【長編- 名作】スカッとする話
兄は暴君だった
復讐と言っていいかは解らない。クソみたいな兄への自分なりの復讐
幼い頃の兄は暴君だった
殴る。蹴る。首を紐で絞める。ベランダから突き落とそうとする。コンロで炙る
痛みと恐怖だけがあの頃の私の世界だった
あの頃のことを思い出そうとすると、殴られている自分を眺めるもう一つの自分のような視点から観察した、
妙に冷静で客観的な記憶が出てくる。
物心ついた頃からそうだったから、兄というものは妹に暴力を振るうものなんだとずっと思っていた。
暴力は私が小学校に上がるまで続いた。
暴力は止んだ。
別に楽になった訳じゃなかった。
もっと吐き気がするような、私のことも兄のことも殺したくなるようなことをされるようになった。
私は「今の自分はベッドのシーツだ。何も感じない」と言い聞かせてきた
兄のことは憎いけど、同じぐらい母のことも憎いと思う
母は気付いてたと思う。
いつも私の部屋を無遠慮に開けて押し入ってくる癖に、私の部屋に兄がいる時は絶対に開けなかった
兄は頭が悪かった。公立の中学校だから知的障害者と健常者のボーダーラインの生徒もいたのに、
その子たちを含めても救いようがないぐらい成績が悪かった。
それでも兄は自分が馬鹿だとは認めようとしなかった。
兄は地元で二番目に優秀な高校を志望した。母と兄は毎日口論していた。やめなさいって。
近所の工業高校にしなさいって。父はどうでもよさそうだった。
私の誕生日さえ覚えてないような人だったから仕方ないと思う
まだ高校受験なんてずっと先の小学校高学年だった私でも解った。この成績じゃ無理だろうって。
でも私は母を説得した
兄の力を信じてあげてほしい。今まで兄が頑張ってきたことをお母さんも知ってるだろう、と
あの時の兄のにんまりとした気持ち悪い顔はよく覚えてる
母は仕方なさそうに兄を認めた
案の定高校に落ちた後、定時制の学校を勧める母を兄は頑なに拒み続けて、もう10年がたった
私は中学生になってから吹奏楽部に入って、平日は夜遅くまで、休みの日も練習して、家にあまり帰らなくなった。
吹奏楽自体は大して興味なかった。ただ、家に立ち寄らない口実にはなったし、みんなと過ごす時間はそれなりに楽しかった。
憧れの先輩みたいなものもいた
母は私に干渉しなかった。それだけは感謝している
高校は近所の商業高校に入学した。
先生に何度も相談に言って、秘書検定とか簿記とか、就職に直結する資格を取った。
兄は随分と大人しくなった。兄が家で喋る姿は滅多に見なくなった
印刷会社に就職して三年ほど働いた。幸いにして父のおかげで経済的には裕福だったので、給料は全て貯金に回せた
私は関東に身一つで逃走した後に必要な当面の生活費を貯めた。ひたすら貯めた
今は保証人がいらないアパートとか、アパートを借りる際に保証人を代行してくれる業者とか、色んな便利なものがあるからね
逃げ出したのは本当につい最近
一人になって、やっと自分が生きているんだと実感できた
家族がどうしてるかはわからない。お金だけはあるから兄が行き倒れることはないと思う
近頃の兄は2ちゃんにはまっていた。2ちゃんに書き込むために書いたものだろうけど、
兄のパソコンのメモ帳を覗くと色んな設定の作り話が書いてあった
やっぱり社会経験がないせいで、痴漢冤罪系の話を作れば「証拠はあるのか」と詰め寄られたJKに警察手帳を提示して
「お前を痴漢冤罪で逮捕する」とかアホなこと言う警察官を産み出してみたり、
女尊男卑の口だけ無能女を追い込んだ系の話を作れば辞表と退職願の区別が付いてない社会人を産み出してみたり、
普通に社会に出て働いてる人なら分かるようなミスがたくさんあった
私が兄を破滅させたんじゃない。兄が勝手に破滅しただけだと思う。
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