『口を塞ぐ』|洒落怖名作まとめ【長編】

『口を塞ぐ』|洒落怖名作まとめ【長編】 長編

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口を塞ぐ

 

Aが大学に進学し、アパートで一人暮らしを始めて2年目の頃の話。
近々雪も降りそうな初冬の深夜、Aは部屋に電気をつけたままコンビニへ行った。
新刊雑誌を立読みし、飲み物を買って部屋に帰った途端、携帯電話が鳴り出した。
時計を見ると、午前2時半。誰かと思い着信を見ると、友人のBだった。

Bは、Aと高校で同じクラスで、お互いに本を貸し借りする仲だったが、
進学先がAの学校から遠く離れた専門学校だったこともあり、疎遠になっていた。
しかし、何故こんな時間に、久々に電話をかけてきたのか、Aは戸惑った。

とにかく、久しぶりのBとの会話ということで、Aは電話に出た。
「もしもし、Bか?なんでこんな時間に?」
「Aか、お前今どこだ!まだコンビニか!?」
いきなり、切迫した声でBが聞いてきた。

「え、いきなり何だよ、コンビニって?ひょっとしてお前このへんに居るの?」
「まだ外か?部屋に戻ってないのか?だったら絶対戻るな!」
Aは唐突なBの命令に驚いた。すでに部屋に戻っているのでそれもできない。
「いや、今もう部屋にいるけど…何、どうしたの」

「もう部屋にいるのか…頼む、俺の言うこと信じて部屋から出てくれ!」
Aが戸惑っていると、Bがさらに奇妙なことを言ってきた。
「お前の部屋の奥に本棚あるだろ。何か変わってないか?本が2冊落ちてないか?」

Bの言うとおり目を向けると、確かに2冊の本が本棚の近くに落ちている。
Aは更に混乱した。進学後は会っていないBが、何故自分の部屋の中を知っているのか。
「その落ちてる本って、○○の最新刊と、グレーの装丁のハードカバーじゃないか?」
Bの言うとおりだった。本棚の方に行かなくても一目でわかった。
「やっぱりそうか、とにかく今すぐそこから出てくれ!」
気味が悪くなったAは、コンビニに行った時の恰好のまま、電気も消さず外に出た。

近所にはコンビニ以外開いてる店がないことと、アパートから離れたいこともあり、
Aは歩きながらBと電話を続けた。
「なあB、お前、俺の部屋に来たことなんてないよな?」
「お前の家の場所も知らない。でもお前の部屋に入った。訳わからんと思うけど」
そういうとBは、さっき自分の身に起きたことを話し始めた。

Bがいつものように寝ると、突然深夜の住宅街に立っているのに気付いた。
まったく見たこともない街で、Bは驚きながらも、これは夢だと自覚できたそうだ。
すると、眼の前の建物からAが出てきたのが見えた。
BはAを久しぶりに見たことに嬉しくなり、声をかけたのが見向きもしない。
そのまま近くのコンビニへ入るAを見て、「夢だからな」とBは不思議と納得した。

Aが見えなくなると、Bは急に、Aは今どんな暮らしをしているのか気になった。
今出てきた建物に住んでるんだよな、とBはそのアパートに入ってみた。
一度も来たことのない場所なのに、BにはAの住む部屋がなんとなくわかった。
3階の、通路の奥から3つ目の部屋。Bは鍵が掛かっているはずのドアを開けた。

玄関に入ると、右に洗濯機、少し進んで左に風呂場。その奥には電気がついたままの部屋。
部屋の中心には炬燵、左の壁際にベッド、そして右の壁際には本棚。
何となくAらしい雰囲気の部屋だとBは思ったという。
Aはそれを聞きぞっとした。部屋のある階や場所、内装までまったく同じだった。

Bは本棚を見て、本を貸し借りしていたことが懐かしくなり、本を手に取ってみた。
この漫画、最新刊出てたんだな。このグレーの本は小説かな?と、本をもう1冊取った時、
急にBは強い気配を感じ、そちらを見た瞬間、本を落としてしまった。

本棚の脇の白い壁から、女の顔だけがBを見ていた。
長い髪を真ん中で分けた、額を出した整った顔立ちだったが、無表情で、
肌の色が壁紙とまったく同じ白だった。Bには一瞬仮面に見えたという。

「あなた、ここでなにをしているの」
女の顔がBに問いかけてきた。Bは突然無性に恐ろしくなった。
問いかけられた瞬間、これは夢じゃない、ここに自分が来てはいけなかったと感じた。
無感情でそっけない口ぶりだったが、Bは聞いただけで死にたくなるほど後悔した。

「あなたがここにいるのなら、わたしはあなたの―」
壁の顔が何か言うのを見て、Bは咄嗟に、女の口を両手で塞いだ。
自分でもよく分からないが、これ以上何か言わせたらやばいと直感で行動したという。
ただ、強く押さえているのに、両手に伝わる感触が壁の物か人の物かよく分からない。
女の方も、表情一つ変えずただBを見ているだけだった。

Bは必死で女の口を押さえながら、何がどうなっているのか考えた。
こいつの口を塞いでいればそのうち夢から醒めるのか。そもそもこれは本当に夢なのか。
Aの部屋に何故こんなものがいるのか。自分はこいつに引き寄せられたのではないか。
そして、もしこいつの言葉を最後まで聞いたらどうなるのか。

自分は死ぬかもしれない、そうBは半ば確信したほどだった。
この女は、さっき何を言おうとしたのか。自分の何をどうする気なのか。
このままここから出られなければ、自分は布団の上で死ぬのではないか。
ひょっとして、Aももうこいつに殺されているのではないか、と思った時、

口を押さえられたままの女の表情が一瞬変化した。微かに眉を顰めてBを軽く睨んだ。
何故表情が変わったのかBにはわからないが、その顔からは不思議と恐怖を感じなかった。
その時のBには、心外そうな、あるいは少し困ったような顔に見えたという。

何だ、とBが思った瞬間、急に誰かに襟首を掴まれたように、体が引き倒された。
押さえつけていた両手が女の顔から離れ、勢いよく仰向けに倒れて行く。
女の口が何か動いていたが、Bには何を言っているのか聞こえなかった。
床に頭を思い切り打つと思ったその瞬間に、Bは自分の布団の上で我に返った。

しばらくの間、自分がどうなったのかもBにはわからなかったが、
もし今のがただの夢じゃなかったら、と思うとAが心配になり、電話したのだという。
そして、本棚の前で自分が落とした本が確かにあることをAから聞いて、
夢じゃないと確信し、今すぐ部屋から出るように促したのだそうだ。

Bの話を最後まで聞いたAは、困惑することしかできなかった。
外に出た時、Bが自分のすぐ近くにいたのだろうか?
そして自分の部屋で奇妙な目に遭い消えた後、入れ違いに自分が戻ったということなのか?
今まで何事もなく平穏に暮らしてきたあの部屋に、本当にそんなものがいるのだろうか?

AはBに礼を言い、朝になってから部屋に戻ると約束して電話を切った。
外が明るくなり、車や人の通りが増えた頃に、Aは意を決して部屋に戻った。
中はカーテンを閉めたままで真っ暗だった。玄関、廊下の電気を点けたまま、
本棚の方に注意しながら、部屋の電気のスイッチを点けた所で、Aは気づいた。
Bに急き立てられ慌てて部屋を出たAは、電気を消さなかったはずなのだ。

結局、契約の関係もあり、2ヶ月後にAはそのアパートから引っ越した。
2か月の間、Aは本棚の上に盛り塩を置いていた。Aにはその間何事も起きなかったという。
Bには無事を知らせるつもりで何度か電話を掛けたが、相当その時の体験が堪えたらしく、
すぐに向こうから切ってしまうようになったため、再び疎遠になってしまった。
引っ越してからは、Bからの電話もなく、Aも何事もなく新居で平穏な生活を送ったという。

これが、AとBの二人が体験した奇妙な出来事の一部始終です。
私は、大学を卒業した直後のAからこの話を聞き、その後Bに電話で確認し、
二人の話した内容を一つにまとめてみました。二人とも現在は何事もなく、
Bは時間が経過したこともあり、気軽にこのことを人に話せるようになったことや、
Aはあれから何度も連絡をくれたのに申し訳ないことをしたと言っていました。

Aの部屋には本当に何かがいたのか。Bは本当にAの部屋に夢の中で行ったのか。
何かいたとしたら、何故Bは助かったのか。何故疎遠だったBが引き寄せられたのか。
今となっては何も分かりません。ただ、そのアパートは学生に人気で、あの時の部屋も、
きっと何も知らない誰かが住んでいるはずだとAは言います。

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