山にまつわる怖い話【33】全5話
訓練場
山と呼べるかわからないのですが、富士山の自衛隊の訓練場近辺で
おかしなことがありました。
20年も前で場所ははっきりわかりません。裾野側です。
父と車でワラビやゼンマイを採りに行ってました。
夜中に出たけど3時には着いてしまって、早すぎるからと車で仮眠してました。
平原の真ん中みたいなとこで、夜でも真っ暗じゃなくて
うっすら周りが見える感じで、その時は怖い感じは全然なかったです。
しばらくしてうとうとっとしてたら、少し遠くからザッザッザッって音がして、
でも風の音だろうと思ってそのまま目をつぶってて、
そしたらその音が大きくなって数も増えてきてザックザックザックって
聞こえるので、ああ誰か歩いてるんだなあって思ってやっと目を開けたら
軍人さんが行進してました。
胴体部分しか見えないけど軍服でした。
車のせいで行進の列が左右に分かれてるのか、運転席側も助手席側も
通り過ぎてました。
私は、訓練の邪魔になってるみたいだな、きっと怒られる、と思って
父を起こそうかと思ったけど、なんかやめとこうと思ってそのまままた目をつぶりました。
しばらくしたら足音は遠くなり消えてしまい、私も本当に寝てしまいました。
日が昇って父に起こされて、そのことを話したら、
実は父も気づいて見ていたとのことでした。
「このあたりも訓練に使ってるんならもう来れないね」って言ったら
父が「あの人たちサーベル持ってたなあ」と不思議そうな顔してました。
でもそのうちワラビ採りに夢中になって、そのことはなんだかんだで消化してしまいました。
夕御飯になるくらい採れて、さあ帰ろうと車に乗ってバックしてたら、
来る時は夜で見えなかったけど石碑がありました。
日露戦争の慰霊碑でした。
怖かったというよりも、見てはいけないものを見てしまった気がしました。
毒の実
ふに落ちない話。
山の中で、毒の実を食べたことがあります。
桑の実のような濃い紫色の、つるつるした実。
山の中で出会った女の子からもらった実でした。
「甘くておいしいよ」と言われて、私と従姉は
迷わず口に入れました。
一瞬、甘味を感じたと思ったのですが、そのあとから
なんともいえないびりびりと痺れる感覚が、口の中いっぱいに
拡がりました。
まともな言葉も出ずに「あうううううう…っ!」とうめきながら
口の中の実を吐き出し、慌てて従姉と共に伯母さんの家に帰りました。
つばを吐き出し、何度もうがいをしては、ふたりで30分ほどあえいだあげく
ようやく、口の痺れは薄れていきました。
「何で、知らない実を食べたりしたのっ!!」と、
母と伯母さんにこっぴどく怒られました。
「だって…」と言い訳をしようにも、
「知らない子からもらった…」なんて言おうものなら
なんだか大事になりそうだったので、だんまりを決め込みました。
結局「これからは2度と知らない実を食べないこと!」と
厳命されて、その場は落ち着きました。
その日の夜、お泊りで従姉の隣のふとんに寝ながら、
「くやしいよね~」
「ひどいよね~」
と、ボヤキとグチまくり。
でも、ふたりともあの女の子の事は言わなくてよかったと
しみじみと思っていました。
だって女の子は、あの紫の実を平気な顔でいくつも食べていたのだから…。
その後、私も従姉もすっかり大人になったけれど、
どことなくあの実に似ているので
いまだにふたりとも「ブルーベリー」が嫌いです。
山の民
先日、地元の渓流釣の解禁を受けて山奥へと岩魚を狙いに出掛けた。
一晩は山の中で過ごす積もりで、それなりの装備を持って昼から出掛け、
その日の夕方から釣り出した。
自分の秘密の場所なので他に釣り人も居らず、天子を五匹、岩魚を四匹釣って
川原の岩陰にツェルトを張って、飯を炊いて魚を焼き、
骨酒を作って飲んだりしながら過ごしていたら、
木々の間から人の話し声が聞こえてきた。
もう辺りは真っ暗だったので、「こんな時間に上ってくるなんて珍しいな」と思い
話し声がする方を見ていると、男と女がこちらに向かってくるのが見えた。
近づいてくる彼らを見ていたら、明らかに普通の人間じゃない。
男は髭だらけの顔で、目が深く落ち窪んでいる。まるで原人のような風貌だ。
女は切れ長な目のキツそうな美人だが、まだ幼さを残している。
そして、何よりも奇天烈なのが服装だ。
男は襤褸切れのような布を何枚も巻き付けているだけ。
女は薄桃色の着物なのだが、だらしなく肌蹴ている。
その場所は相当な山奥で、林道の執着点から川沿いに何キロも登ってきた所。
雪もかなり深く、この時期に入り込むのは俺のような酔狂な釣り人くらいのモノだ。
俺はあまりの異様な事態に、呆然と彼らが近づいてくるのを見ていた。
彼らは俺のいる川原の対岸に降りてくると、男の方が「今晩は。」と挨拶をしてきた。
異様な風体からは想像も付かない普通の挨拶に、
「アア、コンバンハ」とすっ呆けた声で応じてしまう俺。
彼は「寒いですなあ。火に当たらせてもらえんですか」と普通の声で言う。
俺は「ああ、どうぞ・・・。」と答え、彼らが川を渡ってくるのを呆然と見ていた。
男は女を抱き抱え、3メートルほどの川を一飛びにこちらへ渡り、俺の対面に座った。
すると、女が男から降りていきなり俺の膝に乗ってきた。
俺は驚いたが、男は何も言わないし、もういったい何が起こっているのか
理解の範疇を越え過ぎていて訳が分からず一言も発せられなかった。
彼女は俺の膝の上で火に当たりながら、俺の手を握って来た。
女は意外なほど軽く、手は冷たく、体は冷え切っていた。
黒々とした髪からは若葉のような香りがし、銀細工のような飾りが一つ有った。
男が何処から出したか竹筒の水筒を口に運び、何かを飲んでいる。
俺もまた、先程作った岩魚の骨酒を飲もうかと片手を女の手から離して茶碗を掴んだ。
酒を一気に飲み干し、中の岩魚をもう一度火にくべて焼き始めると
女の腹がぐうと鳴るのが聞こえた。
「腹が空いてるのかい?」と聞くとこくんと頷いたので、先程釣った魚の残りを焼き、
炊いておいた飯を出して盛り付け、沸かした湯で出汁入り味噌を溶いて味噌汁を作り、
女に出してやった。男が「スマンですなあ。」と言うので「あなたもどうぞ」と男にも渡す。
二人はがっつく事もなく、むしゃむしゃと飯を食っている。
その光景を見ていたら思考回路が戻ってきたので、俺は男に「貴方達は何者ですか?」
とストレートに尋ねてみた。
男は、「ワシはごろう、其れ(女)はきりょう。これから奥羽のおじきの所へ向かう所ですわ。」と答える。
「ハアぁ・・・。」俺は聞きたいのはそんな事じゃないんだが、と思ったが言えなかった。
飯も食い終わり、しばらくすると女は軽い寝息を立てて寝入ってしまった。
男も雪の上にゴロンと横になり、また竹水筒を口に運んでいる。
俺もかなり酒を飲んで眠くなってきたので、
マットの上で女を抱いたままシュラフに潜り込んで寝てしまった。
翌朝、寒さで目が覚めると俺は一人でツェルトの中でシュラフに包っていた。
ハッと飛び起きジッパーを空け外を見ると誰もいない。
「なんだ、夢だったのか・・・?」と思いつつツェルトから這い出したら、
昨夜座っていたマットの上に銀細工の髪飾りと竹水筒が二つ置いてある。
髪飾りを手に取り「夢じゃなかったのか・・・?」と思いつつ竹水筒を開け、
一口含んでみると、爽やかな笹の香りのする酒だった。
山の主との契
知り合いの話。
彼の先祖に、羽振りの良い男衆がいたのだという。
猟師でもないのに、どうやってか大きな猪を獲って帰る。
ろくに植物の名前も知らぬくせに、山菜を好きなだけ手に入れてくる。
沢に入れば手の中に鮎が飛び込んでき、火の番もできぬのに上質の炭を持ち帰る。
田の手入れをせずとも雀も蝗も寄りつかず、秋には一番の収穫高だ。
彼の一人娘が町の名士に嫁入りする時も、彼はどこからか立派な嫁入り道具一式を
手に入れてきた。
手ぶらで山に入ったのに、下りてくる時には豪華な土産を手にしていたそうだ。
さすがに不思議に思った娘が尋ねると「山の主さまにもらったのだ」と答えた。
その昔、彼は山の主と契約を交わしたのだという。
主は彼に望む物を与え、その代わり彼は死後、主に仕えることにしたのだと。
何十年か後、娘は父に呼び戻された。
彼は既に老齢で床に伏せていたが、裏山の岩を割るよう、主に命じられたという。
娘は自分の息子たちを連れ、裏山に登った。
彼の言っていた岩はすぐに見つかり、息子が棍棒で叩いてみた。
岩は軽く崩れ割れ、その中から墓石と、白木の棺桶の入った大穴が現れた。
誰がやったのか、彼女の父の名がすでに刻まれていた。
話を聞いた彼は無表情に呟いたそうだ。
埋められる所まで用意してくれるとは思わなんだわ。
それからすぐに彼は亡くなり、まさにその墓に埋葬されたのだという。
この話には後日談がある。
数年後、娘の夢枕に父親が立ったのだという。
老いた姿ではなく、若々しい男衆のままの姿形であった。
彼はなぜかまったく余裕のない表情をしていた。
彼女が懐かしさのあまり声をかけようとすると、彼は怖い顔でそれを止めた。
そして一言だけ発して、消えたのだという。
お前たちは、絶対に主と契っちゃならねえ。
翌朝目を覚ましてからも、彼女はその夢を強く憶えていた。
一体父は死んだ後、主の元でどんな仕事手伝いをしているのだろう?
その時、隣で寝ていた夫が起き上がり彼女に話しかけた。
夫の夢にも、養父が現れ何かを告げたのだそうだ。
しばらくして彼女の夫はその山を買い取り、全面入山禁止にした。
しかし、その理由は妻を含め、誰にも教えなかったという。
白蛇
そういえば俺白ヘビを殺した事がある。
確か小学校1年生の時、友人と二人で近くの浅い川を
山に向かってザブザブ上ったんだ。探検だって。
ずいぶん上って、日が暮れてきた頃
5メートル程離れた対岸に白いヘビが
こっちを向いて居る事に気が付いた。
友人がすかさず空ビンを投げつけ、見事命中。
その時、上から怒声が。
「なんて事すんだ!呪われっぞ!」
白ヘビは痙攣していたが、やがて動かなくなった。
その後の事は覚えていない。
俺たちがどうやって家に帰ったのか。
13年も前の話なので覚えていないだけなのかもしれない。
ただ、その後異変が起こった。
二人とも白いヘビに巻きつかれる夢を数日に渡って見た。
虫を育てるのが大好きだった友人の家では、
昆虫が全て死に、友人は見るからに髪が薄くなった。
さすがにおかしいと思った友人の親が訳を聞き、
お祓いをしてもらって落ち着いた。
その友人とは今でも付き合いがあるが、気にかかる事がある。
顔がヘビにそっくりなのだ。
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