『邪教』|【名作長編 祟られ屋シリーズ】

『邪教』|【名作長編 祟られ屋シリーズ】洒落怖・怖い話・都市伝説 祟られ屋シリーズ

仏間には猛烈に嫌な空気が流れていた。
仏壇を見ていると全身から生気を抜き取られているかのような脱力感に襲われた。
しかし、それ以上に嫌なのは、仏壇の対面にある船箪笥の上に置いてある黒い小箱だった。
何か嫌な気がその小箱から仏壇へと流れている感じがした。
かなりヤバイ物なのは俺でも判った。
箱の中には何があるのか。
俺は箱の蓋を開けたくなった。
箱に手を伸ばそうとした瞬間、不意に横から声を掛けられた。
「おい、その箱に触るなよ。どんなものか判るだろ?」
声の主はマサさんだった。
俺はハッとして手を引っ込めた。
箱に魅入られてしまったらしい。危なかった。

「久しぶりだな」
「ご無沙汰してます」
「大分鍛えたようだな」
「おかげさまで」
「うむ、それじゃあ仕事の説明をしようか」

マサさんの話によると、あの仏壇には元はかなりランクの高い「本尊」が入っていたらしい。
問題の教団が出来るよりもかなり前の時代からあった霊格の高い本尊だったようだ。
それが依頼者の父親の葬式の時に偽物と摩り替えられたらしいのだ。
教団は本尊を作る権原のない者によって作られた「偽本尊」を信者に広くばら撒いているのだが、
この偽本尊はある細工をすることによって「親」となる本尊へと運気や功徳を吸い上げるようになっているのだと言う。
信徒の本尊には教団の母体の宗派で作られた真正な本尊もあったのだが、教団の幹部は
ある時は騙して、ある時は盗み出して本尊を偽本尊に置き換えていった。
末端信徒の偽本尊は言わば「ストロー」であり、細工された親本尊は吸い上げた運気や功徳を溜め込む「甕」なのだという。

これは朝鮮半島に伝わる呪法の一つで、両班と呼ばれる支配階級が支配地域の平民や白丁と
呼ばれる賎民から運気や精力を奪うものなのだと言う。
用いられる呪物は何でも良い。
神具・仏具、壷や宝石、書物・刀剣・衣服、何でも良いのだが、呪法を掛けられた者が呪物を大切に扱うことが条件となる。
この呪法の輪に取り込まれた者は、呪法の頂点にある者に運気・精気・功徳を吸い上げられ、
上位にある者を決して越える事が出来なくなるのだ。
朝鮮の支配階級が下克上を防ぐ為に編み出した強力な支配呪法なのだという。
この呪法は李朝滅亡と共に一部流出した。
韓国で、ある古い文書(漢文)を調べると知る事が出来るらしい。
呪法自体は非常に簡単なものらしいのだが、効果が絶大なだけに反作用も非常に強力で、
両班でも実際に呪法を用いた者は少なかったらしい。
簡単に運気や功徳を集められる反面、厳しく持戒しないと欲望の歯止めが利かなくなり
悲惨な破滅を招くのだ。

欲望は呪者の精神レベルによって異なるが、レベルが下がるにつれて支配欲・金銭欲・
食欲・色欲と欲望のレベルが下がり、際限なく強くなり歯止めがなくなる。
欲望を抑える自制心の無い者は、より下劣な欲望に飲み込まれて破滅してしまう、非常に危険な「禁呪」なのである。
韓国人の宗教家の多くはこの呪法を知っていると言う。
大多数の者は忌避しているが、積極的に利用している教祖、既存の教団に潜り込んで使っている宗教家は少なくないのだと言う。
宗教家以外でも教育家、実業家、政治家などにも応用している人物は多く、多くの者が壮絶に自爆する末路を辿るのだと言う。
韓国人であるマサさん曰く「朝鮮人を組織に入り込ませること、組織において高い地位に置くことは大きな破滅を招く」そうだ。
今回問題となった教団もまた朝鮮人の侵食を受け禁呪に汚染されてしまった組織だったのだ。

俺はふと疑問を感じ、マサさんに質問した。
「運気や功徳とやらを多くの人間から吸い上げていると言っても無限ではないでしょう?
吸い上げ尽くして、消費し尽くしたらどうなるんですか?」
マサさんは暗い顔で「回復不能の大破滅しかないだろうな。だからこの呪法は禁呪として、
自制心のある知識階級の両班の秘法とされて来たんだ。だけど、欲望の赴くまま際限なく
拡大している馬鹿が何人居る?思い当たる人間が何人もいるだろう?
言いたくはないが、朝鮮人は人類の癌細胞だよ。もうどうしようもないね・・・」
先祖代々、呪詛の掃き溜め扱いされてきたマサさんが祖国である韓国や、同胞である朝鮮人に
良い感情を持っていないことは半年間生活を共にして知っているつもりだったが、強い言葉の
調子にマサさんが同胞に抱いている絶望感の深さが覗われた。
俺はそれ以上言葉を発する事は出来なかった。

「本尊の方は私が処理するよ。仕事自体はそう難しいものではないからね」とキムさんが言った。
「まあ、日本人の拝み屋さんの方が上手だと思うけど、同胞の不始末だからね。
日本人や日本に親しみを持っている韓国人は少なくないし、在日の殆どの人は日本人と
仲良く暮らしたいと思っているんだよ。君とP君は子供の頃から大の仲良しだったろ?
日本人に迷惑をかけている同胞を見て心を痛めている人は多いんだよ。それは判ってね」
日本人でありながら在日社会のトラブルに首を突っ込んで飯を食っている俺に返す言葉はなかった。
「儀式が始まったら正気でいられるのは我々3人だけだと思うから。屋敷に入ってきた奴は手加減せずに叩きのめしてね」

「問題は俺の方だな」とマサさんが口を開いた。
おもむろに黒い箱の蓋を開いた。
中には泥団子のようなものが入っていた。

「思い当たる事はないか?」
・・・泥団子?・・・あっ!
思い当たる事があった。
マサさんの所で聞いた、財運など世俗的な欲望を叶えるかなりヤバイ外法の話を思い出したのだ。
仏像や経本(聖書など)を焼いた灰を糞尿と畜生の血に混ぜて、土と練り合わせたものを1万人の
人間に踏み付けさせて作った粘土で仏像を作って礼拝する呪法があるのだ。
一旦礼拝を始めるとあらゆる幸運が訪れるけれども、礼拝を1日でも欠かすと一家を滅亡させるという禁呪だ。

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