『指輪』|名作まとめ【巣くうものシリーズ】

『指輪』|名作まとめ【巣くうものシリーズ】洒落怖・怖い話・都市伝説 巣くうものシリーズ

絶対さっきまでなかった派手な裂き傷が鞄についてた。
駄目押しにもう一度、足元で「にゃー」って声がするに至って、ようやく俺は、Aがしきりに気にしてた例の指輪が俺の持ってる鞄の中にあるんだ、という事実に気がついた。
「………」
ぞく、と背筋が寒くなったところへ、また「にゃー」さらにガリッて音が続いた。
見下ろすと、俺の靴ヒモが結び目のとこで何箇所か裂けてた。もちろん猫は居ない。
にゃー。にゃー。にゃー。
かなりの至近距離に聞こえるその声は、何だか段々と嫌な感じになってきてた。
冷や汗をかき始めた俺の周りをうろうろしてた鳴き声に、ぼそっと暗い感じの人間の声が重なった。
『……なんか、死んじゃえ。死ねばいいのに』
エコーをかけたような変な声だった。
「……!」
硬直した俺は、咄嗟に大急ぎで携帯電話を出して、速攻で電話をかけた。
プルル、プルル、と呼び出し音が鳴る間も、足元で見えない猫が鳴いてた。
靴や鞄がカリカリ音を立てて、ちらっと見下ろすと床にも何だか、傷が増えてきてるような気がした。
ガリッと衝撃があって足首に痛みが走ったのと同時くらいに、電話が繋がった。
『はーい、もしもしー?』
「Bか!?あのさ、俺だけど、えっとAのこと聞いた?」
有難いことに、Bは学内にいた。急いでAの怪我の件を説明し、荷物を預かってくれと頼むと、Bは快諾した。
電話を切った俺は、Aの鞄を持ってダッシュしてBと待ち合わせた場所へ向かった。
エンドレスに足元から聞こえる猫の鳴き声に混ざって、ぽそ、ぽそ、と『死んじゃえ』とか『死ねばいい』とか呟く女の声がし続けた。

建物を出たあたりで、しゅっ、と足の間を通り抜けるような感触がして、足がもつれて思いっきりこけて、止めてあった自転車に突っ込んだ。
「うわー俺君!?大丈夫?」
待ち合わせしてた自販機の所から、大声で言いながらBが駆け寄ってきた。
「俺君、手!それに足も血が出てんじゃん!」
Bが騒ぎながら俺に手を貸してくれ、荷物を持ってくれて、気がついたら猫の声も変な女の声もしなくなってた。

ただ、後で確認したら、やっぱり足の傷は自転車の金具で切ったんじゃなく爪で引っかかれた傷でした。

Aの怪我もそれほど酷くはなく、A鞄の中にあった指輪は、AがBから借りたものでした。
同じようなのがどうしても欲しいから、お店で見せて「こう言うのが欲しい」と言うのに見本にしたい、と言って借りたそうで。
ただ、俺が鞄をBに預けた話をすると、Aは「……あ、そう」と言ったきりで、猫と女の声についても何も説明してくれなかった。
……今になって俺がこの話を思い出したのは、最近AがB宅を訪問したときの件があったからでした。
Bの部屋の話、白い衣装と神社の一件の話を聞き、
「Bの中にいるものは、Bを守るだけで、悪霊退治をするわけではない。
周囲の人がとばっちりを受けても祟られても、Bが無事なら何もしてくれない」
と言うことを知って急に気になったのが、この一件だった。
俺はこの後、Bと指輪の話をしたことがある。
Bはその時、Aから返却されたその指輪をはめてた。
「Aが同じようなの欲しがってたけど、見つからなかったんだよね。あれ、Eが親戚の子に選んで買ってきてもらったんだって」
で。
Eに指輪を選んでくれた、その女の子が、Eの在学中に亡くなってるんだ。
Eが葬儀に出たと言っていたのは、確か、この一件の少し後だった。
当時は、俺が女の声を聞いたときには生きてたわけだから無関係だと思ってた。
あの一件は、Bの手元に指輪が戻ってBには何も起こらなかった事で片付いたつもりでいた。

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