【つきまとう女- 3】『虚空』|名作シリーズまとめ

【つきまとう女- 3】『虚空』|名作シリーズまとめ つきまとう女
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虚空

688 虚空 ◆lWKWoo9iYU sage 2009/06/17(水) 21:36:44 ID:kOT+Y6Db0

 

駅前広場のベンチに座り、虚空を眺めていた。
過酷な環境に耐えかねた俺は、もう考える事も放棄していた。
ひたすら俺は一週間前に出会った若い男を待っていた。
タバコに火を点ける音がする。いつの間にか、彼が俺の隣に座っていた。
「前に会った時より酷くなってるね、お兄さん。もう限界でしょ?」
若い男は俯きながら地面に向かって煙を吐いた。

「本当に助けてくれるのか?」
俺はすがる思いで尋ねた。
「まぁ、やれるだけのことはやりたいね。
このままお兄さん放置してると死んじまうのは眼に見えてるし
それを判ってて死なしちまったら目覚めが悪い」
「何をする気だ?」
「まぁ、付いて来なよ」
そう言うと若い男は駐車してあった車に俺を乗せた。
暫く車を走らせ、ビルの中に入る。その中に若い男の事務所があるそうだ。
○△×探偵事務所と書かれたビルの一室。ここが若い男の事務所。
「探偵?」俺がそう呟くと、若い男は「本業はね」と答えた。
事務所の扉を開けると中には誰も居ない。
「あぁ、今はみんな出払ってるよ。多分社長は居ると思うんだけどね」
「俺は金なんか持ってないぞ」
「ん~、うちの社長、金にはうるさいけど、根は良い人だし、多分大丈夫」
そう言うと若い男は奥の社長室と書かれた扉の前に進む。
軽く2回ほどノックをすると中から「どうぞ」と言う返事がした。
扉を開けるとそこには如何にもキャリアウーマンといった風貌の女が居た。
この女が社長だ。

女社長は俺の顔を見るなり舌打ちをした。
「また、ろくでもない奴を連れて来やがって…」
小声だったが確かにそう言った。あからさまに俺は歓迎されていない様子だった。
「社長、いや、その、あの、えとー、そのー」
若い男がしどろもどろになる。女社長は若い男を睨み付けると書類を机に叩きつけた。
「あんたねぇ!うちは慈善事業で商売やってんじゃないのよ!!
こんな金もない奴、連れてきて、どうやっておまんま食ってくんだよ!!」
まさに男勝りな怒号だ。
「いや、でも社長わかるでしょ!?この人このままだと死んじゃいますよ!?」
「この馬鹿!!お人好しもいい加減にしろ!!」
うなだれる若い男。どうやらこいつは本気で俺を助けたいと思ってくれているらしい。
有難い話だが、俺は人に迷惑をかけてまで助けを請うつもりは無かった。
踵を返し、俺は事務所を後にしようとした。すると女社長が俺を呼び止めた。
「待ちなさいよ、若年性浮浪者モドキ。
こいつの言うように、あんたはこのままだと死ぬよ。
どうするつもりだい?」
「さっきから何で俺が死ぬって、はっきり言えるんですか?
なんか確信する様な事でもあるんですか?
俺は確かに追い詰められています。
でも、あなたの言う様に金はありません。
この若い人に迷惑かけるつもりもないし、俺は出て行きます」
女社長がタバコに火を点け、煙を吐き出す。
「人に迷惑をかけたくないってのは良い心得だ。
それならそれで人の役に立ってみる気はないかい?」
「どういうことですか?」
「手は有るって言っているのさ」

「ま、まさか社長…」
若い男の顔が青ざめる。
「さっき、あんたは私になんの確証があって、自分が死ぬなんて言っているのかと尋ねたわね」
俺は頷く。
「あんた、どうやら厄介なのに取り憑かれているのよ。
あんた、首吊っている、薄汚いワンピースの女に心当たりあるでしょ?」
俺は驚いた。その女の事を今まで誰にも話したことは無い。
「ふふ~ん。驚いているわねぇ。
まぁ、私も本業は探偵なのだけど、副業で霊能関係の仕事もしているのよ。
それにしても良い~顔で驚くわねぇ。ふふ~ん。好きよ、そういう顔」
俺は考えた。本業が探偵で副業が霊能力者?なんて怪しさなのだ。
ここに居て良いのか俺は?でもあのキチガイ女の事を言い当てた。それも事実だ。
だが、あのキチガイ女は霊なのか?俺の錯覚ではないのか?
「さっき言っていた良い方法って…?」
女社長は苦笑いをする。
「誰も良い方法なんて言ってないでしょ?ただ手は有るって言ったのさ」
「じゃあ、その手というのは?」
「私に除霊を頼むのであれば最低でも200万はかかる。あんたには、そんな金はない。
でも、そこの若いのがやるなら話は別よ。
そいつは霊能者としてはペーペーもいい所。
だから、そいつの現場実習もかねて除霊をさせてもらうなら…お金はかからない。
逆にこちらから礼金を払う。ただし、身の保証の類は一切無いけどね」
そう言うと女社長は微笑みながらタバコを揉み消した。
それを聞いた若い男は、頭を抱えて天を仰ぐと「オーマイガー…」とだけ呟いた。

「いや、社長、俺どうすれば良いんすか?」
若い男の問いかけに女社長は「はぁ!?」と言い不機嫌な態度を示す。
「今からクライアントと問診!
その後に除霊方法を検討し、計画書を書き上げ、明日までに私に提出!!判ったか!?」
「は、はい!!いや、でも、あの、その…」
「いいからさっさと状況を開始しろ、ボケナス!!」
女社長に激高され、追い出されるように俺たちは事務所を飛び出た。
その後、俺たちは喫茶店の中に入る。
「良い店でしょ?ここ社長の店なんですよ」
若い男はそう言うと慣れた態度で席に座る。
席は個室のようになっていて周りに会話は届かない。
コーヒーを二人分注文し、若い男はノートPCを広げた。
「じゃあ、お兄さん。これから問診を始めます。用意は良いですか?」
「気になる事があるんだが…」
「なんです?」
「君はさっきまでタメ口だったのに、急に敬語で話すようになった。なんでだい?」
「お兄さんが俺の正式なクライアントになったからです。
本当は社長にやってもらいたかったけど、仕方ありません。
俺が現場実習としてお兄さんの除霊をするなら、会社から人材育成費として予算が出ます。
お兄さんにも礼金として2万円支払われます。ある意味、金銭的には、これが最善の方法です。
ただ、俺も本当にペーペーなので身の保証の類は一切出来ません。でも全力でやります。
下手に手を抜けば、俺も死にますから」
そう言うとジョンは優しく微笑んだ。
「言いたいことはなんとなく判った。ただ俺は霊とかそんなことには疎い。
正直、今回のキチガイ女の事も、俺の精神疾患による幻か錯覚だと思っていたんだ。
だから急に霊とか、そんな事を言われても戸惑う」

「なるほど。じゃあ、少し霊に関して説明します。信じるも信じないも、お兄さんの自由です」
俺は小さく頷いた。と同時に少し悲しい気分になった。
俺はほんの少し前まで普通のサラリーマンだった。
それが今じゃ霊だのなんだのと怪しいことに関わっている。
「先ず、俺たちがクライアントに霊の事を説明するとき、PCを例えに用います」
「PC?」
「そう、PCです。今のお兄さんの状態はウイルスに侵されたPCです。
PCとはお兄さん。ウイルスとは悪霊、つまりお兄さんの言うキチガイ女の事です」
「また、新しい例えだな」
「悪霊が取り憑く。よく聞くフレーズだと思います。
では具体的に人間のどこに取り憑くのか判りますか?」
俺は黙ってコーヒーに口をつける。
「脳です。悪霊は人間の脳にハッキングすることで取り憑きます。
そして脳の中に自分というウイルスを根付かせ、脳を支配することで
その人間の内側から幻覚や錯覚を起こし、精神や肉体を破壊していきます。
個人の脳内での出来事なので、他人には認識する事が難しいです。
一般的な霊であるならば人間が生まれつき持っている
ファイアーウォール=守護霊を突破することは出来ません。
しかし稀に強力なハッキング能力を持った悪霊も居ます。
俺たち霊能者はウイルス=悪霊と同様に人の脳内に侵入することが出来ます。
霊能力=ハッキング能力です。
俺たちの仕事は悪霊=ウイルスに侵された人間の脳に侵入し、駆除=除霊することです」
何がなんだか訳が判らない。
もしかして俺は関わっちゃいけない世界に足を踏み入れたのか?
そんな気持ちでいっぱいだった。

「ここまでで何か質問はありますか?」
若い男はそう言いながらノートPCに何かを打ち込んでいた。
「何故、その悪霊と言うのは俺に取り憑いたんだ?俺には何の因縁もない女のはずだ」
若い男はひたすらノートPC のキーボードを叩きながら質問に答える。
「取り憑いたのは、たまたま、という表現が適切かもしれません」
「たまたま?偶然ということか?」
「はい。たまたま侵入しやすかった。多分それだけです。
本当の目的は誰でも良いから自分の中に取り込むことだと思います。
悪霊は生きた人間を殺して、取り込むことで勢力を拡大させます。
お兄さんをベースに更なるグレードアップを狙っているのでしょう」
「何のために?」
「恐らく孤独の穴埋め。もしくは恨みの穴埋め。或いは両方。といったところでしょうか。
そんな事をしても無意味なんですけどね。むしろ逆効果です。
彼女の穴埋めは永遠に叶わないです」
「随分、自分勝手なテロリストのような理由だな…。もう一つ疑問がある。君は…」
「ジョンでいいです」
「ジョン?」
「仲間内ではそう呼ばれています。本名が言い辛い名前なので」
ジョンか…。昔、うちで飼っていた犬と同じ名前だ。
「じゃあ、ジョン。さっき君は社長に俺の除霊を言い渡された時に
頭を抱えて『オーマイガー』と呟いたな。
それと下手に手を抜けば自分も死ぬ、と言った。それについて説明が欲しい」

「あ、聞こえていたんですか?まぁ、なんと言いますか。
正直に言うと俺の手に負える相手じゃないと思ったんです」
「手に負えない?」
「お兄さん、心当たりがありませんか?医者、警察官、看護師の3人の男」
俺は驚いた。こいつら何故そんな事が判るんだ。
「心当たりは…ある」
「そいつらは、お兄さんの言うキチガイ女が、今まで殺してきた人間です。
今は完全に彼女に取り込まれて、彼らが彼女のファイアーウォールになっているんです」
「殺してきた?」
「そうです。今のお兄さんと同様に取り憑き、苦しめた挙句に殺しました。
中でも医者との繋がりが強い。恐らく最初の被害者であり、親子だったのかもしれません」
俺は北海道での出来事を思い出していた。
「俺には手に負えないというのは、その3人が理由です。
社長はお兄さんを見た瞬間にキチガイ女の姿が見える所まで侵入しました。
でも俺には未だに女の姿が見えない。
ファイアーウォールである3人を見る所までしか侵入できません」
北海道で見た幻。あの病院内で出会った、あの3人もあの女に殺されているだと?
「仮に強引に彼らを突破しようとしても彼ら3人に足止めを食らうでしょう。
その隙に女が俺の中に逆侵入し、今のお兄さん同様、俺にも取り憑くでしょう。
恐らくそうなれば、俺の命も危ない」
じゃあ、あの時、医者が言った言葉の意味は?奈々子?あの女の名前か?
「方法は考えます。俺もこの商売に命懸けていますから」
社会的に抹殺?私には無理なんだ?孤独を共有?
俺はいっぺんに不可思議な情報を得てしまった為か頭が混乱していた。

「お兄さん?どうかしましたか?」
ジョンの言葉に我に返る。頭が混乱していた。
「なあ、ジョン。仮にこのまま何もせずに放置していたら、俺はどうなる?」
ジョンのノートPCを打つ手が止まる。
「死にますね。事故死、病死、自殺…。
俺は預言者じゃないので、その先の死因までは判りませんが
キチガイ女は今まで3人も殺めている。
非常に危険な女です。殺される可能性は極めて高い…」
俺は頭を抱えた。気が狂いそうだ。
「ジョン…俺が今までにあの女を見たのは2回だ。その時の話をする」
俺はジョンに北海道での出来事。それと初めてジョンと出会った日の夜の出来事を話した。
ジョンは真剣な眼差しで俺の話を聞いていた。
話し終わった後のジョンの第一声は「予想以上に厄介です」だった。
「そんなに厄介なのか?」
「厄介です…。お兄さん、その病院の中でこれは現実じゃないという
違和感は覚えませんでしたか?」
「違和感は無かった。今でもあれは現実のように感じる」
それを聞いたジョンの顔は更に深刻な表情に変わる。
「そこまでリアルな病院をお兄さんの脳に作り上げた。
しかも同時に3人をその場に出している。
これは女…奈々子ですか?そいつがお兄さんの脳をかなり深い部分まで
侵食していることと、完全に3人を掌握していることを示しています。
相当ですよ、これは」
俺は言葉を失った。不意に底なし沼の深みに陥った気がした。
「お兄さん、正直な俺の感想を言います」
「なんだ?」
「今まで良く生きていましたね」

 

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