『傷』|【名作長編 祟られ屋シリーズ】

『傷』|【名作長編 祟られ屋シリーズ】 祟られ屋シリーズ

キムさんの家で丸三日休み、俺とマサさんは女のマンションの部屋に向かった。
女はここ暫く出勤していないそうだ。
女の在宅はキムさんの方で確認済みだった。
マサさんがインターホンを鳴らす。
訪問は伝えてあったのだろう、女は俺たちを部屋に招き入れた。
女はやつれていたが、かなりの美人だった。
ちょっと地味だが清楚で上品な雰囲気。
とても風俗で働くタイプには見えない。
やつれて憔悴してはいたが、目には強い力が在った。
非常に綺麗で澄んだ目をしていて、見ているだけで引き込まれそうな魅力がある。
凄まじい霊力を持っていると言われれば納得せざるを得ないものがあった。
しかし、この女からは人を恨むとか呪うといった「邪悪」なものは微塵も感じられなかった。

ドアを開けたとき女はギョッとしたような顔をしていた。
マサさんと話しをしている時も俺のことをしきりと気にしている様子だった。
思い切って俺は女に理由を尋ねてみた。
女は震える声で語った。
女の話では、ホテルが建って暫く経った頃から、昔住んでいた家の夢を良く見るようになったそうだ。
家の中には幼い自分一人しかいなくて、家族を探して広い家の中を歩き回るのだと言う。
そして、いつの間にか目が覚めて、涙を流しているのだと言う。
ある晩、酷い悪夢を見たそうだ。
風呂場と自分の部屋で繰り返し、何度もレイプされたのだという。
夢と現実の区別が付かないほどリアルな夢だったそうだ。
気が付いた時、自分の手に刀が握られていたそうだ。
彼女は恐怖と怒りや憎しみで我を忘れて、彼女を犯した男を切り殺したと言う。
その男が俺だったと言うのだ。
それ以来、彼女は毎晩悪夢に襲われるようになった。
客に付いた男達が彼女を酷いやり方で襲ってくるのだという。
彼女が恐怖と絶望の絶頂に達した時に手に刀が握られていて、彼女は恐怖と怒りに駆られて、
我を忘れて刀を振るったのだと言う。
しかし、その悪夢は一月ほどすると見なくなったと言う。
その代わりに急に体調が悪くなり、仕事中にボーッとして、接客中の記憶をなくしてしまうことが多くなった。
生理も止まってしまったらしい。
また、彼女は暫くすると新しい悪夢を見るようになったそうだ。
目の前に小さな男の子が2人いて、自分はいつもの刀を持っている。
そして、鬼の形相の亡くなった父親が彼女を棒や鞭で叩きながら目の前の子供を斬り殺せと責める。
父親の責めに負けて刀を振るおうとすると母親の声がしてきて止められるのだという。

マサさんは女に「あなたのお父様は自殺なさったのではないですか?お母様もそのときに一緒に亡くなられたのではないですか?」と尋ねた。
マサさんが言うとおり、彼女の両親は彼女の父親の無理心中により亡くなっていた。
彼女の父親は朝鮮人に対して激しい差別意識を持って嫌っていたらしい。
しかし、彼女の父親に金を貸したのは在日朝鮮人の老人だったそうだ。
彼女の祖父に戦前世話になった人物で、破格の条件で金を貸してくれていたそうだ。
バブルの絶頂期、手持ちの株などを処分すれば、それまでの借金は十分に返せたと言う。
彼女の母親も強く返済を勧めていたそうだ。
しかし、彼女の父親は「朝鮮人に金を返す必要などない。家族のいない爺さんがくたばればチャラだ」と
借金を踏み倒す気でいたらしい。
彼女の父親の話は聞いていて胸糞の悪くなる話ばかりだった。
彼女も母親は慕っていたが父親の事を嫌っていたようだ。
バブルが弾け彼女の家の資産は大きなマイナスとなった。
マイナスを取り返そうとした父親は悪あがきをして更に傷口を広げた。
金策が尽きた父親は老人に更なる借金を申し込んだが、断られた。
その過程で彼女も借金の連帯保証人となった。
彼女の父親は娘を連帯保証人にしても当たり前で、借金を断った老人と朝鮮人を呪う言葉を吐き続けたそうだ。
間もなく老人は亡くなり、相続した養子も不況の煽りで破産した。
老人の持っていた債権は悪質な回収屋の手に渡った。
土地や屋敷を失い、それでも残った多額の借金に追われ自殺した彼女の父親の遺書には恨み言しか
書かれていなかったそうだ。

彼女は母親の死を知っとき、勤務していた会社の給料では借金の利息も払いきれず、
風俗で働く事が決まったとき自殺を考えたらしい。
しかし、その度に母の霊に止められたそうだ。

マサさんと俺は彼女の話を聞き、それまでの経緯を全て話した。
マサさんの目は怒っていたが、ふうーと息を大きく吐くと口を開いた。
「これは一種の呪詛ですね。家の代々の守護神を祭神にして、自分の妻を生贄に娘を呪物に仕立てた
悪質な呪詛だ。しかも、特定の人物ではなく朝鮮人なら誰でも良いといった無差別のね。
更に、呪詛はあなた自身にも向けられている。お父上は相当な力をお持ちだったようだが、その魂は地獄に
繋がっているようですね」
呪詛は呪詛を掛けている事、掛けている人物が割れると効力を失うそうだ。
容易に呪詛を返されてしまうからだ。
しかし、本件では呪詛を仕掛けた本人は既に死んでおり、しかもその力は強い。
先ほどから襖の向こう側から猛烈に嫌な気配が漂って来ている。
マサさんは女に「奥の部屋に仏壇か遺骨がありますね?」と尋ねた。
女は仏壇がありますと答えて、襖を開けた。
俺は思わず「うわっ」と言った。
マサさんの「井戸」の周りで「観た」ものと同質の、目には見えないものが仏壇から溢れ出てきていた。
これはやばい!
マサさんは女に位牌と父親の写真を額から出して持って来いと言った。
そして、母親の写真を持って俺と一緒にキムさんの家へ行けという。
状況がかなりやばいことだけは判った。
恐らく、マサさんの言葉で呪詛が破られ、悪霊の本体が動き出したのだ。
俺は女の手を引いて表で待っていたキムさんの車に乗った。
キムさんはすぐに車を発進させた。
キムさんは凄いスピードで車を走らせる。片側2車線の大通りの交差点を赤信号を無視して突っ切る。
背後の交差点からブレーキ音が聞こえる。
信号を3つほど進んでキムさんが車を止めた。
結界の外に出たらしい。
女の部屋を訪れる前に、俺がキムさんの家で寝込んでいる間に、土の露出した土地を探して、
出来るだけ形を整えて結界を張ったのだと言う。
市街地ゆえに結界が予想以上に大きくなってしまったらしい。

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