『先輩と下男と俺とヨーコさん』先輩シリーズ【怖い話】|洒落怖名作まとめ

『先輩と下男と俺とヨーコさん』先輩シリーズ【怖い話】|洒落怖名作まとめ 先輩シリーズ

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先輩と下男と俺とヨーコさん

 

「ベッドの下の男を退治するぞ」
一年の冬、エアコンの無い自分の部屋を嫌がって、ファミレスに逃げ込んでいた先輩が言った。
「それって、都市伝説のアレですか」
ベッドの下の男。
ある晩、友達と部屋で遊んでいると、急に友達が外に出ようと言い出す。
どうしても外に行きたいという友達に、しぶしぶついていくと、友達の様子がおかしい。
問いただすと、「さっき偶然見えたんだけど、ベッドの下に刃物を持った男がいた」……。
それなりに有名な都市伝説である。
何度かテレビで語られているのも見たことがある。
「そう、そのアレだ。アレを退治する」
先輩の目が爛々と輝いている。
いつになくやる気満々なようだ。
「でも、先輩は布団でしたよね。誰の所に出たんですか」
おかわり自由のコーヒーを一気飲みして先輩が立ち上がる。
「これから現場に行く。ついてくるだろ」
時刻は夜の九時。
帰って寝るにはちょっとだけ早かった。
「わかりました、お供します」
先輩は笑った。
ちなみに、先輩の食事代も俺が出した。

□ □ □

現場に近付いていくと、先輩のやる気の源がわかってきた。
見覚えのある道だ。
そして見覚えのあるマンション。
この辺りではそれなりに高級な部類に入る。
ずかずか入りこんで三階に上がる。
多分、ここの角部屋だ。
……予想通りだった。
「ヨーコさんですか」
先輩がいつもより三割増しくらい楽しそうな理由がこれだ。
恐らく相談を持ちかけられた時、内心とても喜んだだろう。
「お前、来たことあったっけか」
先輩はヨーコさんが大のお気に入りだ。
理想の女性だと言って憚らない。
だから黙っていたのだが、今年の夏、先輩に紹介されてから、恐らく先輩よりずっと多く訪問している。
何を言われるかわからないから、絶対に言わないけれど。
「いや、住所は聞いてたんで、それで」
ああ、そう、と納得しつつインターホンを押す。
俺は内心ヒヤヒヤした。
なんだか高級な音がして(家のチャイムはジーッという音がなる。最近はそれもどこかの接触が悪くなって鳴らない)ヨーコさんの声がする。
『はい』
「あ、俺だけど」
しばしの沈黙があった後、玄関が開いた。
「ごめんなさい。なるべく頼りたく無かったんだけど」
若干浮かない顔をして、ヨーコさんが顔を出す。
どういう意味か悩んだが、先輩に迷惑をかけたく無かったんだと思うことにした。
「いや、手間のかかる事にはならないと思う。まあ、任せてくれ」
先輩は笑顔だった。

□ □ □

ヨーコさんはあがって、と手で奥を示す。
俺は慣れた手付きでスリッパを出して、それからあ、と思った。
先輩の顔色を伺ったが、浮かれすぎて気付いてないようだった。
「……ここが寝室」
ヨーコさんはとても嫌そうだった。
なんだろう、先輩に申し訳ない気持ちと、なんだか可哀想な気持ちが同時に湧いてきた。
そんな俺の気持ちを知らずに、先輩は非常にそわそわしている。
全体に淡いピンク基調の小綺麗な部屋。
勿論エアコンもついている。
そこはなんだか、いつもより片付いていた。
「あ、片付けました?」
先輩が俺の方を見る。ヨーコさんも鬼のような形相で俺を見る。
またしてもあ、と思った。
「お前、来たこと無いって言って無かったか」
俺は先輩を無視することにした。
「で、ヨーコさんは何で先輩を呼んだんですか」
ヨーコさんはちょっと考えて、それから言う。
「昨日寝ていたら、急に金縛りにあったんです。それから、見える景色が変わっていった。暗い所にいるのがわかって、隙間からは私の部屋が見えていました。低い所から見た、私の部屋。直感的に、あ、ここベッドの下だなって思いました」
「視界が混線したんだな、多分」
先輩はさっきの事を忘れたように楽しそうな笑顔をしている。
これはいつもの、怪奇現象に挑む時の表情だ。
……ヨーコさんは、見えるって事に関してはすごい。
霊的な能力では段違いに強い先輩を、さらに水をあけて引き離すほどよく見える。
例えば、幽霊が見えたり、未来が見えたり、過去が見えたり。
今回のように、他の誰かの視界が見えたり。ただ、それは偶発的に起こることで、コントロール出来るような物じゃないらしい。
だから、『見る』じゃなく『見える』なのだ。
そういう不安定な所も魅力の一つだと先輩は言っていた。
「でも、それって変質者じゃないですか。警察の領分のような気がしますけど」

□ □ □

ヨーコさんは首を振った。
「おいおい。一見すればわかるだろう。ほら、ベッドの下に人が入れる隙間なんて見えるか」
先輩に言われてベッドの下を覗いて見る。
確かに、10cmにも満たないような隙間しかない。
「そんな所に入っていけるようなヤツは、警察になんとか出来る相手じゃない」
ヨーコさんが溜め息をついた。
「だから、この人に相談したわけ」
先輩がくすぐったそうに体を揺する。
頼られて嬉しいのだろう。
そしてやっぱりヨーコさんは頼りたく無かったのだろう。
寝室に入れるのも嫌だったのかもしれない。
「さて問題はこれからだ。ヤツはいつ出るかもわからないし、どんな物かもわからない。だからとりあえず、昨日の状況を再現してみようか」
要するに?
「つまり、ヨーコさんに寝てもらうって事ですか」
ヨーコさんの頬がひくりと動いたのを俺は見逃さなかった。
楽しそうな先輩を見ながら、俺はヨーコさんに耳打ちする。
「……あの、一応俺もいますし。先輩、多分ヨーコさんよりお化けに興味あると思うんで」
安心してください。心配はわかりますが。
ヨーコさんは頷いてくれた。
「着替えるから、一回出て」
俺は名残惜しそうな先輩を連れて寝室を出た。
「先輩、実際の所どうなんですか。見当付いてたりしないんですか」
先輩は少し難しい顔をしていた。
「実際の所、皆目だ。何も見えないし感じない。かなり変わり種なのか、それとも、相当上等なヤツかどっちかだろうな」
驚いた。
先輩の感覚に引っかからない相手なんて、この時が初めてだった。
嫌な想像が膨らんでいく。
しかし俺の妄想は、ヨーコさんの声でかき消された。
「着替え終わったよ」
部屋と同じ、淡いピンクのシンプルなパジャマだった。
うん、可愛らしい。
先輩がまた少し興奮したのがわかった。

□ □ □

「じゃ、寝ます。見ててね」
仰向けにベッドに入ったが、暫くして壁に顔を向けて横向きになった。
まあ、視線が気になるのだろう。
さらに暫くして、小さく規則正しい呼吸音をたてはじめた。
どうやら眠ったらしい。
寝付きはいいようだ。
「……お前、いつここに来た」
寝付いたのを確認して、先輩が小声で言う。
「あの、以前、たまたま近くで会って……お茶でもどうだって言うので、その」
気まずい。
嘘はついてないし、何か特別なイベントがあったわけではないが。
「一回か」
「……いえ、それからも何度か」
「お前、なんで」
不意に、破裂音がした。
大きな音が一つ、続けて小さな音が二つ。
かなりの音量だったにも関わらず、ヨーコさんは眠り続けている。
「先輩、今のは」
先輩は既に立ち上がり、拳を握り締めている。
「起こせ」
「は?」
「ヨーコ起こせ!早くしろ!」
突然大声を出され、反射的に立ち上がる。
「う、あ、ヨーコさん!起きてください!」
肩を掴んで激しく揺さぶる。
反応は無い。
「起きません!」
先輩はさっきまでの真剣な表情から一変、黒い笑いを浮かべていた。
「ならいい。かつぐなりなんなり、とにかくこの部屋から連れ出しておけ。俺は片付けておくから」

□ □ □

ヨーコさんの膝の下と腋に手を差し込んで抱えあげる。
俺は笑う先輩と、ベッドの下の隙間から見える手を残して寝室を出た。
そのまま玄関を出て、ヨーコさんを廊下に座らせる。
さっき、ベッドの下に見えたのはなんだったのか。
泥のような色をした手。
細い隙間から見えた片方の目。
先輩はアレの正体がわかったのだろうか。
「ヨーコさん、起きてください。ヨーコさん」
抱えて走った時もかなり揺れたはずだが、ヨーコさんは全く反応をしない。
顔色は青白く、まるで死んでいるようだ。
辛うじて呼吸音が生存を教えてくれた。
俺はヨーコさんの正面に座って待った。
ただ待った。
先輩か、ヨーコさんのどちらかがアレに勝ってくれる事を。
そのまま十分ほど経った時。
玄関のドアががしゃんと鳴った。
急いで立ち上がり、玄関を開ける。
内側に拠りかかっていた先輩が倒れこんできた。
「ちょ、先輩!どうしたんですか」
両腕を垂らして俺に体重を預けている。
「追っ払った・・・・・・けど、もう限界だ。病院近くにあったっけ」
よく見ると両腕に痣がたくさんある。
右手の中指・小指がおかしな方向に捩れていた。
「だ、大丈夫なんですか。どうしよう、救急車とか呼んだ方がいいですか」
先輩が思った以上に重症に見えて、焦りが噴出してくる。
俺がおたおたしている間、先輩はヨーコさんを眺めていた。
「・・・・・・起きなかったのか。そういうこともあるか。あ、痛、た。まあ、痛いのは腕だけだから、歩いて病院行くよ。今・・・・・・10時か。閉まってるだろうなあ・・・・・・」
ふらふらしながら歩いていく。
追いかけようとしたら、先輩に止められた。
「お前までいなくなったら、ヨーコが驚くだろ。起きるまで付き添うか、もう大丈夫だからベッドにでも戻してやれ」
去っていく先輩は、いつになく男らしく正統派のかっこよさだった。

□ □ □

翌日、病院の待合で先輩と会った。
先輩は両腕に包帯をぐるぐる巻いていた。
「なんか、右手の人差し指と中指、あと小指が折れてるって。人差し指は綺麗にイってたけど、中指と小指は細かくちくちく折れてて治るのもちょっとかかるかもってさ」
笑って右手を振る。
「あの、先輩。昨夜、何があったんですか。アレは結局なんなんですか」
先輩がにやりと笑う。
「解説しようか。まず、アレの正体だが・・・・・・簡単に言うと、ヨーコだ」
比較的無事な左腕でズボンのポケットを探る。
と、中から紙に包まれた丸い物を取り出した。
直径1cmくらいの玉だ。
「まあ、ビー玉なんだけど。これがあの化け物になった。おい、そうバカ面するな。本当だ。例えば、だが」
先輩は包み紙をぺりぺりと剥がす。
中身は水色の透明なビー玉。
包み紙には、どこかでみた模様が入っていた。
「これがベッドの下に転がっていくだろ。ふとした瞬間に、それがきらりと光っているのを目撃するんだ。脳みそは連想する。光る玉、眼、顔、人」
手のひらの上でビー玉を弄びながら続ける。
「そして、その想像にはっきりした形が出来る。それはベッドの下に人間ということから連想された都市伝説だ。その想像をした人間が、少し変わった奴だったら」
「そう、人より少しだけ、そういうモノに近い奴だったら。その想像は、何かにキャッチされ、実現される。そういうもんだ」
頭の中で整理する。
つまり、ビー玉を見たヨーコさんが、ベッドの下の男を想像し、それが現実になった?
「あるんですか。そんなこと。大体、それならどうやって追い払ったんです」
先輩は口の端をさらに歪める。
「実現したってことは、俺と同じ土俵にいるってことだ。想像相手じゃ勝ち目もないが、そこにいるならどうとでもなる。言っただろ、これは眼だ。あいつの。引っこ抜いてやった」
この怪我は、抵抗されたからだ。と。
ベッドの下に手を突っ込んで、得体の知れない物に指を捩じ折られながら、それでも相手の眼を抉って引っこ抜いた。
・・・・・・やっぱり、この人は尋常じゃない。
「最初はな。ヨーコの世界の中にしかいないのかと思った。あいつは、なんていうか、上位の世界を持ってる。だから、その中にいれば勝てなかった」
何のことだかよくわからないが、なんにせよ、この二人は段違いだと思った。

□ □ □

ここまでなら、やっぱり先輩達はすごい、で終わるのだが。
その後、非常にイメージの悪い話がある。
「あのな、頼みたい事があるんだ」
一通り解説を終えた先輩は、神妙な面持ちで言った。
「え、まあ出来ることなら」
今回は人の為に働いたし、まあ怪我しているから困ることもあるのだろう。
「あのな。先に言うぞ。別にいやらしい気持ちがあったわけじゃない。ただ、ちょっと、その、見えちゃったから、つい、だな」
先輩はまたポケットを探る。
まさか。
冗談だろう。
「これ、返してきてくれないか。間違って持って帰っちゃったとか言ってさ。お前ならそんなに怒られることもないだろ」
先輩が出したのは、あの部屋と同じ薄ピンクのシンプルな、それでいてかわいらしさのある・・・・・・。
女性下着(下)だった。
俺は悩んで悩んだ挙句、ここまでの怪我をして稼いだ好感度を、出来心で全部失くしてしまうのはあんまりだなあと思ってしまい、しかめっ面をしながらそれを受け取った。
返しに行った俺と受け取ったヨーコさんはお互い赤面し、それからしばらく気まずい日々を送った。

先輩と下男 終・・・じゃない。
先輩が病院に行き、ヨーコさんをベッドに戻した時の話。

□ □ □

「・・・・・・行った?」
背後から急に声を掛けられて驚いた。
ヨーコさんがぼんやりした顔で俺を見ていた。
「あ、起きてたんですか。なんか、もう大丈夫みたいなんで部屋戻ってください。俺、先輩を」
「連れてってください。力が入らなくて」
ヨーコさんはひどくぐったりしている。
俺は再びヨーコさんを抱え上げる。
「あの、嫌だったら言ってくださいね」
ヨーコさんはゆるゆると首を振る。
「本当はあの人にこうやって頼ってあげたいんだけど、あの人に近づくと、見えちゃうから。いろいろ、嫌な物が」
あ、もしかして。
「今考えてたこと、見えたりしました?」
俺は『先輩にこそこういう役得があるべきなのに』と考えていた。
今回一番頑張ったのは彼だ。
「別に。なんとなくそんなこと考えてそうだなって。実は、そんなに嫌じゃないです。ああいう風にストレートに当たられるの」
良かった。先輩は嫌われているわけではなかったのだ。
いつもそれが気にかかっていた。
そう、俺がどう思っていても、最初に好きになったのは先輩だ。
「じゃあ、嫌な物が見えなければ、先輩と付き合ってもいい・・・・・・とか」
なんとなく口にし辛かった。
それは、多分俺の中の感情に原因があるんだろう。
「まあ、前まではそうだったんですけど。今は、他に好きな人がいるんで」
ずくり、と。
心臓に突き刺さる言葉だった。
鼓動の乱れを悟られないように気をつけなければならない。
これは先輩に対する憐憫だ。
そう思い込むことにした。

□ □ □

「そうですか。まあ、そういうこともありますよね。よ、と。じゃあ俺はこれで。先輩の所に行ってきます」
ヨーコさんをベッドに下ろしても、心臓がバクバクと鳴る。
俺はヨーコさんに対して特別な感情を持っていない。
彼女は先輩の思い人で、ずっと思ってきた人で、ヨーコさんも先輩が嫌いじゃなくて。
でも、他に誰か好きな人がいて。
「勘違いしてる気がします。私が好きなのは・・・・・・」
誰だろうと聞いてはいけない。
俺は慌てて寝室の扉を閉めた。
が、扉の閉まる音と同時に聞こえてしまった。

わたしがすきなのは、あなたです。

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