感動する話・泣ける話まとめ 短編5話【25】
あれでなきゃワシの嫁は無理だ
近所に住んでいるご夫婦の話です。
その夫婦には子供が無く、そのせいか私は子供のころから可愛がってもらっていました。
おじさんは無口な土建屋の事務員、
おばさんは自宅で商売をしていて雑貨から野菜などなんでもあるミニスーパーみたいな店で、朝から晩まで年中無休で働いている人でした。
当然晩ご飯なども、おじさんが7時ころ帰ってきても食べられるのは9時過ぎというのはしょっちゅうの事でした。
洗濯ものもたまる、掃除も毎日できない、休日も一緒に過ごせない・・・
おばさんは結婚して以来、そのことを心の中で申し訳ないと感じていたそうです。
今年の秋、おばさんは長年の疲れからか体調を崩して一週間の入院をすることになりました。
コンビニがあるから大丈夫だとおじさんは言っていましたが、
毎日持っていくお弁当や食事の支度さえできなくて迷惑ばかりかけて申し訳ないと落ち込んでいたようでした。
おばさんが入院した4日後、おじさんの会社にラジオ番組の取材がきました。
取材というかローカル番組のコーナーの1つで「会社対抗クイズ」みたいなものです。
私は前日に知っていたので翌日ラジオを持ってお見舞いに行きました。
休憩室のような場所で持っていったラジオを二人で聞きました。
そのクイズ自体におじさんは登場しませんでしたが、話の流れで
「自分の奥さんは○点だ」というようになっていきました。
それぞれが「結婚後+20キロだから50点」とか
「料理がヘタで40点」とか悪く言って笑いを取る、みたいな雰囲気になっていました。
わたしは「あ、やばいかな・・」と思いはじめ、おばさんも何か気まずい顔をしていました。
ついにアナウンサーがおじさんの作業服のネームを呼びました。
「○○さんの奥さんに点数をつけるなら何点ですか」
おばさんが小さな声で「20点・・・」とつぶやいた瞬間
「98点!・・・だな。あれでなきゃワシの嫁は無理だ」
おばさんを見ると両手に顔をうずめて泣いていました。
今年一番感動した出来事です。
みんなと離れたい
これは私が小学6年の話。
私は親の事情で中学の入学式前に引っ越すことが決まった。
その知らせを聞いたのは、小学校最後の3学期だった。私は泣いた。
私はここで知り合ったみんなと別れるのが本当に嫌だった。
そして学校の日。
私には仲の良い友達が3人いた。
その子達とはいつもバカやって、私を含め4人で先生達をいつも困らせていた。
私はこの話のことを言うか迷った。
でも、いつもどおりの日常を壊したくないと思ったから言わなかった。
そしてある日、私は友達が私に対する態度が少しおかしいと思った。
だから、私は
『知らないうちに嫌な事言ったかな?』
と思い、少しずつ友達も私もさけるように。
私は男友達とつるむようになった。
まあそれなりに話すのは楽しかったけど、前よりは楽しくなかった。
それから必要なこと以外は話さなくなった。
そんなことになって、私は早く中学になってみんなと離れたいと思うようになった。
そして1日1日が楽しくなくなってきてて、泣きそうになった時があった。
でもそれでも毎日学校には行った。
自分に、卒業したらみんなに会わなくてすむ。と、いつもそう言い聞かせていた。
そしてあっという間に卒業式。
私はなんだかんだで、みんなと離れることを言ってないまま卒業式を終えた。
それから謝恩会へ。
私はみんなと笑い合えるのはこれで最後だと思っていたら、急にさみしくなった。
そして私は友達3人を集め、みんなと一緒に中学の入学式を迎えられないことを言った。
それから
「今までありがとう。そして今までごめん。」
涙を流しながら言った。
そしたら、私が想像していなかった光景が目の前にあった。
なんと、3人が肩をならべて泣き叫んでいた。
「なんで行くの?」
「なんで?」
と、言って。
私以上に涙を流して声を出していた。
私は正直戸惑った。私が想像していたのは
「そうなんだ。頑張ってね」
と、私のことをどうでもいいように言うと思ったから。
そこで私は最低な人だと思い、過呼吸になりそうなくらい泣き叫んだ。
周りのことを気にせず、ずっと涙が枯れるまで1言もしゃべらず4人で泣き続けた。
そして、落ち着いてから友達と話し合った。
全部、私の勘違いからはじまったすれ違いだった。
私は友達3人から嫌われているとずっと思ってた。けど、それは全然違った。
友達3人は、私に内緒で私の誕生日プレゼントを買いに行くために計画をしていたけど、最初に私が避けていたから、友達達が
「私達のこと嫌いになったのかな?」
と思ったらしく、プレゼントだけを私にあげて友達も避けていたらしい。
そこで私は思った。本当にバカだと。
私のためにしてくれていたのに、私から避けていたなんて。
そして私はいつの間にか、こんな素敵な友達を持っていたなんて。
そしてまた涙が溢れた。
それからこう思った。
「本当にありがとう。」
これが私の小学校最後の大切な思い出。
そして今、またこの3人に助けてもらった。
私は本当に最高の友達を持てたことを誇りに思う。
自分に自信を持って欲しい
うちの女房が後ろ向き過ぎるのが気に障る。
俺が友達と飲みに行く時、一緒に来るか?と誘うと
「私がいない方が気兼ねしないで楽しめるでしょ」
友達を家に呼んだときも料理だけ出してすぐ引っ込んでしまう。
後から
「料理下手でごめんね」
とか、
「奥さんに訛りがあると恥ずかしいでしょ」
とか言いやがる。
どうしてお前はもっと自信を持たないんだ。
俺はお前の奥ゆかしい所も確かに好きだけど、もっと自分に自信を持って欲しいんだよ。
お前の料理はすごく美味いし、子供にはいい母親だし、優しいし、俺には過ぎた女房だと思ってる。
確かに岡山の訛りは少しだけあるけど、そんなもん気にする方がおかしいじゃないか。
慎ましやかだけど美しく輝く宝石にちなんで名付けたご両親の願いどおりの人間に育ってるじゃないか。
…って一回言ってやりたいのに言えない自分も気に障る。
ローラーシューズ
自分がぶつかられそうになった体験談。
数年前妊娠中だったのですが、買い物先で小学校高学年ぐらいの女の子が二人ローラーシューズで走り回っていた。
しばらくして、ニヤニヤしながら私の周りを走り出し、
「○○(女の子の名前)ねぇ、知ってるんだよ。どうしたらそんなおなかになるのか。おばちゃんやらしいんだぁ。エロいんだぁ。」
ともう一人の女の子に向かって話していた。
するともう一人の女の子が「ならさぁ、あんなおなか、なくなっちゃえばいいんだよー」と。
はぁ?なに???と思っていると、なくなっちゃえば・・・といった女の子が、もう一人の女の子の背中を私のほうへぶつかるように押してきた(至近距離)
ぶつかる!
とうずくまる状態になったのですが、その後なにも振動がこず、おそるおそる目をあけてみると
多分同じぐらいの学年の男の子が思いっきり女の子に体当たりしていました。
その反動で背中を押した女の子と、押された女の子がもつれて転んでいろんなことを叫びながら男の子に食って掛かったのですが、男の子はひたすら無視。
騒ぎを聞きつけ警備員?がやってきて女の子二人とその騒ぎで集まったその女の子の親たち、男の子の親が別室に集まりました。
ぎゃーぎゃーと「ちょーいたい!うったえてやるー!ぎゃはははは!」と言う女の子たち
「うちの子が何をしたんですか!お宅の子供の教育はどうなんですか!これだから男のガキは最低だよ!」とわめく女の子の母親。
どうして男の子がつきとばしたのか状況がわからずひたすら謝る男の子の親。
無言だった男の子が、男の子の父親に向かってなにか耳打ちをし、男の子の父親はうなずき母親を一旦外にだした。
その後男の子は泣くのをこらえるように
「お母さん、昔、ぶつかられて、赤ちゃんしんだんだ。お前らのしたことは、ひとごろしだぞ。」
とそれだけを言うとあとはうつむき泣くのをこらえていた。
女の子たちの親は「うちの子がそんなことをするはずがない!コレだから男の子は!!!」と叫びだしたのですが、
それを制止し、「あなた方の娘さんは私に対して、恥ずかしい行為をしたからおなかが大きいんだ。なら、それをなくせばいい、と体当たりしてきたんです。」
その後、男の子に向かって「ありがとう。つらい気持ちにさせちゃったね。」と言いました。
男の子は泣き顔のままにっこりと笑い、「よかった・・・」一言言うとまたうつむきました。
その後はローラーシューズ禁止の場所で滑っていたこと、女の子のポケットに未会計の品が入っていたこと
(店外ではないので、万引き罪には当たらないそうですが、疑わしい行為をしないように厳重注意?みたいな感じで言っていました。
以前に万引きで補導されてるみたいな風な感じの対応をしていました。)
で、女の子たちの親と一緒に別室に連れて行かれてました。
体を張って守ってくれたこと、そのうえ自分の母親に対する気遣いができるこの男の子が女の子たちとすごく対照的で何度もお礼をいい、その場を去りました。
おじいちゃんが血病になった
ウチには、少し離れた所に住んでいるおじいちゃんがいる。
今は一人暮らしで、休みが取れた時は家に行って、寂しく無いようにご飯を一緒に食べたりしてる。
行くたびに「1人で大丈夫だから」と言うのが決まり文句。
そんなおじいちゃんが、正月が明けて体調を崩した。
白血病になった。
それも5年生きる確率が1番低いステージ5。
家族全員がその事を知って泣いた。
お見舞いにいくと、薬の副作用でパンパンに腫れた顔、浮腫んだ手足、明らかに枯れた声。
正直、息が詰まりそうだった。
すると私の名前を呼んで、声を出すのがシンドイはずなのに
「だ、大丈夫だから…」
「うん、心配してないよ」
と嘘でも言わないと直ぐに泣きそうだった。
最後まで心配させないように気遣うおじいちゃんを見て、私は悲しいと同時に尊敬しました。
回復するように今も思ってます。
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