『無脳児の疑い』- 長編 – 感動する話・泣ける話まとめ

『無脳児の疑い』感動する話・泣ける話 - 長編【まとめ】 感動

 

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無脳児の疑い

 

妊娠がはっきりわかったのは10月初めでした。
11月の初めに母子手帳ももらいに行って、
初めての妊婦検診となった日にこう言われました。

「無脳児の疑いがある。」
「これが確実だった場合、生まれてもきても生きられない子だから…。」と。

無脳児って何? 生まれてきても生きられないから、って?
呆然としたまま家に帰り、「無脳児」を、ネットで検索すると、やはり先生に言われたようなことが書いてありました。
あと、グロ画像、という言葉と一緒に並んでいたりもしました。
このあと、日をおいて三度のエコーと、セカンドオピニオンにもかかりましたが、やはりほぼ間違いないようでした。

診察で見る度に、赤ちゃんは大きくなっていて、指しゃぶりをしたり伸びをしたりするようになっていました。
生まれても生きられない子、だから今回は諦める?
赤ちゃんの寿命を全うさせてあげる? でもどうやって?
赤ちゃんは大きくなればなるほど、苦しさとか痛みがひどくなるのでは?
どうすればいいのかまったくわからないまま、病院では人工的な出産(中絶)の話が進んでいきます。
私も絶対的に産みますとは決められないままでした。

 

考えても考えても答えが出せないため、感覚が麻痺していきました。
お腹の中で生きているのに出産して亡くしてしまった後のことばかり考えていたり、
何も考えないように、むやみに外に出歩いたりしました。

また、私は自分の子供であるにも関わらず、少し怖ろしくも思っていることもありました。
他人に詳しく話したくないとも思っていました。
頭では、ちょっと体作りに失敗しただけ、形が違うだけ、と思うんですが、実際に赤ちゃんの顔を見てあげられるか不安でした。

ひどいお母さんです。
入院当日まで、はっきり何も決められないまま。
処置が始まりました。
一日目は前処置で、二日目からいよいよ本格的な陣痛をつける処置になりました。
子宮に風船のようなものを入れ、陣痛をつける薬を入れました。
二度目の薬が入ってから、一時間ほどで、風船が出てしまうような違和感と強い痛みがありました。

そのときに初めて、本当に赤ちゃんを失ってしまうんだ、と
痛みととともに涙が溢れました。

 

でも、今は赤ちゃんも苦しいのに、こんな中途半端なところで私が泣いちゃいけないんだと気持ちを落ち着けました。
そこから分娩室に運ばれましたが、赤ちゃん自身はまだお腹の中にいるようで、
いきむのはもうちょっと我慢してね。と言われました。
少しずつ痛みが下がってきて、最後はもう我慢できない痛みになり、いきむこともないままに赤ちゃんがおりていくのがわかりました。

このときに助産師さんが、
「赤ちゃんきれいに出てきてくれたよ。」
と何のためらいもなく受け止めてくれました。

私はこの時は、出産が無事に終わったということで、涙もなく、気持ちも落ち着いていました。我が子を失ったのに。

 

そして助産師さんに「対面される?」と聞かれても、そのときは「はい。」と言えませんでした。
助産師さんはこちらを責めるでもなく、「いいよ。」と言ってくれました。
そして「男の子だったよ。」と。

新鮮な驚きで、「男の子だったんですか。」と言おうとしたら
途中で涙が溢れてきて、男の子、男の子、と頭の中で何度も繰り返してました。
本当に生まれて、ちゃんと存在してるんだ、と。
そう思ったら、すごく赤ちゃんに会いたくなった。

大丈夫?受け入れられる? とこの期におよんでまだ迷いかけた自分。
でも、この子は私の子供で、世界でたった一人の子、このまま顔も知らずにお別れする方が辛いはず。と思って

「やっぱり赤ちゃん見せてもらえますか?」とお願いすると
助産師さんはやっぱりさらっと「いいよ。」と言って
赤ちゃんを連れてきてくれました。

赤ちゃんは、やはり診断どおり、目から上ができていなかったけれども、
ちっとも怖ろしいことはなく、とてもかわいかったです。
身長15センチで、小さな赤ちゃんでしたが、足の小さな爪までできていました。
会えてよかった。

このときの姿は、今思い出すときも、本当に暖かい気持ちになる
かわいい姿でした。

ただ、このときにこの子を抱いてあげなかったことは今も後悔しています。
気持ちの整理もつかないままにだらだらと書いてしまってごめんなさい。
何が言いたいのかよくわからない分ぢょうになってしまっています。
でも、誰かに聞いてほしかったんです。
ごめんなさい。

 

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