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『丑の刻参り』など 全5話|洒落にならない怖い話【短編・オカルト】

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『丑の刻参り』など 全5話|洒落にならない怖い話【短編・オカルト】 厳選
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再会した女性

一昨年、スペインのバルセロナへ旅行してきた。

中心街の港にあるショッピングモールで、ZARAやH&Mに妻がはしゃいでると思ったら、急に誰か日本人と親しげに話し始めた。俺は見た事の無い日本人?女性。

いかにも再会で盛り上がってる風だった。お互いにハイテンション。

気付いたら女性がいなくなっていて、妻が俺の方へ駆け寄ってきて腕にしがみついてた。

妻は「携帯貸して!」と、海外旅行用に借りてきた携帯を奪い取ると、手に持った紙を見ながら誰かに電話。

次の瞬間、電話の相手に「すみませんでした、ごめんなさい」と謝って電話を切った。

何をしていたのか聞いたら、先ほど再会した女性は数年前に亡くなった短大時代からの友人で、妻はその葬儀にも出た。

だが突然目の前に現れて相手から話し掛けてきたから、普通に話してしまったらしい。

頭の中には『彼女は死んでるはず』とあったので、何とか会話の中で彼女の現在の身元に関する情報を掴もうと、妻は彼女に電話番号を聞いたらしい。

そして教えてもらった番号は固定電話回線。 掛けてみた所、彼女の姉が出たそうで、『妹は亡くなりました』と言われたのだと。

俺が直接体験したわけじゃないけど、これまでの人生の中で一番奇妙な出来事。

おかしい所なんて全く無かった。肌が青白いとか、白い服や黒い服を着てるとか、そういう霊っぽい要素は皆無。あんま覚えてないけど、元気で活発そうな女性だなーって印象だった。

妻に色々詳しく聞きたかったけど、妻自身パニックになってたから聞けなくて、そのまま聞けずじまいw

ただ、妻が「死んだ事については絶対触れちゃいけない気がして口に出せなかった」と言っててのが怖かった。幽霊と話した人は、そういう風に感じるのかな。

 

不可思議な同居生活

俺は物心ついた時から片親で、父親の詳細はわからないままだった。俺は幼少期に母親から虐待を受けてて、夕方5時から9時まで何時も家の前でしゃがんで、母親が風呂に入って寝るのを待ってた。

ボロアパートの2階だったので、階段下でずっと待つんだ。小学生が夏も冬も暑くても寒くても、とにかく5時から9時ぐらいまでは待つのはつらかった。でも、家に入ると母親に殴られるので外に居た。

9時になると母親は寝るので、こっそりと家に入り、朝まで押入れの中で眠った。朝の3時ごろに母親は家を出て行くので、それから起きて家にあるご飯を食べた。

生保生活だったのか、仕事をしていたのか不明だが、一応給食費だけは出してたので、平日は給食が唯一のまともなご飯だった。

母親は、夕方4時55分には必ず家に帰ってきた。男を連れてくるときもあった。その男も同じ様に、俺にしつけと言いながら殴る蹴るの暴力を行った。そんな日々が、俺の小学校生活における日常だった。

俺が小学校5年生になったある日、学校の友人数人が万引きをして捕まった。

俺は万引きをしなかったのだが、一緒に居た事で注意を受けるために、学校に連れて行かれた。親が迎えに来てぶん殴られる子も居れば、泣きながら謝る親も居た。

俺の親は迎えに来なかった。何度電話をしても。

担任は俺と一緒に家に行くと言うが、俺は必死で断った。怖かったんだ、暴力が。なんとか、俺は無実だった旨と、親は忙しくて家に夜中にしか帰らないと嘘をついて、注意と、先生から母親への文面での報告だけで済むことに。

とりあえず難を逃れたと思ったが、結局帰った瞬間に包丁で手を切られた。 初めて泣き叫びながら死を感じた。

異常だと思ったのか、アパートの住人の誰かが警察を呼んだらしく、数人の警官が駆けつけて母親を取り押さえ、俺は養護施設(孤児院と言ってたけど)へ入所することになった。

中学校卒業と同時に俺は仕事を探して、今の仕事(とび)に就いた。院の先生は良い人達だったので、今でも繋がりがある。

未だににぞっとするのは、俺が母親だと思ってた女性が、赤の他人だった事。

あれ以来会ってないが、戸籍上俺の母親は俺が2歳の時に死んでおり、俺には父しか居なかった。父親との面識は一度も無い。それを本当につい最近しった。

ただ、俺は暴力を振るわれようと貶され様と涙を流そうと耐えて、いつかはいつかはと普通の家族を夢見て信じてた母親と呼べる女性が、他人で誰かもわからないと言う事実が正直怖かった。

あの女性は誰で、なんの関係で俺を育ててたんだろ。本当に極稀に俺を撫でた手のやさしさはなんだったんだろう。と考えると泣けてもくる。

あの家に行ってみたが、今は誰も住んでなかったけど、階段下の壁に『まーくん』と削った文字を見つけて、不可思議な同居生活がなんだか虚しく思い出された。




 

丑の刻参り

俺も一つ心霊体験がある。

もう十数年近く前になるが、中学二年のときに丑の刻参りを見たことがある。 夏休み、三年生の先輩たちと塾をサボったのを皮切りに、カラオケなどで一通り遊び、残った俺とA先輩は真夜中に近所の神社に隣接する公園で時間をつぶしていた。

Aさんは酒やタバコなどのみ、上機嫌で他愛もない話をしていた。ふとAさんがなんかうるさいな、と言い出した。

俺は全く気づかなかったが、神社の方から音がするという。Aさんは見にいってみようと言い、俺は嫌々ながら後に続いた。

もう眠気半分で、正直帰りたかったのもあり、そんな音などどうでも良かった。子供の頃から遊びなれていたこともあり、俺たちはこの辺りのことは知り尽くしていた。

広い公園の木々をくぐり、柵を越えて最短距離で神社へと忍び込んだ。神社に近づくにつれ、俺にも音が聞こえてきた。

カチカチカチカチと速く一定のテンポで何かを叩き合わせる音。音は辺りに響くようなものではなく、硬いながらもどこか湿ったような音だった。

俺は直感的に丑の刻参りを思いだし、これ何かヤバイ呪いしてんじゃないすか?と先輩に言った。

先輩は、俺もそう思う、だけどそんなの見たことねーよ、ちょっと行ってみよう、と好奇心むき出しだった。

俺たちが身を隠せる範囲からギリギリまで音の元に近づいたとき、見えた。

総柄のワンピースの痩せ細った女が頭に何かを被り、その先に火の灯ったロウソクを立てている。

片手を大木に当てて、トンカチのようなもので木を叩いている。よく怪談物にあるような、コーンコーンという音ではなく、カチカチカチカチと速く湿った音だった。

俺たちは息を飲んでしばらくそれに見入っていたが、Aさんが突然こう言った。

あいつ、ふざけんなよ、俺らの地元で何やってんだ

Aさんは突然女のもとに駆け出した。

慌てて転びながら俺が追い付く前に、Aさんは女に飛びげりを入れ、そのままめったうちに女を蹴った。

しかし、俺が追い付いた時にはAさんは攻撃の手を止め、茫然と立ち尽くしていた。女はそれを見て走って逃げていった。

俺はほんのわずかに見えただけだが、女は髪が乱れ、一重まぶたで頬がこけた暗い印象の顔立ちだった。

近くで女を確認したAさんはこう言った。

あれ、うちの近くのおばさんだよ、、、
俺が聞き返すと、
おばさんは死んだんだよ、、、

女はAさんの近所に住んでいた裕福な家の婦人で、半年ほど前に病気で亡くなった。父が付き合いのあったAさん一家は皆で通夜に参列したらしい。

Aさんは、間違いない、何でだよとガタガタ震えていた。俺は女が打ち付けていた木を確認すると、そこには藁人形が錆びた釘で打ち付けてあった。

先輩が人形を木から外し改めると、人形の胴体部分に小さく畳んだ半紙のようなものが押し込められており、その紙には○○ ○○○と、知らない人名が書かれていた。

灯りが乏しかったので、はっきりとはわからないが、筆と墨でで書かれたようなものに思えた。

名前の回りには何語かわからないが、文字のようなものが規則的な配列で書かれていた。

後にして思うと、梵字のような形状にも思える字体だった。Aさんは、ありえねーよ、ありえねーよ、と繰り返し、タバコをふかしていた。

俺はどうしたらいいかわからず、呆けていたが、先輩の、このままここにいたら俺らまで呪われそうな気がする、バックレよう、という提案に従い、その場を立ち去った。

釘と人形と上は拾って賽銭箱の隣に置いておいた。朝、神主が気づいて何らかの処理を講じてくれるものと信じてのことだった。

後日、Aさんが家のアルバムから持ってきた夏祭りの記念写真で女とされる人物を確認した。確かにあの女だった。

俺もAさんもその後は何事もなく、あれ以来神社には近づいていない。無事に今日までいきている。

以上です。

文にすると矛盾だらけで盛り上がりもなく、あまり怖くない話かもしれないが、すべて本当にあった出来事です。覚えている限り詳細に書いたつもりです。

 

家族っぽい何か

先週のことなんだけど、小三の俺の弟が体験した話。

弟はその日、学校終わって一度うちに帰ってから仲のいい友達と一緒に近くの公園で遊ぶことにした。

夕方になってかくれんぼしていたら、珍しいことに父、母、俺の家族全員が揃ってその公園まで迎えに来た。それが弟には結構嬉しかったらしく、かくれんぼを途中で切り上げて、友達に一声かけて俺らと一緒に帰った。

家に着いて宿題し始めると、これまた珍しく俺が弟のそれを見てやった。

宿題やってる間も色々とゲームの話だかなんだかの話で盛り上がったりして、機嫌のいい俺はずっと弟の傍にいた。

やがて夕食の時間が来て、母が1階のダイニングから声を張り上げた。俺達の部屋は2階だったので大声で返事して下へ降りた。

なんでもない日なのに夕食はご馳走で、弟の大好きなハンバーグとかが並んでて、寡黙な父も、さっさと平らげてしまった弟に俺の半分食うか?とかかなり気を配ってた。

そんな中、いつも見てるアニメの時間になったのでテレビをつけると、何故か砂嵐でチャンネルを回してもテレビはザーザー言うばかりだった。

すると突然母がリモコンを取り上げ、テレビを消した。その顔がニコニコしてたので、ちょっと不気味だった。

夕食も終わると、やっぱりニコニコしながら
母が「ケーキ買ってあるの」
父が「一緒に風呂入るか?」
俺は「新しいゲーム買ったんだけど」
と銘々に魅力的な提案をしたんだが、そこで弟は悪戯を考えた。

優しくされると意地悪したくなるとかいう天邪鬼的なもので、トイレ行ってくると言って帰って来ないという、まぁガキらしい発想だった。

うちのトイレは鍵をかけるとノブが動かなくなる仕組みで、ドアを開けたまま鍵をかけてそのまま閉めると、トイレが開かずの間になってしまうのだ。

この家に越して来たばかりは弟が良く悪戯して、頻繁に10円玉をカギ穴に突っ込んでこじ開けるということがあった。

で、弟はその方法でトイレの鍵を閉めて、自分はトイレの向かい側の脱衣所の床にあるちょっとした地下倉庫に隠れて、呼びに来た家族を脅かそうとした………らしい。

らしいというのは、実は弟は、公園で友達と別れた後、行方が分からなくなっていたのだ。

弟はかくれんぼ中に、突然帰ると声を張り上げてさっさと帰ってしまったので、誰かが迎えに来たかどうかは誰も見ていないらしかった。

日が暮れても何の連絡もない弟を俺達は心配して、警察にも捜索願を出して、町内のスピーカーで呼びかけもした。

父親は弟の友達の家に電話かけてたけどあんな取り乱したのは初めて見たし、母親なんか早々に泣き崩れてた。

俺はというと、弟が遊んでたいう公園の周りで聞き込みして探しまわってた。マジで終わったかと思った。

一方弟は、例の地下倉庫に隠れている時に、自分を探しているという町内放送を聞いてしまった。

困惑していると、突然ダイニングの扉が勢いよく開かれて、3人がぞろぞろとトイレの前に歩いて来て、またさっきみたいに

「ケーキ買ってあるの」
「一緒に風呂入るか?」
「新しいゲーム買ったんだけど」

と声をかけた。そのトーンがまったく同じだったらしく、弟もただならぬものを感じてその様子をこっそり見てた。

すると3人はまた、
「ケーキ買ってあるの」
「一緒に風呂入るか?」
「新しいゲーム買ったんだけど」

と言いながら、トイレのノブをガチャガチャ言わせ始め、そのうちドアを叩き始めて、ついにはドアをブチ破りそうな勢いの、すごい音が鳴り響いた。

弟はもうそこでガクブルで、見つかったら絶対殺されると思ったらしい。

時をおかずドアが破られて、いやな静寂が流れた。

やがてその家族っぽい何かどもはさっきの、
「ケーキ買ってあるの」
「一緒に風呂入るか?」
「新しいゲーム買ったんだけど」
を繰り返しながら2階に上がって行った。

弟は弾けるように地下倉庫を飛び出し、家の玄関から靴もはかずに全力疾走で逃げ出した。

無我夢中で走って、着いた先はかくれんぼをしてた公園だった。

公園にはまだパトカーが止まっており、聞き込みをしてた警官に泣きついたらしい。その連絡を受けて、近くにいた俺がかけつけて、無事に弟は見つかった。

その時に弟が警官に話した内容をこうしてまとめているわけだが、当然警官は信じないし、別に弟は見つかったし、プチ家出として片づけられてしまった。

だが、それから家に帰ってくるなり真剣な顔でテレビのチャンネルを回し始める弟を見ると、とても出まかせとは思えない。




 

治験のバイト

20年以上前の話。

当時フリーターだった俺は治験のバイトをすることになった。たしか1ヶ月弱で40万以上だったと思う。参加者は10人。

検査は都内で行われたんだけど治験は他県で行われる。新幹線で2時間、駅についてから車で1時間半。

かなり閑散としている土地で、やけに高い塀に囲まれた敷地に入ると無機質な建物が並んでいた。

車を降りてしばらくここで待つように言われて待っていると

「んぐぐあ゛あ゛あ”あああああああ」
という叫び声が聞こえた。

声の方を見ると超でかいヤツがこっちに向かて走ってくる。確実に2メートル以上あったと思う。顔がなんかぼこぼこで、フランケンシュタインみたいな感じ。

俺達全員びっくりして一歩も動けないでいると、一人が体当たりされてビックリするぐらい吹っ飛んだ。

これはやばいと思って全員そいつから逃げまわってると警備の人が3人やってきてそいつを取り押さえようとしたんだけど無理だった。

応援の警備員と先生が10人近くでやっと取り押さえることができて連れて行かれた。正直言ってかなり不安になった。

この施設なんなんだ?俺たち何されるんだろ、大丈夫か?

宿泊場所は二階建ての建物の二階で、ベットがずらっとならんでる。部屋と畳敷きでテレビや本が置いてある部屋の二部屋だけ。

ここで1ヶ月過ごさなければならない。

何の薬だったかは忘れたが毎日2時間点滴をうち、3回採血をする。

1週間ほど経ったある夜にサイレンが鳴った。窓から外を見ると一人の男が警備員に取り押さえられている。

何があったんだろうと思って窓を開けると、
「イヤだー。もう嫌だ。頼むから帰らせてくれ。」
取り押さえられた男はこんなことをいっている。

宿直の看護婦さんがやってきて気にしないで早く寝てくださいという。俺達の体にも異変が起きていた。異様に体がむくむ。自分だけだったらともかく全員むくんでいた。

ここに来て仲良くなったAさんとBさんは、普通は何か異常が出たらすぐに治験を中止するはずなのにここは明らかにおかしいと言っていた。

二人とも日本で1年間金を稼いで海外を放浪するのが趣味で何回も治験を体験済みである。

2週間経つ頃には全員顔がパンパンにふくれあがっていた。もう限界だ。
俺達は治験の中止を訴えたが、先生達は聞き入れてくれなかった。
(この薬は安全だ。血液の数値に異常は見られない。大丈夫だ。)

だが明らかに俺も含めみんなの顔は大丈夫じゃなかった。

AさんとBさんは
「お金はいりませんからもう帰らせてください。」
と言ったがそれでも帰らせてくれないという。

「契約書にちゃんと書いてありますよ。最後まで治験を受けると。皆さん判を押されてるじゃないですか。最後まで受けてください。」

俺とAさんとBさんは荷物をまとめて帰ろうとしたが階段のところに鍵付きのドアがあり1階に降りることができない。監禁状態に陥った。

その夜みんなと相談したが驚くことに6人はここに残り治験を続けるという。金が入らないと困るらしい。

俺とAさんBさんともう一人Cさんは窓から脱出することにした。シーツを4つ結んでベットにくくりつけ。窓から降りた。

無事全員降りて出口に向かうと、どうしてばれたのかわからないがサイレンが鳴った。
出口に向かう余裕はない。2メートル以上ある塀をよじ登りそこから外に出た。

夜の12時過ぎ。まわりには何も無く街灯すら無い。

歩いて駅を目指し、駅についたのは朝の7時過ぎ、新幹線代はなく鈍行で東京へ行き家についたのは夜だった。疲れはてて寝ていると電話がなり、でるとあの施設からだった。

「何を考えているんです。一日でも点滴をしない場合、もう一度はじめからやり直しですよ。とにかく今すぐこちらへ戻ってください。こちらへお戻りいただけない場合法的手段に出ますよ?」

ふざけんな。こっちこそお前らのこと訴えるからな。と言って電話を切った。

翌日から高熱が10日ほど続き寝込んだ。

全身のむくみは徐々にとれていったが結局治るのに1ヶ月近くかかったと思う。施設からはあれ以来一度も連絡はないが残った人達は大丈夫だったんだろうか。

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