『大晦の宴』藍物語シリーズ【6】◆iF1EyBLnoU 全40話まとめ – 怖い話・不思議な話

『大晦の宴』藍物語シリーズ【6】◆iF1EyBLnoU 全40話まとめ - 怖い話・不思議な話 シリーズ物

 

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藍物語シリーズ【6】

 

藍物語シリーズ【全40話一覧】

 

 

『大晦の宴』

 

 

廃村の中に御陰神さまの御寝所、新しいお社が完成した。
一連の祭礼も滞りなく進み、御遷座の祭礼の日。依り代になった縁から、
御陰神さまのお社に関わる全ての祭礼は姫が指揮を執っていた。
時々、戸惑っている様子も見られたが、全体としては手際良く祭礼を進めている。
祭礼の期間中、翠を抱きながら姫を見守っていたSさんは、満足そうに言った。
「うん、一人前。Lも、もう大人ね。」 それから俺を見て、悪戯っぽく笑う。
「あの凛々しい姿。惚れ直したでしょ?」
「はい、それはもう。結い上げた髪も、首筋の線も、非の打ち所がありませんね。」
「...何だか見るべき所がずれてるような気がするけど。
もう、そろそろ『良い』んじゃないの?あなた達。相談なら、いつでもOKよ。」
「何もこんな所でそんな話を。第一、それはLさんの意志が最優先ですから。」
「ふうん、私、Lは『待ってる』と思うけど。」
「だ・か・ら、今その話は無しで。罰が当たったらどうするんです。」
「悪い事する訳でもないのに、罰が当たる筈ないでしょ。ね~。」
Sさんは翠の頬を指先で触った後、頬ずりをした。

 

初めてこの廃村に来た時、森は深い緑に包まれていた。
そして今、森を様々な色に染め上げた紅葉が、秋の深まりを知らせている。
俺がお屋敷で暮らし始めて3度目の冬が、静かに近付いて来ていた。

2つの新しいお社、俺はその管理を『上』から委託されている。
お社やその周辺の掃除、Sさんや姫の指導を受けながらの定期的な祭礼。
俺も一族の末席に名を連ねる事になり、日々の仕事と修行に精を出していた。
そして、冷え込んだ日には時折雪がちらつくようになった12月中旬のある日。
Sさんと翠が姫の部屋で寝た晩、俺は1人自分の部屋で寝ていた。
(姫の部屋のベッドは3人で満員、当然俺がはじき出される。これは結構寂しい。)
不思議な、夢を見た。

 

「久し振りだね。」 あの川で会った初老の男性、川の神様だ。
「はい、お久し振りです。その節は私たちを助けて頂き、何とお礼を申し上げて良いか。」
「いや、御陰神さまをお諫めするのは私の役目。礼には及ばない。
むしろ、社を日々しっかり管理して貰い、こちらこそ感謝している。今後とも宜しく。」
「はい、心を込めて務めさせて頂きます。」 男性は満足そうに眼を細めた。
「ときに、君の使っていた釣り道具だが。」
「はい。」 俺の釣り道具?あの時のフライフイッシングに使っていた?
「あれは海、というか河口の釣り場でも使えるのかね?」
「使えることは使えますが、あの仕掛けで海の魚は心許ないです。」
「そうか、海の魚、例えば鱸を釣るのに良い道具はないかな。」
「スズキでしたらフライよりもルアー、疑似餌を使う方が良いと思います。」
「ルアー...では2種類の釣り道具をそれぞれ一式ずつ社に納めて貰いたい。
それと、酒。これは洋酒では無く日本酒を。」
「釣りを、なさるのですか?」
「うん、年末に旧友の招待を受けているのだが、
会うのは本当に久し振りなので、何か土産話をと思ってね。」

 

朝食の後のお茶の時間、その夢の話をするとSさんは微笑んだ。
「きちんとしたお社が出来たから、『外出』を御考えになっても不思議じゃ無い。
相応しい御品を納めて差し上げなさいな。絵馬みたいに、拝殿の壁に飾って。」
翌日、俺は街の釣具屋に出掛け、フライとルアーの釣り具一式を買い揃えた。
俺のお気に入りのルアーと、プロが丁寧に巻き上げた美しいフライも買った。
日本酒は、大学の教授に教えてもらった銘柄。『ま○ろし』、相応しい名前だ。
拝殿の壁にディスプレイした釣り具を、姫は、『綺麗ですね』と言ってくれたので
まあ間違いない選択だったのだろう。しかし、最初に奉納されたのが
絵馬とかでなく、釣り具?釣り好きの店主がやってる喫茶店や床屋じゃあるまいし
本当に、これで良いのか?

 

いよいよ大晦日。天気が良いので、気温の割に暖かく感じる。
御陰神さまのお社の掃除を済ませ、川の神様のお社に向かった。
Sさんは車の中で翠と一緒に待っていて、俺と姫が掃除をする。
姫は本殿の周辺、俺は拝殿と参道の周辺、手分けをして作業を進めた。
いよいよ参道の掃除が終わるという時、拝殿の前に人影が見えた。
Sさんが様子を見に来たのだろうか?と思ったが、違った。
「やあ、釣り具を納めてくれてありがとう。美しい釣り具だ、気に入ったよ。」
...川の神様だ。俺が納めた釣り具と日本酒を持っておられる。
「気に入って頂けて何よりです。」
「うん、それで、今日は折り入って頼みがある。」
「何でしょう?」
「この釣り具を試してみたのだが、どうも上手くいかなくてね。
ここは『餅は餅屋』で。実演は、やっぱり君に、任せようと思う。」
「何処で、実演をするんですか?」
「旧友の所だよ。招待してくれてる旧友の社の前に河口があるんだ。」
神様の旧友って、やっぱり神様ですよね。旧友の社って仰ったし。
「そこで釣りをしたら夢中になって帰れなくなるってことは?」
「大丈夫、細君との約束は守る。第一、君を帰さなかったら
社の管理をする人がいなくなるだろう。そうなれば困るのは私だ。
それに君たちの時間ではほんの一瞬、何の問題も無い。」
神様相手に断るという選択肢があるのかどうか。
例えあったとしても、実際に断る勇気が俺には無かった。
「では、行こう。」 川の神様が俺に釣り具を手渡し、背を向けて歩き出した。
慌てて後を追う。鳥居をくぐった瞬間、目眩がして思わず眼を閉じた。

 

眼を開けると、俺は大きなお社の参道に立っていた。
参道の脇には大きな花茣蓙が敷かれ、沢山の男達が車座になって酒盛りをしている。
川の神様が人々に近付いていく。俺も後に続く。
「△木野の主、招待、感謝する。」
「おお、○瀬の主。来てくれたか、随分久し振りだ。まあ、飲め。
おや、その美丈夫は?」
「我が社の祭主だ。釣りの技に秀いでているので、座興にと思い連れて来た。」
俺も慌てて頭を下げる。「Rと申します。お見知りおきを。」
「ほう、釣りの技に。面白い、明るい内に早速見せてもらおう。
皆の者、○瀬の主が釣りの上手を連れてきたとの事。河へ参るぞ!」
あの、あんまりハードル上げないで下さい。俺、一応人間なんで。
男達は立ち上がってぞろぞろと歩き出し、お社の前に流れる河に向かった。
後から酒と肴を捧げ持って、従者らしき人たちも続く。
河幅は広く、数百m下流はもう海。ここが、その、河口の釣り場か。
「疑似餌の釣りは見たことがある。毛針の釣りを見せてくれ。」
「はい。」

 

『実演』なら、見栄えが全てだ。ティペットに極彩色のストリーマーを結ぶ。
小魚を模したフライなので大きく、ピンクと青の羽毛に銀色のフラッシュが美しい。
男達は杯を傾けながら興味津々で俺を見ている。
「あれも毛針か?」 「何やらきらきら光って、バケに似てるな。」
ゆったりと、竿を前後に振りながらラインを繰り出していく。
男達が黙る。しん、とした静けさ。
ラインが充分に出たところでキャスト、『おお!』というざわめき。
4回目のキャスト、フライを川縁に沿って流すとアタリがきた。
アワセをくれ、リールを巻いて魚を寄せる。40cm程の小さなスズキ。
あくまで『実演』だ。それに今日はナイフを持っていない。
フライを外し、可愛いスズキを河へ戻した。
俺は振り向いて片膝をつき、観客に向けて頭を下げた。「お粗末様です。」
湧き上がる拍手の中、男達の中から1人の男が歩み出た。拍手が止む。
「神職のくせに西洋かぶれとは情けない。皆様方、釣りは道具ではなく、腕、ですぞ。」

 

身長180cmを優に超える偉丈夫だ。右手に竹竿を持っている。
立ち姿が、堂に入っていた。これは、相当な腕の持ち主だ。
川の神様がにっこりと笑う。
「やはり出てきたか、住吉○の主。見ての通り、この者は中々腕も立つぞ。」
「では是非、勝負を。宜しいですかな?△木野の主。」
「面白い。益々宴が盛り上がる。異存ないな、○瀬の主?」
「もちろんだ。R、頼むぞ。」
ちょっと待って下さい、余興で『実演』、のはずですよね?
「勝負となれば、どうか使い慣れた疑似餌を使わせて頂きたく。」
「構わん。仕掛けは任せる。」 △木野の主様は上機嫌で杯の酒を飲み干した。
ルアーの竿を継ぎながら川の神様にそっと尋ねる。
「負けたら帰れないって事には、ならないですよね?」
「案ずるな。勝負事は酒の肴に最適。勝っても負けても問題ない。」

「太陽があの山に沈むまでに釣り上げた魚で、勝負を決める。両名、それで良いな?」
△木野の主様の御声が響いた。 「は。」 並んで頭を下げながら相手の釣り具を観察する。
2m半程の竹竿。太い、おそらくは麻の釣り糸。釣り針は貝殻か鹿の角の削りだし?
リールがないから遠投は出来ない。川縁近くを狙う釣り、か。
「では、始め!」
男達がやんやと騒ぎながら杯を傾ける。すっかり出来上がった方々も多い。
案の定、相手は川縁近くに仕掛けを投げ込んだ。
川縁だけでは大物を期待できない。手返しの早さ、『魚の数』で勝負する気だろう。
すぐに60cm位のスズキを釣り上げた。男達から歓声が上がる。
俺はゆっくりと川縁を歩き、慎重にポイントを探した。
何処かに澪筋、深みがあるはず。大物は、多分其処に居る。
俺には初めての釣り場、この釣り場を知っている相手に対抗するなら
相手の仕掛けの届かないポイントで大物を狙う他に勝算は無い。
『住吉○の主』と呼ばれた相手は既に数尾を釣り上げている。
大柄な体に似合わず、身軽に岩場を飛び回り、次々と新しいポイントを探っているようだ。
太陽は既に低く、山の稜線に近付いている。期限まで、おそらくあと20分余り。
突然、俺の目の前で数尾の小魚が跳ねた。眼を凝らす。
十数m先で水の色が変わっている。深い、澪筋だ。

 

跳ねた魚は小さなボラだった。リーダーにミノー(小魚型のルアー)を結ぶ。
空を見た、小さな雲が太陽に向かって流れて行く。よし、あの雲を待とう。
「どうした客人、もう時が無いぞ。」 誰かが叫ぶ。
俺は振り向き、胸に左手を当てて大袈裟に最敬礼をした。男達がざわめく。
一か八かの大芝居だ。まあ、酒宴での余興だし、派手な所作ほど受けるだろう。
雲が太陽を隠した、辺りが薄暗くなる。好機。
ルアーをキャストし、澪筋に添って泳がせた。
澪筋から川縁へのかけ上がり、ふっ、と巻きが軽くなる。
掛からなかったが、この反応。やはり、何かいる。
焦る心を抑え、ゆっくりと数えて間を取る。
...98、99、100。よし、もう一度キャスト。リールを巻く。
同じ場所でガクン!と強烈なアタリ、思い切りアワセをくれる。
竿が満月にしなり、ドラグが効いてラインが出ていく。男達の歓声。
しっかり、リーダーシステムを組んである。スズキなら多分、大丈夫だ。
「ほう、ああやって竿をあおり魚を寄せるのか。」 「確か、ポンピング、とか。」
男達が好き勝手に話しながら俺を見ている。
数分のやりとりの後、魚が水面に浮いた。デカい、メーター級の大スズキだ。
リーダーを掴み、スズキを抜き上げる。男達の大歓声。

 

「数と総重量では住吉○の主、大物では客人。見事な勝負だった。
私の独断で、この勝負引き分けとする。皆の者、それで良いな?」
男達が代わる代わる俺の肩を叩き、祝福の声を掛けてくれる。
「確かに、見事な技だった。」 太い腕で肩を抱かれた。住吉○の主様だ。
「いや、こちらこそ素晴らしい釣りを見せて頂きました。」
「ルアーでの釣り、今度私も試してみるとしよう。」
男達はお社の参道の脇に戻って酒盛りを再開するようだ。辺りは既に薄暗い。
松明の明かりの中、川の神様が俺に向かって手招きをする。
「期待に違わぬ働き、私も鼻が高い。これを。」
なみなみと酒を注いだ杯。
「これを飲むと帰れない、とか、ありませんか?」
「もう信用してくれても良いんじゃないか?ほら、ご覧。君が納めてくれた酒だ。
ここのものではないから飲んでも大丈夫。ただ、ここの料理を食べるとまずい事になる。
料理を勧められる前に、これを飲んで早く帰り給え。」

 

緊張していたので喉がカラカラだ。杯を受け取り、一気に飲み干す。く~っ。美味い。
「それでは失礼いたします。」 「ご苦労だった。」
「おや、客人はもうお帰りかな?そろそろ料理の準備も整うが。
鱸は美味いぞ。焼いても刺身でも。」 △木野の主様だ。
「明日の祀りに障りがあると困るので、先に帰らせる。」 川の神様が微笑む。
「うむ、それにしても見事な釣りの腕、眼福であった。
ところで客人は神職なのに、帯剣していないようだが。」
「未だ半人前にて。」
「ふむ。では、これを。今日の褒美だ。」
△木野の主様が腰の短剣を取って俺に差し出した。
「それはあまりに恐れ多く。」俺は頭を下げた。
「R、断るのはむしろ失礼。頂きなさい。」
「は。」 俺は膝をついて短剣を押し戴いた。
「今日は楽しかったぞ。」
△木野の主様の笑顔は、何処か俺の父に似ていた。

 

「Rさん、Rさん。どうしたんです。」
姫の声だ。あれ?俺はさっきまで...。
俺は川の神様のお社、参道に立っていた。夢、か?
「Rさん、それは?」
俺が持っていた筈の竹箒が足下に落ちている。
俺の両手は、長さ40cmほどの短剣を握っていた。
「これ、本当に?」 短剣を持ち替えて、柄を右手で握った。
「駄目です!」 姫が慌てて俺の手を押さえる。
「え?」
「その剣を、理由無く抜いてはいけません。『収まり』がつきませんから。」
「抜いてはいけない?」
「はい、一体何処でその剣を?川の神様から頂いたのですか?」

 

「その神様が仰った通り、お社の管理をする時に帯剣すれば良いのよ。」
夕食後のコーヒーを飲みながらSさんが言った。
「『上』に報告する必要はありませんか?」
「勾玉と同じです。神様が持ち主を指定なされたのですから、
この剣をRさん以外の人が持てば障りが有ります。それも『祟り』級の障りが。」
「それにしても。」 Sさんは苦笑した。
「おとうしゃん、まぶちいでしゅね~。」 姫が翠を抱きしめる。

元旦の朝を、俺は1人、自分の部屋で迎えることになった。無理も無い。
俺の全身を覆う夥しい『光塵』は、夜明け近くまで煌々と光り続け
俺の部屋を明るく照らした。その夜、俺は一睡も出来なかった。

 

『大晦の宴』 完
藍物語シリーズ【全40話一覧】

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