『鏡』|【名作長編 祟られ屋シリーズ】

『鏡』|【名作長編 祟られ屋シリーズ】洒落怖・怖い話・都市伝説 祟られ屋シリーズ

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『鏡』

1167 :鏡 ◆cmuuOjbHnQ:2011/02/20(日) 11:13:45 ID:3PDqro4M0

 

季節が冬に変わろうとしていた頃だった。
俺は、オカマのきょうこママに呼び出された。
「ちょっと、相談したい事がある」と言うことだった。
久々に会ったきょうこママは巨大化していた・・・ま、マツコ・デラックス?
「久しぶり。相談って、何よ?ダイエットの話なら無理だぜ・・・・・・もう、手遅れだよwww」
「そんなんじゃないわよ、失礼な!真面目な話だから、ちゃんと聞きなさい」
ママの目は真剣だった。
「アンタ、ほのかちゃんの事、覚えてる?」
「ああ、覚えてるよ。大分前に店を辞めたはずだけど、元気にしてるの?」

ほのかとは、アリサと出会う前、店の子のガードを請負った折に知り合った。
初めて会った頃の彼女は、ホルモン注射を開始したばかりの段階だった。
元々華奢な体格で、顔の造りも女性的だったためか、女装すると普通の女にしか見えなかった。
ママやガードしていた子の話では「あの子は続かないかもね」という事だったが、勤めは長く続いた。
アリサと共に何度か遊びに行った事もあった。
あまり、自分の事は話したがらない子だったが、『神様のミステイク』に苦しんだ者同志だったからだろうか、アリサに良く懐いていた。
アリサが亡くなってから会った事は無かったが、恋人が出来て店を辞めたと聞き及んでいた。

「あの子がどうかしたのかい?」
「この間ね、偶然会った店の子がほのかちゃんを連れてきたんだけどね・・・・・・あの子、危ないのよ・・・・・・放って置くと多分自殺しちゃう。
アタシはね、何人もそんな子を見てきたから判るのよ」
「そいつは穏やかじゃねえな。それで、俺にどうしろと?」
「あの子の所に顔を出してやって欲しいのよ。アタシや店の子達じゃ会ってくれないから」
「ママ達に会わないのに、俺が行ったからって駄目だろ?」
「そうかもね。・・・・・・でも、あの子にとって、アンタ達は特別だから」
「え?俺達?」
「アンタとアリサちゃんよ。あの子だけじゃなく、店の子達にとって、アンタ達はある意味理想だったのよ・・・・・・
それが、あんな事になって、みんな悲しんでいるわ・・・・・・アンタが思っている以上にね」
「そうかい・・・・・・役には立てないかもしれないけど、行くだけは行ってみるよ」

俺は、ほのかの部屋を何度か訪れたが、彼女がドアを開けることは無かった。
郵便受けにメッセージだけを残して帰る事が何度か続いた。

その日も、メモだけ残して帰ろうとしていた。
だが、郵便受けに封筒を投函すると、部屋の中から物音がした。
彼女は部屋に居るようだ。
俺は、インターホンを連打しながらデカイ声で言った。
「おい、ほのか居るんだろ?
早くドアを開けろ!開けないとウンコするぞ!」
鉄製のドアに何かが当たる音がしたが、扉は開かない。
スコープからこちらを見ている事を確信した俺は、壁際まで下がってベルトを外し、後ろを向いてしゃがみ込んだ。
「ちょ、ちょっと、止めてよ!」と言う声と共にドアが開いた。
「よお、久しぶり!」
「・・・・・・アンタ、馬鹿?恥ずかしいから中に入ってよ!」

俺が部屋に入ると、ほのかはドアを強く閉めた。
ふぅ~っとため息をつくと、呆れた様子で言った。
「兄さん馬鹿でしょう?もう、恥ずかしくって外を歩けないわ!何考えてるのよ?」
「いや、居留守を使うお前が悪いでしょ?俺はちゃんと、次に来る時間も残して帰っていたんだしwww」
「それで、何よ?」
「いや、手紙にも書いたけどさ、ママや店のみんなも心配してるし、俺だって心配だったからさ」
「そう?」
「とりあえず、お前の顔も見たし、今日は帰るよ」
そう言って、ドアを開けようとした俺の腕を彼女が引っ張った。
「久しぶりに会ったんだから、夕食ぐらい食べて行きなさいよ」
俺の訪問に合わせて作っていたのだろうか、テーブルの上には結構な品数の料理が並べられた。

俺達は、無言で食事を続けた。
「美味かったよ。やっぱ、独り者に女の子の手料理はグッと来るものがあるね。やべぇ、惚れちまいそうだよ」
「アリサ姉さんの直伝だからね」
「・・・・・・今日は遅いから、また来るわ。
今度はこんなに凝らなくても良いぞ。・・・・・・そうだな、カレーでいいや!」
「ばか」
とりあえず、ほのかが笑みを見せたのを由として、俺は彼女の部屋を後にした。
沈んだ様子だったが、ほのかからママの言っていた『死相』は見て取れなかった。
だが、形容し難い、妙な空気は確かにあった。
俺は、暫くほのかの部屋に通って、彼女の様子を見る事にした。

何度も足を運んでいるうちに、ほのかの表情は明るくなって行った。
外に連れ出す事にも成功し、ママの店にも連れて行った。
そんな彼女の様子に、油断していたのだろう。
俺は、口を滑らして、店の子たちが話していた『彼氏』の話題に触れてしまった。
とんでもない地雷を踏んでしまったようだ。
ほのかは喚き散らしながら暴れた。
「出て行け!もう顔も見たくない。二度と来るな!」
そう言われて、俺は何も言わずに玄関に向った。
靴を履き、立ち上がると、背中を何発も拳で叩かれた。
「帰れと言われて本当に帰るような奴は二度と来るな!」
振り返ると、涙でベソベソになったほのかが抱き付いてきた。

暫くそうしていると、やがてほのかは泣き止んだ。
「せっかくの美人が台無しじゃないか」
そう言ってハンカチを渡すと、ようやくほのかは落ち着きを取り戻した。
俺は靴を脱いで部屋に上がると、爆撃後のような惨状の室内を片付け始めた。
とりあえず片付けが終わり、腰を降ろして休んでいると、俯いて黙り込んでいたほのかが立ち上がった。
「?」
「ねえ、見て」
見上げる俺にそう言うと、彼女は服を脱ぎ出した。
俺は、黙って彼女を見ていた。
震えながら服を脱ぎ、全裸になった彼女は胸や股間を隠していた手を外して、もう一度言った。
「見て」
「・・・・・・」
「私、女になったのよ。・・・・・・今はね、結婚だって出来るの。・・・・・・私、キレイ?」
「ああ、キレイだよ」
「でもね、彼は私を抱いてはくれなかった・・・・・・彼の為に、彼に喜んで欲しかったのに・・・・・・
あの人は・・・・・・女になった私を捨てて逃げたのよ!」

出会った時、ほのかの彼氏は大学生だったそうだ。
飲み屋でコンパの二次会をしていた彼らと、仕事帰りに飲みに繰り出したほのか達は意気投合して、そのまま三次会に繰り出したそうだ。
ほのかがメアドの交換をした事も忘れかけた頃に、大学生の男から誘いのメールが入った。
暇潰しのつもりで誘いに応じたほのかを男はその後も誘い続けた。
何度も逢瀬を重ねて、ほのかの中で男の存在が大きくなってきて、あぶない、そろそろ『潮時』だと思っていた頃に告白されたそうだ。
告白されたその場で、ほのかはカミングアウトした。
だが、男は驚いたものの、引かなかった。
『一度関係を持てば彼の目も覚めるだろう。最後に一度だけなら』そう思ってホテルに行ったそうだ。
『・・・・・・これで終わった』と思ったが、彼はほのかから去らなかった。
やがて、彼は卒業し、社会人となった。
仕事に慣れ、社員寮から出た彼はほのかに言った。
「一生傍にいて欲しい。一緒に暮らそう」と。

彼の家族は、一人息子がニューハーフと同居する事に激しく反対した。一緒になるなど論外だった。
家族の激しい反対に遭ったが、彼は家族よりもほのかを選んだ。
そんな彼の行動に、ほのかは長年悩んできた性転換手術を受ける覚悟を決めた。
女性の身体になることは彼女にとって長年の夢だったが、手術への恐怖心が大きく、それまで踏み切る事が出来なかったのだ。
何度もカウンセリングを受け、面倒な手続きを経て彼女は決死の覚悟で手術を受けた。
術後、患部が安定するには半年程度の時間が掛かるそうだ。
だが、医師の許可が出て1年以上経っても、彼はほのかの身体に触れようとしなかった。
そして、何か悩んだ様子で、外泊も多くなっていた。
ある日、『一生分の勇気』を振り絞って、彼女は彼に言った。
「抱いて」
服を脱いだ彼女の身体を見て彼は言った。
「・・・・・・すまない」
そのまま彼は部屋を出て行き、二度と戻る事は無かった。

「酷い話だな・・・」
「でしょ?だから、アイツの荷物は全部捨ててやったし、写真も全部燃やしたわ。
彼の事は吹っ切れてるのよ・・・・・・ただ、女としての自信というか、プライドがね・・・・・・」
見え見えの嘘だったが、俺は頷くしかなかった。
「ねえ、良かったら、兄さんが私を『オンナ』にしてくれる?・・・兄さんなら、いいかな・・・」
「悪いな、それは出来ない」
「何で?やっぱり、私って魅力ないのかな?」
「いや、そんな事は無いよ」
「それなら何で?・・・・・・まだ、姉さんのことが?」
「・・・・・・」
「ごめん、変な事を言って・・・・・・忘れて!」

俺は、ほのかの相手の男の事を調べた。
男の居所は、あっさりと割れた。
男は勤務先を退職し、実家に戻っていた。
俺は、男の実家に向かった。

ほのかの男・・・・・・宗一郎の父親は、彼とほのかの同棲中に癌で亡くなっていた。
息子に取り次いで欲しいと彼の母親に頼んだが、俺がほのかの縁者だと聞くと、彼女は頑なにそれを拒んだ。
連絡先だけ残してその場を立ち去ると、後日、宗一郎本人から俺の携帯に連絡が入った。
待ち合わせの場所に行くと、従妹だという若い女が待っていた。
事と次第によっては、1・2発ぶん殴ってやりたいと思っていたが、それは出来なかった。
ベッドに横たわる、余り先の長そうではない病人・・・・・・それが、宗一郎だった。
事情がありそうだ・・・・・・
俺は、宗一郎にほのかの許を去った理由を尋ねた。

ほのかの治療中、宗一郎は微妙な体調の変化を感じていた。
妙に体がだるく、首や肩に常に鈍痛を感じていた。
世話女房タイプのほのかは店に出ていた頃から、家事の一切を行っていて、宗一郎には何もさせようとはしなかったらしい。
慣れない家事や、ほのかの見舞い、忙しくなってきた仕事・・・・・・それらの無理が溜まって疲れている、その程度に考えていたらしい。
ほのかの術後の痛みは相当酷かったらしく、宗一郎はほのかの身の回りの世話に精一杯で、自らの体調を気にする余裕は無かった。
だが、宗一郎の体調は確実に悪化した。
はじめは、指先の痺れや頻発する『こむら返り』といった症状だった。
やがて、不意に膝から力が抜けて転倒したり、軽い『寝小便』をするようになった。
『医者に見てもらわなければ』と思ったらしいが、日常生活が忙しく、ズルズルと時間が過ぎた。
そして、会社の定期健診で異常が見つかった。
再検査の結果、肺と胃、頚椎に腫瘍が見つかったらしい。

若い宗一郎の病気の進行は早く、検査で発見された時点で既に手遅れだった。
持って1年と言う宣告に、宗一郎は打ちのめされた。
ほのかに何て話せば良いのだろう?
そう悩んでいた時に、あの夜が訪れた。
「何故逃げた?」と言う俺の問いに、宗一郎はこう答えた。
「もうすぐ居なくなる自分のせいで、ほのかに取り返しの付かない事をさせてしまった。
そう考えたら、怖くなって逃げ出してしまった」

「アンタに去られたほのかは、今は何とか落ち着いてるけど、一時は自殺の心配をされる位に落ち込んでいたんだぜ?
そうなる事くらい、アンタにだって判っただろう?」
「俺は、どうすれば良かったんですか?」
「俺にも経験があるから言うけど、あの手の女は特別に情が深いんだ。並のダメ男じゃ見捨ててはくれないよ。
望み通りに抱いてやれば良かったんだよ。
抱きながら、死にたくねえってアンタが涙の一つも見せれば、こんな面倒な事にはならなかったんだ。
大事な時間を無駄にしやがって・・・。アンタ、ほのかに会いたいんだろ?」

宗一郎は頷いた。
「アンタが会いたいと言っても、ほのかがウンと言うかは判らないぞ?
それに、そこの彼女の許しも貰わないとな」
「姐さん、ほのかが彼に逢うことを許してやってくれないかな?アンタには酷な話かもしれないけど。頼むよ」
女の顔は強張っていた。だが、彼女はこう答えた。
「宗ちゃんが会いたいと言うなら・・・・・・」
「そうか、ありがとう」
今週中に連絡すると言って俺は病室を後にした。

駐車場で俺は肩を叩かれた。
宗一郎の母親だった。
「お話があります」
深刻な表情の母親を乗せて、俺は車を出した。

スタンドに車を入れ、併設されていたドトールに俺達は入った。
「それで、話って?」
硬い表情のままだった彼女は、しばしの沈黙の後、重い口を開いた。
「お願いです・・・ほのかさんを息子に会わせるのは止めて貰えませんか?」
「何故?」
「私達親子はあの人に恨まれています。
私、あの人にとても酷い事を言ったの・・・・・・私なら絶対に、一生許せないような酷い事を・・・・・・
許して欲しいなんて言えないし、私の事だったらどんなに恨んでもらっても構わない。
でも多分、ほのかさんは、あの人を捨てた息子を恨んでる・・・・・・」
「何故、そんな風に思うのですか?」
「こんな事、言った所で信じては貰えないでしょうけど・・・・・・私は見たの!何度も、何度も!」
「何を?」
「あの人の・・・・・・何て言うの?怨霊?亡霊? それが、息子に取り憑いているのよ!」

母親の言葉を聞いて、俺はようやく納得した。
ほのかの部屋に漂う異様な気配はそう言うことかと。
「お母さん、人を呪わば穴二つって言葉は知ってますよね?
貴女は多分、ほのかに初めて会ったときから、そして、宗一郎君が病気になってからも、ずっと思っていたんじゃないですか?
『あの女さえ居なければ』と・・・・・・
それに、こうも思っていた。宗一郎君の病気の発見が遅れて手遅れになったのは、ほのかの所為だと・・・」
彼女は俯いたまま涙を流した。
「貴女が病室で見たほのかの『生霊』を怨霊だと思ってしまったのは、貴女が彼女に抱いている感情がそう見せているだけですよ。
あの娘と知り合って長いし、俺にもあの娘と同じような境遇の彼女がいたから判るんです。
ほのかは貴女に言われた事で傷付きもしたし、悔しさや悲しさに涙も流しただろうけど、多分、貴女に対する恨みなんて忘れてしまってますよ。
それより、総一郎君に会いたいって気持ちで一杯のはずです。それこそ、生霊を飛ばしてしまうほどにね」
「・・・・・・」
「ほのかは今、精神的に危ない状態なんです。何とかバランスを取っているけれど、ちょっとしたショックでどう転ぶか判らない。
嫌われて捨てられたと誤解したまま、宗一郎君が亡くなったら、後を追いかねない・・・・・・あの娘には宗一郎君しか居ないんです。
・・・・・・彼との思い出があれば、多分、あの娘は生きて行けます。だから、彼女が彼に会う事を許してやって下さい」

俺は、ほのかに宗一郎の病気の事を話した。
始めは駄々を捏ねたが、病院まで無理やり連れて行くと後は流れに任せるだけだった。
宗一郎は余命1年の宣告を受けてから、3年間近く生き続けた。

宗一郎の通夜の日。
焼香を済ませて立ち去ろうとする俺に声を掛けてきた女が居た。
「私の事、覚えてます?」
「ああ、病院で会った・・・。その節はどうも」母親と交代で宗一郎の看病をしていた従妹だった。
「ほのかに会っていかないんですか?呼んできましょうか?」
「いいよ」
「それじゃ、ちょっと私に付き合って下さい」

俺達は、葬儀場の直ぐ近くの喫茶店に入った。
ショートケーキを頬張り、飲み物を啜りながら彼女は言った。
「私、貴方を恨んでます」
「・・・・・・そうか」
「そうです!貴方が来なければ、最期まで宗ちゃんを独占できたのに!」
「悪かったな」
「それに、ほのかなんて大嫌いでした」
「・・・・・・」
「私、ずっと宗ちゃんが大好きで、やっと気持ちを伝えたのに、好きな人が居るからって・・・・・・
会った事無かったけど、ほのかも宗ちゃんも居なくなっちゃえって思ってました」
「伯母様に、ほのかの事は聞いていたから、どんなキモイのを連れてくるかと思ってたけど・・・・・・
ほのか・・・・・・悔しいくらいキレイで・・・・・・いい子だったんですよ。
嫌な奴だったら良かったのに・・・・・・私にまで優しくて・・・・・・私が男だったら放って置きません」
「それで、俺にどうしろと?」
「ほのかとの友情に免じて、ここの支払いで許してあげます」
涙を拭きながら、彼女は店員を呼んだ。
「すみません、シフォンケーキを一つ。コーヒーのお代わりもお願いします!」

俺は、ぬるくなった珈琲を飲み干した。

[完]

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