認した。
映像は二分半ほどだったが怪しいものは何も映っておらず、僕らは随分拍子抜けして、その夜は帰路に着いたのだった。
もう数年前の話だ。
ところがつい最近のことだ。
久しぶりにKと会って酒を飲んでいると、Kがあの夜肝試しで行った『さがみトンネル』 の話をしだした。
何でも、PCの整理をしていたら、あの時に撮った映像のデータを発見して、ふと懐かしく思い見てみたのだそうだ。
「当時は気付かなかったけどよ。意外と、とんでもねえもん撮れてんのな」
「何か映ってたん?」
「いや、別に妙なもんは映ってねえよ。……お前、トンネルに入る前に、傍にあった石碑撮ってたろ?」
それでも要領を得ない顔をしていると、Kが教えてくれた。
『さがみトンネル』 の全長は625メートル。あの石碑に小さく彫ってあったのだそうだ。
そのトンネルを、僕は僅か二分足らずで歩き切った。走っていないことは映像が証明している。
唖然とする僕を見て、Kは「うはは」と可笑しそうに笑った。
ちなみにあのトンネル。オカルトマニアの間では、『タイムトンネル』 と呼ばれているのだそうだ。
原著作者「怖い話投稿:ホラーテラー」「なつのさん」
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