『降霊実験』『壷』『師事』など全10話|【短編 師匠シリーズ】洒落怖名作

『住職への相談』『祖父の家』など全5話|【短編】本当にあった怖い話 師匠シリーズ

主人公が出会ったオカルト道の「師匠」を中心に、様々な怪事件を描くシリーズです。ここでは『降霊実験』『壷』『そうめんの話』『鍵』『師事』の10話を収録しています。個性的で魅力あふれる登場人物達や単に怖い話だけに留まらないクオリティーの高い物語などが受けて人気のシリーズとなっています。

 

 

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降霊実験

大学一年目のGWごろから僕はあるネット上のフォーラムによく顔を出していた。
地元のオカルト好きが集まる所で、深夜でも常に人がいて結構盛況だった。
梅雨も半ばというころにそこで「降霊実験」をしようという話が持ち上がった。
常連の人たちはもう何度かやっているそうで、オフでの交流もあるらしかった。
オカルトにはまりつつあった僕はなんとか仲間に入りたくて
「入れて入れて。いつでもフリー。超ひま」とアピールしまくってokがでた。

中心になっていたkokoさんという女性が彼女曰く霊媒体質なのだそうで、
彼女が仲間を集めて降霊オフをよくやっていたそうである。

日にちが決まったが、都合がつく人が少なくて
koko みかっち 京介 僕
というメンバーになった。
人数は少ないが3人とも常連だったので、「いいっしょー?」
もちろん異存はなかったが、僕は新入りのくせにある人を連れて行きたくてうずうず
していた。
それは僕のサークルの先輩で僕のオカルト道の師匠であり、霊媒体質でこそないが
いわゆる「見える」人だった。
この人の凄さに心酔しつつあった僕はオフのメンバーに自慢したかったのだ。
しかし師匠に行こうと口説いても頑として首を縦に振らない。
めんどくさい。ばかばかしい。子守りなんぞできん。
僕はなんとか説得しようと詳しい説明をしていたら、kokoさんの名前を出した所で
師匠の態度が変わった。

「やめとけ」というのである。
なぜですか、と驚くと「怖い目にあうぞ」
口振りからすると知っている人のようだったが、こっちは怖い目にあいたくて参加する
のである。
「まあ、とにかく俺は行かん。何が起きてもしらんが、行きたきゃ行け」
師匠はそれ以上なにも教えてくれなかったが、師匠のお墨付きという、思わぬ所から
のオフの楽しみが出てきた。

当日市内のファミレスで待ち合わせをした。
そこで夕食を食べながらオカルト談義に花を咲かせ、いい時間になったら会場である
kokoさんのマンションに移動という段取りだった。
kokoさんは綺麗な人だったが、抑揚のないしゃべり方といい気味の悪い印象をうけた。
みかっちさんはよく喋る女性で、kokoさんは時々それに相槌をこっくり打つという感じだ。
驚いたことに2人とも僕の大学の先輩だった。
「キョースケはバイトあるから、あとで直接ウチにくるよ」とkokoさんがいった。
僕はなんとなく恋人どうしなのかなあ、と思った。
そして夜の11時を回るころみかっちさんの車で3人でマンションに向かった。

京介さんからさらに遅れるという連絡が入り、もう始めようということになった。
僕は俄然ドキドキしはじめた。
kokoさんはマンションの一室を完全に目張りし、一切の光が入らないようにしていた。
こっくりさんなら何度もやったけれど、こんな本格的なものははじめてだ。
交霊実験ともいうが、降霊実験とはつまり霊を人体に降ろすのである。
真っ暗な部屋にはいると、ポッと蝋燭の火が灯った。
「では始めます」
kokoさんの表情から一切の感情らしきものが消えた。

「今日は初めての人がいるので説明しておきますが、これから何が起こっても決して
騒がず、心を平静に保ってください。心の乱れは必ず良くない結果を招きます」
kokoさんは淡々と喋った。みかっちさんも押し黙っている。
僕は内心の不安を隠そうと、こっくりさんのノリで
「窓は開けなくてもいいんですか?」と言ってみた。
kokoさんは能面のような顔で僕を睨むと囁いた。
「窓は霊体にとって結界ではありません。通りぬけることを妨げることはないのです。
しかしこれから行なうことは私の体を檻にすること。うまく閉じこめられればいいの
ですが、万が一・・・・」
そこで口をつぐんだ。僕はやりかえされたわけだ。
逃げ出したくなるくらい心臓が鳴り出した。
しかしもう後戻りはできない。
降霊実験が始まった。

僕は言われるままに目を閉じた。
蝋燭の火が赤くぼんやりと瞼にうつっている。
どこからともなくkokoさんの声が聞こえる。
「・・・ここはあなたの部屋です。見覚えのある天井。窓の外の景色。
・・・さあ起き上がってみてください。伸びをして、立つ。
・・・すると視界が高くなりました。あたりを見まわします。
・・・扉が目に入りました。あなたは部屋の外に出ようとしています」
これは。
あれではないだろうか。目をつぶって頭の中で自分の家を巡るという。
そしてその途中でもしも・・・という心理ゲームだ。
始める直前にkokoさんがいった言葉が頭をかすめた。
『普通は霊媒に降りた後、残りの人が質問をするという形式です。
しかし私のやりかたでは、あなた方にも<直接>会ってもらいます』

僕は事態を飲みこめた。恐怖心は最高潮だったが、こんな機会はめったにない。
鎮まれ心臓。鎮まれ心臓。
僕はイメージの中へ没頭していった。

く。
という変な声がしてkokoさんが体を震わせる気配があった。
「手を繋いでください。輪に」
目を閉じたまま手探りで僕らは手を繋いだ。
フッという音とともに蝋燭の火照りが瞼から消え、完全な暗闇が降りてきた。
かすかな声がする。
「・・・あなたは部屋をでます。廊下でしょうか。キッチンでしょうか。
いつもと変わりない、見なれた光景です。あなたは十分見まわしたあと、
次の扉を探します・・・」
僕はイメージのなかで下宿ではなく、実家の自室にいた。
すべてがリアルに思い描ける。
廊下を進み、両親の寝室を開けた。
窓から光が射し込んでいる。畳に照り返して僕は目を細める。
僕は階段を降り始めた。キシキシ軋む音。手すりの感触。
すぐ左手に襖がある。客間だ。いつも雨戸を降ろし、昼間でも暗い。
僕は子供の頃ここが苦手だった。
かすかな声がする。
「・・・あなたは歩きながら探します。
・・・いつもと違うところはないか。
・・・いつもと違うところはないか」
いつもと違うところはないか。僕は客間の電気をつけた。
真ん中の畳の上に切り取られた手首がおちていた。

僕は息を飲んだ。
人間の右手首。切り口から血が滴って畳を黒く染めていた。
この部屋にいてはいけない。
僕は踵を返して部屋を飛び出した。
廊下を突っ切り、1階の居間に飛びこんだ。
ダイニングのテーブルの上に足首がころがっていた。
僕はあとずさる。
まずい。失敗だ。この霊は、やばい。
もう限界だ。僕は目を明けようとした。
開かなかった。僕は叫んだ。
「出してくれ!」
だがその声は誰もいない居間に響くだけだった。
僕は走った。家の勝手口に僕の靴があった。
履く余裕もなく、ドアをひねる。だが押そうが引こうが開かない。
「出してくれ!」
ドアを両手で激しく叩いた。
どこからともなくかすかな声がする。
しかしそれはもう聞き取れない。
僕は玄関の方へ走った。途中で何かにつまずいて転んだ。
痛い。痛い。本当に痛い。
つまづいたものをよく見ると、両手足のない人間の胴体だった。

玄関の扉の郵便受けがカタンと開いた。
何かが隙間からでてこようとしていた。
僕はここで死ぬ。そんな予感がした。
そのときチャイムの音が鳴った。

ピンポンピンポンピンポンピンポン
続いてガチャっという音とともに明るい声が聞こえた。
「おーっす! やってるか~」
気がつくと僕は目を開いていた。
暗闇だ。だが、間違いなくここはkokoさんのマンションだ。
「おおい。ここか」
部屋のドアが開き、蛍光灯の眩しい光が射し込んできた。
kokoさんと、みかっちさんの顔も見えた。
「おっと邪魔したか~? スマン、スマン」
助かった。安堵感で手が震えた。
光を背に扉の向こうにいる人が女神に見えた。
その時kokoさんが、邪魔したわと小さく呟いたのが聞こえた。
僕は慌ててkokoさんから手を離した。
僕は全身に嫌な汗をかいていた。

僕は後日、師匠の家で事の顛末を大いに語った。
しかしこの恐ろしい話を師匠はくすくす笑うのだ。
「そいつは見事にひっかかったな」
「なにがですか」僕はふくれた。
「それは催眠術さ」
「は?」
「その心理ゲームは本来そんな風に喋りつづけてイメージを誘導する
ことはない。いつもと違うところはないか。なんてな」
僕は納得がいかなかった。
しかし師匠は断言するのだ。
「タネをあかすと、俺が頼んだんだ。お前が最近調子に乗ってるんでな。
ちょっと脅かしてやれって」
「やっぱり知りあいだったんですか」
僕はゲンナリして臍のあたりから力が抜けた。
「しかしハンドルネーム『京介』で女の人だったとは。僕はてっきりkokoさん
の彼氏かと思いましたよ」
このつぶやきにも師匠は笑い出した。
「そりゃそうだ。kokoは俺の彼女だからな」

翌日サークルBOXに顔を出すと、師匠とkokoさんがいた。
「このあいだはごめんね。やりすぎた」
頭を下げるkokoさんの横で師匠はニヤニヤしていた。
「こいつ幽霊だからな。同じサークルでも初対面だったわけだ」
kokoさんは昼の陽の下にでてきても青白い顔をしていた。
「ま、お前も霊媒だの下らんこといって人をだますなよ。
俺が催眠術の触りを教えたのはそんなことのためじゃない」
kokoさんはへいへいと横柄に返事をして僕に向き直った。
「芳野 歩く といいます。よろしくね、後輩」
それ以来僕はこの人が苦手になった。

その後で師匠はこんなことをいった。
「しかし、手首だの胴体だのを見たってのはおかしいな。
いつもと違うところはないか、と言われてお前はそれを見たわけだ。
お前の中の幽霊のイメージはそれか?」
もちろんそんなことはない。
「なら、いずれそれを見るかもな」
「どういうことですか」
「ま、おいおい分るさ」
師匠は意味深に笑った。

これは俺の体験の中でもっとも恐ろしかった話だ。

大学1年の秋頃、俺のオカルト道の師匠はスランプに陥っていた。
やる気がないというか、勘が冴えないというか。
俺が「心霊スポットでも連れて行ってくださいよ~」
と言っても上の空で、たまにポケットから1円玉を4枚ほど出したかとおもうと
手の甲の上で振って、
「駄目。ケが悪い」
とかぶつぶつ言っては寝転がる始末だった。

それがある時急に「手相を見せろ」と手を掴んできた。
「こりゃ悪い。悪すぎて僕にはわかんない。気になるよね? ね?」
勝手なことを言えるものだ。
「じゃ、行こう行こう」
無理やりだったが師匠のやる気が出るのは嬉しかった。

どこに行くとは言ってくれなかったが、俺は師匠に付いて電車に乗った。
ついたのは隣の県の中核都市の駅だった。
駅を出て、駅前のアーケード街をずんずん歩いて行った。

商店街の一画に『手相』という手書きの紙を台の上に乗せて座っているおじ
さんがいた。
師匠は親しげに話しかけ、「僕の親戚」だという。
宗芳と名乗った手相見師は「あれを見に来たな」というと不機嫌そうな顔を
していた。
宗芳さんは地元では名の売れた人で、浅野八郎の系列ということだった。
俺はよくわからないままとりあえず手相を見てもらったが、女難の相が出てる
こと以外は特に悪いことも言われなかった。
金星環という人差し指と中指の間から小指まで伸びる半円が強く出ている
といわれたのが嬉しかった。芸術家の相だそうな。
先輩は見てもらわないんですか?と言うと、宗芳さんは師匠を睨んで
「見んでもわかる。死相がでとる」
師匠はへへへと笑うだけだった。

夜の店じまいまできっかり待たされて、宗芳さんの家に連れて行ってもらった。
大きな日本家屋だった。
手相見師は道楽らしかった。

晩御飯のご相伴にあずかり、泊まって行けというので俺は風呂を借りた。
風呂からでると、師匠がやってきて「一緒に来い」という。
敷地の裏手にあった土蔵に向うと、宗芳さんが待っていた。
「確かにお前には見る権利があるが、感心せんな」
師匠は硬いことを言うなよ、と土蔵の中へ入って行った。
土蔵の奥に下へ続く梯子のような階段があり、俺たちはそれを降りた。
今回の師匠の目的らしい。
俺はドキドキした。
師匠の目が輝いているからだ。
こういう時はヤバイものに必ず出会う。

思ったより長く、まるまる地下二階くらいまで降りた先には、畳敷きの地下室
があった。
黄色いランプ灯が天井に掛かっている。
六畳ぐらいの広さに壁は土が剥き出しで、畳もすぐ下は土のようだった。
もともとは自家製の防空壕だったと、あとで教わった。

部屋の隅に異様なものがあった。
それは巨大な壷だった。
俺の胸ほどの高さに、抱えきれない横幅。
しかも見なれた磁器や陶器でなく、縄目がついた素焼きの壷だ。
「これって、縄文土器じゃないんスか?」
宗芳さんが首を振った。
「いや、弥生式だな。穀物を貯蔵するための器だ」
そんなものがなんでここにあるんだ? と当然思った。
師匠は壷に近づくとまじまじと眺めはじめた。
「これはあれの祖父がな、戦時中のどさくさでくすねてきたものだ」
宗芳さんは俺でも知っている遺跡の名前をあげた。
その時、師匠が口を開いた。
「これが穀物を貯蔵してたって?」
笑ってるようだ。
黄色い灯りの下でさえ、壷は生気がないような暗い色をしていた。
宗芳さんが唸った。
「あれの祖父はな、この壷は人骨を納めていたという」

「見えると言うんだ。壷の口から覗くと、死者の顔が」
俺は震えた。
秋とはいえ、まだ初秋だ。肌寒さには遠いはずが、寒気に襲われた。
「ときに壷から死者が這い上がって来るという。死者は部屋に満ち、
土蔵に満ち、外から閂をかけると町中に響く声で泣くのだという」
俺は頭を殴られたような衝撃を受けた。
くらくらする。頭の中を蝿の群れが飛び回っているようだ。
鼻をつく饐えた匂いが漂い始めた。
まずい。この壷はまずい。
霊体験はこれでもかなりしてきた。
その経験がいう。
師匠は壷の口を覗き込んでいた。
「来たよ。這いあがって来てる。這いあがれ。這いあがれ」
目が爛々と輝いている。
耳鳴りだ。蝿の群れのような。
今までにないほどの凄まじい耳鳴りがしている。

バチンと音がして灯りが消えた。
消える瞬間に青白い燐が壷から立つのが確かに見えた。
「いかん、外に出るぞ」宗芳さんが慌てて言った。
「見ろよ! こいつらは2千年立ってもまだこの中にいるんだよ!」
宗芳さんは喚く師匠を抱えた。
「こいつら人を食ってやがったんだ! これが僕らの原罪だ!」
俺は腰が抜けたようだった。
「ここに来い。僕の弟子なら見ろ。覗き込め。この闇を見ろ。
此岸の闇は底無しだ。あの世なんて救いはないのさ。
食人の、共食いの業だ! 僕はこれを見るたびに確信する!
人間はその本質から生きる資格のないクソだと!」

俺はめったやたらに梯子を上り、逃げた。
宗芳さんは師匠を引っ張り出し、土蔵を締めると今日はもう寝て明日帰れと言った。
その夜、一晩中強い風が吹き俺は耳を塞いで眠った。
その事件のあと、師匠は元気を、やる気を取り戻したが俺は複雑な気持ちになった。

 

そうめんの話

これは怪談じゃないが話しておかなくてならない。

僕のオカルト道の師匠が、急にサークルに顔を出さなくなった。
師匠の同期の先輩がいうには大学にも来てないとのこと。

心配になって僕は師匠の家に直接いってみた。
すると案の定鍵が開いていたのでノックして乗り込むと
ゲッソリした師匠が布団に寝ている。

話を聞いてみると
「食欲が無くてもう1週間そうめんしか食べてない」
そりゃやつれるわ。と思い
僕が「何か食うもんないんですか? 死にますよ」
といって部屋をあさったが何も出てこない。

「夏バテですか?」
と聞いたが答えない。何も答えてくれないので
もう知らんわい、と僕は薄情にも家を出た。
僕は師匠を恐れてはいたが、妙に彼は子供っぽいところが
あり、ある面僕はナメていた。その頃にはため口もきいたし。

二日後にまた行くと、同じ格好で寝ている。
部屋から一歩も出ずに1日中ゴロゴロしているそうだ。
「そうめんばっかりじゃもちませんよ」
と僕がいうと師匠は急に うっぷ と胸を押えて
トイレにかけこんだ。
背中をさすると、ゲロゲロと吐き始めた。
それを見ながら僕は
「白いそうめんしか食ってなくても、ゲロはしっかり茶色い
んだなぁ」と変なことを考えていたが
ふと気付いた。そういえば・・・

もう一度あさったがやはり何もない。
そうめんさえこの部屋にはないのだ。
「なに食ってるんスか先輩」
と詰め寄ったが答えてくれない。
なにかに憑かれてんじゃねーのかこの人?
と思ったが、僕にはどうしようもない。

取りあえずむりやり病院に連れて行くと、栄養失調で
即入院になった。
点滴打ってると治ったらしく4日後には退院してきたが
あの引きこもり中に何を食べていたのか、結局教えてくれなかった。

ただなぜかそれから口調が急に変わった。
「俺。オイコラ」から、大人しい「僕。~だね。~だよ」
になり、子供っぽさが加速した。
その一回生の夏、僕は師匠とオカルトスポットに行きまくった
のだが、おかげで頼りがいがなく色々ヤバイ目にあう。

僕のオカルト道の師匠は当時家賃9000円の酷いアパート
に住んでいた。
鍵もドラム式で掛けたり掛けなかったりだったらしい。

ある朝目が覚めると見知らぬ男の人が枕元に座ってて
「おはようございます」
というので
「おはようございます」と挨拶すると
宗教の勧誘らしきことをはじめたから
「さようなら」といってその人おいたまま家を出てきたという
逸話がある。

防犯意識皆無の人で、僕がはじめて家に呼んでもらった時も
当然鍵なんか掛けていなかった。

酒を飲んで2人とも泥酔して、気絶するみたいにいつのまにか
眠っていた。
僕が夜中に耳鳴りのようなものを感じて目を覚ますと、横に寝て
いた師匠の顔を除き込むようにしている男の影が目に入った。
僕は泥棒だと思い、一瞬パニックになったが体が硬直して
声をあげることもできなかった。
僕はとりあえず寝てる振ふりをしながら、薄目をあけてそっちを
凝視していると男はふらふらした足取りで体を起こすと玄関の
ドアのほうへ行きはじめた。
『いっちまえ。何も盗るもんないだろこの部屋』
と必死で念じていると男はドアを開けた。
薄明かりの中で一瞬振り返ってこっちを見た時、右頬に引き攣り
傷のようなものが見えた。
男が行ってしまうと僕は師匠をたたき起こした。
「頼むから鍵しましょうよ!」もうほとんど半泣き。

しかし師匠とぼけて曰く
「あー怖かったー。でも今のは鍵しても無駄」
「なにいってるんすか。アフォですか。ていうか起きてたんすか」
僕がまくしたてると師匠はニヤニヤ笑いながら
「最後顔見ただろ」
頷くと、師匠は自分の目を指差してぞっとすることを言った。

「メガネ」

それで僕はすべてを理解した。
僕は視力が悪い。眼鏡が無いとほとんど何も見えない。
今も間近にある師匠の顔でさえ、輪郭がぼやけている。
「眼鏡ナシで見たのは初めてだろ?」
僕は頷くしかなかった。
そういうものだとはじめて知った。

結局あれは行きずりらしい。何度か師匠の部屋に泊まったが
2度と会うことはなかった。

師事

僕がド田舎から某中規模都市の大学に入学した時。
とりあえず入ったサークルにとんでもない人がいた。

大学受験期にストレスからかやたら金縛りにあってて
色々怖い目にあったことから、オカルトへの興味が高まって
いた時期で、そんな話をしているとある先輩が
「キミィ。いいよ」と乗ってきてくれた。

その先輩は院生で仏教美術を専攻している人だった。
すっかり意気投合してしまい、見学にいったその日の夜ドライブ
に連れて行ってもらった。

夜食を食べに行こうと言って、えらい遠くのファミレスまで連れていか
れた。
そこは郊外のガストで、「なんでここなんですか?」って表情をしてたら
先輩曰く
「ここな、出るよ。俺のお気に入り」

アワアワ…

ファミレス自体始めての田舎者の僕は、それでさえ緊張してるのに
出るってアンタ。
「俺が合図したら俯けよ。足だけなら見えるはず」
そんなことを言われて飯が美味いはずがない。
もさもさ食ってると、急に耳鳴りが・・・・・
冷や汗が出始めて、手が止ると先輩が
「オイ。俯けよ」
慌ててテーブルに目を落した。
しばらくじっとしてると、ていうか動けないでいると
視線の右端、テーブルのすぐ脇を白い足がすーっと
通りすぎた。
いきなり肩を叩かれて我に返った。
「見たか?」
リングの公開前だったが、のちに見ると高山が街で女の足を見るシーン
がこれにそっくりだった。

僕が頷くと
「今のが店員の足が一人分多いっていう このガストの怪談の出所。
俺はまるまる見えるんだけどな。 顔は見ない方が幸せだ」
なんなんだ、この人。
「早く食べろ。俺嫌われてるから」
俺もわりに幽霊は見る方なんだが、こいつはとんでもない人だと
この時自覚した。

そのあと空港へ向う山道の謎の霧だとか、先輩お気に入りの
山寺巡りなどに連れまわされて、朝方ようやく解放された。
以来俺はその先輩を師匠と仰ぐことになった。
それは師匠の謎の失踪まで続く。

 

『歩くさん』『コジョウイケトンネル』『失踪』など全5話

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