『傷』|【名作長編 祟られ屋シリーズ】

『傷』|【名作長編 祟られ屋シリーズ】 祟られ屋シリーズ

床にめり込んだ切っ先を抜いて構えたユキは、更に左の肩口に刀を振り下ろす。
左肩から鳩尾辺りまで切り裂かれる。
俺はユキに体当たりしてドアの方に走る。
血に滑って足を取られながら逃げたけれど背中を切られた。
ドアを開けて外に逃げようとしたが鍵が閉まっている!俺は後を振り返った。
その瞬間、ユキが刀を振り下ろした。
首に鈍い衝撃を感じ、次の瞬間ゴンッという音と共におでこに強い衝撃と痛みを感じた。
シューという音と生暖かい液体の感触を右の頬に感じながら、俺は意識を失った。

俺は頭の先で「ガリガリ」と言う音を聞いて目が覚めた。
体中が痛い。
頭も酷い二日酔いのようにガンガンする。
音のする方をみるとユキがドアをガリガリ引っ掻いていた。
何時間そうしていたのかは知らないけれど、両手の爪は剥がれて血まみれ。
ドアには血の跡がいっぱい付いていた。
俺はユキの肩を揺すって「ユキちゃん」と声をかけたけれども、
空ろな目で朝鮮語らしい言葉でブツブツ言っているだけで無反応。
俺はユキを抱きかかえてベッドに運んだ。
ベッドにユキを横たえると俺は部屋を見渡した。
勿論、俺の首も左腕も付いてる。
部屋の内装も真新しい。
しかし、俺は恐怖に震えていた。
バスルームではシャワーが出しっぱなしになっていた。
入り口のドアの手前には俺が投げた灰皿とジッポライター。
ベッドの手前のフローリングの床には小便の水溜り…そして真新しい傷…
血痕とユキの持っていた刀は無かったが。

俺はPに携帯で連絡を入れた。
Pは1時間ほどで人を連れて来るという。
とりあえず俺はユキに服を着せ、シャワーを浴びた。
熱い湯を体がふやけそうなくらいに浴び続けた。
シャワーを出て洗面台で自分の姿を見た俺はまた凍りついた。
首と左肩から鳩尾にかけて幅5ミリ位の線状のどす黒い痣になっていた。
左腕も。
背中を鏡に映すと背中にもあった。
いずれも昨晩ユキに刀で切られた場所だ。

約束の時間に30分ほど遅れてPはデリヘルの店長とホテルの支配人?、若い男2人を連れてやってきた。
支配人はドアの爪痕を見て青い顔をして無言で突っ立っていた。
デリヘルの店長は火病ってギャーギャー喚いていた。
ユキは頭からタオルケットを掛けられ、2人の若い男に支えられながら駐車場へ向かった。
俺は、Pの車を運転しながら(Pは物凄く酒臭かった。泥酔状態で運転してくるコイツの方が幽霊よりも怖い!)、
昨晩起こった出来事をPに話し、お祓いすることを強く勧めた。
流石のPも俺の首と腕の痣を目にして納得したようだった。

1週間ほどしてPから連絡があった。次の月曜の晩にお払いをする。
現場を見るついでに俺の話しも直接聞きたいらしいから、霊媒師のオバサンに会って欲しいということだった。
俺の方も異存は無かった。
俺は約束の時間に待ち合わせの場所に行った。
霊媒師のオバサンは50歳ということだったが、割と綺麗な人だった。
Pに「ユキはどうした?」と聞くと、Pは「ぶっ壊れて、もうダメみたい。韓国から家族が迎えに来るらしい」
オバサンは俺の向かいの席に座り、俺の両手を握って俺の目を瞬きもしないで見つめた。
10分くらいそうしたか、無言で手を離すと、Pの家族も見たいと言う。
俺たちはPの車に乗ってPの実家に向かった。
オバサンはPの家の中を見て回り、俺のときと同じようにPのオヤジさんとお袋さんの手を握って顔を凝視した。
霊媒師のオバサンは、俺のときよりも更に険しい顔をしてPに「問題の部屋に連れて行って」と言った。
俺たちはPの車に乗って例のホテルに向かった。

車中では3人とも無言だった。
後部座席のオバサンは水晶の数珠を手に持って声を出さずに唇だけでブツブツ何かを唱えていた。
15分ほどで俺たちはホテルに着いた。
俺たちは車から降りた。
後部座席のドアが開いてオバサンが車から降りた瞬間、オバサンが手にしていた数珠がパーンと弾け飛んだ。
オバサンは顔に汗をびっしょりかいて怯えた様子で「ごめんなさい、これは私の手には負えない。
気の毒だけれど、ごめんなさい」と言って大通りの方に足早に向かって行った。
するとPは物凄い剣幕で「ふざけるな!金はいくらでも出すから何とかしてくれよ!」と叫びながらオバサンを追った。
オバサンはPを無視して早足で歩く。
すがり付くようにPは朝鮮語で泣きそうな声で喚きたてた。
しかし、オバサンはタクシーを捕まえて、Pを振り切って去って行ってしまった。

それから1ヶ月ほど経ったか?
俺は困り果てていた。
霊現象の類は無かったものの、ホテルで付いた痣が膿んで酷い事になっていた。
始めは化膿したニキビみたいなポツポツが痣の線に沿って出来る感じで、ちょっと痒いくらいだったが、
やがてニキビは潰れ爛れて、傷は深くなって行った。
ドロドロに膿んで痛みも酷かった。
皮膚科に通って抗生物質などの内服薬とステロイド系の軟膏を塗ったが全く効果は無かった。
そんな時にPから連絡があった。
今すぐ会いたいと。

たった1ヶ月会わなかっただけなのに、Pの姿は変わり果てていた。
Pは安田大サーカスのクロちゃんに似たピザだったが、別人のようにゲッソリとやつれていた。
肌の色はドス黒い土気色で、白髪が一気に増え、円形脱毛症だらけになっていた。
Pが消え入りそうな声で「よう」と声をかけてきた。
俺が「どうしちゃったんだよ?」と聞くとPは答えた。
Pは俺をホテルに迎えにいった晩から今日まで「あの部屋で」「毎晩」「斬り殺されている」らしい。
殺されて次に目が覚めたときには自分の部屋にいるのだけれど、
今いる自分の部屋より「あの」ホテルの部屋での出来事の方がリアルなのだと言う。
Pの話を聞いて俺もあの晩のことを思い出して嫌な汗をかいた。
変わり果てたPの様子、霊媒師に逃げられた晩の必死な様子にも納得がいった。
そして、1ヶ月もの間、毎晩あの恐怖に晒されながら正気?を保っているPの精神力に驚きを隠せなかった。
俺はPに「御祓いはしなかったのか?」と聞いた。
Pは答えた「祈祷師、拝み屋の類も色々回ったけど、これを見ただけで追い払われたよ。
あのババアに逃げられたってだけで会ってももらえないのが殆どだったけれどな」
そう言うと、Pは着ていたTシャツを脱いだ。
Pの体には俺と同じ、夥しい数の「傷」があった。
膿んで深くなったもの、まだ痣の段階のもの…

Pの話だと、俺たちの傷は医者に治せる類のものではないらしい。
放って置けば傷はどんどん深くなり、やがては死に至ると…
そして、「祟り」の性質から、普通の拝み屋や祈祷師には手は出せないらしい。
だが、Pのオヤジさん、商工会の会長の伝で朝鮮人の起した祟りや呪といったトラブルを解決してくれる
「始末屋」がいるらしい。
Pはその始末屋のところに一緒に来いと言う。
そこに行けば3ヶ月から半年は戻って来れないという。
俺は迷った。
しかし、あのホテルでの出来事や傷の事、Pの様子から俺は腹を括った。
俺は勤め先に辞表を出して、Pと共に迎えの車に乗った。

その紹介された「始末屋」がマサさんだった。

半年間、俺たちはマサさんの下で過ごし、「機」を待った。
色々と恐ろしい思いもしたが、半年後、事件は解決した。
事件の解決についてはマサさんの下での生活の話しを読んでもらわなければ判りにくいと思う。

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